歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

2015年つくば市の桜は本日開花です!たぶん?

2015年03月29日 | 季節の風景
昨日は、天気も良く、暖かく、風もあまりなく、もう、そろそろと、つくばの櫻の様子を窺いに、自転車を走らせたのです。

いつもの桜並木、対向車に気を付けながら、歩行者に気を付けながら、上を見上げ続けたのですが、櫻の花はなかなか発見できず。

枝先にやっと見つけた薄紅色、静かに、ひっそりと、一輪だけのお花見。


蕾は、もう、開花準備は万端で、指先で弾けば音を立てて開きそうです。


いつも通る神社の境内の櫻も、もう直ぐです。神社に櫻は似合います。


こちらでも、気の早いサクラが、一輪、二輪、開いています。


本殿の屋根を背景に満開の櫻、とっても、とっても、春の風情、日本の風景になります。


境内には、何故か満開の櫻が、染井吉野に似ていますが、


でも、今咲いていると云う事は、別の種類?


こちらは、つくば市の名所、農林試験場通りの桜並木。こちらは、まったく、一輪も咲いていませんでした。


本日も、昼間は太陽がいっぱいです。きっと、間違い無く、開花宣言です。今度の土日は、間違い無くお花見日和。


それでは、また。


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愛おしく!狂おしく!待ち遠しく!さくら!桜!櫻!サクラ!2004年から2014年

2015年03月24日 | 季節の風景
サクラ、さくら、櫻、あちら、こちらから、櫻の開花を知らせる便りを、耳にし、眼にすると、胸が、心が、騒ぐのです。

少子高齢化、財政赤字、集団的自衛権、原発再稼働、普天間基地の辺野古移設、イスラム国のテロ、世の中、いろいろあっても、櫻は今年も咲きました。

歳を重ねるほどに、何故か、櫻の花は、待ち遠しく、愛おしく、狂おしく、こころを惑わします。

2004年、東京は上野寛永寺の櫻。


浅草付近、隅田川のさくら。


2005年、我が家の近く児童公園のさくら。


2006年、東京は椿山荘下、江戸川公園の櫻。


さくら。


サクラ。


サクラ。


2007年、茨城県はつくば市農林研究所通りのサクラ。


2008年、千葉県我孫子市印旛沼のさくら。


2009年 茨城県は龍ヶ崎観音のさくら。


2010年 龍ヶ崎市は般若院の垂れ櫻。


2011年、大地震、大津波、原発三基がメルトダウンで日本中で櫻どころではなく、お花見無し!写真無し!

2012年、茨城県は高崎自然の森公園のサクラ草と、


さくら。


2013年、東京北区は音無橋のさくら。


そして、お隣、飛鳥山のサクラ、


2014年、茨城県は土浦市乙戸沼のさくら、


さくら。


サクラ、さくら、櫻、でした。


さて、と、今年は、何処で、お花見をするか?


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満島ひかり“川の底からこんにちは”ホント!しょうがないと云うより!しょうもない!そして動的平衡です!

2015年03月20日 | 映画の話し
最近?録画したと思いますが、昨日、やることも、見るモノもなかったので、しょうがなく観たのでした。

それで、主役の“満島ひかり”が何かにつけて「しょうがない」を連発するのです。最初は“避けられない ・ 免れ得ない ・ 避けることができない ・ 逃げられない”的な意味に解釈していたのです。

しかし、です。話しが進み、いろいろ登場してくる人物は「しょうもない・ばかばしい・くだらない・どうでもいい」、そんな奴ばかりで、そんなストーリー展開なのです。

最初から、最後まで、ホントに、ホントに「しょうがない」と云うよりも、「しょうもない」映画なのです。でも、しかし、何故か、最後まで観てしまいました。

自分なんて、人生なんて、世の中なんて、所詮は「しょうがない・しょうもない」と思って生きている方、生きてきた方には、とても、とても、今更なんですけどね。

でも、未来のある、夢のある、自分探し真っ最中の方が、しょうもないこんな映画を観たらどう思うのでしょうね?

