日々の覚書

MFCオーナーのブログ

What You Don't Know

2017年11月26日 21時55分11秒 | 音楽ネタ
しかし弱くなったな、と最近思う。もちろん酒の話であるのだが(笑)

元々、酒は飲むけど、決して大酒飲みではないし、毎日飲み歩くなんて事もしない。もちろん、決して強くもない。そのせいか、飲んで帰ってきて、そのまま寝てしまい、ふと気づいたら夜中の2時とか3時とかになってて、慌てて風呂入って寝間着に着替えて布団に潜り込んで再び寝る、なんて事はしょっちゅうだった。僕は、飲み過ぎると眠くなるのである。ま、ある程度ちゃんと寝れば、翌日に持ち越さずに済むので、ふらふらになって帰宅しても、風呂入ったりしてちゃんと寝るように心掛けていた。

ところが、近頃それが崩れつつある。飲んで帰ってきて、ついそのまま寝てしまう、というのは、相変わらずよくある。しかし、近頃は、以前のように、夜中に目が覚めないのだ。朝まで寝てしまうのである。こういうケースの場合は、ほとんど休日だから、まぁいいようなものの、朝の7時とかにふと目覚めて、昨夜の記憶を辿って、ああまたそのまま寝てしまった、と帰宅した時と同じ服で布団に横たわっている自分に自己嫌悪、となったりする(笑) 何故か、休日前夜は特にそうなのだ。疲れているのだ、とは思いたくないが、なんか酔いやすい。下手すると、店のカウンターでうとうとしてたりする。が、翌日仕事だと、自然と抑制されるのか、飲んでもそんなに酔う事はないし、帰宅しても意識ははっきりしてて、ちゃんと風呂入って寝間着に着替えて布団に入って寝るのである。翌朝の目覚めもまぁいい。でも、休日前夜は危険だ。外で飲む時だけでなく、家で飲んでても、気づいたら寝てしまったりするのも多い。嫁にしょちゅう注意されているのだが、なんかこう、眠くなるのを制御出来ないのだ。これは弱くなったという事ではないのか?

翌日仕事だと制御が働く、というのも、骨の髄までサラリーマンって感じで(笑)、あまり嬉しくはないが(爆)、ま、とにかく、これも寄る年波って事なんだろうね(笑)

という訳で、最近買ったCDについてあれこれ(唐突)



100 Greatest Film Themes

またしても映画音楽である(笑) タイトルからも察せられる通り、映画音楽を6枚のCDに100曲収録したものだ。CDはそれぞれ年代別に分けられていて、ディスク1は1939年~1961年、ディスク2は1962年~1968年、ディスク3は1968年~1978年、ディスク4は1979年~1990年、ディスク5は1990年から1998年、ディスク6は1999年~2006年、となっている。なかなかに聴き応え十分(笑)

前から言ってるけど、僕は映画音楽は好きとはいえ、古いのしか知らないので、このCDで言うと、ディスク4以降に入ってるのは、ほとんど知らない。タイトルは分かるけど、曲を聴いた事ないのが大半だ。従って、楽しめるのはディスク1から3まで、という事になる訳だが、確かに、ほとんど知ってるディスク1~3は、懐かしさもあって感動して聴いてたけど、決してディスク4~6がつまらない、という訳でもない。たとえ知らなくても良い曲は良い曲なのであり、それなりに聴いてて面白い。6枚組の割には安いし、映画音楽好きにはお薦めだ。

このCD、いわゆるサントラではなく、基本的にプラハ交響楽団の演奏によるものが多いが、なかなか格調高い演奏でよろしい。歌入りのもある。輸入盤だけに、タイトルも原題で、特に2000年以降の作品は全く分からないけど、近頃はネットで調べれば邦題(=日本公開時のタイトル)もすぐ分かるので、特に困らない(笑) 便利な世の中だ(笑)

ただ、気になる事もあって、新しい作品であればあるほど、新しい感覚の曲が多いのかと思いきや、意外とそうでもない。オーソドックスなスタイルの曲が多く、しかもゆったりテンポの曲ばかりなので、新しいもの、すなわちディスク5や6は、聴いてると少々退屈してくる。メロディもあるのかないのか、みたいなのも多いし。ディスク1や2の曲の方が、今の耳でも斬新に聞こえるのは気のせいか?(笑)



Lindsey Buckingham Christine McVie

ご存知、フリートウッド・マックの中心人物2人によるアルバム。ミック・フリートウッドとジョン・マクビーも参加してるので、言うならばスティービー・ニックス抜きのフリートウッド・マック、って感じ。音も正にフリートウッド・マック。

と、そんな訳で、安定の内容ってとこかな。長年フリートウッド・マックを支えてきた2人によるものだけに、楽曲もサウンドも予想していた通りで、なんか安心する作りだ。マンネリではない、ファンが望む通りの内容であり、それ以上でも以下でもない、と言うと批判してるのか、なんて思われそうだが(笑)、決してそんな事はなく、ま、確かに、少し冒険しても良かったかな、なんて思ったりもするが(笑)、良いアルバムと思う。クリスティンの曲は相変わらずキャッチーだし。かつてのヒット作のような華やかさはないけど。個人的には、『タスク』を思い出してしまった。



