英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

2020A級順位戦 羽生九段-佐藤天九段 その3

2020-09-29 20:38:00 | 将棋
「その1」「その2」の続きです。


 まず、「その2」の復習です。
 ▲6八玉と後手の攻め駒の8八の歩や9六の桂から遠ざかる丁寧な指し手を選択した羽生九段。(1手かけて遠ざかるくらいなら、▲9六香と1手かけて根元の桂を取った方が効率的だと思うが、△9五歩と香を取りに来られた時の当たりや、△8九歩成や△8九角という攻め筋から遠ざかるという意味もあるのだろう)
 第7図以下、△8九歩成▲同飛に、△3六歩▲同角△3五金(第8図)と後手の佐藤天九段が右辺(佐藤九段から見れば“左辺”)で逆襲を開始。


 さらに、▲4七角△2六角(第9図)▲3八金△4五金と金取りに出たのが第10図。
【復習 終わり】


 上記の手順中、評価値サイトでは、△2六角(第9図)に対して、角成りを防ぐ▲3八金ではなく、玉に近づける▲5八金を推奨していた。検証は省かせていただくが、▲3八金と▲5八金の優劣は微差だろう。

 羽生九段は、第10図の銀取りを▲5六金と受け、△5五金▲同金と金銀交換(一応、先手のやや駒得)が為されることになった。
 この結果、先手玉を守るはずの金銀は、すべて遠ざかることになってしまった。そして、その裏を突く△6六銀(第11図)が打たれ、先手玉は風前の灯火……のように見えるが……


 第11図以下、▲2三歩△3一銀▲3三歩△4一玉。

ここで先手に好手がある。

「その4」に続く。
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2020A級順位戦 羽生九段-佐藤天九段 その2

2020-09-28 17:51:42 | 将棋
「その1」(7月29日記事)より著しく日が経ってしまったので、復習します。

 角交換腰掛銀戦。間合いの計り合いから、羽生九段が仕掛け、右辺で複雑難解な制圧戦が行われた。その中で、羽生九段が不可解な角の動きを見せ、それに乗じた佐藤天九段が制圧しそうな気配があった。

 しかし、玉が前線で陣頭指揮を執っているのは危険と見た佐藤九段が玉を3二に後退させ譲歩した。…以下、▲4四歩△8八歩▲4六桂△2四金▲7七桂△4二歩と進む。佐藤天九段も△8八歩を利かせたものの、△4二歩と謝るのは相当の屈伏。【復習、終わり】



 第6図の△4二歩と謝ったのは相当な屈伏なのだが、佐藤天九段は、こういう譲歩が時折観られる。ただし、それは単なる後退ではなく、その後の反撃を秘めての戦略的撤退で、本局は2~4筋の攻防中に、△9六桂~△8八歩と先手玉にくさびを打ち込んでいる。4筋の屈伏は、先手玉へのくさびで釣り合いがとれている。両方で頑張るのは、齟齬が生じるという考えなのかもしれない。
 とは言え、そのくさびは急所を外れていて、先手の4四と6四の2枚の歩の方が利いていそう。先手に桂の入手の権利があるのもプラス要素で、先手がよさそう。
 しかし、第6図での先手の指し手が難しい。(微差ということなのだろう)

 第6図で攻めるなら、▲9六香と桂を取り、次に▲3三歩△同銀(△同玉)▲3四歩△2二銀▲3四歩と更に拠点を作っておくか、▲3三歩△同銀(△同玉)に▲3七桂と打って▲2五桂から総攻撃を狙うのが有力。
 ▲9六香に対する後手の指し手も、①△9五歩と香を取りにいって△6六香を狙う、②8九歩成で先手の応手を問う(取れば利かし、取らなければ大きな足掛かり)、③△8九角▲6八玉と拠点を確保しておき6七地点の攻撃を視野に入れる(場合によっては△9八角成~△8七馬)と候補が多い。 

