駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

祝・新生月組船出!

2017年01月03日 | 日記
 あけましておめでとうございます。
 2017年、年女でございます。人生折り返し、くらいかなと思っています。今年も明るく楽しく朗らかに健やかに、もろもろがんばっていきたいです。宝塚歌劇150周年を目撃できますように…!(笑)

 というワケで、二年連続のムラ年越しをしてきました。
 東京駅グランスタでがっつり買い込んで行きの新幹線から宴会して、ホテルにチェックインしてひとっ風呂浴びたらスカステ年末カラオケ特番(間違っていませんよね?)見ながら部屋呑み宴会して新年を迎え、ホテルのおせちをいただいてまぁみり鏡開き&ふるまい酒からの月組大劇場初日公演観劇、からのまさかの二年連続チャルテチャルテでの初日打ち上げ、楽しかったです!
 月担友、宙担友のみならず花や雪担友ともたくさんバッタリして(星組ファンのお友達を増やしたいと思っています!)お祝いし合い、呑んで食べて萌えて泣いて語って笑って、顔も足もむくんでタイヘンでしたが有意義だったからいいのです! 今年も元気にあちこち出かけていきたいです。
 翌日もダブルして、帰京しました。まずは新生月組本公演お披露目となりました『グランドホテル/カルーセル輪舞曲』について、思うところを語らせていただきたいと思います。例によってネタバレ全開です、ご留意ください。

