文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

内部監査とは何か

2017-01-13 09:54:20 | 内部監査

 私は、元々大学院修士まで電気工学を学んだ理工系の人間である。学生のころは数学に近いところや物性関係などの方に興味があり、理学部や工学部の他学科にもその関係の単位を取りに通ったものだった。ところが卒業するときにはどういう訳か、強電屋に変身しており、仕事もその方面に進むことになった。

 就職した当時は、このまま企業内で、技術者や研究者の道を歩むのかと想像していたのだが、何の因果か、会社内では技術畑も歩んだものの、キャリアの半分以上は経営企画や監査部門関係の仕事についていた。一応第1種電気主任技術者の試験にも合格しているのだが、ただ免状を持っているだけ。直接活用できたことは一度もない(間接的にはその知識は役に立っていたのだろうが)。だから、通常の技術者よりは、経営学、経済学、監査に関することにはかなり詳しいと思う。


三様監査

 このコラムでは、私が十分な実務経験を持っている内部監査について少し語ってみよう。通常の企業では、三様監査といって3種類の監査を行っている。すなわち①内部監査、②監査役監査、③公認会計士監査である。もっとも、②の「監査役監査」については、最近では監査役に変えて、取締役から監査委員を指名して監査(等)委員会を設置する、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社といった形態の会社も増えてきた。実は私も、以前働いていた会社で、監査役のスタッフとして、監査役監査を手伝った経験もあるのだが、その会社も今では監査委員会を設置する会社に変わってしまった。

 ③の「公認会計士監査」は、公認会計士または監査法人によって行われるもので、会社法にいう大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)や監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社などが対象になる。②と③の二つは法律によって直接根拠が与えられている法定監査である。

 これに対して①の「内部監査」は直接法律で義務付けられている訳ではないが、会社法により、大会社等は「内部統制システム」を整備することが義務付けられている。一般に「内部統制」とは「内部牽制」と「内部監査」から構成されているので、間接的には法的根拠はあるというものの、やり方については特に定められてはいない。ある程度以上の規模の会社で内部監査をやっていないところはないだろうが、どのように実施するのかとなると、臨時に社内のスタッフを指名して行うところから、きちんとした内部監査部門を設置するところまで、千差万別といってもいい。だから内部監査のテキストには「任意監査」として位置付けられている。

 ところで「監査役監査」と「内部監査」はどう異なるのか。「公認会計士監査」の場合は外部から来た公認会計士が監査を行うので、なんとなく違うというのは分かるのだろうが、「内部監査」や「監査役監査」は社内の人間が行うので、違いがよく分からないという人も結構いるものと思う。これは経済学などでよく使われる「情報の非対称性」だとか「モラルハザード」といった概念を覚えておくと分かりやすい。

 会社のように組織が大きくなると、社長が一人で隅から隅まで目を光らせておくことはできない。だから、部長、課長、係長といった役職を置き、それに一定の権限を与えて、自分の分身として業務を仕切らせるのである。株式会社の場合、社長を中心とする経営陣自体も株主に変わって会社を運営する存在である。言うなれば、社長と部長以下の役職や株主と経営陣の関係は「依頼人(プリンシパル)」と「代理人(エージェント)」の関係にあるという訳だ。ここで登場するのが、「情報の非対称性」や「モラルハザード」である。

 「情報の非対称」というのは、依頼人と代理人の間で知っている情報に大きな差があるということだ。社長が係長のように細かな業務の隅々まで知っている訳ではないし、株主が経営陣のように会社の内情に詳しいわけはないのである。だから代理人は、どうせ分からないだろうと依頼人の意に染まない行動をとるという誘惑が付きまとう。これが「モラルハザード」だ。だから「情報の非対称性」を埋めるために、依頼人の目や耳となって代理人との間に入るものが必要になる。これが監査役や内部監査人という訳だ。

もっとも、監査役と内部監査人では、その依頼人が異なる。監査役の依頼人は株主だが、内部監査人では社長なのだ。だからこの二つの違いを端的に言えば、監査役は「社長がちゃんと仕事をしているか」について監査を行うのに対して、内部監査人は、「社長の部下に対して、社長が言ったとおりにちゃんと仕事をしているか」という視点から監査を行うのである。


内部監査とは何か

 ここまで「内部監査」とはなにかについて具体的なことは示さなかった。実は我が国には、「一般社団法人日本内部監査協会」という団体があり、ここが内部監査に関する研究や教育、資格の付与などを行っている。内部監査に携わった者ならおそらく一度は、日本内部監査協会主催のセミナーに参加したことがあるのではないだろうか。ここは、内部監査人の国際的専門職業団体であるIIA(The Institute of Internal Auditors)の日本支部としての位置づけも持っており、ホームページに以下のような国際的に通用する「内部監査の定義」(内部監査の専門職的実施の国際基準)が示されている。

<内部監査は、組織体の運営に関し価値を付加し、また改善するために行われる、独立
にして、客観的なアシュアランスおよびコンサルティング活動である。内部監査は、組
織体の目標の達成に役立つことにある。このためにリスク・マネジメント、コントロー
ルおよびガバナンスの各プロセスの有効性の評価、改善を、内部監査の専門職として規
律ある姿勢で体系的な手法をもって行う。>


