英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

王位戦第7局 羽生名人(棋聖・王座・王将)×深浦王位

2008-10-03 00:32:23 | 将棋
 あまり触れたくない話題ですが……

 2年連続敗れてしまい、羽生名人にとって深浦王位は最も警戒すべき相手という評価が確立されてしまった。
 傍目、しかも、棋力が遠く及ばない私の眼からなのであてにはならないが、読み筋が合わないのだろう。深浦王位にとっては、本筋として考える読み筋にズレは感じていると思うが、羽生名人の読みそうな筋はある程度推測できているのだろう。何も深浦王位に限ったことではなく、すべての棋士がある程度羽生名人の指し手は予想できているはずだ。なぜなら、頂点にいる羽生名人の将棋は、すべての棋士から注目され研究されているから。
 もちろん、これは今に始まったことではないが、以前はそれでも理解できない部分が多く、いわゆる「羽生マジック」が炸裂することが多かった。
さすがに最近は、今までの蓄積で、羽生名人の思考(指し手)が予測できるようになってきている。
 そんな状況の中でも、7割3分近い勝率をあげ続け、王位奪取はならなかったものの、七冠に近づいてきた羽生名人の強さは計り知れない。

 それはさておき、羽生名人は深浦王位に苦手意識を持っていると感じられる。それは時間の使い方に現われている。
 対深浦王位においては、羽生名人の消費時間が常に先行している感じがする。ただ、2日制のタイトル戦の1日目において、また、1日制の午後3時ごろまでは、羽生名人の消費時間が多いことはそう珍しいことではない。それが、勝負処では複雑な局面に誘導し、読みの迷走に落とし入れ、羽生ワールドにもがいているうちに、消費時間は逆転し、結局勝利を手にするのは羽生名人というパターンが多い。
 ところが、深浦戦においては、羽生名人の方が、読みの軌道修正を余儀なくされるシーンが多いように感じられる。そのせいで、最終盤で時間に追われ、ゴール前で並びかけても、最後の足に伸びがなく、差し切れずに終わってしまうパターンが多い。
 また、苦手意識のせいか、序盤で迷いが出て、時間、形勢ともに損じてしまうことも多いようだ。第7局の羽生名人が悔やんだ封じ手前の▲7九玉にチグハグさを感じる。「何気なく引いてしまった」という感想もあるように、考慮時間10分。これは、今までと同じ轍を踏まないように意識した故ではないだろうか。
 そして、そのあとの封じ手に105分の長考。これは、軌道修正のため読みと、2日目に味を残しておくためと考えられるが、結果的に、ここでの時間の消費が大きかった。
 勝負に固執するのなら、封じ手30分ぐらい前で着手し、手を渡すという方が、戦略的には得なような気がする。

 さて、もちろん、羽生名人が苦しむ原因は、読み筋が合わないとか、羽生名人の苦手意識とかだけではない。
 羽生名人は、テーマを持って将棋を指すということもあるかもしれないが、多分、「厳密に言えば疑問手」となる手を指すことが割と多い。深浦王位は、①それを逃さず「疑問手」の烙印を押すのがうまい。
 それから、②読みの踏み込みが良い。非常に危険に感じる指し手や、普通の棋士が初めから除外するような筋を、深く読みを入れて指してくる。羽生名人にとっては、届かないと思っていたパンチが伸びてきたり、見えない角度からパンチが跳んでくると感じることが多いのではないか。
 さらに、③終盤になっても、足が衰えない。④間違えても、崩れずに立て直してくる。
 深浦王位は強いと思う。もっと勝っても良いと思う。今の成績は実に不思議だ。他の棋士とのタイトル戦を見てみたい。(棋王戦が決勝トーナメントに残っている。現棋王は佐藤棋王)
 あとは、1敗してしまったが王将リーグ戦も挑戦の可能性がある。こちらはタイトル保持者が羽生名人(四冠)なので、ちょっと怖い気もするが、ぜひとも、挑戦者になっていただき、4-0で退けて、「天敵深浦」説を払拭したいところだ。(羽生×深浦戦は、日本シリーズで対局する。また、棋王戦でお互い2つ勝てば、本戦の準決勝で当たる)

 さて、肝心な第7局の内容だが、先述した▲7九玉が安易だったようで(▲2四歩が正着)、その後は深浦王位が少しずつよかったようだ。
 リアルタイムでは、駒得が大きそうに見えたので、羽生名人良しと見ていたが、▲5二歩に△4二玉とかわされて、後手玉にうまく迫る手が見えず、後手からは△9八銀が厳しく、羽生名人が苦しいのではないかという気がしていた。
 それでも、▲2三桂不成など怪しさ抜群な手で迫り、▲8五桂と跳ねた辺りでは、「おお!逆転か」と思われたが、深浦王位の死角パンチ(△5七と~△7八飛)が跳んできて、羽生名人の追撃も、正確な受けでかわしてしまった。

 ただ、△2三桂不成は本当は有効打だったのか?その後の深浦王位の応手は最善だったのか?▲8五桂では▲6五桂の方がよかったそうだが、それならばどうだったのか? 
 このあたりの疑問を、『囲碁将棋ジャーナル』で解明してくれることを期待していた。
 解説は森下九段。人間的には好きな棋士だが、嫌な予感がした。
 序盤の解りやすいところは、分かりやすく丁寧に解説していました。
 封じ手前の▲7九玉を「一旦、と金が近いですから(当然の手)」と評価。聞き手の笠井さんの「羽生名人はここで(5五歩と)歩を突くべきだったとおっしゃっていましたが」という突込みには、「あっ、そうなんですか。3五に王手飛車もありますから、引くのは仕方ないかと」解説。えっ?▲7九玉と引いたから苦しくなったんじゃないの?だから、このあたりで工夫する必要があったのでは?
 △9九銀不成のあたりで、「この辺は難しくて(解説する)時間がほしいところですが、終盤がすごく面白いので、ちょっと(解説を)飛ばして(指し手だけ)進めます」と、ほとんど指し手だけ並べるだけ。
 「▲2三桂不成にはびっくりしました。成りなら普通ですが、成らずには驚きました。で、まあ、△5二金と…」、で、▲2三桂不成は好手なの?どうなの?
 この後も、終盤が面白いからと言って、「怖いところ」という感覚的な言葉や、「この辺はなんとも言えません」って、おい、解説しろよ!
 「▲8五桂では、▲6五桂の方がよかったらしいんですけど、▲8五桂は羽生さんならではの手です」、で、▲6五桂だったらどうなるの?
 あとは、深浦王位のと金捨てからの寄せをほめたたえ、指し手を並べただけ。結局、後半は足早に指し手をなぞっただけでした。
 序盤を丁寧に解説しすぎたためなのか、難解な局面の解説を避けたのか、解釈が分かれるところですが、非常に不満の残る解説でした。
コメント
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