まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

三段峡の木道にスリップ防止工事をする。

2021-04-29 22:40:18 | 日常

令和3年4月29日
今日は昨年来の課題を一つ解決しました。昨年11月三段峡を歩いた時,餅の木口から約300m樽床ダムの方に入ったところに滝がありその前にかかる木製の橋、約8mを下るときスリップして腰を強打しました。単独行でしたから用心して細心の注意を払って歩いていたつもりでしたが・・それでもスリップ転倒してしまいました。
(令和2年11月23日のブログ『三段強に行く」をご参照ください。)
登り坂や水平であれば滑ることはないでしょうが少し下っているのがわからず非常に滑り易い状態でした。注意して歩いても転びましたから。すぐに工事しなけれな多くの登山者に被害が及ぶのではと考えました。しかし、すぐに雪の季節になり今年に繰り越しになってしまいました。
自宅から三段峡の現地まで約80㌔、所要時間2時間も要します。5月連休になれば登山シーズン開始ですから放置できません。今日はあいにくの雨天でしたが予定通り行いました。
工事の内容は木道面に幅35㎝のカーペットを全長に敷き、それを桟木で固定するものです。
これでスリップ事故は完璧に防げます。
木道は滑り易く危険なので桟木等のすべり止めを施すべきではないでしょうか。私の知人でも尾てい骨を打撲、後遺症に悩んでいる人、手首を骨折した人、肘を捻挫した人など被害にいとまありません。木道は要注意。木道が多い山行には軽アイゼンを持参するようにしています。
久しぶりに来たので恐羅漢スノーパークまで足を延ばしました、麓の本屋敷辺りはほとんど空き家でした。上のスキー場のあたりのペンション村に数軒ある程度です。
道路事情がよくなれば不便なここに住む必要がなく街に移住する。皮肉なものです。
スキー場はシーズン終了、ゴンドラ等の設備は格納されて、スキー場も刈りこまれ緑一色で綺麗です。降雪機等も各所に設置され設備投資が多額なことがわかります。
思い出深い広島山岳会の小屋を探しにスキー場を登ってゆきました。
故三好忠行会長に小屋に招待され我会と広島山岳会と関係の深いことをお話していただいたこと、帰路峠越えのとき車が故障し歩いて下山したことが思い出されます。

(広島山陵会の山小屋「ひえばた小屋」)

(広島山岳会の山小屋。「牛小屋ヒュッテ」まだ新しいですね。
山稜会のひえばた小屋、明るいブルーの壁が印象的、維持管理が大変だと聞いていましたがよく行き届いています。広島山岳会の山小屋、以前はスキー場のすぐ横にあったように記憶していましたが今は牛小屋高原のキャンプ場の横にありました。最近建て替えられたようでペンションのような立派な建物です。何より車が横づけできるのがよいですね。

またここのキャンプ場は設備が新しくゆったりとして利用したくなります。バンガローもたくさん建てられています。県民の森は「古るーい」のがよくわかります。今からはこのようになるのでしょう。

(内黒峠避難小屋、壁はブロック造ですが、内部の床は朽ちて笹も生えており、手を入れなければ使えないのでは。)

(小屋の内部です、冬でもスキー場に行くお客のため道路が整備されておりもう歩いて峠を越える人はいないのでしょう。登山者のためにはきれいにしてつかえるようにした方がよいのでしょうが・・・・)
帰りは内黒峠を越えて帰りました。昔はこの道しかなく峠越えの道12キロあまりを歩いて越えたのです。いろいろなドラマがありました。豪雪のため2日間下山が遅れ心配をおかけしたこと。一晩中ラッセルして越えたこと。雪崩で遭難した人の慰霊碑もあります.

加藤武三氏の記念碑もあります。内黒峠には避難小屋もありますが壁はブロックで健在ですが内部は床も朽ち、窓もなく使用不能の状態です。峠からは樹木が成長し向かいの山稜は展望できませんでした。失敗した苦い思い出もあります。よく鍛えてくれました。我々が学んだ山も年々変化していることを実感しました。変わらないのは思い出だけの様です。
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[聖地」と呼ばれる極上のサウナ 「湯らっくす」

