熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ソニー神話を壊したのは誰だ・・・立花隆:中鉢良治

2007年01月20日 | イノベーションと経営
   文藝春秋二月号に、立花隆氏と中鉢良治社長の対談「ソニー神話を壊したのは誰だ」と言う面白い記事が載っている。
   先に出井氏の新書「迷いと決断」について感想を書いたが、今回も、文春の記事を読んでいて、改めてソニーの経営上の問題点をいくつか感じたので触れてみたい。

   「経営トップに問う」と言う記事なので、「電池発火事故、プレステ3製造遅れ。ソニー低迷の理由は何なのか?」と言う問題提起で、立花氏が中鉢社長に対して執拗に質問をぶっつけて追求している。
   
   まず、「久夛良木氏はなぜ社長を外れたのか」との部分で、中鉢社長が、
   「(プレイステーション3(PS3)の)性能は事前に見聞きしていましたけど、実際に手にして驚きました。ゲームが出来るのは勿論のこと、DVD約5枚分の情報量を持つブルーレイディスクは再生できる、インターネットなどパソコンでできるサービスも受けられると言う1台3役の機械で、買う前からこれだけの充実度を期待した人はどのくらいいるのだろうか。ゲーム機ではありますが、買ってみて、初めてその凄さに気付かれるだろうと思いますね。」と言っている。
   
   耳を疑うのは、いくら別の子会社とは言え、ソニーで最もイノベイティブで、かつ、社運をかけて先行投資を行い起死回生を目指した筈のPS3に対して、社長がスペックは勿論製品そのものに対して正確な理解なり認識が殆どなかったことを臆面もなく暴露していることである。
   もう一つの問題は、立花氏がきっぱりと指摘していることなのだが、PS3が、途轍もないスーパーコンピューターを凌駕するような性能を搭載していながら、中鉢社長にその凄さと重要性、そして、それを如何に活用するかの認識が全くないと言うことである。
   この点は、重要なので後述するとして、まず、全く初歩的な問題点は、ソニーは、何を顧客に売ろうとしていたのかと言う製品に対する正確なコンセプトがPS3には全く見えないと言うことである。
   ゲーム機(社長がゲーム機と言っているのだからゲーム機であろう)と言うコンセプトなら、安くて便利な任天堂のWiiで十分であり、虎の子のセルを使用して途轍もない演算速度を持ち、かつ、ブルーレイに対応するような超高級なスペックは必要ない筈で、もっと安くもっと早く顧客のニーズにマッチした適切なゲーム機を市場に提供できた筈である。過ぎたるは及ぶばざりしであろうか。
   何を、いくらで、何時売り出すか等の基本の基本たる5W1Hの定義付けさえせずにPS3を開発して売り出したとしか考えられない。

   立花氏によると、PS3で使用されているCellは、1チップで258ギガフロップスの能力があり、「地球シュミレーター」に使われた巨大ロッカー型スーパーコンピューター4台分に匹敵すると言う。
   地球シュミレーターに500億円かかり、スパーコンピューターに数千万円かかっているのに、PS3はたったの数万円。日本はPS3の大ブレイクによって世界に比類のないスーパーコンピューター王国となり、PS3を数台連結すれば、デスクトップの地球シュミレーターが出来て、様々な応用の試みが行われる。
   東大の生産技術研究所に預ければたちまち凄い使い方を見つける。ソニーが潰れることがあっても、このプロジェクトだけは国家が乗り出しても保護すべきだ、とまで言うのである。

   「Made in America」でアメリカ産業に競争戦略を伝授したMITチームの新著「グローバル企業の成長戦略」で、古いモデルへの固執は危険が伴うとソニーを批判しながらも、自らのイノベーション創出力に命運を賭けて来たセルプロセッサーのような新製品で続々ヒットを飛ばせば、V字回復を経て一気に連勝街道を突っ走れる、と注視しているCellなのである。

   ここで、ソニーの本質的なイノベーションに対する対応だが、このCellの開発を、既存製品の能力アップと言う持続的維持型のイノベーションの延長上で考えている。
   クリステンセン流に考えると、技術が、顧客のニーズより遥かに先行し過ぎてしまって、顧客は必要以上の対価を払う筈がないのでコストの回収さえ難しくなる。
   しかし、これまでのソニーのイノベーション製品の多くは、トランジスター・ラジオやTVにしろ、或いは、ウォークマンにしろ、既存技術を活用した新市場破壊型の全く新しい市場を創造するような新製品の開発であった。
   従って、この持続的維持型の途轍もないイノベーションであるCellを、新しい革新的なソフトや活用方法を開発することによって市場破壊型イノベーションを追求し、新しい創造的な製品を生み出す以外にブレイクスルーへの選択肢はない筈なのである。
   既に、ソニーは、FeliCaと言う途轍もない製品を開発しながら、その活用ノウハウを開発出来なかったばかりに、千載一遇のチャンスをミスって部品メーカーになり下がった苦渋を舐めているのに、まだ、学習出来ていないのである。

   出井経営論批判でも触れたが、モノづくり技術の深化ばかりに力を入れても、今日のイノベーションはソフトに比重が移ってしまっており、むしろ、新技術を如何に活用して市場破壊型イノベーションを追及した市場創造型の商品やサービスを生み出すかと言う事の方が遥かに重要なのである。
   別なところで、中鉢社長は、「デジタル化の時代は、単に物を作るだけではなく、携帯電話やゲームのように、市場でのディファクトスタンダードになって良を売らなければ利益にならない。つまり、「規模の経済」を追求する必要がある。」と言っている。
   全く間違っている。
   ソニーは、このようなコモデティ市場で持続的維持型イノベーション競争ばかりに現を抜かしているから駄目なのであって、ニッチ市場の開拓がソニーの得意技と言うのなら、市場破壊型イノベーションを追求すれば規模を求めて薄利多売することはない筈なのである。
    
   ところで、「EVAが総ての元凶」と言う段落で、中鉢社長は、大賀社長時代に導入した社内カンパニー制と、出井CEOが導入したEVA経営の弊害がソニーの業績を圧迫しているとして、経営改革について語っているが、これは、むしろソニーの取り組み方・経営手法の方に問題があると思うのだが、これについては稿を改めたい。
   いつも、ソニーは経営不在なのではないかと思うことが多い。出井氏の場合も中鉢社長の場合も社内の掌握の難しさについて言及しているが、それにしても、経営管理部門の体たらくが見え隠れしていて不思議な気がしている。

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1 コメント

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フルセット企業体の重要性 (グラフェン)
2012-12-01 20:19:11
 ソニーの凋落は、ソニー以外の海外勢がソニーがやってきたこと実践し始めたから。確かに最初ウォークマンを使った世代としては当時のインパクトの凄さを覚えているだけに、このような状況は悲しい。
 しかしソニーは発想で勝とうとしたが、そこにはアップルもサムスンもいた。ビジネスコンセプトも大事だろう。マーケットインも大事だろう。しかしそこで切り捨てられた発想のものづくり(プロダクトアウト)の武器がソニーにはなさすぎた。韓国勢もこのままではいずれそうなる。
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