Siren/Roxy Music

僕は、ロキシー・ミュージックはあまり聴いてなくて、ベスト盤に入ってるような曲しか知らないのだが、それでも、デビューして数年後に一旦解散するまでと、70年代終わりに再結成してからとでは、随分音楽性が違うな、とは感じていた。解散前は退廃的というかデカダンな雰囲気だったような気がするのだが、再結成後はスタイリッシュに洗練されたロックになった、っとこかな。どっちが好きかと聞かれても、よく分からん(笑)

にもかかわらず、このCDを買ったのは、「Love Is The Drug」が聴きたかったからだ。ロキシーの曲はベスト盤に入ってるようなのしか知らない、と前述したが、知らないなりにも「Love Is The Drug」は好きで、手元に置いて聴きたい、という気になったのはいいけど、なんとなく、ベスト盤よりオリジナル・アルバム買う方がいいような気がして、買ってしまったのである。

で、この『Siren』、ちゃんと聴くのは初めてだが、なかなか良い。デカダンでもスタイリッシュでもない、やや硬派なロックという印象。それなりの美学も感じられて素晴らしい。「Love Is The Drug」以外の曲はやや地味目とはいえ、良い曲が並んでいる。個人的には「She Sells」とか好きだな。でも、ロキシーの歴史の中で見ると、やはり過渡期なんだろうか。別に、どちらでもいいけど(笑)



What You Don't Know/Expose

以前にも、当ブログで取り上げた事があるが、80年代に活躍したマイアミ出身の女性3人組エクスポゼの、1989年に出た2ndのデラックス・エディションである。エクスポゼの場合、1987年の1stも、2枚組のデラックス・エディションが出ているが、今回はそれを上回る3枚組というボリュームなんである。主にシングル曲の様々なバージョンが楽しめます(笑)

エクスポゼは1st『エクスポージャー』から、4曲の全米TOP10ヒットを放っており(うち1曲はNo.1)、プロデューサーのルイス・A・マルティニーもペット・ショップ・ボーイズやデビー・ギブソンのレコーディングに呼ばれるなど、その当時は飛ぶ鳥落とす勢いで、そんな中で出たのがこの2nd『What You Don't Know』だった訳で、ま、悪かろうはずがないのである。実際、この2ndからも3曲のTOP10ヒットが生まれ、正にエクスポゼは絶好調だった。ベストセラーになった1stと比べてみると、基本的には特に変化は見られないが、1stよりチャカポコ感が薄れ、よりコンテンポラリーな音になったような気がする。とても80年代的な音である事は間違いないけど。1stに続き、ルイス・A・マルティニーがプロデュースを手がけ、ほとんどの曲を書いていて、その曲たちが1stに勝るとも劣らない佳曲揃いであり、加えて、外部のソングライター(ダイアン・ウォーレンとか)の曲も取り上げていて、そのせいか、バラエティに富んだ印象を受けるが、本質的には1stの延長線上にある作りと言っていい。僕も当時よく聴いてた。実際、今回このデラックス・エディションを買って、実に久しぶり(20年以上経ってると思う)に『What You Don't Know』を聴いた訳だが、収録曲を実によく記憶してたもんで、とにかく驚いた。かなり聴いてたんだな、と自分でも思う(笑) タイトル曲はもちろん、「Stop, Listen, Look & Think」とか「Still Hang Up On You」とか好きだったなぁ。懐かしさもあるけど、曲もサウンドも今聴いても素晴らしい。

ライナーに書いてあるのだが、当時エクスポゼは日本のタカラのCMにも登場していた。そういえば、そんな事もあったっけ、と思いつつ探してみたらありました。これこれです。2種類あった。CMなんで短いけど^^; ちなみに、CMでなく正規のプロモビデオはこちらです。

それと、話題は変わるが、最近、昔買ったドーナツ盤が収納されているビニール袋を、新しいのに変えてみた。すると、なんか印象が変わる。かなり綺麗になったように感じられるのだ。まるで新品みたい(ないない)







いやぁ、やっぱり音楽っていいな(なんのこっちゃ)
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40

2017年09月24日 23時48分35秒 | 音楽ネタ


知ってる人は知ってるけど、クイーンの6作目のアルバム『世界に捧ぐ(News Of The World)』の40周年記念スーパー・デラックス・エディションが発売される。クイーンのアルバムで、単体でアニバーサリー・エディションが出るのは初めてだ。2011年に、レコード会社移籍及び結成50周年を機に、オリジナル・アルバム15枚のリマスター盤が出た時、各アルバムにボーナス・トラックEPを追加したリミテッド・エディションも同時に発売になったが、今回は『世界に捧ぐ』のみに特化した企画であり、ま、確かに今年が発売40周年だから、というのは分かるが、何故クイーンのアニバーサリー・エディションの第一弾が『世界に捧ぐ』なのか? 今や、世界中で歌われていると言っても過言ではない、超ウルトラ・スタンダード・ナンバーである「We Will Rock You」と「We Are The Champions」の2曲を含むアルバムであるから、そのインパクトと訴求力は、一般の音楽ファンにはデカいだろう。けど、ファンの間での評価は、『クイーンⅡ』や『オペラ座の夜』より低いのは間違いないし(笑)、一般の人にとっても『オペラ座の夜』の方がメジャーと思われる。なのになぜ、『オペラ座の夜』ではなく『世界に捧ぐ』なのか?