2021-04-22 22:23:26 | 日常

令和3年4月20日
重量品を熊本市まで輸送する仕事があり、積み下ろし作業に助手が必要なため力仕事は引越等でも証明済みの孫を連れて行くことにしました。
帰りにどこか温泉にでも立ち寄るかと問う。「以前テレビでやっていたサウナが有名なところに行こうか」と言うと大賛成。実は本人はサウナが大好きでそこに行きたかったという。スマホで調べるとこれから行く現場からも近い。それではそのサウナに行くことに決定。希望が湧いてきました。
仕事も順調に済ませました。
さあ、今度は温泉だ。サウナに行くぞ。
そのサウナの名前は「湯らっくす」住所は熊本市中央区本荘町722 電話番号は096-363-1126
今ではサウナ愛好家の間では「聖地」と呼ばれるようになっています。
市内中心部で熊本駅からも近いようです。建物は2階建て、駐車場は170台程度と広いが平日、午後にも拘らず満車状態、これでは室内もかなり混雑していることでしょう。方々を探し、ようやく駐車出来ました。

追伸
この話を聞いてわが社の人が連休に行ったそうです。
入場制限をしないので超満員。座るところもなく入浴もできず立って待つ人もありました。
さんざんでしたと困惑の表情でした。
行なら平日に限りますね。
まず第一に気づいたのは料金の安さ、料金は590円、日曜は690円、私の地元広島では750円ですから安いですね。温泉が出るからかな。タオルの購入代が250円(レンタルはありません)脱衣場も浴室も普通程度の広さ、むしろ狭い方かな。しかし綺麗な黒色系統で落ち着いた感じがしました。内装、木部も本物志向。照明も瞑想が楽しめるよう工夫されています。細かいところまで気が行き届いている。サウナ好きが金に糸目をつけずサウナの理想を追求して完成させた設備のように感じました。これが本物のフィンランドのサウナなのでしょう。
普通の浴槽の中に寝椅子が置かれてリラックスして寝れるようになっていました。よく考えています。
化粧用の「泥」が置いてあり顔パックで肌がきれいになりました。
サウナが3種類あります。
1、塩サウナは(大噴火瞑想サウナ大阿蘇)と名付けられていました。・・照明が暗くて落ちつき瞑想に適するように配慮。床面、床下から吹き出る蒸気が熱いのですぐに汗が噴き出てきます。いずれのサウナも本場のフィンランドそのままにしっかりした造りでした。
2、メディテーションサウナ
日本はもちろんアジアでも初、フィンランド風ロウリュウサウナ。
貴重なサウナストーブに水をかけると熱風が噴き出る。自分で調整できます。掛ける水が白樺の枝葉から染み出た液ですから香りがよい。上品なお茶の香りの様でした。
3、アウフグースサウナ
普通のサウナですが、定期的なサービスですが別料金(100円)別途必要。係員が大きなタオル等で扇いで熱風を送ると「爪の先まで暖まる」といわれるくらい、短時間で一気に汗をかき、病みつきになる方も多いという。

極め付きは水風呂、深さが153㎝から171㎝と深い。中央に天井から太いロープが下がりそれにしがみつく。打たせ湯のごとく天井から水が流れ落ちている。
体が温まっているせいか冷たく感じない。肌に心地よい。実にさわやかなのです。阿蘇の伏流水を地下200mからくみ上げている天然ミネラル水なのです。我々が入る通常の水風呂は肌を刺す冷たさを感じるがここでは全くない。不思議ですね。水が違うのです。ものすごーい。水のパワーを感じます。
因みに熊本市の水道水はこの阿蘇の地下水をくみ上げて使用している天然ミネラル水.羨ましいですね。私の知る限りでは石鎚山の麓、伊予西条市、富士山の麓の三島市も同様に伏流水を使用しており天然ミネラル水です。
我々はすぐ帰らなければならないので1階しか利用しませんでしたが別料金となりますが2階では仮眠室、食堂、漫画室、ヨガスタジオ等いろいろな施設があり一日中飽きないようです。
ホームページでご確認ください。
ともかく大満足でした。
行けばきっと大満足されること間違いありません。
私の温泉感は間違いありません。自信があります。
ただし気になったこと。
最近は「聖地」ともてはやされているためか平日でもこの混雑、日曜祭日、連休では浴場に限らず休憩室、仮眠室等も大混雑するのでは・・
ホームページでは宿泊等の予約も受け付けないとのこと。来てから確認して申込しなさいとのこと。入浴も混雑による入場制限はされていないようです。「三密」ということにあまり配慮されていないように思います。
過密という面からご不満が生じることを懸念しています。
サウナですから利用者は長時間滞在します。私も通常の倍以上いました。三密を避けるため入場人数を制限すれば待ち時間が長くなり、滞在時間を決めればゆっくりと入浴出来ない。人気ある施設の悩ましい問題です。
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奇跡の「熊ヶ峰」標識、復活す。