 月組新トップスターの珠城さんについては、こちらこちら
 『グラホ』海外版についてはこちらなど。
 というワケで私は宝塚初演には間に合っていなくて、映像も見たことがなく、最近やっと当時の実況CDをお友達からお借りして聴きました。ブロードウェイ版CDは愛聴していて、去年の赤坂ACTでの上演も楽しく観ました。モノクロ映画もテレビで見ています。
 演目発表時から、珠城さんなら男爵が見たい!と熱望してきましたが、そのとおりになり、かつ当て書きされたかのような似合いっぷりで、シビれました!
 全体の演出はとてもスタイリッシュでお洒落で、ちょっと一本調子にすら見えかねない感じでした。舞台の上にもう一段市松模様のタイルを敷き詰めたような感じで、柱が四本あり、あとは椅子の移動で空間を区切り照明その他で場面転換をしてみせるような、流れるようなステージングでした。最後の最後に珠城さんが一段降りて銀橋に出てきたときに、「そう言えば使っていなかった!」と驚いたくらい、宝塚歌劇独特の、銀橋のクローズアップ効果や異空間効果は使われていなくて、本舞台の緊密な空間ですべてが展開されていたのでした。
 センター奥にはグランドホテルの象徴ともなる回転ドア。
 電話交換手(というものを知識としても知らないお若い観客がもう多いのではなかろうか、大丈夫だろうか…)の声やロビーのざわめきからロビー放送のような体のマナーアナウンス、幕がゆっくり上がり並んだ椅子が見えて、開演アナウンスと割れるような拍手、からのグランドパレード、最初に回転ドアを通って現れるのはグレーのスリーピースにハットにマントの珠城さん、フェリックス・アマデウス・ベンヴェヌード・フォン・ガイゲルン男爵(珠城りょう)! 古いベルリンに誘います。これは初演はどうだったんでしょう? 
 続いてまゆぽん支配人からベルボーイや掃除婦、メイドたち、ホテルにたむろする娼婦、宿泊客の実業家やバレリーナが次々と現れ、そしてオットー(美弥るりか)がよろよろと現れ、ドクター・オッテルンシュラーグ(夏美よう)による語り非が始まる…
 エリック(この日は朝美絢)が男爵の煙草入れに言う台詞は「ケース」ではなく「シガレットケース」にした方がいいと思いました。のちにはそう出るのに、最初が「ケース」と略されているのは良くない。現代日本でシガレットケースを使用している人はほぼ皆無でしょう、「ケース」と言われてもなんのケースかぴんとこないに違いありません。古風に「煙草入れ」でもいい。ブラッシュアップしよう生田くん!
 そしてフラムシェン(この日は早乙女わかば)の「ミス・スイス時計」のくだり、生理が「遅くなる」と表現する女性ってあまりいない気がします。「遅れている」にしましょうよ。この伏線、かなり伝わっていなくて、ラストの赤ちゃん発言にびっくりしている観客が少なからずいるので、検討してもいい気がします。
 それはともかく、ロビーでエリザヴェッタ・グルーシンスカヤ(愛希れいか)とすれ違ったときにすぐハッとなって「美しい…!」とか言っちゃう珠城さん男爵、イイよね! そのあとにはすぐフラムシェンを「見かけない顔だね、カワイイね」とかナンパしちゃうのもいい。ジゴロを職業としてはいないけれど、自分が若く(あるいは、まだ若く見え)ハンサムな男であることは強く意識していて、女にモテる自信があるし自分の方でも綺麗な女には目がなくてとりあえず声をかけるのを礼儀にしている、くらいな浮かれた極楽とんぼっぷり、人生をナメてそうな感じがよく出ていました。
 おそらくは愛に満ちた豊かな子供時代を送り何不自由なく育ち、成人してからはちゃんと従軍もして、だけど徐々に家が零落していくうちに「三度の食事」の仕方を考えざるをえなくなったのでしょう。今は信用だけでホテルにツケで長逗留し、ギャングまがいの相手から借金し株で儲けて自転車操業で返したり返せなかったりして、なんなら女性にタカったり泥棒まがいの客室荒らしをしている…今までなんとかしてきたしこの先もなんとかなると思っていて、長期的な展望とかはない、でも時間が尽きかけている、若い男…本当のワルではない人の良さ、みたいな部分が特に、珠城さんにぴったりでした。
 そして対するエリザヴェッタちゃぴが絶品! 22年間のバレリーナ人生に飽きかけていて、技量は落ちるし客は減るし情熱は冷めるし、でもいつもちょっと芝居がかっていて浮き世離れしている、可愛らしい、中年の女。トップといえど娘役ではなかなかハードルが高い役でしょう、でもとてもよかった! エリザヴェッタはフェリックスをチャーミングだと歌うけれど、彼女こそチャーミング!でした。
 ふたりの年齢設定は正確にはどうなのかしら…私は珠城さん男爵がまず「29歳」と言ったのは、実際は+29ヶ月の31歳なのに今までは若く言った方がいい効果を出してきたからいつものようにサバ読んで、でもエリザヴェッタには通じないなと思ったから正直に言うことにして足したのか、はたまた本当に29歳なんだけどエリザヴェッタに「そんなに若いの!?」って顔されたので上にサバ読むことにして足したのか、どっちもありえそうだな、と感じました。対してエリザヴェッタは42歳で、サバ読んで相手のまず10上を言い、その後本当のところを申告すべく足したのだと思いました。
 女が10も若い男と寝るとなれば、そりゃいろいろ見られたくないところもあるから「明かりが強すぎるわ」と言いますよ。それを、人生が表れた顔が見たい、それは美しい…なんて言われたらもう、それだけで恋に落ちますよね。そして男もまた言うにこと欠いて「女の子のひとりやふたりなら知っているけど、女性となると…」ですよ! まあ実際には朝になったら男は冷めそうなものだから、そこがファンタジーであり物語なのかもしれませんが、翌朝あえて冷静になろうとするエリザヴェッタと、正直になろうとするフェリックス、という流れにも萌え萌えでした。
 あ、そしてその前の、今宵一夜の描写ね! 「Love Can’t Happen」でセンターブロックが暗転して、芝居は右サイドのラファエラ(この日は暁千星)と左サイドのプライジング(華形ひかる)とフラムシェンのパートに移るのですが、センターでは暗い中ちゃぴの着替えを珠城さんが手伝っていて、それは単にお衣装替えを舞台上でしているとかではなくて女が服を脱ぎ男が女の服を脱がし女も男の服をはだけるくだりを演じてみせているものなのですが、チュチュやトウシューズを畳む珠城さんのかいがいしさがもうたまらないのですよ…! なのですみませんガン見です。そのまま寝椅子に横たわるふたり、エリザヴェッタに腕枕した手がすっぽり彼女の肩を包む、その包容力…!
 なのでラファエラの歌は聴くだけになってしまうのですが、しかしせつない。ところでありちゃんには私はあまり感心していなくて、まず肌が浅黒いくらいで娘役化粧ではないのは、イタリア人設定ゆえなのでしょうかトミー・チューンの指示なのでしょうか? 声も別に高く作っていないし、登場からしてロングコートで体の線が出ていないので、要するにあんまり女性っぽく見えないのです。あと鬘があまり似合っていない形のような…
 私は百合好きなので(オイ)海外版みたいにラファエラがあまりにおばさんで母親めいた付き人なのも好みではなく、といってマニッシュでタチタチした女であってほしいわけでもなく、ユリちゃんのラファエラも別にそんなに色気はなかったろうとか類推するしどんなラファエラを期待していたんだと言われると言葉に困るのですが、とりあえず歌唱力からしてもエリックとの役代わりは逆パターンの方が正解な気がしています。ありちゃん、歌はすっごくいいと思いました。逆にあーさはほぼシメに歌うエリックの歌がけっこう危なっかしくて、感動が半減しそうでヒヤヒヤしたのですよ。というか歌はみんな全体にもっともっとがんばろうよね…
 それはともかく、そんなワケで私はラファエラにはもっと芝居をしてほしいしエリザヴェッタに対する想いももっと見えてほしいのだけれど、ここでの歌の彼女の自尊感情の低さにハッとさせられました。付き人を長く続けて、思慕がいつしか愛に変わって、彼女を支える者が自分ひとりになる日のためにお金をせっせと貯め込んでいる女。彼女のことを偉大な芸術家だと思い女神のように愛しているけれど、本当はバレエのこととかは何もわかっていないし、貧しい生まれ育ちで下手したら文盲で、だから「自分は強くも賢くもない、彼女を守るに値しない」とか言って、彼女がフェリックスの腕の中で眠るのに目をつぶるしかない女…この物語のあと、ふたりはどうなったのでしょうね…?
 エリザヴェッタの「Bonjour,Amour」はハネちゃんだった初演ではカットされていたようですね? でもとんでもないことですよね、素晴らしいナンバーでした。地声でがんばって朗々と歌うちゃぴ、素晴らしかった! 痩せてとぎすまされたシルエットがちゃんとバレリーナのもので、恋を知って女の子に戻った喜びに輝いていて、踊る情熱を取り戻して輝いていて。泣けました。
 さて歌がつらいと言えばわかばで、がんばってるんだけどやっぱりまだちょっとつらくて、まあ「Girl In The Mirror」はともかく「Who Couldn’t Dance With You」はもう少し短くしてもいいんじゃないかな?と思わなくもなかったです…メロディーがわかりづらい曲だから、単調で退屈に感じる観客も多いのではないか、と。ここのみやちゃんはいいんだけど、「At The Grand Hotel」の高音はつらいんだよね…病気なので声がかすれてうまく歌えない、という芝居歌にする手もあると思うのだけれど…
 それはともかくわかばフラムシェン、ニンには合っていてこれまたキュートでチャーミング。「女優になるべきだって言われない?」みたいなことを言われて「いつも自分で自分にそう言ってるわ!」とか答えるヨシコが大好きだったんだけど、台詞がカットになっていましたね、残念。でもこの時代に美人に生まれてタイプの技はあって食べてはいけて、でもそれ以上を望むなら映画スターだし金持ちの愛人だろう、ましてお金がいるのよ時間がないのよとなれば…という、なかなかハードな生き様を見せる役でこれまたハードルはなかなか高いと思うのですが、プライジングの前で踊ったり服を脱いだりといったくだりの痛々しさも含めて本当によかったです。
 男爵やオットーに対する優しさ、なつっこさもいい。いい子で、普通の女の子なんだよね、って感じがとてもいいのです。この先パリでオットーを看取って、そしてどうしたでしょうかね…
 プライジングはコマか、トミー・チューンには大男イメージがあったようなのでまゆぽんでもよかったのかもなあ…それかドクターがコマでもよかったのかもなあ。ハッチさんはときどき台詞が不明瞭で、初日は肝心のところで噛んだし、けっこう重要な語り部なんだからさあ…!と私は思ってしまったので。
 あと印象的だったのはとしちゃんの運転手(宇月颯)ですね、さすがの仕事をしていました。てかなんであんなしどけなくくつろいで男爵の部屋にいるのかな!? 男爵はナニからの身支度をしているのかな!? 事後なのかな薄い本なのかな!?
 そしてそしてみやちゃん。好きだったカナメさんのサヨナラ公演のお役をやることになった巡り合わせ、初日にカナメヨシコに観てもらえた幸せ、学年が逆転しているとはいえ正二番手に就任した経緯…万感なのではないでしょうか。必要以上にダサく作ってなくてよかった、チャーミングで愛しいキャラクターになっていてよかった、チャールストン素晴らしかった!
 お財布をめぐるくだりがなくならなくてよかった。男爵の汗を拭ってあげる仕草の優しさよ…! いい配役で、よかったです。