個人的には、『世界に捧ぐ』はよく聴いた。クイーンのアルバムの中では、聴いた回数では3本指に入るのではないか。また、聴いた回数だけでなく、アルバムとしてもとても好きだ。クイーンの好きなアルバムという視点でも、3本指に入るのは間違いない。客観的にみても、クイーンの傑作ベスト3に入れてもおかしくないアルバムと思うが、クイーンにとっては傑作というより、重要作と言った方が正しいかもしれない。

『世界に捧ぐ』が日本で発売されたのは、1977年11月のこと。発売日の何日か前から、FM等で曲が流れていたのを聴いて衝撃を受け、LPを一日でも早く手に入れたかったのだが、結局発売日から一週間以上経ってから、ようやく購入した。何故遅くなったのかというと、ちょうど2学期の期末試験と重なっていたからだ(笑) 試験が終わった日にレコード屋に走ったのを覚えている。

あれから40年経ってしまったのか...(爆)

そんなこんなで手に入れた『世界に捧ぐ』は実に素晴らしいアルバムだった。大げさではなく、買ってから毎日のように、僕は『世界に捧ぐ』を聴いていた。1977年の年末は『世界に捧ぐ』と共にあった。翌年、高校受験を控えていたのだが、正に受験勉強のBGMは『世界に捧ぐ』だった、って感じかな(笑) もちろん、勉強しながら聴いてた訳ではない(笑)

このアルバムの、何が僕を虜にしたのか。前作『華麗なるレース』でマンネリを感じさせたクイーンだが、『世界に捧ぐ』であっさりとそれを打破して、新たな方向性を提示してみせた、というのは大きい。クイーンがひとつの局面を迎えているのが、ファンならずとも分かっていただけに、そこで停滞することなく、上手く乗り越えて次のステップに踏み出したクイーンは、やはり只者ではない。僕はそこに共感した、と同時に感動した。本当に、クイーンを好きになったのは、『世界に捧ぐ』からかもしれない、と今ではそう思う。もう、一生ついていきます、とこの時誓った、みたいな感じ(爆)

加えて、収録曲が非常に充実していたのも重要だ。前述したワールド・スタンダードな2曲はもとより、いやそれ以上に、その他の曲も素晴らしい曲ばかりだった。特に、ロジャーとジョンの貢献度が高い。明らかに、当時のパンク・ムーブメントの影響を受けたと思われる「Sheer Heart Attack」と「Fight From The Inside」の2曲は、ロジャーがほとんどの楽器を手がけ、クイーンのイメージを一新させたナンバーであるのだが、それが結果的にマンネリ打破に繋がり、ロジャー自身のアイデアによるパンキッシュなジャケットも含めて、正に新しいクイーンの世界を作り出したのは間違いない。ジョンはジョンで『Spread Your Wings』を上梓し、フレディの感動的な熱唱もあって、隠れた名曲との評価を欲しいままにし、もう一曲の提供曲『Who Needs You』もアコースティックな佳曲で、それまでクイーンが全くやらなかった曲想だったが、自らもアコギを弾いたりなんかして、クイーンの新たな魅力を引き出した。これまで、フレディとブライアンの影に隠れていたロジャーとジョンの曲が初めて2曲づつ採用され、それは結果的にクイーンの新たな方向性となり、後年この二人の書いた曲がヒットして、クイーンの代表曲となったのは、皆さんご存知の通り。正に、誰が言ったか〝スパイスがメインディッシュ〟になる序章だったのだ。もちろん、超ワールド・スタンタードな2曲を書いたフレディとブライアンも、それ以外にも素晴らしい曲を書いている(「All Dead All Dead」とか「My Melancholy Blues」とか)。この時点でのクイーンが凄かったのは、新しい方向性を、今まで表に出なかったロジャーとジョンに託したこと、それを中心でずっとやってきたフレディとブライアンも了承したこと、そしてロジャーもジョンもそれに応えて結果を出すだけの才能があったことである。華麗なるクイーンが、世界のクイーンになっていく第一ステップが、『世界に捧ぐ』であった。くどいようだが、クイーンは『世界に捧ぐ』によって、自身が只者ではない事を、正に世界に知らしめたのだ。