2021-04-18 22:47:33 | 日常

令和3年4月17日から18日
山頂標識について
熊ヶ峰はわが山岳会にとってとても大切な山です。
今から102年前、1919年(大正8年)2月、第1回目の熊ヶ峰登山を行った山であり、毎年この日を草創記念として登山、先輩の偉業を讃え偲んでおります。
今年、2月23日の草創記念登山の時、「熊ヶ峰」標識が山頂に放置されていました。
我会の大切な大切な山の標識がこんな粗末な扱いでは先輩に申し訳ないと思い、後日標識を引き取りに行き、持ち帰って修復しました。
標識は銘木の様な一枚板で生地のままの状態でしたが長年の風雨による経年劣化により木地も傷んでいましたから防腐剤を4回も塗りこみ、ペンキも2回塗り防水処理を施しました。柱は建築業の仲間が防腐剤を浸透した柱材で作成してくれましたからあと10年は十分に持つでしょう。
それら部材の準備が完了したので4月18日に工事することを決め、仲間に参加呼びかけをしたところ,16人もの予想外の申し込みがありました。
またこのことに関し思いがけない事実が明らかになりました。それについては次のような内容であると話してくれました。
「3年前の100周年草創記念登山の下見の時に、展望台と一緒に重機で片付けられた瓦礫の中から「きっとあるはず・・」と仲間が探し出し見つけたときはホットしました。その時は泥だらけで、洗ってあげる水も無く、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしましたが、後日、水と掃除用具と工具を持って行き錆びたボルトを外し、おれた支柱を取り除ききれいに洗ったものの・・・字も薄れ、朽ちて行くばかりの標識を、熊ヶ峰に行くたびに不憫に思っていました。」
という内容でした。
もちろんこの会員もこの度の作業に参加され大変喜んでくれました。
展望台が朽ちて危険になったため市当局が取り壊しすぐに持ち帰り処分していれば標識は存在しなかった。それに撤去作業において大した損傷もなく存在したとは奇跡としか言いようがありません。
このことは会員にも長く語り継がれ大切に見守ってゆきたいと思います。

作業内容について
4月17日
広島市内は天気予報通り朝から雨、何があろうと予定通り行うのみ。
必要な道具、食料、寝袋、参加者に配る利尻昆布ラーメン、もみじ饅頭、お茶、紙コップを積み込み福山に向かう。途中、軍手を追加購入する。福山では簑島町の資材置き場に保管している枕木を8本積み込む。夕食を済ませ「熊ヶ峰ひろば」に向かう。雨もあがった。明日は大丈夫かな。

(これが私の道具と日本鋼管の枕木です。)
枕木の側面に「この枕木は日本鋼管の構内鉄道に使用されてに使用されていた。」と記した銘板を取り付ける。ついでに他の枕木にも「ごみ持ち帰り」「山を大切に」の標語を白ペンキで記す。最後に枕木の設置場所を再確認。『段取り八分」やるべきことはすべて完了、明日は大丈夫だ。21時過ぎ就寝。
4月18日
午前3時30分、目覚める。習慣とはいえ6時間寝ると目覚める。しかし外はまだ暗い。窓を少し開け冷気を取り込む。日の出前30分になると鳥たちの声がする。この頃の朝の静寂が一番好きだ。6時過ぎ朝食を済ませ今日の準備に取り掛かる。

(大変な道具類、これがなければできませんでした。さすがプロです。)
集合予定は9時であったが8時前建築業の会員がトラックに運搬車を載せて到着。他にも掘削機、発電機等難工事を予測し準備は万全である。さすがプロで抜かりはない。早速第1便でそれらの道具を頂上に運び上げる。
午前9時前には19名と多くの会員とその友人が集まってくれました。予定外の飛び入りに2名に加え会長も参加された。久しぶりに会う懐かしい面々も、とにかくよく来ていただきました。再会を喜び合う。開会式では山頂標識の歴史、経過を説明各自の分担を決め、ラジオ体操で体をほぐし、安全第一に作業に取り掛かる。枕木等すべての資材を頂上に運び上げる。

(女性陣も軽々と元気いっぱい引張りました。すご-い力持ちばかり)
運搬機ですべての機材を運び上げることは可能であったが、枕木2本(約100㌔)は二輪車に乗せ女性陣にロープで引っ張っての荷揚げを体験してもらいました。

