日々の覚書

MFCオーナーのブログ

芸術の秋-オルセー美術館展-

2006年10月30日 23時00分25秒 | あれこれレポート

秋である。ある人にとっては「食欲の秋」であり、また「読書の秋」であり、「芸術の秋」でもある。秋は美味しい物がたくさん収穫されるので「食欲の秋」、夜が長くなるので本を読む時間も増えるというので「読書の秋」、まぁここまでは分かるが、「芸術の秋」ってのはどういう理由なのだろう? 秋になると、何故か皆物思いにふけり詩人になるからだろうか。そう、秋は人を詩人にする。みんなが芸術家なのだ。Everybody's A Artist!(意味不明)

さて、そんな「芸術の秋」という訳で、先週の土曜日(28日)に珍しく美術展に行ってきた。神戸市立博物館で開催されている「オルセー美術館展」である。MFCオーナーに絵を愛でる趣味があるのか!と驚いておられる方もいらっしゃるだろうが、昔から絵を見るのは好きなのだ。ただ、難しい事は分からないので、単に見てて好きかどうか、だけでしか判断できないのだが(笑) でも、確かに美術展に足を運ぶなんて滅多にない。あの忍者さんですら、プラド美術館展を見に行ってるというのに。ま、今回は、とある筋から無料入場券を貰ったので、行ってみようかな、という気になったのだが(笑) 

という訳で、「オルセー美術館展」だ。あのルーブル博物館とセーヌ河をはさんで対岸に位置しているのだそうだ。でも、開館は1986年と、割合最近。今回は、全てのコレクションが日本にやってきたわけではないそうだが(当たり前だ)、かなり有名な絵も展示されており、人気が高い美術館らしい。と、伝聞ばかりで申し訳ない。詳しくはホームページを見て下さい(笑)

本国でもそうなのか、今回の美術展では、1.親密な時間 2.特別な場所 3.はるか彼方へ 4.芸術家の生活 5.幻想の世界へ と、5つのセクションに分けられ、それぞれのテーマに沿った作品が展示されていた。なかなか面白い企画だ。いわゆる印象派の画家の作品が中心らしいが、マネ、モネ、ゴッホ、ルノアール等々、僕ですら名前を知っているメジャーな人たちの作品も多く、そのせいか、館内もかなり混み合っていた。けど、絵の前に柵が作られ警備員が立っている、なんて事はなく、近くに寄って絵を眺める事が出来たのは良かった。個人的には風景画が好きなので、この5つのセクションの中では「特別な場所」が印象的だったかな。「はるか彼方へ」も良かったけど。

前述したように、かなり人が多かったのだけど、ひときわギャラリーを集める絵があった。何だろう、と近寄ってみたらセザンヌの作品だった。やはり人気高い(笑) また、画家たちの中にオディロン・ルドンの名前を見つけて、ちょっと懐かしい感じがした。小学生の頃、母に連れられてオディロン・ルドン展を見に行ったことがあるのだ。その時に買ったパンフレットも、まだ実家にある。なんというか、悪く言えば気味の悪い、よく言えば幻想的な絵を描く人、という印象があり、考えてみると小学生には刺激が強かったのかもしれないが、今でもその名前を覚えている所をみると、相当インパクトは強烈だったようだ。今回の「オルセー美術館展」に展示されていた作品も、さほど刺激が強いものではなかったが、やはり幻想的なテーマと筆致が印象的だった。

ま、美術には縁遠い僕が、これ以上説明してもしかたないので(笑)、ここいらで止めておく。ただ、全体的にはオーソドックスかつノーブルな雰囲気の絵が多く、気のせいか館内にも穏やかな雰囲気が漂っていた。ギャラリーが大勢いた、と言ったが、決して押し合いへし合いしながら慌しく鑑賞するのではなく、ゆっくりとじっくりと見れたし、非常に良い体験をさせて貰ったと思う。久々に過ごした、バンド練習やセッションではない休日は、とても貴重なものとなった。たまには絵を鑑賞するのもいいものだ。

この「オルセー美術館展」、来年1月8日まで開催されているので、是非行ってみて欲しいと思う。入場料は大人1500円、決して高くない。え?タダ券で入場したヤツが言うんじゃない、って?どうも失礼しました(笑)

で、今回の戦利品である。

200610291052000

実はゴッホの絵って、結構好きなのだ。本当はレプリカ買って帰りたかったけど、ちょっと悩んでしまった。いや、決して手が出ない値段ではなかったのだけど、汚い部屋に飾ってもなぁ...なんて、つい躊躇してしまったのだ(笑) で、代わりにマグカップにしたという次第。これでコーヒーを飲むたびに、心はアルルへ...って事はないか(笑)

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日本シリーズで勝てないドラゴンズ

2006年10月28日 22時51分39秒 | スポーツ

少々遅くなったけど、ショックも癒えた(笑)ので...