という訳で、40周年スーパー・デラックス・エディションである。曲目等の詳細はこちらで確認して欲しいが、CD×3枚、DVD×1枚、LP×1枚、という、実に豪華な内容だ。CDは、1枚目が本編のリマスター、2枚目がデモ・テイク等、3枚目がライブ・テイク等、という内容になっていて、やっぱり注目は2枚目の「ロウ・トラックス」と題されたデモ・テイク集だろう。本編には採用されなかったテイクのみで、本編と同じ構成にしてしまっているのが凄い。これだけでもいいから聴きたいなぁ。ブートでは既にお馴染みなんだろうけど。

それ以外だと、実は惹かれるものが少ない。CD1枚目は、2011年のリマスターで既出だし、3枚目のライブ・テイクは例によって、既出か年代が後のものばかりで、あまり意味がない。インストゥルメンタルって、つまりカラオケか。出来れば、「ロウ・トラックス」だけ買いたい(笑) バラ売りしてくれないかな(笑)

で、これは、40周年とは関係ないと思うけど、おまけ(笑)



40周年と言えば、こちらも忘れてはいけない(笑)



そう、フォリナーもデビュー40周年なのだ。記念すべき1st『栄光の旅立ち(Foreigner)』が発売されたのが、1977年の夏頃だったかな?(よく覚えてない。爆) 1stからの第一弾シングル「衝撃のファースト・タイム」がヒットして、一気に注目されたのは知ってたけど、実は、僕がフォリナーの音に接したのは、第二弾シングル「冷たいお前」が最初だった。もちろん、すぐ虜になり、第三弾シングル「遙かなる旅路」もお気に入りナンバーになると、僕にとってフォリナーは注目のバンドとなり、翌1978年の春先の来日公演が決まると、日本武道館のチケットを入手してしまった。その時のチケット代はS席で3000円(!)だったとはいえ、高校受験を控えた中学生にとっては、決して安くはないし、思い切った行動だったなぁ、と今では思う。ちなみに、その時のフォリナーの武道館公演は、高校の入学時の前日(笑) もちろん、外タレコンサート初体験だった。

あれから40年。その間、フォリナーは快進撃を続けていた時期もあったけど、低迷していた時期もあり、バンドが存続しているのかすら怪しかった時期もあって、ずっと順調に活動してたとは言い難いし、メンバーの変遷も多く、正に良い時も悪い時も経験しながら、40年間活動を続けてきた。僕も、40年間ひたすらフォリナーを追い続けてきた訳とは言い難いし、多少ブランクはあるけれど、ずっとファンであり続けてきた(つもり)。そんなフォリナーと僕の(勝手に同列にするな。爆)40年間が凝縮されたのが、この40周年記念のベスト盤である。

2000年に出た『アンソロジー』に、それ以降現在に至るまでの足跡を追加した物と言ってしまえばそれまでだが(笑)、シングル曲はほぼ網羅しているし、フォリナー激動の40年を振り返るには十分な内容だ。今も現役だという事をアピールしたいのか、Disc2は大半の曲が現行フォリナーの音源で占められていて、それはそれで構わないのだが、出来ればルー・グラム時代の曲は、現メンバーでの再録音やライブ音源ではなく、ルー・グラム版で収録して欲しかった、という気がする。ライブ音源なんか特に。現行フォリナーは、それはそれで素晴らしい作品を発表しているので、そちらを収録するだけで十分だったと思う。ルー時代の曲はルーの歌で、ケリー時代の曲はケリーの歌で。これで良いではないの。ベスト盤なんだから(笑)

ま、とにかく、産業ロックだの何だのと悪口を言われつつも、この『40 Hits From 40 Years』を聴いてみれば、ヒットするのも当然のクォリティの高い作品を、40年間に渡って作り続けてきたフォリナーの凄さに、ファンならずとも脱帽してしまうだろう。フォリナーが、あと何年続くのか分からないが(笑)、45周年、50周年を目指して、これからもクォリティの高い作品を作り続けて欲しいもの。そして、出来れば、近いうちに来日公演もお願いしたいな(笑) 40年来のファンの我が儘としては、現メンバーで演奏するステージと、過去のメンバーたちで演奏するステージとの、2ステージ制のコンサートを見せてくれたら、こんなに嬉しい事はない(笑)

それはそうと、今年、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』の50周年記念盤も出ている。『サージェント・ヘパーズ』が50年、『世界に捧ぐ』や『栄光の旅立ち』が40年、その差は、今となっては、たったの10年。『サージェント・ペパーズ』なんて、古典中の古典と思ってたけど、クイーンやフォリナーと大して違わないとは...1967年から1977年までの10年で、ロックはかなり変化した。この時期のロックという音楽の成熟や変化のスピードは、今では信じられないくらい早かった。凄い時代だった、とオジサンは思う(爆)

1977年以降、ロックは真の意味で進化し続けてきたと言えるのだろうか、実は、あの時で止まってしまったのではなかろうか、なんて事を、つい考えてしまったりする今日この頃。
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エレクトリック・ソウル・マン