(一番の難作業、専門の道具がなければ掘れません。)
一番の難作業は標柱の穴掘りでした。笹が根を張り掘りにくい。根を取り除けば岩だらけで固くて掘れない。標柱は50㎝の間隔で70㎝の深さが必要、大穴を掘らねばと思っていたがさすがプロ。電柱の穴を掘る要領で30センチくらいの穴を2か所掘る。電動の掘削機で柔らかくして、2枚葉のスコップで土を掘り出す。皆が交代でこの作業の繰り返す。

((写真は標柱に『ゴミは持ち帰りましょう』の標語を書く会員です)
その間、標柱に「ごみ持ち帰り」等の標語記入。

(この枕木私たちが設置しました。バンザイ。標語がいいですね。よくわかります。)
その作業の後、4から5名に分れ、「熊ヶ峰ひろば」から「山頂」間300mの登山道に土砂流失防止して登山道を守るため日本鋼管(現JFEスチール)で頂いた枕木8本を設置してゆきます。斜面をツルハシで削り取り水平にして枕木を設置、鉄筋を打ち込み完了。「仕事は大人数」の言葉の通り人数がいると早いです。
最後の仕上げは頂上に「熊ヶ峰」標識を立てること。全員が見守る中、水準器で位置を確認し土砂を埋め戻して高さ190㎝の立派な山頂標識の設置が完了。みんな盛大な拍手で讃え、全員で記念写真を撮りました。
草創記念登山でここに来るたびに今日のこの日のことを思い出してくれることでしょう。
当初の計画では久しぶりに顔を合わすので女性陣が食事を準備し小宴会を催す予定でしたが新型コロナウイルス感染拡大もあり中止。お土産に「利尻昆布ラーメン」、「もみじ饅頭」を食べていただき散会しました。

(最後に親友と記念写真をパチリ。この後、右側の私が喜びを表そうとジャンプした瞬間、標識で頭を痛打しました。この決定的な写真が何と動画で取られており、親友が集合写真と共にみんなに配布、笑いを誘いました。「あのまじめな福原さんにこんなおちゃめなところがあるなんて」と男を上げました。す、す、すごい「おまけ」でした。)

その後、3人で食事をしていると再び雨となり、風も出て気温が急速に低下、寒くて食事どころではなくなり早々に打ち上げました。先ほどの作業中でなくて本当によかった。これも観音様のご加護の賜物でしょう。ありがとうございます。
コメント (1)
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我家の庭は雑草だらけ花だらけ

2021-04-14 22:39:22 | 日常

令和3年4月11日
今、我家の庭は辺り一面雑草に覆われ、花が次々に咲いてにぎやかです。
桜やボケの花も終わりそろそろ庭の草を抜かねばと思っていたが次々に花が咲くので咲き終わるまで待っていたらこのありさまです。
「雑草」という植物はないとは昭和天皇のお言葉ですが花の名前がわかりません。
植えた覚えがありませんから何かもわかりません
わかるのは豪華なボタンとチューリップ、正月前に植えた葉ボタンも花を咲かせています。それぐらいしか知りません。
どの植物も子孫を残すために花を咲かせます。
美しい花を見ると嬉しくなり心が癒されます。
自然、みどりはいいですね。

我庭で一番豪華な花はこの牡丹の花、大輪だけに2から3日で散ってしまいました。

このかわいらしい花の名前は何ですか。誰か教えてください。夜になると花が閉じます。

この白い花の名前は「ハナニラ」とわかりました。名前がわかればよりひたしさが湧きます。

緑豊かな公園と古川のせせらぎ、こんなところに住んでみたいですね
コメント (2)
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復元したら観音様のお姿はこうなる。

2021-04-07 17:28:46 | 日常

令和3年4月6日
先日,奈良県桜井市の聖林寺に参拝したのがご縁で十一面観音様の御堂改修工事に対し御寄進させていただきました。
今日、そのお礼の手紙と復元される予定のお姿のお写真が贈られてきました。今は何もない裸の観音様の像だけの寂しいお姿でしたが改修後はその背後に鮮やかな金箔の豪華な唐草模様の光背がついたお姿でした。文字通り後光がさすという感じがします。
現在、一部分の光背しか残っていませんでしたがこれを完全に復元されたわけです。また足物の台座にも蓮の花が飾られ一層あでやかなお姿になりました。
少しは賑やかになりましたが多くの菩薩に守られたかってのお姿を望むのは無理なのでしょうか。
また失われた頭上面の仏像2体が復元されれば完全復元となるのになぜなされないのか疑問が残りました。
ともかく一日も早い復活が待ち遠しいですね。期待しています。
100万円以上寄進すれば2022年4月下旬に予定されている落慶法要に招待してもらえますとのこと。
記念すべきことですから考えさせられますね。

