日々の覚書

MFCオーナーのブログ

背が高くてクールな奴

2021年04月29日 20時42分56秒 | 音楽ネタ

いささか前の話であるが、ベイ・シティ・ローラーズのレスリー・マッコーエンが亡くなった。享年65歳。死因は不明とのこと。まだまだ若いのに残念だ。謹んでご冥福をお祈り致します。

それにしてもベイ・シティ・ローラーズ(以下BCR)である。特定の世代にとっては、避けては通れない存在だ。1970年代半ば、日本での彼らの人気は、ほんと凄かった。特に、1975年~1976年頃、彼らの曲がFM・AM問わずラジオから流れない日はなかった、と言い切ってしまってもいいのではなかろうか。現在50歳代半ばの洋楽ファンのほとんどは「サタデイ・ナイト」で“Saturday”の綴りを覚えたはずだ(笑) この「サタデイ・ナイト」を筆頭に、「バイ・バイ・ベイビー」「ロックンロール・ラブ・レター」などといった、当時の我々(もう言い切ってしまう)を虜にしたキャッチーで胸キュンなヒット曲たちは、今でも色褪せない名曲ばかりであり、タータンチェックというキーワードと共に、正に青春の象徴だった。あの頃、BCRはラジオのリクエスト番組では常にクイーンと人気を二分していたが、今となってはこの両者、あまりにも差がついてしまった。堂々たる“レジェンド”であるクイーンと、“あの人は今”みたいな存在のBCR。何が明暗を分けたのか^^; 

僕自身も、一時期かなりBCRにご執心だった(笑) 完全にクイーンと同列だった時もある。デレクの方がロジャーよりも上手いのではなかろうか? なんて思ってた頃もあったけど、テレビで放映されたBCRのライブ映像をいくつか見てて、どれも口パクだったのに幻滅したりなんかもして、徐々にBCR熱は冷めていった。が、ライブの実力(笑)はともかく、ラジオで耳にするヒット曲は相変わらずキャッチーで好きだった。特に「夢の中の恋」とかね。でも、思えば、この曲が最後のヒットで、その後BCRは失速していったような気がする。BCRの顔だったレスリーが脱退した、なんて衝撃的なニュースも「ふ~ん」みたいに聞いてたなぁ。実質的にBCRの全盛期は、1974年頃から1977年頃までのほぼ4年間、という短いものだった。

20年程前の日本で、カーペンターズ、アバ、ビージーズといった、主に70年代の洋楽のスターたちの曲がテレビドラマ等に使われて注目を集めていた事があった。特にカーペンターズ人気はすさまじく、新編集のベスト盤が100万枚のセールスを記録したそうで、当時の若い世代(今なら40代かな。笑)に聴かれていたようだが、この次に来るとしたら、それはBCRではないか、と僕は密かに思っていた。キャッチーでどことなく哀愁の漂うBCRの曲は、ドラマの挿入歌には最適なのではないか、と。が、結果的にはBCRがドラマに使われる事はなく、ブーム再来もなかった(爆) 惜しいことをしたなぁ、と今でも思う(なんのこっちゃ)

と、かようにBCRは我々にとっては特別なのであった。そのBCRのレスリー・マッコーエンの訃報である。これは本来なら、フレディ・マーキュリーやカレン・カーペンターの死と同等の衝撃であってしかるべきなのである。思えば、BCRのメンバーは、アラン・ロングミュアーとイアン・ミッチェルが既に亡くなっているので、レスリーは3人目。悲しい現実である。