2017年07月29日 20時27分32秒 | 音楽ネタ
随分前の話で申し訳ないが、元クリエイションのドラマーである樋口晶之が亡くなった。享年63歳。かねてから病気療養中だったそうな。慎んでご冥福をお祈り致します。

クリエイションと言っても、知らない人も多いだろう。1970年代から80年代にかけて活躍したバンドで、1969年に竹田和夫(ギター)を中心に結成されたブルース・クリエイションが母体。当初はブルース・バンドだったらしいが、1972年にクリエイションに改名すると、ブルースをベースにしたオーソドックスなハードロックを志向して、1975年に『クリエイション』、翌年にはクリームやマウンテンで有名なフェリックス・パパラルディと組んで『クリエイション・ウィズ・フェリックス・パパラルディ』、そして1977年にはプロレスのテリー・ファンクのテーマ曲として知られる「スピニング・トー・ホールド」を含む『ビュア・エレクトリック・ソウル』と、立て続けにアルバムを発表して、高い評価を得た。樋口晶之は1971年からバンドに参加。当時のクリエイションは、某ML誌の人気投票では、四人囃子、紫といったところと常にトップ争いをしていた人気バンドであり、そのせいか他の日本のロック・バンドにくらべると、FM等で耳にする機会も多く、僕も何曲か知ってて、割と好きだった。『クリエイション』収録の「ユー・ベター・ファインド・アウト」なんて、カッコ良かったなぁ。

それ以降の活動については、やや記憶が曖昧。70年代後半にフュージョン・ブームが到来すると、猫も杓子もフュージョンをやるようになってしまったが、クリエイションもというか竹田和夫も例外ではなく、フュージョン的方向に走って、ダイレクト・カッティングのレコードまで作っていたような気がする。ちなみに、一応これを読んでいる若い人たち(笑)の為に説明すると、ダイレクト・カッティングとは、レコードを作る際、テープ等に録音しないで、演奏しながらレコード盤に直接録音する方法で、テープ等を介さない為、音質がチョーハイクォリティ、というのが売り文句で、主にジャズ・フュージョン系の連中がやってたのではなかったかな。今となっては、このダイレクト・カッテイングにどういう意味があったのかが疑問だが(笑) 当時ダイレクト・カッティングで制作されたレコードって、CD化とかされたのかな? ダイレクトだから、マスター・テープなんてないだろうし、CD化は難しいというか、当時のレコード起こしでもない限り、無理という気がする。

閑話休題。

そういった活動を経て、いつの間にか、クリエイションはアイ高野がボーカルとして加入し、ツインドラム編成になっていた。音楽性もシティ・ポップ路線に変化した1981年、ついに「ロンリー・ハート」がヒットし、『ザ・ベストテン』にも出演した。この頃が全盛期という事になるのだろうか。この「ロンリー・ハート」って、ドラマの主題歌だったうな気がするのだが、違うかもしれない。そんなに良い曲とは思わなかったが、クリエイションがヒット曲を出したのは、素直に嬉しかった。ただ、この頃、樋口晶之がいたのかどうか、今イチ定かではない。

「ロンリー・ハート」のヒットからしばらくして、久々にクリエイションをテレビで見たら、ボーイズ・オン・ザ・ロックスと名乗っていた。どうも、バンド名を変えたらしい。という事は、その時点でクリエイションは消滅というか、発展的解消を遂げた事になるのか。

僕にとってクリエイションとは、70年代半ばに、分かりやすいハード・ロック(それも英語)をやっていた時期の印象が強く、ヒットは飛ばしたものの、「ロンリー・ハート」のクリエイションとは、やはり違うバンドである。竹田和夫のギターも日本人離れしたテクニックとセンスで、当時のロック少年たちを虜にしており、あの四人囃子と並んで、外国のロック・バンドに対抗出来る日本のバンドであった、と言えるだろう。あのフェリックス・パパラルディがクリエイションに惚れ込み、プロデュースを買って出たのも納得。ただ、パパラルディと組んだアルバムは、前後の作品と比べると、あまり出来は良くなかったのが、面白いと言えば面白い(笑)

前述したが、クリエイションの代表作と言ってもいい「スピニング・トー・ホールド」はプロレスラーのテーマに使われて有名になったが、この曲が収録されている『ピュア・エレクトリック・ソウル』には、「エレクトリック・ソウル・マン」という、実にベタで分かりやすいリフが印象的な曲も収録されており、当時、ギター小僧たちは一所懸命コピーしていた。僕もそう(爆) 笑うなかれ、ガキどもがコピーしたいと思うような曲こそが、後世に残る名曲なのだ(爆爆) 最近、耳にする機会はないけど(笑)

という訳で、いい機会なんで(笑)是非聴いて下さい。

エレクトリック・ソウル・マン

そういえば、今思い出したけど、中学生の頃、友人たちがバンドを結成し、団地の夏祭りで演奏した事があるが、その時「エレクトリック・ソウル・マン」もやってたなぁ(笑)