追記
聖林寺に記してあった万葉集の歌がありました。
気になったので帰宅して調べてみました。

      夕されば小倉の山に鳴く鹿は
            今夜は鳴かず寝ねにけらしも(万葉集8-1515)
                     34代 舒明天皇のお歌です。

「小倉山」 今は京都嵐山近くの山で紅葉で有名な場所ですが、万葉の昔ではこの前のあたりの山々を「小倉の山」とよんでいたようです。
「夜になると決まった時刻に鹿は妻を求めて鳴きます。
今宵鳴かないのは愛しい人に出会ったからでしょう。
良かったね。」
たわいない歌のようですがなんとなくほっとする気持にさせてくれる歌ですね。
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雨の例会山行 「古鷹山(394m)・クマン岳(399m)」

2021-04-05 21:50:06 | 日常

令和3年4月4日
このコースは広島湾に浮かぶ江田島の主稜の山を縦走する人気のあるコースです。
瀬戸の島々を潮風に吹かれながら山を歩けば気分も爽快になること間違いありません。
特に古鷹山は鷹が羽を広げたような山容と海軍兵学校所縁の山として人気があります。

当日の広島地方の天気予報では前夜半から雨で午後には回復に向かうとのこと。
予報が外れたのは「前線が通過するため激しい雷雨や突風が吹くところもあります」
しかし、幸いにも実際に降った雨は静かにしとしとと降る優しい春雨でした。
最初、宇品港を出るときから真っ白で展望は全くききませんでした。当初は12名あまりの参加申込者がありましたが雨天のためか実際に参加された方は6名でした。
晴れれば行く人と、雨でも行くという割合が半々、このようなものでしょうか。私の山行は天候にかかわらず予定通り実施しています。雨天山行は訓練になると考えているからです。
長期間の山行中には途中で天候が変わることもあります。それにもきっちりと対応できるようにしておく必要があります。そのため雨具の着用に慣れましょう。天気予報の当たる確立は70%程度で外れることも多々ありあまり気にしていません。「断じて行えば鬼神もこれを避く」の精神です。春夏秋冬、あるがままの自然を楽しんでいます。
悪天候の山行は勉強になることが多い。うっとおしいので精神的にもタフでなければならない。忍耐力も必要です。落葉に埋もれた地面も石も濡れれば滑りやすくなる。雨に濡れなくても汗で体が濡れてくるので衣類調整が必要。低体温症対策。パッキングの防水対策。濡れない収納方法。食事の取り方。装備に不備があれば小さなことでもそこからトラブルが発生します。参加者の対応状況にも気を配らねばなりません。晴天の時には全く問題にならないことが多く発生します。だから勉強になるのです。
今回は雨天のため道中では講習ができないので、宇品港の待合所、乗船中に磁石や地図の見方、進行方向の決め方、山行中の注意事項等の勉強会を行いました。船内で雨対策もしっかりと行い、切串港に着けばすぐに出発できるよう準備しました。

(古鷹山頂上の方位盤と後方に旭日旗が見えます)
10時40分、切串港を出発。終了点の小用港に到着したのが14時30分、その間休憩したのはクマン岳、古鷹山の山頂等の3回で休憩・食事に要した時間は30分のみでよく歩きました。密度の濃い山行でした。やればできる。良い体験となり力を付けました。

(アセビの花といえば思い起こす歌があります。つい心を準えてしまいます。
        磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど
                 見すべき君が在りと言はなくに(万葉集巻2-166)

景色が見えなかっただけにいろいろな植物に目が行きます。満開の山ツツジの紫色、白い鈴玉がかわいいアセビの花、赤い椿の花が落下して絨毯の様でした。最後の第一術科学校を見下ろす丘の上にはふた抱えもある桜の大木がありました。醍醐桜の様だという人もいました。それほど立派な桜です。開校して130年余り、ズートその歴史を見守ってきました。これからもその行く末を見届けるがごとくく静かに堂堂と立っています。その木の下は辺り一面文字通り華やかなピンク色の絨毯。皆歓声をあげて喜びました。最後にいいものを見せていただきました。みんなよく頑張ったご褒美でしょう。今度はこの桜の木を見に来よう。

(頂上直下の岩場、雨に濡れて滑り易い、平らなところか、尖った岩に足を置きましょう)


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