 たまちゃぴお披露目、そして男爵を主人公にしたことでことに後半、演出が変更されているようです。私はラストは駅で待つちゃぴエリザヴェッタのところに白いタキシードで赤い薔薇の花束抱えた珠城さん男爵がスモークの中回る盆にセリ上がりで現れる、そこからのいわゆる天国ダンスで幕…というのを想像していたのですが、近いような遠いような。
 まず宝塚初演ではカットされていた「Roses At The Station」がちゃんとあり、銃声だけで何が起きたのか見せない演出からの「♪どうして殺したんだ僕を」で男爵の死を明らかにし、薔薇の花が男爵の死体にまとい付く血になり、そこに現れるのは黒衣のエリザヴェッタで、男爵と「Death/borelo」を踊る…
 ここが最大の変更点ですよね。これは宝塚初演でも海外版でもジゴロ(紫門ゆりや)と盲目の伯爵夫人(憧花ゆりの)が踊るもので、全編ホテルのあちこちで台詞も歌もなくただ踊っていたこの不思議なカップルはこの場面のためにこそあったようなところがあり、この愛と死のワルツが、グランドホテルに来ては帰る人々の、その人生の、裏テーマでもあったのです。
 それを主役カップルに踊らせるのでは、ジゴロたちのいる意味がなくなってしまう…それでも、素晴らしい改変だと私は思いました。
 宝塚歌劇で上演する以上、トップコンビの出番がより多く欲しい、ましてお披露目公演なんだから、というのもあるし、エリザヴェッタ、すなわち男が愛した女が死の化身として男の人生の最後に踊る、というのが、宝塚歌劇にしか許されない解釈なんじゃないかな、と思ったのです。
 実際には、男が女のために、あるいは愛のために身を滅ぼす物語は男が好んで描くものだし、だから愛と死を一対ないし同じものとして描くことは手垢が付いた表現だとも言えます。でも男が描く以上それは男のセンチメンタリズムにすぎない、という気が私はします。女からしたら迷惑、大きなお世話、あるいは名誉毀損ものなワケですよ。そっちが勝手に破滅しておいて、何を女のせいにしているの? 女を死になぞらえるとか失礼千万だわ、とか、さ。
 でも、女が描くならアリだと思うのです。イヤ今回も演出家はみんな男性だけれど、女脳というか乙女心というか女ルールで作られているでしょう宝塚歌劇って? だからアリなのかな、と。女がその気になれば愛にも死にもなれることを、女は知っているからです。それは女だけの秘密なのです。
 女を死に貶めることは許したくない。けれど女を死に奉ることは正しい、だって真実だから。
 私はそんなふうに思ったのでした。
 男爵の死体は葬儀屋に持ち去られ、エリザヴェッタは何もいらないまま男爵が駅で待っているだろうとホテルをチェックアウトし、
 ドクターの「もう一泊するとしよう」の台詞がなかったのは残念でしたが、エリザヴェッタと入れ替わるように白いスリーピースにハットにマントの男爵が現れ、一瞬ふたりの目が交錯するような…けれどそのまますれ違い、男爵がひとり佇んで歌って幕が下りる。
 そして再びすぐに幕が上がると、勢揃いした組子がグランドワルツを歌い、珠城さんが銀橋を渡り、本舞台に戻ってちゃぴとワルツを踊って、幕--
 美しい、ありがたい。泣くことしかできませんでした。


