日々の覚書

MFCオーナーのブログ

カセットデッキ

2005年03月28日 23時10分41秒 | 与太話
ジャスミンさんのブログで、ジャスミンさん自身が所有する膨大な量のカセットテープの事が話題になっていた。カセットテープには、僕も人並み以上の思い出と思い入れがあるが(笑)、テープに関する皆さんのコメントを見ていて、ふとカセットデッキ(というかラジカセ)に思いを馳せてしまったのである。

僕が今までの人生で(笑)使用したカセットデッキもしくはラジカセといえば...

1.中学に入学した時に買って貰ったラジカセ。
  フェアメイトとかいう、知らないメーカーの製品。
  夢にまで見たFMが聴けるラジカセという事で、
  狂喜乱舞したものだ(笑)
  中学生の頃は、せっせとこのラジカセで
  エアチェック(死語!)していた。
  しばらくして気づいたが、音悪かった。
  一年くらいしたらヘッドがずれてきて、
  消去出来なくなった。
  つまり、既に録音してあるテープを消して、
  何か入れようとしても、
  録音済みの音が消えないのだ。
  それでも5~6年使ってたかな。
2.中学2年の冬、家で買ったシステムコンポ。
  オプトニカ、と書いてあったような...
  我が家で初めての、本格的なステレオコンポだった。
  引っ越ししたらサイクルが変わって、
  それまで使っていたレコードプレイヤーが使えなくなったので、
  父が買ってくれたのである。
  プレーヤーの他アンプ(これに感激)、チューナー、
  カセットデッキ、そして1mくらいはあったスピーカー。
  皆で使うという事になってたけど、
  僕の部屋に置いてあったせいもあり、
  ほとんど独占していた(笑)
  10年くらいは使ったかな。
  デッキは何回かヘッド交換をした。
  スピーカーは今も現役だ
  (でも片側の音はほとんど出ない)
3.大学に入って寮生活をする時に買ったラジカセ。
  AIWAだったかな?
  スピーカーが2個ついた、いわゆるステレオラジカセだった(笑)
  しかも頭出し機能付き(爆)
  3年くらいしたらボリュームのつまみがおかしくなって、
  ノイズが混じり始めた。その上、スピーカーが
  ミシミシ言うようになったし...(?)
  結局、いつの間にか使わなくなった。
4.就職した年の夏に買ったカセットデッキ。アカイ製だった
  (実は思い出せなくて、実家に電話して聞いた...爆)
  思うに、今まで使ったカセットデッキ(ラジカセ)の中で、
  一番まともだったのが、これだった。
  店員が「デッキのみを作ってるメーカーですから信用できますよ」
  と言っていたのは、売らんが為の方便ではなかった(笑)
  これまでに2~3回修理に出し、今でも現役だ。
  でも、使う機会は減ったけど...

約30年程で、4台というのは少ないのか普通なのか。

現在のCD-RやMDとは違って、カセットというのは録音するデッキによって、物凄く音質に差があった。自分とこで録音したのを他人のデッキで再生すると、音が悪くて結構ショックだったものだ。あの頃(少なくとも4.のアカイ製デッキを買うまで)他人に録音してあげる、なんて滅多にしなかった。音に自信がなかったからだ。また、録音する時にもかなり神経を使ったなぁ。ヘッドを掃除して、録音レベルを合わせて...デジタルコピーが当たり前の現在では、信じがたい話だろう。

僕は車の中では、カセットしか聴かない。というか設備がないので聴けない(笑) だから車中のBGMは全てカセットなんだけど、実はカセットの音の方が好きだったりもする。友人に古いのを貰ったのをきっかけにイコライザーを導入して以来、高音と低音を上げて録音するようになり(なんじゃそりゃ)、その結果車中ではすっくりと抜け良くしかもボトムも効いたサウンドを楽しんでいるという訳だ(爆) もちろん、車の構造のせいもあると思うけど。でも、ほんとテープの音って暖かみがあっていいなと思う今日この頃。