日本ハムファイターズ日本一おめでとうございます!

しかし、それにしても我が中日ドラゴンズは、今回も完敗だった。なぜか、ドラゴンズは日本シリーズに弱い。今年を含めて、7回日本シリーズに出場しているが、初出場の時に日本一になって以来、ずっと負け続けている。しかも、内容もあまり良くない。これまでのドラゴンズの日本シリーズを振り返ってみると、

1954年(昭和29年) 中日 4勝3敗 西鉄
第一戦 ○ 5-1
第二戦 ○ 5-0
第三戦 ● 0-5
第四戦 ● 0-3
第五戦 ○ 3-2
第六戦 ● 1-4
第七戦 ○ 1-0

1974年(昭和49年) 中日 2勝4敗 ロッテ
第一戦 ○ 5-4
第二戦 ● 5-8
第三戦 ○ 5-4
第四戦 ● 3-6
第五戦 ● 0-2
第六戦 ● 2-3

1982年(昭和57年) 中日 2勝4敗 西武
第一戦 ● 3-7
第二戦 ● 1-7
第三戦 ○ 4-3
第四戦 ○ 5-3
第五戦 ● 1-3
第六戦 ● 4-9

1988年(昭和63年) 中日 1勝4敗 西武
第一戦 ● 1-5
第二戦 ○ 7-3
第三戦 ● 3-4
第四戦 ● 0-6
第五戦 ● 6-7

1999年(平成11年) 中日 1勝4敗 ダイエー
第一戦 ● 0-3
第二戦 ○ 8-2
第三戦 ● 0-5
第四戦 ● 0-3
第五戦 ● 4-6

2004年(平成16年) 中日 3勝4敗 西武
第一戦 ● 0-2
第二戦 ○ 11-6
第三戦 ● 8-10
第四戦 ● 8-2
第五戦 ○ 6-1
第六戦 ● 2-4
第七戦 ○ 2-7

2006年(平成18年) 中日 1勝4敗 日本ハム
第一戦 ○ 4-2
第二戦 ● 2-5
第三戦 ● 1-6
第四戦 ● 0-3
第五戦 ● 1-4

あ、もちろん、勝敗はドラゴンズから見たものである(笑)

う~む、西武に3度もやられているんだよな...

こうして見ると、どれも完敗である。日本一になった1954年と西武に敗れた2004年を除くと、あっさりと決着をつけられているのが分かる。1勝しか出来ずにシリーズが終わったのが3回もあるし。日本シリーズがナイターで行なわれるようになってから、早く決着がつく傾向があるが、6試合は当たり前だった1988年ですら、5試合で終わっている。つまり、日本シリーズに於けるドラゴンズには、一旦負けるとずるずると負け続ける、という傾向があるという事だ。う~ん、なんとかならないのか。

もちろん、選手も首脳陣もよく分かってはいるのだろう。けど、どうしたらいいのか分からないのだろうと思う。今年も同じだった。初戦勝ったから、調子出るかなと思ったけど、結局今までと同じで、ずるずると負けて、シリーズが終わった。負け始めるとやる気をなくすのか。それとも、プレッシャーに弱いのか。そういうチームではないはずなんだが。監督もそれなりに手を打ったと思うし、選手も必死だったと思うけど、でも負けてしまった。つける薬はないのだろうか。

日本シリーズに負けはしたものの、リーグ優勝する事で確実にファンを喜ばせてくれた訳で、それが色褪せる事はないのだが、でもやはりせっかくのチャンスなんだから、日本一になって欲しい。どうしても、日本一にはなれない悲劇のチームとして名を残すのなら、それはそれでいいけど(笑) でも、それでは困る。リーグ優勝はもちろんだけど、日本一にもなって貰いたい。来年以降は、リーグ優勝だけでなく、日本シリーズにも勝つべく、球団は何らかの対策を講じるべきであろう。