合掌

という訳で(は?)、最近買ったCDから。

Now And Zen/Robert Plant

以前にも書いたが、僕はロバート・プラントのソロは、ほとんど聴いていない。興味はあったけど機会がなかったというか。ただ、「ビッグ・ログ」のPVを当時見た事があって、良いとも悪いとも判断つかない、という印象だったのだが、ロバート・プラントのソロはツェッペリンとは全く違うものだ、というのは感じていた。そりゃそうだよね。ファンとしては、ツェッペリンの顔だったロバート・プラントに、解散したツェッペリンの幻影を求める訳だが、本人はやりたくないだろう。あの頃はまだまだ若かったし、それなりに志向はあったろうし、ツェッペリンのボーカルというイメージも払拭したかっただろうし、元ツェッペリンという看板なしでもやれる自信はあったろうし。そんな事を僕は、ロバート・プラントのソロ・アルバムのジャケットや「ビッグ・ログ」に感じていた訳だ。思い起こせば、ロバート・プラントがソロ活動を開始したのとほぼ同時期に、ジミー・ペイジも初ソロ作(映画のサントラだけど)を発表してた記憶があるのだが、その評判はあまり芳しくなかったのではなかったか。ファンが求めるスタイルとはかけ離れていたようだ。この当時、おそらくペイジもプラントも似たような心境だったのだろう。

ジミー・ペイジもロバート・プラントも、初ソロを出したのは1982~83年頃かと思うが、それから時は流れて1988年、巷ではちょっとしたツェッペリン・ブームが起こっていた。何がきっかけだったのか分からない。ホワイトスネイクやキングダム・カムがとてもツェッペリン的な音楽を発表したこと(これについては、個人的に異論あり。ホワイトスネイクの「スティル・オブ・ザ・ナイト」のアレンジがツェッペリンの「ブラック・ドッグ」に似てただけのこと)、アトランティックの40周年記念コンサートで再結成レッド・ツェッペリンが演奏したこと、等々諸説あるし、別にどうでもいい事でもあるのだが、このツェッペリン・ブームに乗ったのか、もしくはそれがブームを起こすきっかけとなったのか、同じ時期に発表されたジミー・ペイジとロバート・プラントのアルバムが、ツェッペリンの再生として話題になった。ジミー・ペイジの『アウトライダー』とロバート・プラントの『ナウ・アンド・ゼン』である。

僕はジミー・ペイジの方は未聴だが、ロバート・プラントはシングル・カットされた「トール・クール・ワン」はラジオで聴いて知ってた。ジミー・ペイジがギター弾いてるせいか、確かにツェッペリン的と言えなくもない感じだった。ただ、それ以前に聴いた「ビッグ・ログ」に比べると、「トール・クール・ワン」の方がハード・ロックっぽい感じで、ロバート・プラントはこの路線の方が合っているのでは、となんとなく思った。

ロバート・プラントは、最近30年以上に及ぶソロ・キャリア(ツェッペリンより長くなってしまった)を包括したベスト盤を発表した。ここ2~3年、ようやく僕もロバート・プラントのソロを少しづつ聴き始めたので、買おうかなと思ったのだが、これには「トール・クール・ワン」が入っていない事に気づいた。それなら、もっと前のベスト盤にしようかな、なんて思ってたら、中古でこの『ナウ・アンド・ゼン』を見つけたので買ってしまったという次第。

という訳で初めて聴いてみた『ナウ・アンド・ゼン』予想以上に素晴らしい。なんというか、とてもロック的アプローチだ。「ビッグ・ログ」あたりの印象とは違う、正に硬派なロック、しかもボーカル中心の作り。ツェッペリンが解散せず、そのまま活動を続けていたら、こんなアルバムを作ったのでは、と思わせる。ツェッペリン的な音ではないけどね。多少、80年代という時代を感じさせる部分はあるものの、曲の出来もいいし、良いアルバムと思う。ジミー・ペイジは「トール・クール・ワン」の他「ヘブン・ノウズ」でも良い感じでギター弾いてるし。ボーナス・トラックとして、「トール・クール・ワン」を含む3曲のライブ・テイクが収録されているが、これがまた素晴らしい。特に「トール・クール・ワン」では、ツェッペリンの曲のフレーズが挿入されたりなんかして、なかなかに楽しい。