そんな訳で、ひたすらアナログだった僕らの世代は、やはりカセットテープ抜きには音楽は語れない(笑) ジャスミンさんとこで盛り上がってるのもそのせいだろう。デシタル機器もいいけど、テープへの愛着は捨てられないな、うん。

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柳ジョージ・ライブ・レポート

2005年03月21日 17時29分55秒 | ライブレポート
日本は、世界でも有数の地震国として知られているが、それにしてもこの度の九州北部の地震には驚いた。マグニチュード7とか。福岡及び佐賀にお住まいの方々は大変な目に遭われた訳で、お見舞い申し上げます。震源地が西方沖という事で、被害が少なかったのが、せめてもの救いだろうか。本当に地震は怖い。

で、こんな時にやや不謹慎な気もするが(笑)今回は久々にライブ・レポートである。去る3月19日、大阪ブルーノートで柳ジョージのライブを見てきたので、その模様を報告させて頂きます。

そのブルーノートなんだけど、去年の暮れ、JR大阪駅前にハービスプラザというビルがオープンし、そこの地下に引っ越したのである。新装ブルーノートへ行くのは初めて。だいたいこのハービスプラザというのが、高級DCブランドの直営店舗がひしめいているビルなのであって、僕には一生縁はなかろうと、足を踏み入れた事すらなかったのだ(笑) ま、ブルーノートは地下にあり、ブランド店の前を通り抜けていく心配はなかったので、ほっと安心(爆)

柳ジョージといえば、やはりレイニーウッド。来月24年振り(?)のリユニオンライブを横浜で行うそうだ。僕が高校生くらいの頃、レイニーウッドはテレビやラジオ(FM)に出演して生演奏を披露する事が多く、レコードは買った事ないけど、よく聴いていた。「ブルース」とか「ゴスペル」とかいった単語がよく登場する翻訳小説みたいな歌詞がエキゾチックだったけど、曲は割と土臭い歌謡曲みたいな雰囲気もあって、親しみやすかった。柳ジョージ自身はブルースどっぷりなのだが、バンド自体はそこまでは踏み込んでおらず、結果として洋楽ファンにも歌謡曲ファンにも受け入れられる音を作り出していたような気がする。そういえば数年前、フジの『HEY!HEY!HEY!』に柳ジョージが出演した際、司会のダウンタウンの二人はかつてファンだったとかで、他のゲストの時とは全然違って、丁重に接していたのを思い出した。

レイニーウッド解散後の柳ジョージは、失礼ながらほとんど聴いてないのだが、ここ数年は洋楽カバーのアルバムを続けて出しているらしい。その一枚『Good Times』がレコード大賞の企画賞を受賞したくらいだから、かなり高い評価を受けているようだ。実際、今回ライブに行くにあたって、一昨年に出た『scent of dreams-夢の香り-』というカバーアルバム+αを聴かせて貰ったのだが、非常に素晴らしい。柳ジョージの独特の声と、かなり大胆なアレンジによって、全く別の曲になっている。彼のオリジナルと言っても分からないのでは、というくらい。で、今回のライブも、柳ジョージ本人の他、キーボード、ギター、ベースという4人編成で、アンプラグド風に洋楽カバーを披露する、ってことだったので、大いに期待した訳なのである。