この頃(1970年代半ば)は日本のロックにとっては、まだまだ茨の時代で、多くのバンドが登場したものの、外国のバンドの猿真似と言われ、独自のオリジナリティを確立したバンドもいたけど、そのほとんどは売れず、一般的には無名の存在で、ほんと不遇を囲っていた。クリエイション、紫といったハード・ロック、ウェスト・ロード・ブルース・バンド、ソー・バッド・レビューといったブルース・ロック、四人囃子、コスモス・ファクトリー、ファー・イースト・ファミリー・バンドといったプログレ、めんたんぴん、アイドルワイルド・サウスといったサザン・ロック、とちょっと思いつくだけでも多士済々、色々なバンドが活動してて、なかなかに凄い事をやってたような気がする。当時、もっとこういった日本のバンドを聴く機会があったらなぁ、と今でも残念に思う。

余談だが、その頃のロック・バンドの大半は売れてるとは言い難い状況だった訳で、言っちゃ何だか生活は成り立っていたのだろうか? 四人囃子のメンバーは、その話題になると途端に口をつぐんでしまうそうだが、やっぱり苦労してたんだろうな。クリエイションなんて人気あった方だけど、アルバムはどれくらい売れたんだろう? 聞いた話だと、その頃の細野晴臣の『トロピカル・ダンディ』とか鈴木茂の『バンドワゴン』とかいったアルバムは、2万枚くらい売れて、採算は取れたらしいので、クリエイションだって、それくらい売れたのでは、なんて思ってしまうけど。というか、『バンドワゴン』が2万枚売れた、だなんて、物凄く意外(笑)

確か、1977年の春頃だったと思うが、文部省主催(!)のロック・コンサートが開かれ、テレビでも(たぶん、というか間違いなくNHK)放送されたのを見た記憶がある。出演は、クリエイション、チャー、カルメン・マキ&OZ、とあともう1バンドいたような気がするが、そこで初めて見たクリエイションは実にカッコ良かった。今と違って、なんのギミックも演出もない、ひたすら演奏するだけの、地味なステージではあったけど、でもカッコ良かった。あの頃のミュージシャンは、ステージではひたすら真摯だったな、と思う。

前述したクリエイションのアルバム、『クリエイション』と『ピュア・エレクトリック・ソウル』の2枚は、内容はもちろんのこと、ジャケットも印象的だ。裸の子供の写真を扱った物だが、今なら児童虐待とか言われて発禁処分だろうな(笑) もしかして、CD化されてないかも、と思ったが、無事CD化になってました(笑) しかも、ジャケットは当時のまま(笑)

クリエイション
ピュア・エレクトリック・ソウル

ジャケットについては、ちと載せづらいので、↑でご確認下さい^^;

そんなこんなで、古き良き時代(苦しい事もあったと思うけど)を知るミュージシャンが、また一人いなくなった。

話変わるが、この4月に亡くなったアラン・ホールズワースを、ファンが集まって追悼するイベントが、先日京都RAGで開催され、友人がゲスト出演するというのもあって、見に行ってきた。予想以上に素晴らしいライブだった。

   

せっかくなので、友人の写真を中心に(笑)

ホールズワースは亡くなってしまったが、その精神はこの日本でも確実に受け継がれ、継承されていくであろうと感じさせるイベントだった。出演者の皆さん、お疲れさまでした。


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ドリカム・アレルギー

2017年06月10日 22時16分28秒 | 音楽ネタ
ドリーム・アカデミー、ではない(分かってるって)

そんな訳で、今回のお題はDreams Come True(以下ドリカム)である。デビューは1989年だそうで、今年で27年、その間ずっとトップクラスの人気を維持し、一時は社会現象にもなり、ドリカムに影響されて音楽の道を志したアーティストも多いという。そういう点では賞賛に値する、と素直に思う。決して好きではないが(笑)

実は、僕はデビュー直後からドリカムを知っている。当時購読していた音楽雑誌の“今週のニューカマー”みたいなコーナーで、デビューしたばかりのドリカムが紹介されていたのだ。いつもなら、さらっと読み流して終わるのだが、ドリカムに関しては、何故かその名前をずっと記憶しており、彼らがブレイクした頃、あーあの時雑誌で見た連中だついに売れたのか、と思ったのを覚えている。けど、それだけ(笑)

もう10年以上前の事になるが、当ブログで、ドリカム批判って程でもないけど、ドリカムはどうも好きじゃない、あんなのどこが良いのか、というのをネタに記事を書いた事がある(こちらです^_^;) 不人気ブログにしては大きな反響があり、大勢の人からコメントを頂いた。賛同してくれた人、反論してきた人、よく言ったなぁと感心した人、これを聴けば考えが変わるからと音源を送ってきた人、等々反応は様々だったが、好き嫌いにかかわらず、ドリカムが世間の注目を集める存在である事が分かって、改めて驚いた。皆さんドリカムの事は、なんだかんだ言って、よく知っていたのだ。正に“国民的グループ”である。ドリカムと同様に、20年以上の長きに渡りJ-POPのトップに君臨するB'zでも、これほどの浸透度ではないだろう。テレビに出るか出ないかの違いだろ、と言われてしまえばそれまでだが(笑)