 また、第6図で受けるなら、羽生九段の着手した▲6八玉。後手からのくさびや飛車などの攻め駒から遠ざかる兵法の理に適っている。
 棋譜中継サイトの解説も「前手△4二歩で△4七歩が消え、先手は玉を寄りやすくなっていた。後手から手がないことを見越した戦術眼。終盤をよりよい条件で戦うことができれば勝率も上がる」と評価。

 しかし、△8九歩成と成り捨て▲同飛と僻地に追いやっておき、△3六歩▲同角△3五金(第8図)が巧みなコンビネーション攻撃だった。(▲6八玉によって△8八とが生じているので、△8九歩成に▲同飛と応じざるを得ない)

 第8図での3六の角に対する3五金の圧力は絶大(3五の金が銀ならば▲4五角や▲2五角とできる)で、▲4七角の後退を強いられる。

 更に金取りの△2六角に、角成を防ぎながら金取りをかわす▲3八金。そして、嵩にかかるような△4五金と銀取りに出る。
 完全に攻守逆転。


 《こうなるのなら、先の▲6八玉では▲9六香と桂を取っておくんだったなあ》
 でも▲6八玉も悪い手ではないはず。何が悪かったのだろう?
 考えられる原因としては、△3五金(第8図)に対する▲4七角。

 ここでは▲1八角とこちらに引くのも考えられる。
 一見、△3六歩(変化図1)で角が抑え込まれてしまうようだが、以下▲9六香△9五歩▲2九角△9六歩▲6五桂(変化図2)でどうか?

 変化図2での後手の指し手は、△4五金、△2八角、△4五香、△8五桂、△2六角などいろいろあるが、いずれも互角以上に戦えそうだ。
 気になるのは、変化図1以下の▲9六香に△9五歩とせず、△2六角と打つ手。
 これに対しては▲5八金と△3七歩成のと金づくりを甘受して、▲3九飛(変化図3)と回るのがきわどい巧手。

 △4八とで駄目なようだが、▲同金△同角成には▲3五飛がある。
 よって、図では腰を入れた攻めの△1五歩や△9五歩が考えられるが、▲5四桂打△同歩▲同角と捌いて先手がよさそうだ。どこかで▲2七歩と捌きをつける手も利きそうだ。
 そこで、▲5八金には△3七歩成とせず、△3七角成とする手が考えられる。先手の角を抑え込むのを主眼に置いた手で、4六の桂取りにもなっている。
 桂取りを受ける▲5六金に△2六歩(変化図4)が、相当な圧力。

 これに対しては、▲3八歩(△同馬なら▲2九角とぶつける)として△2八馬と、一旦、先手玉から遠ざけるのが巧手。以下▲4七桂△2五金を利かせ、▲7五歩(変化図5)と7筋に活路を求めてどうか?

 明後日の方向で、それほど厳しさはなさそうだが……
 図以下△2七歩成なら、▲7四歩△1八と▲7三歩成△同金▲6五桂△7四金▲7九飛△7五歩▲6三歩成△同銀▲5三桂成でどうか?(永瀬王座が好きそうな展開…)
 図以下△8四飛と受けに回る手には、▲7四歩△同飛▲7六歩(△同飛なら▲6七金△7四飛▲6五桂)△2七歩成▲7五銀△同飛▲同歩△7六歩▲8二飛△7二銀▲7四歩△1八と▲7三歩成△7七歩成▲同玉△7三銀▲8一飛成△7六歩▲同玉……もう、わけのわからない展開が想定される。(こちらも永瀬王座好みか?)

 変化図1~変化図5は、複雑怪奇なことこの上ないが、実戦で観たい変化だった。

「その3」に続く
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2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その6(終)

2020-09-23 17:35:51 | 将棋
【「2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その5」の続き】


 第9図より、羽生九段は決め手ともいえる△7二飛を逃し、▲7八銀△7八同角成▲同金△同龍の角と金銀の二枚替えの駒損を選択。飛車を手にすることで、駒損に見合う(それ以上の)利を得られるのなら良いのだが、今回の場合はそうではなかったようだ(詳しくは「その5」)。
 羽生九段がなぜ誤ったのかは、時間切迫と消耗によるものと思われるが、具体的要因としては、
①△8三角が気になった
②振り替わり後の飛車打ちを過大評価した の2要素。