ま、なんというか、もっと早く聴いてれば良かった、という気になった。70年代でも80年代でも、まだまだ聴いてないのは多い。生きてるうちに、あとどれだけ聴けるかな(爆)

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コロナ禍でも粛々と続いていたU-500、20年目の決算報告

2021年04月03日 22時55分15秒 | 与太話

4月になった。4月といえばエイプリル・フールだが(なんでやねん)、あの有名な自動車メーカーのフォルクスワーゲンが、エイプリル・フールに乗じて、社名を変更するとジョークのつもりで発表したところ、各方面で大騒ぎになり、エイプリル・フールの嘘だと分かったら大炎上してるらしい。なんでそんな事に目くじら立てるんだろう、それも欧米で、なんて不思議に思ってたけど、問題されてるのは嘘の発表をした事にではなく、その内容にあるらしい。

フォルクスワーゲン(Volkswagen)は、アメリカ法人の社名をボルツワーゲン(Voltswagen)に変更する、と3月30日に発表した。この新社名は、今後フォルクスワーゲンが電気自動車メーカーへとシフトしていく決意の表れ、と特にメディアには受け取られ、本当か?というメディアからの問いに対して本当だ、とフォルクスワーゲンが回答したので、間違いないと余計に盛り上がっていた矢先に、エイプリル・フールのジョークです、なんて言われたもんで、メディアは一転して怒り心頭、これはジョークではなく詐欺だ、と騒ぎ始めたのだそうな。

なんというか、こっちとしては「ふ~ん」って感じ。騒ぐ理由が分からん。社名変更は大ニュースで盛り上がったけど、あっさり梯子外されてアタマに来てる、という訳なのかな。というか、この社名変更って、そんな大ニュースなのか。あえて例えるなら、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターが、ジョンとジョージの息子を加えてビートルズを再結成してツアーを行います、とエイプリル・フールに発表するようなものだろうか。確かに、これならジョークと分かった時の落胆はデカいわな。もうちょっと罪の小さいネタにしてくれ、と言いたくはなる。あと、フォルクスワーゲンからの発表が3月30日、ジョークと告白したのが31日、というのもヘンな感じ。エイプリル・フールじゃねーだろ。

何年か前、4月1日に串カツ田中に行ったら、店内に「本日より串カツ佐藤に店名を変更します」と張り紙されてた事がある。一瞬??だったけど、そうか、エイプリル・フールか、で済んでしまった(笑) もちろん、それから現在に至るまで、串カツ田中は田中のままである(爆)

とジョークで済ませる訳にはいかないのかね、フォルクスワーゲンの件は。

と、前置きが長くなってしまった^^; というか、長くなりすぎ。ここまでで、ブログ1回分として立派に成立するな(笑)

今回のネタは表題にもあるように、恒例のU-500決算報告(笑)である。なんと、2001年度よりスタートした本プロジェクト(?)は、昨年めでたく20周年を迎えた。よく続いたなぁ。これも全て皆さんのおかげ....でもないか(笑)

昨年、つまり2020年は特別な年でもあった。そう、コロナ禍である。オリンピックを延期に持ち込み、国民の生活習慣から何から変えてしまった新型コロナウィルスの感染拡大であるが、そんなコロナ禍に於いても、U-500は粛々と続いていた。もちろん、例年と比較して、色々と変わったところ、つまりコロナ禍の影響を受けた事も多い。ではまず、2020年度の結果から。

総昼食回数 239回
昼食費総額 103,872円
1回当たりの昼食費 434.6円

毎年言ってるけど、昼食費だけで年間10万円以上かかっていると思うとゾッとするね(爆)