話は少し変わるけど、訳分からんプレーオフが導入されてから、3年連続でパ・リーグが日本シリーズを制している。これは、やはりプレーオフの影響が大きいのでは、と思えてならない。リーグ戦とシリーズの間にプレーオフをこなす事によって、モチベーションも上がるし、プレッシャーのかかる試合を経験する事で、勝負強くもなるのではなかろうか。来年からは、セ・リーグでも同様のプレーオフが導入される訳で、ドラゴンズもそれを勝ち抜いて日本シリーズに出れば、情けない負け方はしなくなるかもしれない。相変わらず納得いかない制度だが、そういう一面もあるのだ、という事で来年もドラゴンズに期待するものである(笑)

所で、まったくの余談だが、1988年の日本シリーズ第二戦、7-3でドラゴンズが勝ったが、この試合の勝利投手は郭、敗戦投手も郭、である。双方の責任投手が同姓とは、これかなり珍しい記録ではなかろうか(笑)

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喝采

2006年10月23日 23時06分23秒 | 音楽ネタ

昨日、エイプリル・フールズでもお馴染みのセンベーさん&KIKUKOさん夫妻が所属するバンド、PLAY BACK PARTYのライブに行ってきたのである。え?日本シリーズの最中だというのに、試合も見ないで出かけて行ったのか、って? 世の中には、日本シリーズよりも大事なものがある、ってことですよ(笑)

このPLAY BACK PARTYは、古き良き歌謡曲のカバーを中心に演奏するバンドである。ま、噂によると、次のライブでは洋楽オンリーだそうだけど(笑) で、昨夜のライブで演奏されたのは、

1.古い日記
2.恋の季節
3.かもめが翔んだ日
4.喝采
5.また逢う日まで
6.卒業写真
7.どうにもとまらない
8.六本木心中

許可なしに掲載しました。センベーさん&KIKUKOさん、ゴメンナサイ。それにしても、特定の世代(最近こればっかし)にとっては、涙なしには聴けない名曲の数々。正直言うと、「卒業写真」だけは毛色が違うかな、という気がしないでもないが(笑)、懐かしくも新鮮な昭和の歌謡曲に、どっぷりと浸らせて頂いたのだが、中でも特に感激してしまったのが「喝采」である。

ご存知、ちあきなおみの最大のヒット曲にして、昭和いや20世紀を代表する名曲である。この曲がレコード大賞を受賞したのは、テレビで見てたから覚えているが、いつ頃かは忘れていた。1972年だそうだ。僕は小学4年生である。この時既に、「喝采」は忘れられない名曲となっていた。ませたガキだったのかどうか(笑)

今と違って、昔はオリコン上位に入るヒット曲は、テレビでも街中でも、とにかくあちこちで聴く事が出来たから、「喝采」はガキでも知ってたし、なんとなく歌詞を覚えて口ずさんだりしていた。でも、ガキには難しい内容であったのも確かだ。

いつものように幕が開き、恋の歌うたう私に
届いた知らせは、黒い縁取りがありました

だいたい「黒い縁取り」の意味が分からない(笑) 曲全体も通して聴いてると、ストーリーがあるのは分かるのだが、でもやっぱり理解出来ない。で、母親に聞いたら、「黒い縁取り」とは死亡通知の事で、ハガキの縁を黒く塗ってあるのだ、と教えてくれた。そして、続けて母親は、「都会に出て歌手になるという夢を叶える為に故郷の恋人を捨てた女が、望み通り歌手になるが、ある日捨ててきた恋人の死を知る。そして、悲しみに打ちひしがれながらも、死んだ恋人の為、そして自分の為に歌い続けていこう、という決意を新たにする」という、この「喝采」のストーリーを解説してくれた。正直言うと、ショッキングであった。流行歌に人の死が歌われている、というのもあるが、ほんの数分間の歌の中に、こんなドラマがあるなんて、という驚きの方が大きかったと思う。