うむ、そういえば、25年くらい前、フジテレビ系のドリカムがレギュラーのバラエティ番組を、よく見ていた記憶がある。コントもやってた。結構面白かったな。だからと言って、決してファンだった訳ではないので念のため(爆)

ところで、最近「ドリカム・アレルギー」という言葉があるそうな。ドリカムはどうも好きではない、受け付けない、という人たちを、ドリカム・アレルギーと呼んでいるらしい。これだけの人気グループであれば、熱心なファンが多い反面、嫌いだという人がこれまた沢山いるのは当たり前で、そんなの昔から珍しくも何ともないのだが、何故今話題になるのか? あまりの人気者ゆえ、ドリカム嫌いなどと口にしようものなら、村八分にされ、就職も結婚もままならず、アパートも借りれず、クレジットカードも作れない、という暗黒の時代が長く続いた反動で、今になってアンチが声を上げ始めたのだろうか? って、そんな暗黒の時代あったのか?(爆) 僕、クレジットカード持ってますけど何か?(爆爆)

事の発端は、TBS系の『マツコの知らない世界』という番組だ。この『マツコの知らない世界』、なかなか面白いので、時々見てるが、マニアックな人たち(ほとんどは一般人ではなかろうか)が登場して、MCのマツコ・デラックスに自分の好きな物について熱く語る、という内容で、マツコの痛烈かつ無遠慮なツッコミに耐えたり無視したりしながら、切々と思いの丈を訴える出演者たちが実に健気で(たまに例外はあるが。笑)、ついつい引き込まれてしまう。元々こういうの好きだし(爆) 昔は深夜枠だったが、いつ頃からか、火曜日夜10時の放送になりはしたものの、内容自体は世間に迎合する事なくキープしているのは立派(笑) フリーズドライとかキャラ弁とかリカちゃん人形とかダムカレーとか、それぞれのマニアたちが披露する想いや蘊蓄がなかなかにめくるめく世界で、実にGoodな番組である(笑) そんな『マツコの知らない世界』に、ある日ドリカムの中村正人が出演して、「近頃、ドリカム・アレルギーの人が多い」と発言し、マツコ自身もドリカム・アレルギーである事を認めたことから、SNS等でドリカム・アレルギーという言葉が一気に広まったものらしい。

前述したように、僕もドリカムは好きじゃないので、ドリカム・アレルギーの一人という事になる。が、よくよく見てると、世間のドリカム嫌いたちがドリカムを受け付けない理由と、僕がブログに書いたドリカムが嫌いな理由とは、同じようでいて同じではない。彼ら曰く、ドリカム・アレルギーの原因はドリカムの曲の歌詞にあり、あまりにもポジティブでキラキラしてて前向きで明る過ぎるので、却って受け付けられない、という事らしいのだが、僕は、楽曲のレベルが低いのに人気ある、というのがドリカム嫌いの一番の理由であって、そこいらがちと違う。ま、大した事ではないが(笑)

ドリカムに限った事ではないが、最近というか、ここ十数年のJ-POPの歌詞って、似たような傾向にあると思う。確かに、「大丈夫だよ」「心配しないで」「きっと上手くいく」「信じる事が大事」「夢は必ず叶う」等々、意味も根拠もない、ただ単にポジティブな言葉を並べるだけ、というのが実に多い。どういう目的か知らないけど、皆を励まそうとしているのだろうかね(笑) 大きなお世話だが(爆) それと、「君の為なら強くなれる」「あなたといると優しくなれる」なんてのも多いね。上っ面だけの空虚な単語なんで、ちっとも響いてこないし。「立ち上がれ」「前を向いて」などと、鼓舞したり自立を促したりしてるようなのも目立つ。近頃の若者は、歌で激励されたり慰めたりして貰わないと、何も出来ないのか? 作る方・歌う方も、自分たちがみんなを勇気づけている、なんて、あぁ勘違いな妄想にとらわれているのだろう。

こんな感じで、使用する言葉が多少違うだけで、基本的には同じ内容の歌詞ばかりなので、結果的にはどれもこれも同じに聞こえてしまう。これ、聴く方も歌う方も大変ではないか? 同じ内容の曲ばかりだと、区別がつかなくて、歌詞を覚えられないのでは? なんて、どうでもいい心配をしてしまうが(笑)

