テレビ・新聞等で「かつめし」が紹介される
平成4の月のことでした。
2代目の一角昌博が大阪で、ある研究会に講師として出席していた時のことでした。
家から電話があり「すぐに帰ってほしい・・」
事情を聞くと「かつめし」のことでした。
「テレビの方が私(一角昌博氏)に聞きたいとカメラを据えて待っている」とのことでした。
加古川には、珍しい食べ物「かつめし」があると聞いて取材をしていたら、その食べ物の発生のお店は「いろは食堂」の一角さんだということが分かり、発症の店を取材せず人放送できない」と私をまっておられたのです。
そして、その年(平成11)6月に放送がありました。
また、その年の9月に今度は毎日テレビが「甘辛アベニュー」という番組で、夜のゴールデンタイムに「かつめし特集」(1時間の番組)を放送しました。
これで、「かつめし」の名前は一挙に全国に広がり、「かつめしの店」に多くのお客が殺到するようになりました。
厳しい修行でした(4代目・一角昌史)
4代目の一角昌史は、料理好きで、フランス料理の就業のため、京都のリバーオリエンタルに就職しました。生半端な修行ではありませんでした。
就業時間などはあってもないのと同じで、それに手は飛ぶ、足蹴りはくるで、見習い期間は人間扱いではありませんでした。
しかし、好きな道なので家に帰ってきても、一切不満を言いませんでした。
京都での3年間の修行の跡は、神戸のオリエンタルホテルで修業をし、最後に、自分の店の出店のために神戸のお店で2年半ばかり修業をしました。
12年の修行を終えて加古川へ帰ってきました。
(現在の)いろは食堂(ビストロ)オープン
昌史が、平成27年1月に結婚したのを契機に3代目から4代目にバトンタッチして、お店もフランス料理も出せるように出せるように大改装して、名前も初代の「いろは食堂・ビストロ」に戻し、同年8月15日にオープンさせました。
多くの方々に好評があり、テレビ等でも紹介してもらえるまでになりました。
(no5080)
*写真:現在の「いろは食堂」
<お知らせ>
「加古川町篠原(町)・溝ノ口探検」は不十分ですが、次回から「加古川町平野・美乃利」を探検します。引き続き、よろしくお願いします。