政治・歴史学者で韓国・朝鮮の思想・歴史に詳しい古田博司氏は、中国人・韓国人について、「彼らはウソをつくことを恥と思わない。ウソや虚構が後戻りできないほど否定されたときに初めて恥を感じ、元の面子を取り返そうと怒りだし躍起になるのである」と述べている。そして、彼らの反日は、日本軍と戦ったことのないことが、屈折した心理を生んでいるものと指摘している。
わが国には、日本は韓国で韓国人と戦ったことがあり、また中国では共産党軍と戦ったことがあったと漠然と思っている人が多い。韓国は日本から独立を勝ち取り、中国は人民解放軍が日本軍を駆逐して建国された、と信じている人までいる。しかし、事実はそうではない。その点は、渡部昇一氏や黄文雄氏らが、詳しく、わかりやすく書いている。
古田氏は、端的に次のように事実を述べる。「近代史上、韓国は日本軍と戦ったことがない」「対日戦争を独立戦争として戦ったのは北朝鮮の故金日成国家主席と仲間たちだけだ」「中国人で日本軍に正面戦を挑んだのは、国民党軍であり、共産党軍ではない」「日本が敗戦したのは国民党の中華民国であって、共産党の中華人民共和国ではない」と。そして次のように指摘する。「日本軍と正面切って戦わなかった者たちが、今も反日でしこっているのである」と。
私は、「しこっている」という表現を、政治や歴史の文章で見た記憶がない。この場合は「痼る」であり、「意地を張る」の意味だろう。
シナの文化では、正当性の根拠は道理ではなく、実のところは覇権である。武力や権謀で覇を握った者が、ウソで正当性を築き上げる。
1930年代に上海の米国総領事館の副領事だったラルフ・タウンゼントは、著書『暗黒大陸中国の真実』(1933、邦訳は芙蓉書房出版)で、米国政府が中国政府を盲目的に信用し、逆に日本を敵対視していることに警告を発した。その中で、タウンゼントは次のように書いている。
「中国に長くいる英米人に、『中国人の性格で我々とはもっとも違うものを挙げてください』と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく、『嘘つきです』と答えると思う」「欧米では嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要なかったからである。そこで、それに近い中国語を使って『嘘ではありませんか?』と言ったとしても、非難の意味はない。ましてや侮辱には全くならない」
朝鮮は、明代からシナの文化を模倣し、小中華に変質した。シナ人・朝鮮人は、ウソをつくことを恥と思わず、ウソを用いて面子を守る民族性を持っている。これに比べ、日本人の民族性は「清き明かき直き心」を心の理想とするところに表れている。清浄、明朗、正直に共通するのは、ウソ、いつわりのないことである。この点は、日本人の優れた特徴だが、長所はまた弱点にも転じ得る。相手もウソ、いつわりを嫌う集団の場合はよいが、相手がウソをつくことを恥と思わず、ウソを用いて面子を守る集団の場合は、よくその特徴を見抜いて対応しないとだまされる。わが国は、シナ人・朝鮮人の民族性を踏まえて対応する必要がある。相手の国内的な面子であれば、面子の立つようにする交際術はあるだろう。だが、国際的な問題、特にわが国の重大な国益が かかる問題においては、安易な妥協は迎合にすぎない。ウソをウソと明確に示して、相手が無法な言動をできないように制しなければならない。
以下は、古田氏の記事。
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●産経新聞 平成
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121017/kor12101703180000-n1.htm
【正論】
筑波大学大学院教授・古田博司 日本軍と戦わない屈折が反日に
2012.10.17 03:16
中国の野蛮と韓国の野蛮が世界を騒がせている。彼らは日本人が面子(めんつ)をけがしたと言っているが、彼らはウソをつくことを恥と思わない。ウソや虚構が後戻りできないほど否定されたときに初めて恥を感じ、元の面子を取り返そうと怒りだし躍起になるのである。
≪韓国の近代史に対日戦なし≫
近代史上、韓国は日本軍と戦ったことがない。韓国が主張する戦いは1920年の青山里戦闘1回きりで、敵は朝鮮人匪賊だった。当時の満州には、このようなアウトサイダーがあちこちにいた。対日戦争を独立戦争として戦ったのは北朝鮮の故金日成国家主席と仲間たちだけだ。青山里の戦闘で勝ったというウソを定着させようと韓国は骨を折ってきたが、戦場に残ったのは日本軍であった。敗けた方が戦場に残る道理はない。