変に、過大に、自分に、世の中に、大きな夢と大きな希望を抱くと、間違い無く、圧倒的多数の方は、挫折し、悩み、苦しみ、打ちひしがれのです。

でェ、だからと云って、最初から、夢も希望も抱かない、そんな訳にもいかないのが人の常。兎に角、大きな夢が破れ、大きな挫折を経験し、そして、のり越えて、強かに生きて行く、そんなパターンが、平均的で、健全なのでしょう。

でも、その過程で、かなりの悲劇も起こるのです。そこが、人生で、辛くて、悲しくて、ドラマチックで、面白いのです。

人生は、川底の泥にまみれたシジミのように、目立たなくても、それなりに、味わい深く、それなりに価値あるもので、それなりに頑張って生きていると、それなりに楽しいこともある。

と、まあ、人間みんな“チョボチョボ論的”な、そんなメッセージが聞こえてくるのです。

でも、しかし、です。これって、かなり危険をはらむ気もするのです。現状肯定的で、全ては命ぜられるままで、川の流れに身を任せ的で、大勢に迎合で、体制に迎合で、これでは、いつか、きっと、世の中が、壊れ、廻らなくなると感じたのです。

世の中は、世の中も、『動的平衡・・・マクロ的には変化して、いないように見えても、ミクロ的には変化し続けないと、安定しない、ミクロとして絶え間なく動き、入れ替わりながらマクロとして恒常性が保たれている』と、彼の分子生物学者も仰っていた?と思います。違った?福岡 伸一先生。

兎に角、“満島ひかり”が主演との事で観たのですが、ツマランようで、それなりにツマル、微妙な味わいの作品でした。

それと、満島ひかりですが、エキセントリックなようでいて、とてもフツウなようで、小悪魔的なようで、とても純真そうで、とても味わいのある女優です。

それにしても、満島ひかり以外は、観たことも、聞いたことも無い役者ばかりでした。父親役の方だけは、何となく観たような?気がする顔をしていました。


それでは、また。



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!核ミサイルの脅威に!恐怖に!耐えて!堪えて!日本を絶えさせない勇気

2015年03月18日 | 世間話し
安倍政権ですが、解釈改憲とか、自衛隊の海外派遣とか、集団的自衛権容認とか、いろいろあっても、経済政策と云うか、株価対策でそれなりの成果?を上げて、それなりの支持率につながっているのです。

解釈改憲等の国家の根幹的な政策変更に対しては、それなりの不安を抱きつつ、それでも、経済が、それなりに良くなれば、収入が上がり、家計が楽になり、未来が明るくなり、ヨカッタ!ヨカッタ!を信じて、多少のことは眼を瞑って・・・。

兎に角、経済が第一、命は第二、なのです。誰しもが、そう思っていても、口に出さず、でも、しかし、暗黙の了解として、世の中の総意として、かなり、かなり、確実に存在しているのです。

格差社会でも、原発は危険でも、戦争は悲惨でも、この世の中、理想は理想で、現実は、とても、とても、いろいろな宗教が、民族が、国家が、組織が、複雑に絡み合い、ドロドロの暗闘をくり返し、とても、とても、ムズカシくて、ヤッカイで、だから、仕方がないと・・・・・・。

それと、最近、思うのですが、目先の銭金を優先させる傾向は、国の、地方の、財政赤字が、大きく影響していると思うのです。

兎に角、国の借金を、何とかしなければ、日本が破綻する!と、聞かされ続け、脅され続け、その結果、兎にも角にも、経済こそ、景気回復こそ、明るい未来の第一歩と、刷り込まれてしまったのです。

それで、安倍さんですが、彼は、少子高齢化にも、財政赤字にも、経済政策にも、ほとんど興味は無いと思います。彼にとって一番の政権課題は、誰が、何と、云おうと、日本国を“戦後レジームから脱却”させることなのです。

戦後レジームとは、第二次大戦の占領政策からの脱却です。日本を、二度と戦争できない、戦争させない、戦勝国の第一義的政策からの脱却です。

憲法9条こそが、占領政策の、できない、させない、象徴であり、押し付けだとの主張は、“それなり”に間違いではないと思います。

だからと云って、9条の考え方が間違っているとはならないのです。国家紛争も、宗教紛争も、民族紛争も、人種紛争も、武力では解決しないのです。しなかったのです。

有る意味で、私も、「戦後レジームからの脱却」は、とても正しい政策だと思います。日本にとって戦勝国とは米国です。米国支配からの脱却です。

米国の「支配」からの脱却には、経済的な自立、政治的な自立、外交的な自立、エネルギー政策の自立、そして安全保障的な自立等々があります。

自立と云っても、アメリカと国交を断絶することではありません、今の、この世界、鎖国は不可能です。経済も、政治も、外交も、エネルギーも、安全保障も、いろいろな国との絡み合いです。