さて、そうこうしてるうちに開演の21:00となり(2回公演の2回目で、一回目は19:00開演。やはりこの公演スケジュールは無理があると思う)、まずはステージにバックの3人が登場。ブルースっぽいインスト曲を演奏し始め、途中で柳ジョージが現れてお馴染みのストラトでいきなりソロをぶちかます。彼もそろそろ還暦らしいが、昔から年寄り臭い風貌だったので(失礼!)さほど違和感はなかった。以前にテレビで見た時より少し痩せたかな、という感じはあったが。
で、インストが終わると“短い時間ですが、楽しんでいって下さい”とMCが入り、早速洋楽カバーかと思いきや、レイニーウッド時代の曲を含むオリジナルを演奏し始めた。僕が知ってたのは「フェンスの向こうのアメリカ」「雨に泣いてる」など数曲だけだったけど、客席のファンにはお馴染みの曲ばかりだったらしい。「雨に泣いてる」や「祭り囃子がきこえるのテーマ」なんてとこは意外だったけど、「青い瞳のステラ」にはマジ感激してしまった。ほんと名曲だ、これは(ちなみに、前述の洋楽カバーアルバムにこの曲の英語バージョンが収録されていて、これがまた素晴らしいのです)。改めて聴いてみて、やっぱり柳ジョージって良い声してるなって思った。聞いた話だと、あの声欲しさに若い時一所懸命酒やタバコで声を枯らせようとしたそうだが、相変わらず酒もタバコもやってるのかな?(笑)

何曲かオリジナル曲を演奏した後に、洋楽カバーを披露。でも、少なかったな。ナット・キング・コールで知られる「トゥー・ヤング」、レイ・チャールズでお馴染み「ジョージア・オン・マイ・マインド」、ストーンズの「アンジー」など数曲だけ。ちょっと残念。けど、あのシブい声にシブいギターを堪能出来たので、良しとするか(笑)

バックのメンバーも堅実なサポートぶりだったけど、やはりベースが入るとドラムも欲しいなぁ、なんて気になってしまう。本人もギターはストラトで、それもソロだけ弾いてたので、余計にバンドとして聴きたい気がした。

公演スケジュールの都合で、ライブは一時間程度で終わってしまった。アンコールにやはりカバーで、ビートルズの「イエスタデイ」、耳タコなナンバーだが、ピアノをバックに柳ジョージが歌うとひと味も二味も違う。カバーが多過ぎて、どれも凡百に聞こえてしまう曲だけど、柳ジョージ版は素晴らしい。必聴ですよ。

柳ジョージのようなベテランのライブを見るといつも感じるのだが、長く活動を続けてきただけあって、しっかりした自分のスタイルが確立されているのが素晴らしい。いや、そういうのがあるから長く続けていけるのだろう。見た目は多少変わっても、声や音楽が全く変わってないのも嬉しいしね。まだまだ頑張って、歌い続けて欲しいと思う。そういったベテランたちの姿を見る事は、僕らにとっても喜びである。

という訳で、初めて生で見た柳ジョージ、とても良かったです。誘ってくれたSさんに感謝。う~む、レイニーウッドの復活ライブも見たくなってしまったなぁ(笑)

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音楽ジャーナリズムに物申す!?

2005年03月17日 22時56分51秒 | 本と雑誌
今日はとても機嫌が悪かったのである(笑) 何故なら一日中雨と強風だったからだ。ほんと、雨が降る事だけでもイヤなのに、強風まで重なると機嫌がいい訳ない。今日だって、あまりの強風に煽られ、傘の骨が曲がってしまった。傘って何故、かさばるくせにちっとも役に立たないのか。日本の社会自体も傘を持ち歩く前提では作られていないし。傘を置く場所が常時用意されている建物は皆無と言っていい。これだけ歓迎されていないのに、傘を持ち歩かねばならない天候が腹立たしい。故に雨は嫌いである(一体コイツは何が言いたいのか?)

さて、今月もレコードコレクター誌(以下レココレ)を買ったのである。思えば、毎月欠かさずレココレを読むようになってから、15年程になるだろうか(!) 面白い時もあればつまらない時もある。ま、長年定期購読してる雑誌なんて、そんなもんだろうね(どんなもんだ?) 