韓国が英雄として誇るのは、あとは爆弾魔のテロリストだけだ。有能な人材は全て日本の近代化に参画したから、放浪者しか残らない。その放浪者の爆弾テロリストを英雄に仕立てなければならないのは、今の韓国の悲哀である。
長く英国支配に抗してきたアイルランドでは、このような卑劣を正義とは見なさない。ダブリンにある旧英総督府は、1916年の「イースター(復活祭)蜂起」の記念館になっているが、掲げられている英雄たちはみな蜂起の指導者で処刑された者たちである。
≪中共軍は延安に敗走しただけ≫
中国人で日本軍に正面戦を挑んだのは、国民党軍であり、共産党軍ではない。中国研究者たちは1990年代後半から、戦いを主導したのは共産党だという恥ずべきウソに加担したが、今では正常心に戻っている。中国にいた日本軍を勝者として武装解除したのは、国民党軍であり、満州の方を武装解除したのは、旧ソ連軍である。共産党軍は日本軍の武器をソ連軍から供与され、この火力で戦後、国民党軍を台湾にたたき出した。
共産党軍が主張する戦いは、40年の百団大戦ぐらいのものだ。国共合作で国民党の援助を受けながら大敗し、その後、執拗(しつよう)な日本軍の追撃を受け、党内でも批判された。中共の主力部隊が延安の山に逃げたことを、彼らは「長征」というが、征服した地はない。「長遯(ちょうとん)」がふさわしいだろう。満州にいた中共軍は44年までに、日本軍によって全滅した。第二軍の一司令官だった金日成氏は40年頃、国境を越えソ連領に逃れている。
日本が敗戦したのは国民党の中華民国であって、共産党の中華人民共和国ではない。私は東京裁判自体は正しいものだとは思わないが、戦勝国として戦犯たちに臨んだことは、台湾住民に勝利の記憶を残したことであろう。この記憶が、台湾人の心をすっきりさせている。だから、彼らは反日である必要性を持たない。今日に至るまで親日だ。日本軍と正面切って戦わなかった者たちが、今も反日でしこっているのである。
韓国は日韓併合は強制であり、不当だと言った。だが、当時の李朝の国庫は空であり、どうしようもなくなった王が日本の提案に妥協し5人の大臣に丸投げしたという史料が、3カ所から出てきてしまった。国権強奪はなかった。
土地収奪はソウル大の経済史教授が否定した。日本時代は、韓国に年率3・7%の経済成長をもたらし、民法典を与え所有権を確定した。確定した側が所有権を無視し、土地を奪うはずがない。朝鮮で取れたコメは経済原理に則(のっと)って日本に輸出されたのだと、教授は主張した。台湾の植民地統治は成功だったが、朝鮮のは失敗だったという、日本の左派学者たちの韓国の反日擁護の構図は崩れた。
≪自らの正義の記憶ない悲哀≫
日本の植民地統治は成功し、朝鮮を近代化させた。米ハーバード大教授がさもなければ、どうして戦後韓国の企業家が順調に育つことができただろうか、と疑問を投げかけて、日本時代の民族資本家たちの活躍を本に描いた。この本は今も、韓国では禁書である。
日本軍と戦わなかった者たちは自らの正義の記憶がない。中国は南京事件を捏造(ねつぞう)する日本の市民派新聞に飛びつき、韓国は従軍慰安婦のウソに搦(から)め捕られた。日本の左派知識人やマスコミは結局、彼らの卑劣さを助長したのである。
南京事件の被害者数は年々増加する。戦闘1週間で30万人も殺せたならば、戦争はすぐに終わってしまうだろう。中国軍はそれほど惰弱だったのだと侮蔑することもできる。だが、戦ったのは共産党軍ではない。国民党軍だった。
歴史共同研究で話し合えば共通認識が得られると思い込んでいる人々がいる。だが、事実を明らかにする資料を示すと彼らは怒る。その時に初めて恥を感じ、面子を取り戻そうとするからである。日本側はウソ自体を恥じる。だから研究して会議に臨む。「恥と面子の平行線」である。第二期日韓歴史共同研究委員会では、日本側が韓国の歴史教科書の元ネタが日本であることを実証した。その時、韓国側が「こんなこと、韓国の学界に知れたら大事になるぞ」と叫んだ。面子ゆえに、彼らはいつも戦わずして屈折するのである。(ふるた ひろし)
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関連掲示