①△8三角が気になった
 詳しい変化は「その5」を参照していただきたいが、▲7八銀以下の振り替わりで後手の6九の角を排除することで、危険な△8三角の筋を回避しようとしたのかもしれない。遠因として、9図の直前の△2八歩成▲同金の利かしを、「利かされた」ことにしたくなかったのではないだろうか。

②振り替わり後の飛車打ちを過大評価した
 これについては、この後の展開を見てみよう。
 ▲7八銀(第10図)以下、△7八同角成▲同金△同龍に▲8二飛と打つ。期待の飛車打ちか仕方なしの飛車打ちかは不明だが、△7二歩と受けられてみると、存外(存外以上か?)、効果がない。歩で飛車の利きを止められてしまうのは痛い。損な取引だ。
 △7二歩に羽生九段は▲8七角の王手龍取りを掛けるが……

 王手龍取りは王手龍取りなのだが、純粋な王手龍取りではない。△8七同龍▲同飛成で単なる飛車角交換に終わり、しかも手番を後手に渡すことになってしまった。
 《▲8二飛が△7二歩で大したことなかった》、あるいは、《王手龍取りが大したことなかった》辺りに羽生九段の誤算があったのかもしれない。

 ところで、巷の評価値サイトでは、▲8二飛では▲7七飛(不思議図1)が最善手と示し、以下△同龍▲同銀△2六飛▲2七角△3六歩▲1七金……の手順を提示していた。

 ▲7七飛△同龍▲同銀とわざわざ後手を引いて7七に銀を上げて玉の脇を開け、後手の龍を消したと言っても、後手の持駒に飛車を加わったのは損な気がする。
 ただ、その後の手順も、理解不能。△2六飛とややこしい所に打ち、その後の手順もややこしい……




 第12図、駒割はほぼ互角だが、持駒は飛車と歩2枚と心細い。後手玉は中段に引っ張り出されて不安定で、後手玉を包囲している先手の桂香も不安定。ほぼ互角の形勢だが、羽生九段の残り時間が3分しかなく(糸谷八段は1時間19分)、終盤の入り口に逆戻りしたことを考えると、勝つのは相当難しそうだ。
 しかも、△4四歩に▲8六飛では辛い。▲8六飛は後手からの△6五角や△6九角の筋をかわしながら▲5六龍と回る手を含みにした手だが、後手の△4四歩と比べると価値が低い。

 以下、30手ほど指し継がれ、多少の紆余曲折はあったものの、2敗目を喫することとなった。
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2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その5

2020-09-22 13:50:52 | 将棋
【「2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その4」の続き】


 残り時間9分で第9図を迎えた羽生九段が動かない。………残り3分、ようやく羽生九段の手が動き、8七の銀をつまんだ。▲7八銀!
 龍角両取りだ…………しかし、これは……△7八同角成▲同金△同龍で、角と金銀の二枚替えの駒損。
 先手の持駒が豊富なら、角を手にすることの意義は大きいが、手駒は飛角歩のみと乏しい。持駒が乏しくても、駒の振り替わりの直後に手番を握っているので、王手やそれに近い優先度を持つ飛車打ちで、手順に龍を作りながら敵玉に迫ることができるのなら良いのだが、そこまで厳しい飛車打ちはない。
 ………▲7八銀からの駒の振り替わりは、優位を無にしてしまう疑問の手順だった(悪手と言っていいだろう)。

 正着はやはり▲7二飛


 この手には△8三角が怖いが、

 ▲7二飛と打ったからには取る一手の▲5二飛成に対しては、①△4七角行成と②△4七角引成がある。
 ①の△4七角行成には▲3九玉で大丈夫(▲3九玉に代えて▲4九玉は△5八角成で終わり)。
 ②の△4七角引成には▲4九玉で大丈夫(▲4九玉に代えて▲3九玉は△5九龍▲同銀△3八銀でおしまい)。