それで、最大の自立要件は安全保障です。安全保障政策で、軍事力に重点を置くのか、それとも外交政策に重点を置くのか、二つに分かれるのです。

核兵器を持ち、集団的自衛権で、集団的安全保障で、“安倍政権的”な自立を目指すのか、核兵器を持たず、専守防衛で、個別的自衛権で、安全保障の自立を目指すのか、ホントにムズカシイのです。

それと、核兵器を持ち、集団的自衛権で、集団的安全保障で自立を目指す“安倍政権的”な考え方方々の多くは、何故か、価値観を共有しない、対立する、個人よりも国家を優先させる独裁国家に向かってしまうのです。

それで、私としては、専守防衛で、個別的自衛権で、外交政策に軸足を置く立場です。

それで、最近の北朝鮮脅威論、中国脅威論なのです。中国、北朝鮮の、核ミサイルが飛んできたらの恐怖です。

でも、しかし、互いに脅威を、恐怖を、煽り、対立を煽り、憎しみ増大させ、軍事力を増大させ、最後は互いに恐怖に耐えられず、戦争に突入するのです。

兎に角、互いの政策を、主張を、実現させる為の手段に、感情を、憎しみを、利用してはダメです。

国家間で、謝罪とか、償いとかを前面に出して交渉すると、互いに譲らず、話しは、ややこしく、こんがらかり、ニッチもサッチも行かなくなるのです。

過去を考えれば、いずれの国も、攻めたり、攻められたり、勝ったり、負けたりで、どっちが正しく、どっちが間違い、と、決めつけられないのです。

兎に角、武力に寄って、対立も、紛争も、解決しない事は事実なのです。憎しみと報復の連鎖を断ち切る勇気が必要なのです。

強硬論を大声で勇ましく叫ぶのに、勇気は要らないのです。一見、勇ましく見えるのですが、実は臆病で、弱虫で、小心で、短絡的で、近視眼的で、未来は考えていないのです。

兎に角、今日は、この辺でお終い。

兎に角、オジサンの惚け防止のお話でした。

ホント!最近は、記憶が飛んでいる事があり、とても、とても、不安なことがあったりするのです。


それでは、また。


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白鵬よサヨウナラ~!照ノ富士!逸ノ城!阿炎!天風!輝よコンニチワ~そして居反りの宇良クン待ってるよ!

2015年03月16日 | 相撲の話し
大阪場所が始まりました。

相も変わらず、優勝候補の筆頭は“あの白鵬”です。

いつも、いつも、優勝は白鵬では、興行としては、とても、とても、困ったことなのです。ホント!面白くない!

連日の大入りは、まったくもって、誰一人として、白鵬の優勝など期待していないのです。ホントに!ホントに!困っているのは“相撲協会”なのです。

その辺の事情を、一番、一番、身にしみて、日々、しみじみと感じているのが、“大横綱白鵬”その人なのです。

先場所、稀勢の里戦での物入りに対して、審判部を批判した白鵬の発言は、本人としては“オフレコ”のつもりだったものが、意に反して各社が報道したのでした。

そして、月刊文藝春秋での武蔵丸親方の白鵬批判、これらの一連の動きには、いろいろと、何かが?匂うのです。

白鵬は、ファンからも、協会からも、飽きられたと云うか、見放されたと云うか、追い出しが始まったと云うか、兎に角、もう、観たくない大不人気の大横綱なのです。

横綱とは、大関の中で、心技体の優れた力士だけがなる名誉ある地位です。強いだけではダメなのです。勝って当たり前で、勝ち方が、人格が、問われるのです。

白鵬批判はこれまでもいろいろ書いてきたので、今日は書きたくありませんが、でも、しかし、ひとつだけ書いちゃいます。先々場所、稀勢の里戦での立ち会いでの“フェイント”は、狡さ、汚さ、根性の悪さも、極まった出来事でした。

さよなら白鵬、こんにちは照ノ富士、逸ノ城、阿炎、天風、輝、なのです。そして、そして、とても、とても、楽しみな、“居反り”の宇良和輝クン待ってます。

それにしてもと云うか、いつもの事と云うか、前半戦での惨敗じゃなくて、三敗の稀勢の里です。昨日は、踏ん張って照ノ富士に勝ちました。たぶん、いや、きっと、全勝でぶつかっていたら負けた筈です。