実際の所、10歳のガキに、そこまで解説してくれた母親も大したものだと思う(笑) 理解できるかどうか、きわどい年齢だし(笑) でも、そんなドラマは理解出来なくても、聴く人を引きつけずにはおかない、圧倒的な力がこの曲にはあった。詞にも曲にも、そしてちあきなおみの歌唱にも。だから、何も分からない僕でも、素直に感動していたのだ、と思う。ここいらは、聴いて貰わないと分からないのではないかな。

そんな圧倒的な力を持った名曲を、流行歌のひとつとしてリアルタイムで体験出来た自分は幸せだと思うし、そういう楽曲を生み出した昭和という時代に生きる事が出来たのも有り難い事だと思っている。くどいようだが、だから昔は良かったんだ、と言う気はない。現代には現代のリアルな歌があると思うからだ。けど、市井の全ての人を感動させ、しかも何十年経っても色褪せることのない力を持った曲が、どの程度あるのかは疑問に思う。これは、ただ単にリアルタイムで知ってた、というだけの感覚なのだろうか。いや違う。あの時代の歌は違うんだ、と僕は思いたい。

「喝采」、今聴いても素晴らしい曲だ。昨日のPLAY BACK PARTYのライブで、久しぶりにこの曲を聴いて、ほんと僕は涙せんばかりに感激した。もちろん、こんな事はセンベーさんにもKIKUKOさんにも言ってないけどね。なぜって?だって、恥ずかしいもん(爆)

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フリーとバドカン

2006年10月21日 15時21分30秒 | 音楽ネタ

Fireandwater Desolationangels

今月のレコードコレクターズの特集はフリーである。1969年のデビューから1973年の解散まで、実働4年ちょっとという短命なバンドだったが、この間に6枚のスタジオアルバムと1枚のライブ盤を発表するという精力的な活動を行い、ブルースに根ざした独特のサウンドとライブパフォーマンスは高い評価を受け、メンバーのポール・コゾフが解散後の1976年に若くして亡くなる、という悲劇もあり、早くから伝説のバンドとなった。もちろん、現在でも人気は高く、つい最近も1970年前後の音源をまとめた『ライブ・アット・BBC』やヒストリーDVD『フォーエバー』が発売されたばかり。今回の特集は、そこいらにタイミングを合わせての事だろう。

前述したように、フリーの解散は1973年で、僕が洋楽(ロック)に目覚めた頃(1976年あたり)には、既に存在していなかった。ただ、FMではちょいちょいかかっていたし、雑誌に取り上げられる事も多く、元メンバーのポール・ロジャースとサイモン・カークがバッド・カンパニーで活動していたこともあり、フリーの名前はその頃から知っていた。ただ、どうもフリーの音楽は好きになれなかった。彼らの曲はゆったりしたテンポのものが多く、重いとか暗いとかいう印象があったし、隙間の多い音作りにも馴染めなかった。そう、当時僕はフリーよりもバッド・カンパニーが好きなガキだったのである。

フリーとは対照的に、バッド・カンパニーはFMで聴いてすぐ気に入った。その時点での最新作は『ラン・ウィズ・ザ・パック』で、タイトル曲や「ハニー・チャイルド」といった曲がよくかかっていた。キャッチーで分かりやすく、またポール・ロジャースのボーカルも素晴らしかった。その後『バーニング・スカイ』が発表され、これもよくFMで聴いてた。しかし、バッド・カンパニーのアルバムで最も思い出深いのは、『デソレーション・エンジェル』だろう。このアルバムが出た時、僕は高校2年で、友人にLPを貸して貰ってカセットに録音して毎日のように聴いていた。ちなみに、この時同時に借りたのがカーズの『キャンディ・オー』で、90分カセットのA面がバッド・カンパニー、B面がカーズ、となっていた(笑) 高二の夏は、この2枚に明け暮れたと言ってもいい。

よく言われるように、バッド・カンパニーはデビュー時から、アメリカでの成功を狙っており、アルバムを重ねるごとにアメリカナイズされ、それが頂点に達したのが『デソレーション・エンジェル』という事になっており、フリーから引き続いてのファンには評判が良くないそうだ。確かに、ブルース色はかなり後退してはいるが、サザンロックっぽい雰囲気の曲もあったりする、アーシーな感触のアルバムで、彼らが目指した音楽の到達点として素晴らしい出来である、僕は思う。こういうちょっと南部っぽい感じのロックを彼らはやりたかったんじゃないか、と思うのだ。そういった志向はデビューアルバムで既に感じ取れるし、フリーが解散した時点で、ポール・ロジャースが違う物を目指したのは明白だ。彼の節回しやノリは、ストイックなブルースより、南部系のややいなたい感じの音楽の方が似合いそうな気もするし。シンドラを多用するなど、(当時としては)新しい感覚も取り入れて、バッド・カンパニーは『デソレーション・エンジェル』で自分たちの音楽を完成させたのだ。