 変化図6以下、△5九龍▲同銀△3八銀が危険に見えるが、▲同金△同馬▲5八玉で大丈夫。


 戻って▲7二飛に△4七角成▲同玉△8三角の王手飛車も気になるが、これには▲7四角の絶好の切り返しがある。

 以下、△7二角▲5二角成△4二飛の根性受けには▲同馬△同金▲3四飛で一手一手。

 これらの変化は、通常の羽生九段なら一目。一目とは言わないまでも5分あれば十分だろう。
 しかし、この日5時間50分の熟慮し、残り9分という肉体的にも、精神的にも、残り時間も切迫した状況では、頭がもつれてしまった。……夕食を挟んでの長考は時間もエネルギーも消耗してしまう

 《夕食休憩前の第3図は確かに終盤の方向を決定する重大局面だが、ある程度読んだうえで自分の大局観と照らし合わせて、時間とエネルギーを温存すべきだ》と主張しようと記事を書き始めたが、本局の場合、あまりにも難解過ぎた「その1」参照)。運が悪かった。
 しかし、「その1」「その2」「その3」「その4」と書いてきて、その考えは変わった。
 難解な局面を読み切ろうとする。結論を出して着手したが、その後に誤算があり、修正を余儀なくされた。そこで、最善の手順を絞り出す。………その結果、エネルギーと時間を消耗し、足がもつれ逆転を喫す。。。
 このような状況での積み重ねの熟考が羽生将棋を作ってきたのだ。
 この将棋を見て……夕食を挟んで熟考する羽生九段を見て……これだけのエネルギーがあれば、大丈夫。そして、羽生九段は本当に将棋が好きなんだなあと実感した。


 私の言いたいことを書いてしまったので、本記事シリーズはここで終了してもいいのですが、あと1回続きます。
コメント (3)
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2020 女流王座戦挑戦者決定戦 里見女流四冠VS伊藤女流三段 その5(終)「△4九飛だった」

2020-09-21 17:21:21 | 将棋
「その1」「その2」「その3」「その4」の続き)


 図以下、▲5八金△3七角▲5三歩成△同歩▲6四歩と進み、伊藤は残り20分から2分の消費で△3九飛と打つ。

 しかし、4九に飛車を打つべきだった。▲6八玉とかわした手に対し△4六桂と打つ手が詰めろになるが、3九だと詰めろにならない(中継解説より)。

 図から▲6三歩成とすると、△5八桂成▲同銀△5九角成▲6七玉△5八馬▲同玉△4七銀以下詰み(▲5七玉なら△5六金▲6八玉△6七歩▲同金△4八飛成以下詰み)

 実戦は△3九飛▲6八玉△6二金▲6三銀△4六桂と進む。
 △6二金▲6三銀の手の交換は、後手玉に対する先手の攻めの距離は同じだが、後手に損な取引になる可能性が強い。特に△3九飛ではなく△4九飛と打った場合、この2手の交換を入れると、△4六桂に▲同銀が有効になる。△3九飛の場合も△4九飛の場合も、▲4六同銀に対して△同角▲5七歩と進むが、この時、△6二金▲6三銀を入れていないと△6四金と手を戻す手が有効だが、△6二金▲6三銀を入れてあるとそれができない。
 また、戻って、△4九飛▲6八玉△6二金の時に飛角両取りの▲3八銀と打つ手も生じてしまう。伊藤女流三段はこの両取りを警戒して飛車を3九から打ったのかもしれない。それと、△6二金▲6三銀の手の交換をしておけば、銀の質駒ができると考えたのかもしれない(ただし、△6三金と銀を取った時、▲7二金と捨て△同玉に▲6三歩成から詰まされてしまう可能性もある)

 実戦の△4六桂は詰めろではないので、里見四冠は▲6二銀成と踏み込む。
 先手玉はかなり危険に見えるが大丈夫だろうか?上記で伊藤女流三段が3九から飛車を打った理由を推測したが、そうではなく、ここで先手に詰みありと読んでいたのかもしれない。(少し前の△6二金に残り18分から10分使っていたので、この時に不詰めを悟ったのかも)
 ▲6二銀成に△5八桂成▲同銀△5九飛成▲6七玉△5六金▲同玉△6八龍に▲5七桂と合駒をしたのが正確。

