世界変動展望

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応力の原点を示さない応力ひずみ曲線の改ざん疑惑 - 井上明久事件

2012-12-08 00:01:28 | 社会

(1)改ざん疑惑データ

図1 応力原点を示さない応力ひずみ曲線、その1 [1][2]

皆さんは上のような応力ひずみ曲線を見てどう思うだろうか。私は一見してデータが不適切だとわかる。上図は応力が500MPa未満のグラフが削除されている。このようなデータの表示法は不適切だが、グラフの位置を見てこんなグラフになるはずがないと一見してわかる。例えば右側のグラフは500MPaでひずみが0%に近く、このまま応力を小さくすれば応力ゼロで負のひずみになる等、不合理なことが起きることは一見しただけで容易にわかる。データが操作されているのは明白で、本来のグラフはもっと右の方から伸びているはずだ。

もう少し詳しく説明すると次のようなこと。

図2 応力原点を示さない応力ひずみ曲線、その2 [1][3]

図2は別な図であるが、これも応力500MPa以下が省略されている。そこで応力がゼロのところまでグラフを作成すると、応力がゼロのところで負のひずみになったり、ひずみがゼロで正の応力になるなど不合理な点があることがわかる。普通に考えてデータが操作され、本来よりも左にずらされている。

同様の改ざん疑惑データは他にもある。

図3 応力原点を示さない応力ひずみ曲線、その3 [1][4]

この図も改ざん疑惑は明らかで、一見しただけで不適切だとわかる。

(2)改ざんの動機

この部分の執筆を担当した青木清北見工業大学名誉教授は、これらの改ざんは応力500MPa未満で以下のような都合の悪いデータを隠すために操作されたのではないかと推測している。

図4 ある応力ひずみ曲線 [1][5]

図4は500MPa未満で応力とひずみが比例関係になっていないことがわかる。圧縮試験を適切に行えば弾性領域では通常ひずみと応力は比例関係にある。いわゆるフックの法則にしたがうわけだ。しかし、圧縮試験を適切に行わないと図4のような曲がった曲線が出てしまう。青木は井上がこのような不都合なデータを隠したかったので500MPa未満のデータを削除し、グラフを操作したと推測している。おそらくそれが真実であろう。

無論、このように恣意的にデータを削除するのは改ざんである。

(3)様々な不可解さ

これらの改ざん疑惑は非常に不可解だ。仮に本当に改ざんだとすると、かなりお粗末。一見しただけでデータが不適切だとわかるのに、著者は平気で発表したということになるが、そんな愚かなことをなぜやったのか?理由が全くわからない。

少なくとも一見して不適切だとわかるデータをレフリーが見逃して論文をアクセプトしたことも全く理解できない。これらの論文を査読したレフリーは全く論文を読んでいないといわれても仕方ない。ジャーナルの権威や信用は地に落ちる。

思えばソウル大の黄禹錫やベル研のシェーンの捏造論文のようにネイチャーやサイエンスといった超一流誌ですら捏造を見抜けず掲載し、今年の東大分生研加藤茂明事件のように大量のデータの使いまわしがわかっていても、加藤らの過失という当初の主張を鵜呑みにして訂正だけで済ませたネイチャーの態度を見ると、ジャーナルの査読や不正への対応はどうなっているのかと甚だ疑問を感じる。無論、このような不可解な対応はネイチャーやサイエンスだけではなく、いろいろなジャーナルで共通している。

シェーンの事件のときにも言われたことだが、ジャーナルのこのようなお粗末な対応は改善すべきだが、結局何も改善していない。本当に困ったものだ。

また、これらはすべて井上明久が筆頭著者で、ERATOからの研究費で一部の研究が行われたという[1]。今年1月に御園生誠東大名誉教授を委員長としたJSTの第三者委員会がこの研究費を使ったプロジェクトに対して研究成果や評価に影響はないと判断したが、再検討を迫られるだろう。もともと二重投稿だけでなく捏造や改ざんにまで踏み込んできちんと調査すべきだったのに、井上を守りたいがためにそれをしなかったからこんなことになったのだ。

きちんと対処してほしい。

こういう応力の原点を示さない応力ひずみ曲線はたくさん確認できる[1][6]。わざと操作しているようにしか見えない。無論著者はデータを操作してはいけないことぐらいわかっているはずだ。いったいどういうつもりなのかきちんと説明する責任がある。

井上事件はこんな事例がわかってもいまだに東北大、金属学会、JSTは調査していないし、文科省も学振も放置している。いくらなんでも酷すぎる。[1]によると井上が1996年から2010年までに獲得した外部資金の総額はなんと210億円!文科省が47億円、NEDO(総合技術開発機構)が156億円、JSTは21億円、全部税金だよ?これらの機関はなぜ当事者意識を持とうとせず、こんなにも無責任なのか。本当にこれらの職員に給料を支給するのをやめてほしい。

井上事件に関しては前田靖男(東北大名誉教授)は1月に井上の二重投稿が東北大学の有馬委員会で不適切と判断された際に「本人(井上)が職を辞す意思がない以上、今や解雇、懲戒免職される道しか残されていないであろう。もし学長選考委員会や大学当局にそれができなければ、東北大学はまさに魑魅魍魎の巣窟、良識の府とはおよそ程遠い存在として、大学の歴史に拭いがたい汚点を残してしまうであろう。[1]」と述べ、齋藤文良(東北大前多元物質科学研究所長)、矢野雅文(東北大元電気通信研究所長)、鈴木謙(東北大元金属材料研究所長)は「日本金属学会は、自らの不正疑惑調査を避けるために腐心しているだけとみなされても仕方ないであろう。この渦中の学会は・・・公益法人の取得を目指しているという。ならば、なおさら、研究不正疑惑に対しては真摯に対応すべきである。それが微塵も感じられない団体には、公益法人を申請する資格はない。[1]」と述べている。

どれも極めて厳しい言葉で、これらの人々の井上問題に対する危機感や怒りがよく伝わる。"魑魅魍魎の巣窟"、"公益法人を申請する資格はない"とOBに断じられる大学や学会っていったい何だろう?非常に劣悪だということは一般の方でも想像に難くないはずだ。

前の記事の繰り返しになるが、井上事件に限らず、これが学界の現状なんですよ。都合が悪ければ規則を無視する、普通に考えれば故意なのにわざと過失で処理したり、摩訶不思議な理由で不正を握りつぶす、身内の処分は甘く・・・。やりたい放題の学界の現状は惨憺たるもの。

絶対に改善しないとまずいですね。

参考
[1]日野秀逸、他:"研究不正と国立大学法人化の影―東北大学再生への 提言と前総長の罪" 社会評論社 2012.11.25
[2]Materials Transactions JIM, 40(2001)1149-1151
A. Inoue, W. Zhang, T. Zhang and K. Kurosak
[3]J. Materials Research 16(2001)2836-2844
A. Inoue, W. Zhang, T. Zhang and K. Kurosaki
[4]Materials Transactions 43(2002)1952-1956
A.Inoue, W. Zhang and T. Zhang
[5]Materials Transactions 43(2002)2342-2345
W. Zhang and A. Inoue
[6]青木清(北見工業大学名誉教授)の説明動画 2012.12