マリヤンカ mariyanka

日常のつれづれ、身の回りの自然や風景写真。音楽や映画や読書日記。手づくり作品の展示など。

『古文書返却の旅』

2021-01-18 | book

この本はフィクションではなく、
副題の通り、歴史の一齣に過ぎないのですが、
ダイナミックでロマンティックな一齣です。


『古文書返却の旅・戦後史学史の一齣』
網野善彦(1928-2004) 著
中公新書・1999

戦後すぐに、各地の漁村に残る古文書を集めた文書館を作ろうという計画(水産庁)がたちあげられ、
当時としては破格の予算が付いたそうです。
若き日の網野善彦(まだ古文書も読めなかった、何も知らなかった、と書いている)らも加わり、
日本各地に散って倉などに眠る古文書を集めたそうです。
預かった古文書や、あるいは寄贈された古文書が、
各地からリンゴ箱に詰められ、続々と集まったそうです。(おそらく100万点を超す文書、と著者は書いている。)
しかし、虫食いや湿気で板のように張り付いている文書を竹べらなどで丁寧に剥がし、
あるいは、紐のようになった紙を集めて並べて、解読し、書き写し、目録を作るなどの
作業は気が遠くなるほど大変で、時間がかかるものでした。
やがて返却の約束の時が過ぎ、「どうなっているのか」という問い合わせが相次ぎます。
焦って、整理を進めて返却を急ぎますが、予算は打ち切られ、
膨大な古文書が、複数の大学の倉庫や、個人の家や納屋にまで積み上げられたまま残されました。
さらにすべての計画を構想し、取り仕切っていた主宰者が病気で亡くなってしまいます。

残された研究者たちの中の一人、網野善彦は、何としても、きちんと返却しなければと、
他の仕事の傍ら、文書の整理をこつこつと始めます。
それらの文書を丁寧に読む中で、
自分の思考がいかに観念的であったか気が付いていった、と書いています。
そしてついに、教職を辞し、解読に専念し、マイクロフイルムに記録し、きちんと製本し直した古文書を携え、
網野は、返却とお詫びの旅に出ます。その時、既に20年の月日が経っていました。
辛い旅を予想していた網野は、各地で、叱責どころか、きちんと返してくれたことに安堵し、
さらに、他にも文書があると言って、新たに探して渡してくれたりする人たちに出会います。
寄贈を申し出てくれる人もあり、お詫びと返却の旅は、
多くの善意の心に触れる旅でもあり、新たな知見の旅でした。
網野の誠実な心と行動が、次の舞台へと網野を導いていったのです。

かつて、海岸沿いに(日本海、瀬戸内海、太平洋)活躍していた人々の実相が
古文書やふすまの下張りの中から浮かび上がってきました。
今では小さな漁船が係留されている港に、かつては都市が形成されていたことが分かったり、
ありとあらゆる経済活動(漁業、海賊、金融、海運業・・・など)を行っていただろう
田畑を持たない所謂「水吞百姓」(各地で様々な呼び名がある)の姿も次第に浮かび上がっていきました。
従来の百姓のイメージは覆り、
百姓=農民ではない、ことを網野は明らかにします。

全てを返却し終わった時、当初の計画が立ち上げられてから、45年の月日が過ぎていました。

ふすまの下張りに、文字の練習や日記など私的な記録があり、
正式な文書とは違う、驚くべき事実が明らかになったりすることがあります。
著者らが興奮してそれらに取り組む様子が目に浮かびます。

紙屑にしか見えないような古い文書を大切に保管する人々がいること。
そしてそこから、生き生きとした当時の人々の暮らしを読み取る、網野らの仕事も、全部すごいです。




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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
 (kmitoh)
2021-01-18 15:35:46
 面白そうな本ですね。
 古文書整理の期間に幅広い知識を得たことが
網野の本の魅力になっているのでしょう。
Unknown (花てぼ)
2021-01-18 17:07:20
著者の並々ならぬ情熱と探究、またマリヤンカさんがこの本をを紹介される心意気に感服します。

「ふすまの下張りに、文字の練習や日記など私的な記録」という件に特に興味をおぼえます。
自分も何かの折に書き記した手紙の書きかけや紙屑を見つけた時、捨てるのが惜しくてまたしまったりします。そのときのことがありありとよみがえることもありますね。(恥ずかしいことも)
Unknown (マリヤンカ)
2021-01-19 08:40:26
kmitohさま、こんにちは、
ー 古文書整理の期間に幅広い知識を得たことが
網野の本の魅力になっているのでしょう。ー
本当にそうだと思います。
そして、歩き回わった場所と、
そこで出会った人々が
網野を鍛えたのだと思います。
Unknown (マリヤンカ)
2021-01-19 08:51:51
花てぼさま ありがとうございます。

若い頃の恥ずかしい手紙も、落書きも、時がたち、もしかして私を知らない人が見れば、違う価値が生まれるかもしれないとふと思いますが・・・

古い文書どころか、明治時代の小説さえもう読めない、PCが無ければ手紙も書けなくなりつつある自分に
がっくりです。

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