こういう歌詞ばかりで、どれを聴いても作り手の個性・感性みたいなのが伝わってこないから、近頃のJ-POPはどれも同じで面白くないのだ、と僕は思う。今のJ-POPの作り手たちの大半は、グレードの高い作品を作る事より、聞き手の共感を得る事を狙っている。なので、前述のようなポジティブ・ソングか、そうでなければ、ミョーに独りよがりの世界ばかりが出回るのである。歌詞に深みがないとか、ドラマがないとか、そういうのは、聞き手の共感を得られないから作らない、或いはそんな作品は作れないので、安直にウケる方向に走る。必然的に、作者の特徴というか個性が薄くなるので、どれが何か判別しづらくなる。昔の曲に比べると、最近の曲は歌詞が覚えられないけど、それは決して、特定の世代の記憶力の低下によるものだけではない、と僕は思う(爆)

ついでに言うと、歌詞のみならず曲構成も、ここ20年ほどのJ-POPはパターン化している。ほとんどの曲は、Aメロ→Bメロ→サビ、という構成だ。スローな曲・アップテンポな曲、或いは、明るい曲・悲しい曲、という曲想の違いはあっても、曲構成は同じだがら、何曲か続けて聴いていると、どれも同じに思えてだんだん飽きてくる。バラエティ豊かなアルバム、というのは、曲想のみならず、曲構成・歌詞などの変化によってもたらされる、と思うんだけとね。これ、目立たないけど重要ではなかろうか。

と、話を戻してドリカム・アレルギーだが、そこまでドリカムの曲の歌詞がポジティブだとは思わなかったけど(暗い歌詞の曲も聴いた事あるような気がするし)、ドリカムが好きな人ばかりではなく、嫌いな人がいるのも当然で、ドリカム嫌いです、と公言してもいいのでないかと思う。ま、良い意味での多文化共生だね(違)ま、どうでもいい事ではあるが(爆)

個人的には、ドリカムって、それほど狙ってるとは思わない。中村正人はともかく、吉田美和は狙ってないな。あれ、自然とそうなってるんだろうと思う。中村正人にしても、結構マニアックで、楽曲のそこかしこにそんな嗜好が垣間見れるが、それはあくまでもマニアックな歓びであって、ウケ狙いとは違うものではないか、という気がする。あ、別にドリカムを擁護してるのではありませんので念のため(爆)
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パンフレットの謎

2017年05月28日 15時35分39秒 | 音楽ネタ
大物ミュージシャンの訃報が続く昨今、また一人偉大なミュージシャンが亡くなった。グレッグ・オールマン、享年69歳。昨年あたりから体調を崩し、ツアーをキャンセルしたりしてたらしい。慎んでご冥福をお祈り致します。

グレッグ・オールマンといえば、兄のデュアン・オールマンとオールマン・ブラザーズ・バンドを結成し、デュアン亡き後も、メンバーを替えたり、解散・再結成を繰り返したりしながら、現在に至るまで活動を続けてきた。間違いなく、アメリカン・ロックの歴史に数ページに渡ってその名を刻むバンドであろう。かつてはデュアン・オールマン、近年ではウォーレン・ヘインズ、デレク・トラックスといった、看板ギタリストを中心としたジャム的プレイで人気を博したバンドではあったが、それらがグレッグやディッキー・ベッツといった人たちの、高いソング・ライティング能力に支えられていたのは否定出来ない。色々な意味でバランスの取れたバンドだった。そういえば、ちょっと前にも、オールマンズのドラマーで、デレク・トラックスの叔父でもある、ブッチ・トラックスの訃報もあった。グレッグもいなくなったし、おそらくオールマンズは解散だろう(実は既に解散しているという話もある)。一度は見たいバンドだった。

という訳で、グレッグ・オールマン追悼の意を込めて、この曲を。

Please Call Home/The Allman Brothers Band

閑話休題

さて、前回の続きというか何というか(笑)

で、整理してたら、こういうのもあった。



見ればすぐ分かる(笑)フォリナー関連なんだけど、これは何かというと....





来日公演のパンフレットである。それも1988年の物だ。この頃はまだ、フォリナーも武道館でコンサートが出来たのだ。それも2回も(爆) その他の会場もキャパのデカいとこばかりだし、昔は人気あったんだな、フォリナーって。





それにしても、懐かしいと同時に貴重な品である。ミック・ジョーンズとルー・グラムのサインまである。大阪時代のバンド仲間のshinさんから、大阪を離れる時餞別として頂いた物だ。ずっと、しまい込んだままだったけど、最近久々に見た。shinさん、元気かな? 去年のフォリナー・セッション以来会ってないけど。



演奏予定曲目、なんても載ってるけど、実際どうだったのか? 実は、1988年来日公演のセットリストを検索してみたが、見当たらなかった。だもんで、当時行かれた方、是非教えて下さい。オープニングが「Long Long Way From Home」だった、というのは聞いたような気がするけど(笑)

そういえば、shinさんとは、例のフォリナーのコピーバンドFOREFINGERで一緒だった。本家がデビュー40周年で、あれこれ記念イベントも行われている今年、FOREFINGERはどうしてるのだろうか?

それにしても、「フォリナー 来日公演」とか「フォリナー 来日 セットリスト」とかで検索すると、割と上位にMFCオーナーのHPやらブログやらが並ぶのはどうかと思う(爆)


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