定期購読を始めてから15年の間に、編集長も替わりレココレも変化している。ただ、ずっと変わらないこと、それは「レココレ的に重要なアーティスト、それはビートルズ、ストーンズ、クリムゾン、ツェッペリン、ディラン、ザ・バンドである」という事だ。実際、これらのアーティストは、何かというと特集が組まれる。新作が出たとか、リマスターで旧作が再発されたとか、メンバーが来日するとか、最近巷で話題になってるとか、はっきり言うと、かなり適当な理由で特集されている。で、その都度、似たような賛辞の言葉とアルバムガイドが繰り返される。重箱の隅をつつくような、新リマスターと旧リマスターの比較検証や、レア音源追跡もお馴染みだ。近頃では、ネタが尽きてきたのか、◯◯(アーティスト名)を知るためのアルバムガイド20選とか、今に受け継がれる◯◯(アーティスト名)の遺伝子を知る20枚、なんて記事も定番化してきた。そんな事してるなら、他にもっと特集すべきアーティストは大勢いるだろうに。こういう記事ばかり載せてると、マニアを増やす事はあっても、洋楽ファンの裾野を広げる、もしくは古い洋楽ファンを呼び戻す、なんて事は期待出来ない。それでもいいならいいけど。

例を挙げると、我が敬愛するクイーンなのだが、これまでにレココレで特集が組まれたのは一回だけ。フレディ死後の1992年の春頃だ。正直言うと、レココレでは絶対クイーンの特集はないと思っていたから、これは大変嬉しかった。だが、それ以降は一回もなし。特集を組もうと思えば組めたはずだ。『メイド・イン・ヘブン』が発表された1995年秋、フレディのボックスが出た2000年冬、旧作のリマスターが出た2001年秋、ロンドンでミュージカルが上演された2002年夏、そしてオリコンで『ジュエルズ』が一位になった去年の今頃、と最低でも5回は特集のチャンスがあった。もしこれがクイーンでなく、ザ・バンドやツェッペリンであったら、間違いなく特集が組まれていたはずである。何故なかったか。それはひとえに、編集部の好みではないからだ。

クイーンは昔から評論家ウケするバンドではなかったけど、レココレが取り上げないのは、おそらく編集者の年齢にも依ると思われる。どこにも書いてないが、推測するにレココレ編集部の平均年齢は40代後半から50代であろう。この世代にはクイーンはウケが悪い。もうちょっと下の世代なら、結構クイーンを取り上げるのではなかろうか(事実、他の雑誌ではクイーンは非常においしいネタとなっている)。いえ、別にクイーンの特集をやれ、と言ってる訳ではないんですけど...

ま、レココレってのは、そういう雑誌だという事である(笑) ちなみに、今月号(4月号)の特集は大瀧詠一の『ナイアガラ・ムーン』がメインで、あとポール・ウェラーとYMO。大瀧詠一って別に好きではない(あの名盤と言われるロンバケさえろくに聴いていない)。今回は本人のインタビューを交えて『ナイアガラ・ムーン』というアルバムを再検証しているのだが、この人自分の音楽について語り過ぎるのが良くない。この曲の元ネタは何とか、このタイトルは何をもじったとか、この部分のコーラスはあの曲の何をマネしたとか、マニアがあれこれ詮索するならともかく、本人が言っちゃいけない。本人はシャレのつもりで遊んでいたのだろうけど、自らネタばらしをされると興ざめする。山下達郎も、自分の音楽について語りたがる人だけど、彼の場合は冷めてるというか自虐的な感じがあって、自身の作品を客観的に見てるんで却って笑えるくらいだが、大瀧詠一はほとんど自慢話。大瀧フリークくらいだろう、こういう記事を面白がるのは。

あと、レココレに限らないけど、ライターがこの曲の元ネタはこれだ、なんて公の場で言うのも良くない。自分が色々と知っているのをひけらかしてるだけとしか思えない。とある雑誌で、あるアーティストの新作を取り上げ、全曲に渡って曲解説ならぬ元ネタ解説をしていたのには呆れた。というか、腹が立った。そのアーティストが好きなら、その作品にもっと敬意を払うべきだろう。しかも、元ネタをばらして批判するならともかく、絶賛してるのだから、余計訳分からない。僕がアーティストなら、面と向かって「この曲は◯◯を頂いてますね」なんて聞くライターなど、張り倒すであろう。少なくとも二度と取材は許可しない。音楽家が生み出した作品と何だと思ってるのだ。音楽ジャーナリストとは聞いて呆れるわい。