 よく監査というと、不正発見のための捜査と思われている方がいるようだが、この定義のように決して不正摘発のための捜査を行う訳ではない。結果的に不正が発見されることがあるにしても、本来の目的は、きちんと業務運営が行われていることの保証と更なる業務改善に資する情報を経営陣に与えることなのだ。


監査の勉強

 最近は、どこにいっても前例踏襲で仕事を行い、突き詰めた勉強をしない人間をよく目にする。内部監査部門も例外ではないのだが、私の場合、理論的な方面に興味がいってしまうので、どのような仕事でも、その会社だけでしか通用しない前例よりは、どういった理論に基づいてその業務が行われているのかの方を、専門書を読んだり、セミナー等に参加したりして勉強してきた。ここでは、私が勉強に使ったテキストを少し紹介してみよう。

〇Q&A わかりやすい内部監査の実際(鈴木栄次:東京経済情報出版)
Q&A わかりやすい内部監査の実際
クリエーター情報なし
東京経済情報出版

・ 鈴木 栄次

 これは、内部監査ではなく、監査役スタッフ時代に勉強したものだ。監査という仕事が初めてだったために入手したのだが、内部監査部門の運営の方法、監査技法などがQ&A方式で分かりやすく解説されており、内部監査部門に配属された人間がまず全般的な知識を身に着けるためには役に立つと思う。


〇組織運営と内部監査(斎藤正章、蟹江章:放送大学教育振興会)
組織運営と内部監査 (放送大学教材)
クリエーター情報なし
放送大学教育振興会

・蟹江 章/齋藤 正章

 これは放送大学の教材として作成されたもので、日本内部監査協会による寄付金で製作されたものだそうだ。ちなみに私も放送大学で、この授業を受講して単位を取得している。内容は、内部監査に関する基礎的、理論的な話から始まり、内部監査の手続きや内部監査の実例、中小企業や非営利組織における内部監査といったものまで示されているので、少し掘り下げて勉強したい人には向いているだろう。


〇内部監査人室 内部監査人のための実践読本(阿久澤榮夫:文芸社)
内部監査人室―内部監査人のための実践読本
クリエーター情報なし
文芸社

・阿久沢 栄夫/阿久澤 榮夫

 これは、内部監査の手順や視点等がコンパクトに纏められている点では役に立つが、私の考えと異なる部分もある。例えば、本書では、第一者監査、第二者監査、第三者監査という概念が示され、内部監査は第二者監査で、第一者監査は業務実施部門の行う自己監査のことであると書かれている。この「第○者監査」という概念は元々ISOのマネジメントシステムから来たものだろうと思うが、通常の内部監査のテキストではあまり触れられてはいない。あえて言えば、内部監査は自社で行う監査のため、あくまでも「第一者監査」であり、業務実施部門が自ら行う監査は「自己点検」の一種だと私は思っている。また、関係会社に対する内部監査についての見解にも異論があるのだが、長くなりすぎるのでこれは別の機会にということにしておこう。


監査の資格

 私は90以上の各種資格を持っているが、内部監査関係の資格は一つも持ってない。これは、内部監査関係の資格が存在しないというわけではない。IIA関係の国際資格としては、CIA(公認内部監査人)などがあり、国内資格としても内部監査士といったようなものがある。

 私が取得しなかった理由は単純明快。コストがかかるからだ。金銭的コストは会社からの補助があったが、全体の予算枠がある。それに加えて、時間的コストが大きいのである(もっともコストが大きいと感じるか小さいと感じるかは個人によってかなり違うだろうが)。CIAの場合には、更新制度があり、資格を維持していくための活動が必要だ。しかし会社を離れた場合や、会社にいても内部監査部門から出るとこの資格を維持していく意味も方法もなくなる(資格を停止して復活することは可能なようだが)。内部監査士の場合は、講習だけで取ることができるが、こちらもかなりの時間と予算が必要だ。

 私の場合は、現業機関の長とほぼ同等の職位で内部監査を行うことになったために、部下に取らせることを優先させた。それに、内部監査の在籍がこれだけ長くなるとは思っていなかったために、在籍が長くなるにつれて、既に分かったようなことを今更やっても仕方がないということで、ますます資格取得のモチベーションが無くなったこともある。しかし、若い人で、初めて内部監査部門に配属されたような場合には、業務に必要な知識を体系的に得るためにチャレンジしてみるのもいいだろう。


最後に

 内部監査部門というと、なんだかよく分からないところだと思っている方も多いだろう。これが経営企画のような部門なら、その会社の花形部門として華やかなイメージがあるのだろうが、内部監査部門というとどうも暗いイメージを持つ人が多いようだ。しかし、内部監査部門の業務は幅広く、経営全体にも触れることができるのである。ぜひ将来の経営者を目指すような人は、若いうちに経験して欲しいものだと思うし、経営者もそのようなキャリアパスを自社に作っておくことをお勧めしたい。

※初出は「シミルボン」記事です。
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