 ▲5七歩合いだと△5五角成▲同玉△5四銀▲4四玉△4七龍から詰むが、本譜は▲5七桂の効果で▲4五歩と打つことができる。
 実戦は△5五角成▲同玉に△5四銀とせず△5七龍と桂を取り、▲5六銀△5四銀▲4四玉まで追ったところで、△7一銀と受けたが、里見四冠は▲7二金△同銀▲同成銀△同玉▲6三銀△8二玉▲8三金△同玉▲7二角と詰ました。



 本局は、虚々実々の駆け引きから始まった本局、里見四冠が間合いを計り巧みに捌いてリードし、さらに、優位を拡大していったが、伊藤女流四段も息をひそめてチャンスを伺い、端攻めに勝負をかけた。
 それが功を奏して、難解な局面に持ち込んだ。流れが悪くなった里見四冠、2手連続辛抱し踏みとどまる。チャンス到来の伊藤女流四段だったが、飛車の打ち場所を1筋誤ったのが痛恨で、里見女流四冠が女流王座の挑戦権を掴んだ。


 飛車を4九に打っていたら、勝負の行方は分からなかったが、中継の解説では「△4九飛と打っていたら、▲6八玉には△4六桂が詰めろになるが、△3九飛だと△4六桂が詰めろにならない」とは記されていたが、△4九飛と打った場合の形勢やその後の展開などは書かれていない。(いろいろ不満の残る解説だった)
 私なりに検討してみたが、後手は△6二金と引かずに△4九飛~△4六桂(変化図2)とするのが最善のようだが、

 図より▲4八歩と受ければ先手が有利のようだ。ただし、勝負の行方は不明だろう。

 伊藤女流三段も柔軟で力強い将棋で「西山ー伊藤」戦も観たいが、やはり「里見ー西山」戦は非常に面白そうだ。開幕が楽しみである。
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2020 女流王座戦挑戦者決定戦 里見女流四冠VS伊藤女流三段 その4「難解キャンディー図」

2020-09-20 11:40:30 | 将棋
「その1」「その2」「その3」の続き)


 第9図より、里見女流四冠が▲7九玉と引いたのを見て、伊藤女流三段は△6三金と手を戻す(難解図)。

 ここでの指し手が難しい。
 里見四冠が優位に立ち、急所の6筋を突いて挑戦権に近づいた感があったが、形勢は接近、緊迫している。
 場に豊川八段が居合わせたら、「これはもう、”南海キャンディー図”です」と発しそうだ。(もしかしたら“難解ホークス”かも)

 図で浮かぶ手は、①▲6四歩、②▲5三歩成、③▲5八金など

 ①▲6四歩は後手玉にストレートに迫る手で、最初に考える手だろう。▲8三銀△同玉▲7二角以下の詰めろになっている(たぶん)。ただし、△4九飛と打たれると▲7二角に△8二玉とかわされると、4九に飛車は4筋に利いているため詰まなくなる。その上、6九に歩を打てないのが痛い。銀を打ってしまうと後手玉の詰みが遠ざかるうえ、玉が狭くなるので△8七桂が厳しい。なので、①の▲6四歩はまずそうなのだが、実はそうとも言えない。
 △4九飛に対しては、▲6九金と引くのが最善(△8七桂に対して▲6八玉と逃げる手を用意)。これに対し△5七角と打たれると悩ましいが、△8七桂に備えて7八に玉を逃げる余地を作る▲6八金寄がぎりぎりの受け。以下△6八角成▲同玉△4八飛成で寄せられていそうだが、▲5八銀(凌ぎ図)と引いて耐えているかもしれない。

