まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

大晦日に思う

2022-12-31 20:20:21 | 日常
令和4年12月31日
今年は母がなくなるなど大変な出来事がありましたが何とか無事に大晦日を迎えることができ事務所の大掃除も終え、岩谷観音さんの登山道整備も終え、年の瀬の一日を滞りなく過ごし安堵しております。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」
正月の門松はおめでたいものですが門松を飾るたびごとにひとつづつ年を取り、死に近づくので死の道への一里塚のようなものとの意です。
そのようなことが実感として感ずる年令になりました。
それでも年令のことは考えずよく山にも行きました。
針ノ木岳、奥穂高岳、奥又白、山の辺の道、この年令でよく行ったものです。
皆さん、山に行く目標があつたから厳しいトレーニングを続けら技術の向上、体力が維持できたので成し遂げられました。
私も元気に活動できるのは後〇〇年。ゴールが決まっていますからやるべきことは明確です。
スイッチが入りました。
気分が、気合が違ってきました。
先がないので日一日を大切に、その日まで全力でぶつかってゆきます。
今年よく新人さんに言い続けてた「一歩、一歩に意識を集中、大切に」
普段の生活でもその通りを実践すればよいのです。
今年は観音様を身近に感じました。
多くの恩恵を与えてくださいました。
来年5月の大和葛城山・金剛山の例会山行にも聖林寺十一面観音拝観を入れました。
多くの仲間にも感動を与えることができるでしょう。
楽しみにしております。

皆様にとりまして、来年も素晴らしい年でありますよう心から祈念しております。
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健康寿命か、余命宣告か

2022-12-13 23:07:48 | 日常

(この寒いなかよくぞ咲いてくれました。殺風景な庭に希望を与えてくれました。ありがとう。)
令和4年12月13日
この前、この年齢になり晩年の人生を左右するような出来事がありました。
高齢者のわがままか、頑迷さで判断が間違っているのではないかと迷うことがありました。
20数年ぶりに福山在住の人生占いの先生に会いに行こうか、急なことなので電話で相談しました。
妻がなくなって以来年賀状を交わす程度の間柄でしたが声は昔にままの声でよく覚えていていただきましたした。
話はおおむね私の考えたようにやりなさいとお墨付きを頂き厳しい道を選ぶことに決心がつきました。
その話の中で「福原さんはまだ〇〇年は大丈夫」といわれました。
何気ない言葉かもしれませんが先生のお言葉は真実が含まれていて一言も見逃せません。
今までも詳しい具体的な経過、理由は言われませんが結果はその通りになっていました。
〇〇年先にどうなるのか。何か転換期が来るのでしょう。終わりのご臨終、死ぬのか、そうなればこの言葉は余命宣告されたようなものですからショックキングな言葉です。
「大丈夫」という言葉からするとなく亡くなることではないような気がします。介護を受けるようになるのか、大丈夫ではない人生になるのでしょう。
いま78歳。〇〇年を足せば母親の103歳には及びませんが程よい年齢になります。この年齢まで生きられれば大満足、このゴールまでやるべきことをやるという目標ができた気がしました。そのゴールが決まればそれまでになすべきことをなすのみ。
それにしても母親はすごーい。この年齢までぼけずに在宅で生活したのですから。少しでも見習いたいものです。
そのように決意して気分新たに出勤前に庭先を見るとこの寒風にも拘らず赤い薔薇が一輪咲いているではありませんか。
この時期に咲いたことがあったか記憶にありません。特別に門出を祝ってくれているようで勇気づけられます。

(丁寧できれいな文字に感心しました。かわいらしいイラストですね、本当にありがとう。来年は柚を楽しみにしていてください。)
更に夕方帰宅してみると手紙が届いていました。
先日、近所の方に差し上げた「安曇野のリンゴと我社の来年のカレンダー」のお礼のお手紙でした。
実に嬉しい手手紙でした。小学校4年生ですがきれいな字とイラストも描いてあります。電話やメールが今どきの習慣ですが手紙というのはまれではないでしょうか。
これだけの一枚の手紙を書くには随分と時間がかかったことでしょう。
それを思うとこの手紙は私の宝物となりました。
私もすぐにお礼の手紙を書き届けました。どのようなお顔かみたいですね。
お親さんもよい躾をされといることに感心しました。
この二つの出来事は私の新しい門出を祝ってくれるような嬉しい出来事でした。
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残念無念、一瞬の油断を嘆く。

2022-12-05 22:42:48 | 日常

(綺麗で、豪華な赤い花が今はこのざま、残念です、ごめんなさい。奥に虚しい白い煙が見える。)
令和4年12月4日
心待ちにしていたにこやかな母の遺影の写真ができたと連絡があり、黒瀬の姉のところにゆきました。
玄関先に置かれていた立派な赤い色のインパ―チェスの花がグンニャリと萎んでいるではありませんか。
姉が愛しんで植えた多くの庭の花の代表のごとく合田家の庭先を代表する豪華な愛しい花でした。
昨夜は冷えて、今朝起きてみると庭は一面真っ白だったのこと。
今まで暖かだったので室内に入れなければと思いながら大きくて重いのでいかにすべきか悩んでいた矢先の出来事でした。

(いろいろな色のお花が咲いていたのに今はこの通り、この無残な色に・・・)
そういえば庭の奥にある墓所の周りの可愛らしい百日草も黒くなっていました。
庭に植えていたすべての花が霜のためダメになったのです。
心を込めて育てた花々がすべて無になった。それを見るのがつらいと刈り取って燃やしているところでした。
煙はそのための煙でした。
白い煙がたなびく・・・虚しい気持ちになりました。
鳥辺山,谷に煙の燃え立たばはかなく見えし我と知らなむ

一瞬の油断で平穏な環境が逆転する。
忠臣蔵もそうですね。
殿様の不始末により御家断絶。平穏な生活が破壊され、明日は路頭に迷う羽目になる。
平和な家庭も他人の連帯保証人となっていたため一瞬にして全財産を失い放り出された例も見ました。
連帯保証人にならなけれ・・・・悔いても遅い。
平穏な家庭の基盤は大丈夫か、軟弱地盤であればちょっとしたミスですぐに倒れます。
ゆめゆめ油断すべからず、細心の注意を払いことにあたるべしと教えられた。

小さな花のことでしたがあまりにも変化の衝撃が激しくて心が痛みました。
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