残念ながら、『デソレーション・エンジェル』の大ヒット以降彼らは失速し、80年代に入って解散→メンバーを変えての再編、という道を歩んでいく。再編後のバッド・カンパニーは全く聴いてないけど、皮肉な事にフリーをちゃんと聴き始めたのは、この頃からである。僕は大学で軽音楽サークルに所属してバンド活動をしていたのだが、その頃のバンド仲間にフリーやらクラプトンやら、いわゆるホワイトブルース系バンド好きが多く、そいつらの影響で僕もコピーを兼ねてブルース系を聴くようになった。フリーもそういった経緯で聴き出したのだが、10代の頃は馴染めなかったのに、結構気に入ってしまったのだ。彼らの音楽を重いとか暗いとか感じていたのに、そこがいいのだ、なんて思うようになってしまったのだね(笑) 本当に不思議なものだ。最初にハマったのは『フリー・ライブ!』で、個性的な音を出すメンバーたちの圧倒的な存在感に、完全にノックアウトされた。特に、サイモン・カークのドラムが素晴らしく、バッド・カンパニーとはまた違うタメのあるプレイにすっかり影響されて、ひたすらマネしようと試みたりしていた。スタジオアルバムでは、『ファイア・アンド・ウォーター』が一番好きかな。こうして聴いてみて、フリーは重い・暗いという側面もあるが、幅広い音楽性を持ったバンドであった事がよく分かった。ブルースの精神を体現しつつ、違う要素も取り込んで個性的な音楽を作っていたのが、フリーというバンドだったのだ。こんな事を、当時10代だった若者がやっていたなんて、ほんと信じられない。彼らが凄いのか、はたまたそういう時代だったのか。

今回のレコードコレクターズの特集には、フリーの結成からデビューに至るまでの記述もあり、その背後にはアレクシス・コーナー、クリス・ブラックウェル、マイク・ヴァーノンといった、当時の音楽界の大物たちのバックアップがあった事も書かれている。フリーは才能溢れるバンドだったけど、ポッと出てきた訳ではないのだ。いくら才能があっても、それを認めバックアップしてくれる存在がなければ、ショービジネスの世界で成功する事は難しい。これは今も昔も変わらないようだ。

という訳で、レコードコレクターズを読んでて、色々な事を思い出してしまったので、書いてみた(笑) もちろん、今ではフリーもバッド・カンパニーも好きである。

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Honesty, such a lonely word...

2006年10月17日 23時41分13秒 | 与太話

秋深し 隣は何をする人ぞ

誰が詠んだのか忘れたが^^;、有名な句である。で、うちの隣人は秋の夜長に、さっきからミョーなノイズを発して一体何をしてるのか。どうも、僕にはノコギリで何かを切っているような気がするのだが(しかも電動)。風呂場で死体をバラバラにしてる、ならいざ知らず、単なる日曜大工なら、こんな夜中には勘弁して欲しい。

さて、秋の夜長とは全く関係ないが、手元に一通の封書がある。株式会社○○コンプライアンス委員会 新・一斉調査、と表には書いてある。要するに、コンプライアンスの調査な訳だ。日頃から、社員がコンプライアンスの精神を理解しているか、常にコンプライアンスを遵守しているか、てな事を調べる為、アンケート形式の設問に答えて郵送しなければならない。締め切りはもうすぐだ。明日には投函しないと間に合わない。

しかし、これ、正直に答えていいものかどうか、非常に疑問だ。いや正直に答えるべきなのだろう。でも、無記名ではないので、保身を気にするサラリーマンとしては、正直に回答するのを躊躇してしまうような設問もいくつかある。う~む、困ったなぁ。そんな中でも、一番の難問がこれだ。

あなたの職場では、インターネットやメールが、業務以外の目的で使用されたことがありますか?

正直に答えるべきか、それとも...

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