 『カルーセル輪舞曲』はモン・パリ誕生90周年記念のレビュー・ロマン。オーソドックスな構成のレビューで、伝統の世界巡りの体を取り、『モン・パリ』とは逆にパリから日本・宝塚に至る各国の楽しい場面が連なった、華やかできらびやかな作品になりました。クラシカルで、目新しさはないし、キャッチーな客席降りもありません。でも、新生月組の陣容は明らかに新鮮になっているし、今までなかった美しいピラミッドがあり、群舞もデュエダンもきちんとあって、退団者への餞別も品よくあり、上質なレビューだと思いました。リピート、フツーに楽しいと思うな。
 プロローグはみんなが白馬で白鬣の鬘なのに対し、ちゃぴだけがアントワネットみたいな全部白っぽい金髪のくるんくるんヘアなのがカワイイ!
 アメリカみたいな娘役だけの場面がきちんと成立するのも素晴らしいし、(既成曲のセレクトのセンスがいいのも特筆もの。『クレイジー・フォー・ユー』大好き!)この間『ゴルジャズ』でやっと珠城さんがもらったセンター場面みたいなのを車輪モチーフの場面でありちゃんが早くも務めていたことに胸アツだし、「テキーラ」みたいな男役オラオラ場面もマンネリと言われようと百万回あっていいし、『ノバボサ』を彷彿とさせるブラジルはカポイエラの振りが当たるんじゃないかとヒヤヒヤしながらも熱くさせられるし、からのトンチキお衣装のサンバ最高! こういうの着なきゃタカラヅカスターじゃない!! みやちゃんもこれが初のセンター場面なのかな? シルクロード場面は幽玄で、まゆぽんとさち花さまのカゲソロが素晴らしく、インド洋のデュエダンはしっとり、そこからの群舞はこれまた定番なんだけれど新トリデンテの披露あり退団者フィーチャーあり、ロケットから大階段、シンプルな黒燕尾で板付く珠城さんに娘役の羽扇が翼のようになっている構図、娘役の先頭は同期のわかばちゃん…! 本舞台でみんながカップルになっていてもひとりで踊っている珠城さんがいいし、そうしたら大階段から黄色のドレスのちゃぴが降りてきて、リフトもあるたっぷりしたデュエダン、お辞儀に長い長い拍手をして…パレードではエトワールからのゆりちゃん、としちゃんのひとり降り、ありちゃん、あーさ、大羽しょったみやちゃん、肩ショール羽のみつる挟んでちゃぴ、そして立派な雉羽つきナイアガラつきの白い大羽の珠城さん、大階段が狭く見える…!
 見どころたくさんで楽しいレビューでした。さらに細かいところを観ていくのが楽しみです!
 …とはいえ珍しくあとは新公のみでそのあとはもう東京待ちです。役替わりも楽しみですし歌や芝居の進化を期待しています!