 図は先手玉に詰みはなく、後手玉は詰めろになっているので後手も△6二金と手を戻すことになるが、以下▲5九銀と受けておけば先手がよさそうだ。
 ただし、△4九飛▲6九金に対して△5七角と打たず△6八歩と変化球を投げられると、訳が分からなくなる。▲6八同玉△4八飛成と進むなら、先の凌ぎ図とは角を温存している分条件が良い。そこで、△6八歩が王手になっていないことを突いて、▲8三銀△同玉▲7二銀△同玉▲6三歩成△同玉▲6四歩とスパートする。△7二玉と引くのは▲6三金△8二玉▲7二金打△9二玉▲9七香以下詰んでしまうので▲6二玉と逃げるが、▲4四角(凌ぎ図2)

 ▲4四角に△7二玉と逃げるのは▲6三歩成(△同玉は▲6二金で詰み)に△8一玉で詰みはないものの、9筋に追われた後、▲9七香と王手で9七のと金を抜かれてしまう。そこで△4四飛成と取らざるを得ないが、▲4四同銀△6九歩成▲同玉で“もう一勝負”といった感じ(先手が勝ちやすそう)。

 ②▲5三歩成△同歩▲6四歩と、成り捨てを利かした方が得だった。△4九飛には成り捨ての効果で▲5九歩(“二歩”にならない)△同飛成▲6九金打と先手を取ることが可能だ(ケチって▲6九金と引くのは△5七角▲6八合駒△8七桂以下詰み)。
 △4九飛の威力が減少するので、後手は飛車を打つ前(或いは△4九飛▲5九歩の瞬間)に△8七桂や△6二金を絡めることになるが、若干、先手がよさそう。

 ③▲5八金(里見四冠の指し手)。この手は、6八に玉の逃げ道を用意した手。6八に逃げ込んだ形は5筋付近は先手が厚いのも強み。
 とは言え、もともと玉が7九に居て、△9七歩成に▲5八金とするのならともかく、△9七歩成を取れずに▲7九玉とと追われて、後手にもう一手(△6三金)指されて、さらにもう一手、守りの手を指さなければならないのは手の流れがおかしい。形勢接近、勝敗の行方は分からなくなった。(精神的には後手が優位)

 と、書いたが、△9五歩と突っかけられた時点で里見四冠の残り時間は28分(伊藤29分)。11分消費して▲6四歩を決断。以下△9六歩(1分)▲6三歩成(1分)△9七歩成(2分)▲7九玉(0分)△6三金(0分)▲5八金(7分)と残り時間が少ない中で、▲7九玉~▲5八金順を選ぶのは里見四冠の強さである。

 とここで、巷の評価値サイトでは、

 難解図で「▲9三歩が最善手」
と示している。 
《えっ、▲9三歩?》と呟きたくなる手だ。
 △9三同香と取ってくれれば、何となく得になりそうだが、この手自体に厳しさを感じられず、《手抜きで攻められて大丈夫なの?》と心配になる。
 なので、上記と同様に△4九飛を考えてみる。△4九飛には▲6九歩がぴったり。一見、△8七桂(罠 図)で迫れそうだが、▲8七同金△同とに▲8三銀(罠 図2)△同玉▲9四角以下あっと言う間に詰んでしまう。

 そこで、△8七桂と打たずに△9三香と手を戻すことになるが、▲9七香△同香成に▲9四銀で先手勝勢。▲9四銀と打たれてはまずいので、▲9七香には△9八歩とする方がいいのかもしれないが、▲9二銀と絡みつかれて、先手の手勝ちになりそうだ。とにかく、4九の飛車が全く働いていないのが痛すぎる。それなら、△4九飛と打たずに△9三同香と応じた方が良いというわけなのだろう。

 無茶苦茶“難解キャンディー図”であった……
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2020 女流王座戦挑戦者決定戦 里見女流四冠VS伊藤女流三段 その3「▲9七同香と取ると…」

2020-09-17 06:35:29 | 将棋
「その1」「その2」の続き)