ま、昼食代の年間平均が450円以下というのは上々の結果である。が、前述したように、昨年はいつもの年とは違っていた。僕の場合は何が変わったのかというと、コロナ禍で、ビジネスとはいえ不要不急の訪問は遠慮するように、と大半の顧客から言われてしまった事もあって、例年より外出回数つまり外回りが減り、昼食は社員食堂で済ませる事が多くなってしまった。以前にも書いたけど、我が社の社員食堂は一食一律400円である。要するに、必然的に昼食代は減る傾向となる訳で、1回平均450円以下なんて当たり前なんである。ちっとも自慢にはならない。ここで、過去3年間の社員食堂利用回数を比較してみる。

年度-社員食堂利用回数/総昼食回数(社員食堂利用の割合)
2018年度 100回/243回(41.2%)
2019年度 110回/236回(46.6%)
2020年度 166回/239回(69.5%)

ただでさえ年間100回も社員食堂を利用するなんて多過ぎる、もっと外回りして稼いでこい、と言われてしまいそうなのに(笑)、昨年度は実に10回中7回、つまり、ほとんど社員食堂で昼飯食ってたのに等しい。言い換えれば、ろくに仕事してない(笑) 仕方ない事とはいえ、何とかしなければ。

余談だが、我が社ではコロナウィルス感染防止対策として、社員を3つのグループに分けて、時間をずらしてグループ毎に食堂を利用するようにしている。利用時間は毎日変わる。例えば、僕はグループBで、利用時間帯が早・中・遅と3つに分かれているとすると、今日が早なら明日は遅で明後日は中そして次の日は早、というローテーションで昼食を摂る事になっている。日々時間帯を変える事で、遅く行くと食べるものがなくなってしまうかも、という不公平を是正してる訳だ。そして、テーブルはバラバラにして距離を空けて設置、ひとつのテーブルには一人しか座れないようにしてあり、尚且つ椅子の向きは全て同じ方向を向いている。食事をする時は離れて一人、会話も慎むように、という通達が出ていて、結構徹底してるような気がする。もちろん、社員の中には不満を言う者もいるらしいが、僕個人は誰かと喋りながら食事をする、というのが昔からめんどくさいタイプなので(笑)、現在のやり方は性に合っている。コロナが収束しても、ずっとこのまま続けて欲しい(笑) ま、どーでもいい情報ですが(笑)

2021年度、つまり今期はどうなるだろう。どーでもいい情報が続きますが(爆)、我が社では今年老朽化した建物を取り壊して、新しい社屋を建設する事が決定し、食堂が入っている社屋も建て直すので、その約一年間の工事期間中は食堂が使えなくなる。食堂を利用していた社員は、仕出し弁当などで昼食を済ませる事になる訳だ。それがU-500にどのように影響するのか。一説では、仕出し弁当は前日までに要予約、一食450円くらいらしい。仕出し弁当を頼むか、近所のコンビニに昼休み買いに行くか、はたまた弁当を持参するか、どんな展開になるのか余談を許さない。ちなみに、その工事は今年の8月から開始である。つまり、今年の8月から約一年間は社員食堂が使えない。それまでに自分の対応を決めておかねば(爆)

と、まぁ、ありとあらゆる常識を見直さざるを得なくしてしまった新型コロナウィルスなんであるが、その影響はサラリーマンの昼食にまで及んでいる。こんなこと、一体誰が想像したであろうか。来期以降はどうなっていくのか。今回のU-500決算報告は、データ的には物足りないと感じた方もいらっしゃるかと思うが(ないない)、これも全てコロナのせいである(爆)

前述したが、U-500も2020年度で20回目を迎え、2021年度からは21年目だ。一体いつまで続くのか。実は、僕自身も還暦が目前で定年も近い訳で、会社を辞めてしまえばU-500も終わりを迎える訳で、その日も着々と近づいているのでは、という気がする。U-500が終わりを迎える時、つまり僕がサラリーマン人生を終える時、どんな心境になるのだろう。予想出来るような出来ないような。ただ、淋しいのは確かだな。

という訳で、残り少ないU-500を今後とも、よろしくお願いしますm(_ _)m

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする