2016年10月11日(火) 7:00-9:30pm 東京文化会館
チャイコフスキー ロメオとジュリエット 21′
チャイコフスキー エフゲニー・オネーギンより
わが青春の輝ける日々よ、レンスキー:エフゲニー・アフメドフ(T) 6′
恋は年齢を問わぬもの、グレーミン侯爵:エドワルト・ツァンガ(BsBr) 5′
たとえ死んでもいいの、タチアーナ:エカテリーナ・ゴンチャロワ(S) 13′
ボロディン イーゴリ公より
コンチャーク汗のアリア、汗:ミハイル・ペトレンコ(Bs) 6′
ダッタン人の踊り、合唱:マリインスキー歌劇場合唱団 11′
Int
プロコフィエフ 十月革命20周年のためのカンタータ (日本初演)
合唱、マリインスキー歌劇場合唱団
38 = 3+2+2+2+1+8+5+6+5+4
ワレリー・ゲルギエフ 指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団
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プログラム前半に変更追加があり、彼らしくロングな演奏会となりました。夏に単独で来た時もそうでしたが相変わらず精力的。ちょっとスリムになった気がします。
ゲルギエフ、マリインスキーの来日スケジュールは毎度詰め込み過ぎ。彼ら流なのだろうが。
9日間で9公演。
10/8京都 オネーギン
10/9西宮 演奏会
10/10東京 ドン・カルロ
10/11東京 演奏会
10/12東京 ドン・カルロ
10/14東京 演奏会
10/15東京昼 オネーギン
10/15東京夜 演奏会
10/16東京 オネーギン
開場時刻に開場してもホールのドアは開けてくれない。リハーサルが終わらないのだろう。
彼らの来日公演はいつもバタバタしている印象がある。演奏が始まってしまえばその集中度の高さは凄くて、色々なことはすぐ忘れてしまうというところもあるにはあるが。
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今回の聴きものは、日本初演になるらしいプロコフィエフの十月革命20周年記念カンタータ。
まず、前半のチャイコのロメジュリで楽器を温める。たぶんさっきまでリハしてたので余熱はありそうだ。でも演奏はさっぱりで何も燃えない。オーケストラの目線の位置と同じ高さの席に座って聴いていたのですが、音が前に来ない。やっぱり劇場のピットがあっているのかなぁ。音がやや薄くなった印象。
次のアリア。プログラム変更があり、チャイコフスキーは2曲だったのが3曲に。スペードの女王は取りやめ、全3曲オネーギンから。ここらあたりから格段に良くなった。伴奏に徹している感じ。自分たちの居場所にいる感じ。
それでアリア3個。良かったですねぇ。もう、そのシーンが浮かんでくる。
アフメドフのレンスキー、やや小ぶりな声質かなとも思いましたが滑らかな歌唱で、わが青春の輝ける日々よ、新鮮でした。
ツァンガによるグレーミン侯爵、この歌は歌い得といいますか、この短い歌でさらっていきますからね。ほどほどに深いバスバリトン。
そしてタチアーナの手紙のシーン、ゴンチャロワさんのやや細めの歌が美しい。
この3曲でだんだんおなかがいっぱいになってきた。気持ちよくなってきました。チャイコフスキーのしなやかなオネーギン節、満喫できました。
前半プロまだ終わりません。
ペトレンコMによるコンチャーク汗のアリア、さーと歌ってさぁーと消える。絵になる歌い手ですな。迫力あるバスが見事に歌い上げた。
さぁーと消えた後は、間髪入れずにダッタン人。音楽が激しくなるはずなんだが、でもやっぱりオケ、合唱、ちょっと消沈モード。でもここらあたりでようやく劇場型潤滑油が多少出てきた感はある。この日、オケはあまりよくありませんでしたな。
もう、8時半。これから一服して後半か。
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十月革命は1917年、それの20周年記念のために作られたカンタータで1937年もの。日本初演らしきことはプログラムには書かれてなくて、盛り上がりに欠ける気配。ツイッターでは主催者が初演らしきことをはいていたように思います。
大規模編成で、ブラスは2群、国内組も参加しているようです。合唱も2群となってます。これは単に分けただけのように見えます。パーカスのあたりではなにやら足踏みで音を出している。これら以外にも色々とありそうだが、トータルの音響は、マーラー等で慣れてしまっていることもあるし、そんなに驚くようなものではない。
字幕付きで、内容は最初から、真っ赤。お国どころによるとは言えもはや時代錯誤としか見えない。芸術作品を見ているのだとあらためて自分に言いきかせる。歌詞への言及はあまり意味が無いように思える。
プログラム冊子には、爆裂とか炸裂とか凄まじいとか大団円といった言葉が並んでいますが、実際の音響はそれほどでもないことを付け加えておきます。
全体の印象としては、歌詞の赤さ加減は横に置いて、音楽の響きは現代的な様相を呈している。渋いというよりも前に進んできている感じ。編成楽器は多めだが、薄められている。響きの多様性を表現している。調は安定しておらずそれがモダンに感じるところもあるかと思う。全体で38分。10曲連続演奏される。10ピースに分かれているといったものではなくて、曲想が連続したまま次々と変化していく。
1.前奏曲 3
2. 哲学者たち 2
3. 間奏曲 2
4. 我らは固く団結して進む 2
5. 間奏曲 1
6. 革命 8
7. 勝利 5
8. 誓い 6
9. シンフォニー 5
10.憲法 4
5まではあっという間に終わる。音楽の充実度で言えば、6革命、7勝利、のあとの、8誓い、9シンフォニー、の部分。
8誓いでは暗いロシアの民謡風ではあるのだが、メロディアスな方向付けは意識して避けられている。その作為が自然。
9シンフォニーは純楽器による演奏、作曲者充実の技巧が随所に聴かれる。充実の音楽。
フィナーレの10憲法は、盛り上がりの伏線もなくあっけなく終わりをむかえる。
こんな感じで、プロコフィエフのやにっこい音楽が満載といえるかもしれない。やにっこすぎてとっつきづらいところがある。変化はあるが盛り上がりはいまひとつ。音楽的なアクセルとでもいえるドラマチックなあたりの流れもあるとは言えない。この曲に詳しくないので決めつけはよくありませんですが、以上が全体印象です。
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この日のマリインスキーのオーケストラ、今一つ活力不足。来日公演は過密スケジュールですが、おそらく国内でもそうとうに過密なはず。演奏しながら身体を休める極意を彼らは会得していると思われますが、疲れはでますね。
あと、弦に一段と女性奏者が増えた気がする。
ちょっと思い出したんだが、プロコフィエフの戦争と平和やったのいつだっけ。あれはなにから何まではいったごった煮だった。全部入っていた気がする。
おわり