まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

同行二人 (神様の存在を知る時)

2021-03-07 08:07:41 | 日常

令和3年3月7日
四国八十八か所を巡るお遍路さんの笠には「同行二人」との文字が書かれています。
弘法大師と二人で一緒に歩いているので寂しくない。この思いが最後まで歩く原動力となっているのでしょう。
言葉では理解できますが神様の存在を確信し,体感することがなければなかなか困難なのではないでしょうか。
私にはあります。
過去には冬の上高地でスノーキャンプをしたとき碧空に白雪に輝く穂高の峰々を仰ぎ見たとき、こんなに素晴らしいものを作れるのは神様以外にないと感激しアメイジンググレイスを口ずさみ神を讃えたことを思い出します。上高地はその荘厳さ故「神河内」(神様のおられるお庭)と記すのがふさわしいと思いました。
そして今、岩谷観音のいろいろなことに係り、本当に観音様に守られている。そのパワーを頂き、神のご加護を受けていると感じています。
行動を通じてよい結果がもたらされ、恵がもたらされているからです。
アメイジンググレイスの歌詞の一節「信じることを始めたその時の 神の恵みのなんと尊いことか」 あらためて実感しています。
今までも登山道整備を続けていると登山者の方から「ご苦労様です。」、「ありがとう。」等の優しいお言葉を掛けて頂きました。
私にはその言葉が観音様のお言葉のように聞こえ、それが嬉しくて、活動を続ける力となっていました。
この度の落石事故でお手伝いいただいた方からいろいろな要望がありました。
「頂上の岩場からの展望が樹木が茂ったため悪くなった。かっては下から観音様が見えていた。」
  岩場周辺の藪を取り払い、展望を妨げる樹木も50本、8割程度は伐採し明るく見えるようになりました。あと少しです。

「高尾山から岩谷観音のピークに至る登山道がわかりにくいので標識を作ってほしい。」
  高尾山のピークから直線に降りれば崖の上に出て下には降りれません。岩場を横に下り迂回しなければなりません。
  その分岐点の岩にペンキで矢印を描くことは気が引けますが、下山方向の安全な方位を知らせるためにはやむを得ないこと思い実行しました。

「登山道に飛び出た岩があり、注意しないと頭部を怪我する恐れがある。」
  危険な個所を知らせるためボルトを打ち込み、目立つようピンクの標識を付けました。

早速に、登山者の方から「本当によくなった。ありがとう」とのお礼のお言葉を頂きました。
頻繁に登っている方には日々改良されているのがわかるのですね。
嬉しいことです。遣り甲斐があります。
また、この登山道にはゴミ一つ落ちていません。観音様を慕う皆さんの温かい心ゆえでしょう。

頂上付近の樹木を伐採したため観音様を彫り込んだ巨岩が麓の町内各地からも見えるようになりました。
観音像そのものは小さくて見ることはできませんが巨石が見えることで観音様の存在を感じます。
観音様はいつも私たちの生活振りを見守っていてくださる。
朝夕、山を見上げてご真言を唱える。「オン アロリキャ ソワカ」
何か機運が変わってきた。
厳しい経済状況の中でもなんとか踏ん張っておられる。このことを感謝せざるを得ない。
良いことが続くとこれも観音様のご加護のお陰ではという心境になります。
感じることから実際に恵みを体験するとその信頼は深いものとなる。
妻を亡くして以来一人でしっかりと生きなければと肩に力が入り緊張した生活で、ある種のストレスが溜まっていたものが観音様と二人して生きて行ける。
生活を導いていただける頼もしい存在を知るとなんだか肩の力も取れて楽な気持になりました。
不思議ですね。
アメイジンググレースの歌詞に書かれている通りの心境です。
この心は万人共通な気持です。
  「今まで見えなかった神の恵みを 今は見ることができる。
    信じることを始めたその時の 神の恵みのなんと尊いことか。」
参考 上高地ウインターキャンプ27(2015年3月12日~15日)のブログをご覧ください。
   2004年3月に第一回目の上高地ウインターキャンプを始めていますが2005年からブログを始めたので、残念ながらそのときのブログの記載は残っていません。
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2 コメント

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Unknown (hanasakimama)
2021-03-09 17:43:07
「同行二人」
40年も前に亡くなった祖母を思い出しました。
危篤になり近くの親族を集めても遠方の私には知らせず何度も元気を取り戻し、私は祖母の一大事も知らずに里帰りすると、待ってましたとばかり手料理を喜んでくれましたが一週間後に亡くなりました。
毎朝、祖母は「御大師様の日と、姑さんが亡くなった21日にお迎えに来てください」とご先祖様にお願いをしていました。本当に21日に天に召されました。
子どもの頃から仏壇の掃除は私の役目でお小遣いもちゃっかり頂いていました。が、神仏を崇める教育をして頂いていたように思います。

神様のご加護を受けていっらしゃるfujio様、登山者のお礼の言葉はまぎれもなく観音様からの励ましとお礼ですね。ブログを読みながら涙がこぼれました。そして私の生涯の中でも大切な一冊である仏教詩人の坂村真民さんの「地球に額をつけて」を読み返しました。

「願い 足をつけて歩く地球に 一度でもいいから 額をつけて 拝んで下さい このかけがえのない 母なる地球に 平和への願いを 告げて下さい」 坂村真民

追伸です。
私も観音様が大好きで、家に飾ってある観音様のほこりを払うとき、微かな白檀の香りになんとも心休まる気がします。自分がこの世にお別れする時にはお棺に入れとほしいと頼んであります。最近はご法度のようですが、こっそり入れてとお嫁さんに頼んでいます。(^^;
同行二人 (fujio)
2021-03-12 01:11:48
お久しぶりです。
独り者には気持ちの切り替えがすぐできません。
女房がいれば話せば半分は済みましたが回復に時間がかかります。
観音さんという頼りになる存在を知るとすべてお任せすればよい。ベストを尽くせばあとは神任せと気分が楽になるから不思議です。
失敗をしても軽傷で済み、注意するようにとの警告と受け止めれば神に感謝する気持ちになります。
坂村真民さん初めて知りました。
勉強します。ありがとうございました。
また山にご一緒しましょう。

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