 初日は初演トップコンビに観劇していただき、二回目には前トップスターのまさおに観劇していただき、幸せですね。
 ノンちゃんや大空さんも観てくれるといいなあ。大空さんは初演が初組子、でもカゲコのみで出演はしていないんですよね。だからみんなが舞台にいる演出も今回初のものなのかな? DSでちーちゃんと歌ったジミーズの「Maybe My Baby Loves Me」がカットになっていたのは残念でしたね…
 ともあれ、たくさんの人に愛される舞台に、組に、育ちますように。祈っています!
 そして今年も一年、いい年になりますように…!!
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2 コメント

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Unknown (そば屋)
2017-01-08 03:53:18
はじめまして。
私の勝手な想像で恐縮ですが、ジゴロはかつての士官ではないかと思います。理由としては、本作のモデルとなったホテル・アドロンには、1920年代当時元士官のジゴロが多く居たそうなので。良い家柄の出で士官学校に進み、敗戦後シャバを生き抜く術を知らずにジゴロに身を堕とした青年たち。長逗留してる男爵が彼の出自を知らぬはずもなし、あれは(戦地での面識の有無に関わらず)かつての塹壕の同胞…役者としての特性を考慮すれば、ジゴロの配役はゆりさんで正解かもしれません。トシさんだと叩き上げの伍長か軍曹っぽいし。
…とか書いてしまいましたが一度も生で見たことがないので恥ずかしい限りです。これだけはどうにかして生で見たい作品なのに券の買い方さえ知らないとか
はじめまして! (そば屋さんへ)
2017-01-08 11:14:00
コメントありがとうござました。
原作小説を読んだことがなく、このあたりの設定に関して疎かったのですが、
当時の社会状況からするとジゴロの出自はそれが正しいのかもしれませんね。
私は伯爵夫人が盲目なのもどんな理由なんだろう?とか思っていました。
恋は盲目、ということにひっかけているのなら、伯爵夫人が愛の象徴?
でもお金を出してジゴロを買っているのもまた伯爵夫人のはずなので、愛とお金は相性が悪いはず…
でもそんな伯爵夫人と彼女に買われた、けれど金額以上に献身的に仕え愛を捧げているかのようにも見えるジゴロが、
ラストに男爵の周りで死のボレロを踊るからこそ生まれた意味というものもあったはずですね…

ぜひ観ていただきたいです、そしてまた語りにいらしてください!

チケットですが、例えばこちらから。
https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2017/grandhotel/ticket_takarazuka.html#schedule

東京公演のチケットぴあなどでの一般発売はこれからですね。
日時によっては瞬殺なのでなんとも…ですが、当日券もありますし、
特に宝塚大劇場なら窓口で日時と席を選んで変えたりもしますよー。
一番おすすめなのは職場なり学校なりで大声で「宝塚歌劇が観てみたいなー!」と叫ぶこと。
聞きつけた宝塚歌劇ファンが近寄ってきて「興味あります? お誘いしましょうか?」と言ってきてくれると思います(笑)。
観ず嫌いの人が多いので、興味があると言ってくれる人へのナンパは厭わないのがヅカオタですよ。
私も東京公演では職場の男性を同伴する予定です。ちょっとスタイリッシュすぎてビギナー向けではないかもしれないけど、
ショーがオーソドックスで楽しいからいいかな、と。

トライしてみてくださいね!

●駒子●

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