・拙稿「韓国は日本から独立したのではない」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/aa41d7a9c2fc920233dd8a155687b3d2
わが国には、日本は韓国で韓国人と戦ったことがあり、また中国では共産党軍と戦ったことがあったと漠然と思っている人が多い。韓国は日本から独立を勝ち取り、中国は人民解放軍が日本軍を駆逐して建国された、と信じている人までいる。しかし、事実はそうではない。その点は、渡部昇一氏や黄文雄氏らが、詳しく、わかりやすく書いている。
古田氏は、端的に次のように事実を述べる。「近代史上、韓国は日本軍と戦ったことがない」「対日戦争を独立戦争として戦ったのは北朝鮮の故金日成国家主席と仲間たちだけだ」「中国人で日本軍に正面戦を挑んだのは、国民党軍であり、共産党軍ではない」「日本が敗戦したのは国民党の中華民国であって、共産党の中華人民共和国ではない」と。そして次のように指摘する。「日本軍と正面切って戦わなかった者たちが、今も反日でしこっているのである」と。
私は、「しこっている」という表現を、政治や歴史の文章で見た記憶がない。この場合は「痼る」であり、「意地を張る」の意味だろう。
シナの文化では、正当性の根拠は道理ではなく、実のところは覇権である。武力や権謀で覇を握った者が、ウソで正当性を築き上げる。
1930年代に上海の米国総領事館の副領事だったラルフ・タウンゼントは、著書『暗黒大陸中国の真実』(1933、邦訳は芙蓉書房出版)で、米国政府が中国政府を盲目的に信用し、逆に日本を敵対視していることに警告を発した。その中で、タウンゼントは次のように書いている。
「中国に長くいる英米人に、『中国人の性格で我々とはもっとも違うものを挙げてください』と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく、『嘘つきです』と答えると思う」「欧米では嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要なかったからである。そこで、それに近い中国語を使って『嘘ではありませんか?』と言ったとしても、非難の意味はない。ましてや侮辱には全くならない」
朝鮮は、明代からシナの文化を模倣し、小中華に変質した。シナ人・朝鮮人は、ウソをつくことを恥と思わず、ウソを用いて面子を守る民族性を持っている。これに比べ、日本人の民族性は「清き明かき直き心」を心の理想とするところに表れている。清浄、明朗、正直に共通するのは、ウソ、いつわりのないことである。この点は、日本人の優れた特徴だが、長所はまた弱点にも転じ得る。相手もウソ、いつわりを嫌う集団の場合はよいが、相手がウソをつくことを恥と思わず、ウソを用いて面子を守る集団の場合は、よくその特徴を見抜いて対応しないとだまされる。わが国は、シナ人・朝鮮人の民族性を踏まえて対応する必要がある。相手の国内的な面子であれば、面子の立つようにする交際術はあるだろう。だが、国際的な問題、特にわが国の重大な国益が かかる問題においては、安易な妥協は迎合にすぎない。ウソをウソと明確に示して、相手が無法な言動をできないように制しなければならない。
以下は、古田氏の記事。
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●産経新聞 平成
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121017/kor12101703180000-n1.htm
【正論】
筑波大学大学院教授・古田博司 日本軍と戦わない屈折が反日に
2012.10.17 03:16
中国の野蛮と韓国の野蛮が世界を騒がせている。彼らは日本人が面子(めんつ)をけがしたと言っているが、彼らはウソをつくことを恥と思わない。ウソや虚構が後戻りできないほど否定されたときに初めて恥を感じ、元の面子を取り返そうと怒りだし躍起になるのである。
≪韓国の近代史に対日戦なし≫
近代史上、韓国は日本軍と戦ったことがない。韓国が主張する戦いは1920年の青山里戦闘1回きりで、敵は朝鮮人匪賊だった。当時の満州には、このようなアウトサイダーがあちこちにいた。対日戦争を独立戦争として戦ったのは北朝鮮の故金日成国家主席と仲間たちだけだ。青山里の戦闘で勝ったというウソを定着させようと韓国は骨を折ってきたが、戦場に残ったのは日本軍であった。敗けた方が戦場に残る道理はない。
