世界変動展望

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論文の訂正、撤回公告は嘘が多いので改善すべき

2013-01-12 00:01:00 | 社会

Nature誌の記事よると、生命系の論文撤回理由のうち約43.4%が欺罔(捏造、改ざん)や欺罔の疑いによる撤回だという。

図1 生命系の論文撤回理由の割合 [1]

過失は21.3%しかなく、大部分は捏造、改ざん、盗用、重複投稿といった不正行為が撤回理由だ。興味深かったのは、調査方法による結果の違いについてだ。図1の調査は米国研究公正局の調査やRetraction Watchの報告による証拠などに基づいて行われたが、論文の撤回公告をもとに理由を調査したら、過失による撤回はより高い割合になったという。

「Earlier studies had found that the percentage of retractions attributable to error was 1.5–3 times higher[1]」(参考訳 : (論文の撤回公告を用いた)過去の研究で示された過失による撤回の割合は(米国公正局などの結果に基づいた調査に比べて)1.5倍から3倍高いことがわった。

撤回公告による調査だと過失による撤回の割合が約32%~64%になる。撤回になるのは論文の核心がだめになってしまったものだから、そのような重要なデータを間違えるのはあまりないから、こんなに高い割合でないだろうというのは経験に合致する。容易に推測できるように、論文の核心に抵触しない欺罔なら、わざと過失による訂正で済ませている著者やジャーナルは多い。

「・・・two-thirds of retracted life-sciences papers were stricken from the scientific record because of misconduct such as fraud or suspected fraud — and that journals sometimes soft-pedal the reason.[1]」(参考訳 : 欺罔や欺罔の疑いといった不正な科学的記録のために生命科学系論文の3分の2が撤回になっています。そしてジャーナルはときどき語調を和らて理由を伝えます。

「Retraction notices are often not accurate.[1]」(参考訳:撤回公告はしばしば正確でない。)

「Elizabeth Wager, a UK-based medical writer and co-author of a previous study that relied on journal retraction notices, isn’t surprised by the finding of hidden misconduct. “We found many notices that seemed deliberately obscure or vague,” she says, speculating that authors and journals may use opaque retraction notices to save face or avoid libel charges.[1]」 (参考訳:ジャーナルの撤回に基づいて以前の研究を行った英国に本拠を置く医療記者のElizabeth Wagerや共著者は隠された不正を見つけることに驚かない。わざと不明瞭で曖昧にしていると思われる撤回公告がたくさんあることがわかった。」と彼女は言う。それは著者やジャーナルが面目を保ったり、名誉毀損で提訴されるのを避けるために曖昧な撤回公告を使っているからかもしれないと彼女は推測している。)

実際に嘘の公告は私もいくつか見たことがある。

(1)名市大の岡嶋、原田はデータ流用による捏造をしながら、「学会発表の練習用に仮に張り付けたデータを誤って投稿してしまった。」と嘘の主張をジャーナルにし、驚いたことにジャーナルはそれを受理して訂正で済ませた。流用やそれを隠す回転などの偽装が多数あったため名市大の調査では全く信用されず、斥けられた。

(2)井上明久は論文のデータが過失により間違っていたと主張し、日本金属学会はそれを受理し公告を掲載。東北大はそれを理由に告発者の告発を不受理にした。現在では過失ではなく不正が濃厚だと考えられている。

(3)東大分生研の加藤茂明らはネイチャーの論文で大量のデータ流用、加工をしながら過失による間違いを主張し、ネイチャーはそれを受理。ただの訂正で済ませた。後に不正が明らかとなり撤回となった。

他にもいくつかある。ずいぶん嘘の公告が多いことは上の調査からも明らかだ。日本の場合はさらに酷く、研究機関の調査において不正を握りつぶす事例までが確認されている。

では、なぜ嘘の撤回理由を出したり、調査で不正を握りつぶすかといえば、上で言及されているように著者やジャーナルの面目を保ったり、名誉毀損訴訟を避けるためだ。しかし、嘘の取り扱いは不正の隠蔽であり、不公正だ。

私は以前に不正をした研究者を助けたければ告発される前に訂正をさせて過失で決着させた方がよいと述べたことがある。現状の悪さを悪用した提案だったが、やはりよくない。(2)の事例のように本当に既決着事項として済ませようとすることがあるので、隠蔽は過去にも現実に起きている。

おそらくアラレちゃんらの事件や柳澤純らの事件も訂正で済んでいるから当事者たちは不正の責任は取らされないと思っているかもしれないが、やはりこういうことがあってはならないだろう。[1]の調査からも明らかなように、ジャーナルの公告は嘘が多く信用できないので、これを理由に最初から調査をしなかったり、不正でないと扱ったら不公正だ。

ではどうすべきかという点だが、[1]ではIvan Oransky(ニューヨーク大学、Retraction Watch 共著者)が論文に透明性指標を導入すべきだと提案している。理由を不明瞭にせず透明性の高い公告を出すジャーナルの指標を高くし、論文の評価として使えば、各ジャーナルは透明性を高めようとするからこのような不公正さは減るというわけだ。一つの方策としてよいと思う。このような記事を載せたNature誌は(3)のような態度を即刻改め、公正さの改善に努めるべきである。でなければ、世界のトップジャーナルの名誉は保てまい。

日本の場合はさらに深刻な問題を抱えており、ジャーナルだけでなく調査機関でさえ、不正を隠蔽する傾向がある。米国のように研究公正局は存在しないし、資金配分機関や監督官庁に改善を申し出ても、研究機関に丸投げするだけで何もしない。日本は不正を改善する仕組みが不十分すぎる。その根本にあるのは、研究者や機関の体面を保ったり、リスクを避ける意思が強く、不正問題を極力避けようとする傾向が他の国よりも強いことだ。昨年発覚した藤井善隆の論文170編以上の捏造や井上明久事件の関連機関の隠蔽はそれを象徴している。

このような体たらくの日本がジャーナルや不正調査において公正さを積極的に高めていこうと努める日がくるのは遠く感じる。Oranskyが提案する透明性指標の導入以前に日本では不正改善のためにしなければならないことがたくさんあると思う。まずは現状の問題点をきちんと認識して、不正問題を避けようとする意思を改善するとこからはじめ、早急に他の点でも改善に努めてほしい。

Oranskyがいうようにジャーナルの訂正、撤回公告でも研究機関等の調査でも、不正の取り組みに対する何らかのインセンティブが必要かもしれないが、それだと公正さが害されるかもしれない。しかし、少なくとも消極的になる現状を改善する方法は必要だろう。現状はそれによる不公正さを何とかする必要がある。

参考
[1]Zoë Corbyn:"Misconduct is the main cause of life-sciences retractions - Opaque announcements in journals can hide fraud, study finds." Nature 490, 21 (04 October 2012)

日本語版は「論文撤回の主な理由は、詐欺的行為!? 」 (p16) natureダイジェスト2013年1月号