 互いに6筋、9筋を攻め込み、▲6三歩成に△9七歩成と成り込んだ局面。

 王手なので、さすがに応対しなければならない。

 気分的には▲9七同香と応じたい。
 棋譜中継の解説では「▲9七同香は△同香成▲同玉△9九飛で先手玉が危険になる」とある。

 しかし、△9九飛には▲8八玉がぴったり。先手玉は詰まず、後手玉には詰めろがかかっている。しかも、▲8八玉は飛車取りにもなっている。△9七角▲8七玉といった感じで先手を取りながら飛車取りを外すことができれば良いのだが、△9七角には▲9九玉と飛車を取られてしまう。
 また、▲8八玉に△9一飛が詰めろ逃れの詰めろになればいいが、▲7二と△同玉▲6三銀△同玉▲6四金以下詰んでしまう。

 では、△9七歩成に▲同香△同香成▲同玉で先手勝ちかと言うと、そうではない。
 ここで△9九飛ではなく、△9一飛で先手玉が詰んでしまう。


 以下▲9六歩に△同飛が強烈!

 以下▲9六同玉△9五香(△9一香など下から打ってもよい)▲同玉△9七飛▲9六歩に△9四歩以下詰み。


 △9六飛(変化図1-3)に▲8八玉と逃げても、△9七角▲8九玉△8七香(変化図1-5)

 ▲8七同金△7九飛▲9八玉△8八角成▲同玉△9九飛行成までの詰み。
 ずっと遊んでいた2一の飛車に9一にびゅーんと転回されて詰まされては、「ぎゃっ!」と飛び上がってしまうのではないだろうか。

 では、△9七歩成(第9図)を▲同香と取ってしまうと負けかと言うと、そうではない(本記事2度目の言い回し)。
 ▲9七同香△同香成に反省して▲7九玉と逃げれば、ほぼ互角の形勢。

「その4」に続く。
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2020 女流王座戦挑戦者決定戦 里見女流四冠VS伊藤女流三段 その2「踏み込む里見女流四冠」

2020-09-16 14:40:58 | 将棋
一局を振り返ります。「その1」の続き)

 互いに振り飛車党なので、端歩などの駆け引きを経て、力戦になった。

 △5六歩の取り込みを放置して、▲2四歩と突っ張る。


 互いに銀を中央に繰り出すが、先手が飛車先の歩交換に手を費やしたので、飛車を5筋に転回した後手の伊藤女流三段が中央を制することとなった。
 ちなみに、図の▲4六銀は直後に△5五歩と打たれて▲6七銀と後退させられるので無意味なようだが、後手に△5五歩と打たせるのが目的。

 第2図以降は、互いに間合いを計りながらの指し手が続き、「“2歩の持ち歩+玉の固さ”対“中央を含めた陣の支配力”」の対抗となった。


そして、第4図の△1五歩でいよいよ開戦。

 先手の角が追い詰められているようだが、後手の1三の桂も不自然な配置。
 ここからの里見四冠の捌きが見事だった。
 ▲4五桂△同銀▲同歩1六歩▲4四角△同金▲同歩△同角▲4八飛△4三歩と進む。

 一旦、△4三歩と角取りを受けなければならないのでは、後手がつらい。後手の飛車が置いてけぼりになっているのも痛い。

 その後、里見四冠が独特の踏み込みを見せつつ、寄せの態勢を築いた。

 ただ、ここでの後手玉への明快な攻めが分からない。後手からの△4九飛の高所の飛車打ちも見えており、ゆっくりできない。
 しかし、それは杞憂で、▲5五馬が感心すべき一着。△5五同角成で、せっかくの馬が消えてしまうが、▲5五同銀で次の▲6四歩が厳しい。
 適当な受けがない伊藤女流三段は△9五歩。


 これしかないという勝負手だが、これが先手陣の弱点を突いており、対応を間違えると優勢が吹っ飛んでしまう可能性もある。
 ▲9五同歩と面倒を見るのも有力だが、里見四冠は▲6四歩と取り込み、△9六歩(第8図)に▲6三歩成と踏み込む。