もっとも、最近は某オレンジレンジのように、パクリを公言して自らの音楽を貶めているミュージシャンもいるから、ジャーナリズムだけではなく、アーティスト側も似たようなもんか(苦笑)

あ、レココレ今月号ですが、ポール・ウェラーとYMOの記事は大変面白かったです。聴きたくなりました。こういう記事は大歓迎(笑)

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散髪

2005年03月12日 23時46分46秒 | 与太話

脱線ついでに(笑)また違うネタを。

今日、髪を切ったのである。もちろん、僕は不粋な中年男なので、髪を切る時は床屋へ行く。美容院でカットして貰った事はない。あくまで男一匹、床屋で散髪なんである(笑)

床屋へ行くのは2ヶ月に一回のペース。少ないかなぁ、社会人としては。でも、まめに床屋に行って綺麗にしてても、見てる人がいる訳じゃなし、ね。散髪代だって決して安くはないんだし(近頃は安いとこも多いけど)

いつも自宅近所の床屋へ行く。ここの店長はV6の岡田准一に似ていて、もし美容院だったら女性客が殺到しているだろう。惜しいなぁ。女性にこの話をしても、「え、床屋なの?それじゃ行けないわ」と残念がるばかりだ。で、その岡田准一に散髪して貰ってるという訳。女性の方はよく分からないだろうが、床屋の主人ってのは散髪しながら、あれこれとよく喋る人が多い。うるさいくらいだ。が、この岡田准一は寡黙である。決してブスッとしている訳ではないが、余計な事は一切喋らない。そこがまたよろしい。ちなみに、会社の人にこの床屋を紹介したら、腕はともかく全然喋らないのでつまらん、とのことだった。床屋にお喋りを期待する人はまだまだ多いのである(笑)

僕はいつも床屋では、カットと顔剃りしか頼まない。他人に頭いじられるのが好きでない、というのもあるが、はるか昔に通っていた床屋はシャンプーすると1000円近く高かったから、というのが理由のような気がする。今の店では、シャンプーしても100円程度しか違わない。だけど、相変わらずシャンプーはしない。すっかり定着してしまった(なんのこっちゃ)
昔からよく話題になるが(特に酒の席などで)、床屋では下を向いてシャンプーするが、美容院では上を向く。何故だろう?

顔剃りって、とても気持ちいいけど、実は大変にスリリングな行為なんだよね。ちょっとでも剃刀の刃が滑ったら、出血してしまう。アゴあたりなら被害は少ないだろうけど、喉元を剃っている時に滑らせたら一大事だ。赤い噴水が鏡に向かって発射される事になってしまう。ほんとに緊張感溢れるプレイだ。よく手の空いた店員が床を掃除して、落ちた髪の毛を拾い集めているけど、これは顔剃りをしている時に足を滑らせないように、という配慮なのだろう。と思う(笑)

いつも顔剃りをして貰ってると、森村誠一のとある小説を思い出す。タイトルは忘れたけど、ある美容院で続けて顔剃りの最中に誤って客が死ぬ事故が起き、刑事が調べてみると、事故死した客は皆同じ美容師の指名客である事が分かる。この美容師には何かある、と睨んだ刑事はカットの時彼を指名して接触を計るが、そのうちこの美容師の隠された性格に気づく。非常にプライドが高く自信家なのである。自分が決めたヘアスタイルが絶対だと信じて疑わない。客が死んだ時も、髪型の事で言い争いがあったらしい。プライドを傷つけられた美容師による、事故に見せかけた殺人と読んだ刑事は、美容院へわざと髪型をぐちゃぐちゃにして現れるようになる。美容師が丹精込めた仕上げたヘアスタイルを、2~3日で滅茶苦茶にして、また美容院へ行く。日に日に美容師の顔色が変わっていくのが分かる。そしてある日、剃刀が顔に当てられた瞬間、刑事は直感する「あ、くるぞ」