韓国が英雄として誇るのは、あとは爆弾魔のテロリストだけだ。有能な人材は全て日本の近代化に参画したから、放浪者しか残らない。その放浪者の爆弾テロリストを英雄に仕立てなければならないのは、今の韓国の悲哀である。
長く英国支配に抗してきたアイルランドでは、このような卑劣を正義とは見なさない。ダブリンにある旧英総督府は、1916年の「イースター(復活祭)蜂起」の記念館になっているが、掲げられている英雄たちはみな蜂起の指導者で処刑された者たちである。
≪中共軍は延安に敗走しただけ≫
中国人で日本軍に正面戦を挑んだのは、国民党軍であり、共産党軍ではない。中国研究者たちは1990年代後半から、戦いを主導したのは共産党だという恥ずべきウソに加担したが、今では正常心に戻っている。中国にいた日本軍を勝者として武装解除したのは、国民党軍であり、満州の方を武装解除したのは、旧ソ連軍である。共産党軍は日本軍の武器をソ連軍から供与され、この火力で戦後、国民党軍を台湾にたたき出した。
共産党軍が主張する戦いは、40年の百団大戦ぐらいのものだ。国共合作で国民党の援助を受けながら大敗し、その後、執拗(しつよう)な日本軍の追撃を受け、党内でも批判された。中共の主力部隊が延安の山に逃げたことを、彼らは「長征」というが、征服した地はない。「長遯(ちょうとん)」がふさわしいだろう。満州にいた中共軍は44年までに、日本軍によって全滅した。第二軍の一司令官だった金日成氏は40年頃、国境を越えソ連領に逃れている。
日本が敗戦したのは国民党の中華民国であって、共産党の中華人民共和国ではない。私は東京裁判自体は正しいものだとは思わないが、戦勝国として戦犯たちに臨んだことは、台湾住民に勝利の記憶を残したことであろう。この記憶が、台湾人の心をすっきりさせている。だから、彼らは反日である必要性を持たない。今日に至るまで親日だ。日本軍と正面切って戦わなかった者たちが、今も反日でしこっているのである。
韓国は日韓併合は強制であり、不当だと言った。だが、当時の李朝の国庫は空であり、どうしようもなくなった王が日本の提案に妥協し5人の大臣に丸投げしたという史料が、3カ所から出てきてしまった。国権強奪はなかった。
土地収奪はソウル大の経済史教授が否定した。日本時代は、韓国に年率3・7%の経済成長をもたらし、民法典を与え所有権を確定した。確定した側が所有権を無視し、土地を奪うはずがない。朝鮮で取れたコメは経済原理に則(のっと)って日本に輸出されたのだと、教授は主張した。台湾の植民地統治は成功だったが、朝鮮のは失敗だったという、日本の左派学者たちの韓国の反日擁護の構図は崩れた。
≪自らの正義の記憶ない悲哀≫
日本の植民地統治は成功し、朝鮮を近代化させた。米ハーバード大教授がさもなければ、どうして戦後韓国の企業家が順調に育つことができただろうか、と疑問を投げかけて、日本時代の民族資本家たちの活躍を本に描いた。この本は今も、韓国では禁書である。
日本軍と戦わなかった者たちは自らの正義の記憶がない。中国は南京事件を捏造(ねつぞう)する日本の市民派新聞に飛びつき、韓国は従軍慰安婦のウソに搦(から)め捕られた。日本の左派知識人やマスコミは結局、彼らの卑劣さを助長したのである。
南京事件の被害者数は年々増加する。戦闘1週間で30万人も殺せたならば、戦争はすぐに終わってしまうだろう。中国軍はそれほど惰弱だったのだと侮蔑することもできる。だが、戦ったのは共産党軍ではない。国民党軍だった。
歴史共同研究で話し合えば共通認識が得られると思い込んでいる人々がいる。だが、事実を明らかにする資料を示すと彼らは怒る。その時に初めて恥を感じ、面子を取り戻そうとするからである。日本側はウソ自体を恥じる。だから研究して会議に臨む。「恥と面子の平行線」である。第二期日韓歴史共同研究委員会では、日本側が韓国の歴史教科書の元ネタが日本であることを実証した。その時、韓国側が「こんなこと、韓国の学界に知れたら大事になるぞ」と叫んだ。面子ゆえに、彼らはいつも戦わずして屈折するのである。(ふるた ひろし)
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関連掲示
・拙稿「韓国は日本から独立したのではない」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/aa41d7a9c2fc920233dd8a155687b3d2
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