 中継の解説では「西山女流王座と佐々木慎七段は▲6四歩△9六歩▲9八歩△9七歩成▲同歩△9八歩▲6三歩成△同金▲7二銀△同玉▲6四歩を継ぎ盤に並べている」とある。
 ▲6四歩△9六歩(第8図)の局面では、▲9八歩と手を戻す方が安全そうだ。また、▲9三歩や▲9四歩や▲9五歩と9一の香を呼び込む手もありそうだ(ただし、△9七角と強攻される手を覚悟しなければならない)
 しかし、里見四冠は▲6三歩成とさらに踏み込む。これで勝ちなら、その方が簡明だ。
 勢い、伊藤女流四段は△9七歩成(第9図)。


 △9七歩成に取るか逃げるか……
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2020 女流王座戦挑戦者決定戦 里見女流四冠VS伊藤女流三段 その1「疑問の多い解説」

2020-09-14 23:27:56 | 将棋
(書く予定はなかったのですが、羽生九段-糸谷八段「その5」の前に、本記事を優先させました)

 力戦の出だしから、「“2歩の持ち歩+玉の固さ”対“中央を含めた陣の支配力”」の対抗となった興味深い将棋となった。
 巧みに捌いた里見女流四冠が優位に立ったが、伊藤女流三段も勝負形に持ち込み、緊迫の終盤となった……
……その辺りのことは「その2」で書きますが、まず、本記事を書くに至った動機の周辺を書きます。




図は投了図。

【以下は中継の解説】
===========================================
投了以下、△8二玉に▲7一角が好手で、△同玉は▲8一金。△7一同飛も▲8三金で、いずれも後手玉は即詰みとなる。

※局後の感想※
及川拓馬六段>即詰み。以下△8二玉に▲7一角△同玉(△同飛や△9二玉は▲8三金)▲8一金まで。
===========================================【引用 終わり】



 間違ったことは書いてないのだが……
 確かに▲7一角が好手なのだが……

 普通に▲8三金と打って、△7一玉に▲8二角でも▲6二角でも詰む。


 もう一点、書きたいことがあるのだが、それは「その2」以降で。
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2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その4

2020-09-11 15:56:24 | 将棋
【「2020 A級順位戦 羽生九段-糸谷八段 その3」の続き】


 図は▲8七銀と打ったところ。変な位置への銀打ちだが、好手だ。
 後手玉への包囲網は出来上がっており、この銀打ちで飛車の入手は確実、先手玉も安泰とは言えないが差し迫った状態ではない。
 不安要素は残り時間が15分と切迫してきたこと。だが、ここまでくれば、自玉の危険度を図りながら、普通に後手玉に迫っていけばよい。


 第8図以下、△6九角▲4八玉△2八歩成(勝負手図)▲同金△7七飛成▲同金△8八龍▲8九歩△同龍(第9図)。

 上記の手順の△2八歩成(勝負手図)の利かしの善悪は微妙。金を2八に移動させ先手玉の頭(4七の地点)を薄くするプラスの半面、2七の歩で押さえていた先手玉の移動範囲を広げてしまうマイナスもある。
 △2八歩成……この成り捨ては将棋の流れに波紋を投げかける一着となった。

 羽生九段の不運は、この成り捨てに対し、放置して▲7八銀と飛車を取る手も魅力的だったこと。実際、▲7八銀と指しても充分優位を維持できていた(▲2八同金と▲7八銀は同等)。
 この二者択一に4分を費やし、羽生九段の残り時間は11分となってしまった。
 さらに、第9図では、直前の▲8九歩に2分を消費し、残り9分となっていた。

 ここで、羽生九段が勝利に近づくべく読みを入れる。
 ABEMAのAIは▲7二飛で評価勝率は勝勢の値を示し、棋譜中継の解説も「後手の竜が一段目に移動したため、いまなら▲7二飛の金取りが利くか。△8三角が怖い切り返しだが、以下▲5二飛成△4七角上成に▲3九玉と引けば先手が残している」と。棋譜中継は控えめな評価だ。

 ………羽生九段は動かない。残り時間が刻々と減っていく。

「その5」に続く
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