確か小説はここで終わっていた。怖い話である。もちろん、僕は髪型は基本的に切る人任せで、口を挟んだ事はない。逆らうと怖いから、というのではなく、ああせーこうせーと言うのが面倒臭いからである(爆) 男一匹、髪型をごちゃごちゃ気にしちゃいかん。

と、色々な事がありつつも(笑)散髪が終わって、岡田准一に金を払う。カットと顔剃りで2800円。ビミョーな金額。やはり2ヶ月に一回がベストかな(笑) そして笑顔の岡田准一に「ありがとうございました」と送られながら店を出るのであった。

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席替え

2005年03月10日 01時16分34秒 | 与太話
本来なら、「続く」のままになっている「AERA IN ROCK」の第三弾をアップせねばならない所なのだが(笑)、ちょっと書きたいネタがあったので、そちらをいかせて頂く。「AERA IN ROCK」の続きを楽しみにしていた方、すいません(多分一人もいないはずだが)

うちの事務所で今月模様替えをするのである。要するに席替えだ。何でも社長命令らしい(笑) で、席替えと聞くと、忘れがたいエピソードがある。

中学一年の時の話である。当時、僕のいたクラスでは先生か生徒か、どちらかの発案で月に一回くらい席替えをしていた。席の決め方はその時によって違う。ま、どんな席順にしても絶対文句を言うのがいるので、全員の意見を尊重するには月一回は席替えをしなければならなかった訳で、今思うと先生も大変だったんだな(笑)

で、ある時席替えが行われた。その時の席の決め方として先生が提案したのが、とんでもない方法だったのだ。
隣になりたい異性の名前を一人だけ書きなさい
こりゃ大変だ。先生は、誰にも見せないから安心して書きなさいと言うけど、正直に書いていいものかどうか迷ってしまう。それに、指名が集中する生徒もいるだろう。そういう場合どうするのか。でも、そこいらの細かい事については先生は一切説明せず、とにかく書けと言う。仕方ない。実を言うと、僕はその頃同じクラスに好きな女の子がいたので、意を決して彼女の名前を書いた。人気のある子だったから、指名が殺到しただろう。彼女の名前を書いて提出した時、僕はその子の隣の席になるなんて、これっぽっちも期待していなかったのだ(これホント)

ところが、新しい席順が発表されて驚いた。なんと、僕の隣は、正に名前を書いたその彼女だったのだ。確かに嬉しいんだけど、かといって単純には喜べないような、複雑な心境。彼女は誰の名前を書いたのだろう? まさかオレじゃあるまい。彼女がオレの名前なんて書く訳がない。じゃ何故彼女がオレの隣なのだ? 前述したように、彼女は人気だったから、名前を書いた奴が大勢いたはずだ。少なくとも、5人はいたはずである。なのに、何故オレになったのだ? もしかして、彼女もオレの名前を書いたから、相思相愛ですぐ決まったとか? そんなはずは絶対にない。くじで決めたのか? ああ、分からない(悶々)

彼女に誰の名前を書いたのか、なんて聞ける訳もなく、悶々とした日々が続いた。毎日隣の席で授業を受ける彼女は、普段と変わったところはなく、僕を嫌がっている様子も見せなかったし、好意的な態度も見せなかった。クラスメートの一人として、フツーに接していた。そんな彼女を見ていると、余計に訳分からなくなってくるのであった(笑)

そういう訳で、次の席替えまで幸せな学校生活だったかというと、そうでもなく、なんか落ち着かないままで終わってしまった。

で、あれからン十年経った今でも、席替えというと、この事を思い出してしまうのである。別に大した事じゃないんだけどね(笑) えっ、真相? 今じゃ、こんな事覚えてるのは僕だけだよ、きっと。先生も例の彼女もきれいさっぱり忘れてるだろう。同窓会でもあれば聞いてみたい、なんて気もするけど...やっぱり誰も覚えてないだろうね(爆)

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