白鵬も終盤での対戦は嫌な筈です。優勝戦線から脱落した稀勢の里は強いのです。その答えは、気が弱いからです。

優勝の二文字が怖いのです、夜も眠れないのです、立ち会い間際まで、迷いに、迷い、まぶたパチクリなのです。これは、もう、どうにも、こうにも、なのです。そして、稀勢の里は頂点を過ぎました。ご苦労様でした。

兎に角、誰が優勝するのか判らない、そういう場所に、早くなることを願ってやまない今日この頃なのです。

ホントに白鵬はご苦労様で、さようならです。


それでは、また。


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“だから荒野” ⑮ 終わってみて思うのでした!録画は消さないでいつの日にかまた・・・

2015年03月12日 | テレビの話し
最近は、一応、月水金の週三回のペースで更新してきましたが、昨日の水曜はさぼってしまいました。

早朝と夕方、おふくろの送り迎えをしたので、何となく、やはり慌ただしく、書く気持ちになれなかったのです。

それに、です。昨日は3月11日で東日本大震災の日でした。あれから4年の月日が流れたのです。記憶は薄らいできました。

新聞も、テレビも、震災の特集ばかり、私としては、新聞の特集記事は見だしだけを眼で追い、中味の記事は読みませんでした。テレビの特集も見ませんでした。

見たのは当時録画しておいた、当日のニュース映像です。私は3・11を体験していないのです。私の体験はテレビの中の映像だけです。

当日の午後2時46分、辺りは見渡す限り田圃の風景のなか、畦道を自転車で走っていました。何となく地面が波打った感覚と、風もないのにバタバタと空気の揺れる音を感じたのが、3・11体験でした。

震度6の恐怖体験も無く、ひたすら見続けたテレビの、地震と津波と火災の映像が、そして、原発の爆発シーンの映像が、3・11体験です。

「マッサン」も昨日で終戦、いや、敗戦で、そして70年。阪神大震災から20年、東日本大震災から4年。

忘れなければ、と、思うことは忘れられず、忘れてならないことは、忘れてしまう、そう云うものなのでしょう、フツウの人は・・・・・・。

そして、“これまで”の長さと、これからの長さ、の違いも、いろいろと影響することと思うのです。

それで、だからァ、荒野ですが、優太と章吾の“これからは”長く、山岡先生は“これまで”が圧倒的に長く、これからは残り僅か、そして、朋美は、これまでとこれからが、ほぼ同じ長さです。

優太と章吾はこれまでを清算して、それなりに新しい人生が開かれつつ、山岡先生はこれまでを背負つつの人生で、朋美は意識的に、向かい合って、のり越えて、それなりの人生に踏み出すのでしょう。

朋美、いや、鈴木京香さん、終盤は、とても、とても、46歳として綺麗でした。請求書なんて失礼な表現をお詫びします。

終わってみて、考えて、最後に思うのです。録画は消さないで、もう少し時間をおいて観たいとの気持ちがあるので、まあ、それなりに、ヨカッタ!と、思うのです。

15回も引っぱってしまいました。これで「だから荒野」はお終い。


それでは、また。


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“だから荒野”⑭銭谷雅義さん!だ・か・ら~!期待していたのにこれがァ!誰も見たことが無い奇跡ですか?

2015年03月09日 | テレビの話し
まだ、まだ、「だから荒野」をやっています。

初っ端から、何ですが、話しは逸れまして、「だから荒野」の、“だから”と云う言葉の話しなんです。

この「だから」と聞くと、むかし、むかしの上司に、この言葉が口癖の人が居たのです。性格は、どちらかと云えば短気でした。

“だから~!さっきも云っただろう!”同じ事を何遍も云わせるな的意味が込められ、いつも言葉の頭に“だから~!”付くので、あだ名が「だから」でした。

そして、これに連なって思い出されるのが、あの“剛腕”の“小沢一郎先生”です。あの方も、かなり、だからを連発される方だと聞いたことがありました。あの無愛想な顔から、然もありなんと頷いたものでした。

それにしても、小沢先生、政治の表舞台から消えてしまいました。きっと、今頃は、毎晩、酒を飲む度に、だァかァらァ~!を連発しているような?そんな気がするのです。一緒に一杯やってみたいです。

だから話しはこの辺にして、本題の「だから~!荒野」のお話です。

それで、何ですが、亀田の告白の舞台ですが、昔は炭鉱のあった島で、現在は無人島のようなのです。この設定は、あの有名な“軍艦島”のようですが、それとはまた別の島でした。長崎には、そんな島が幾つもあるの?
 

それで、亀田章吾の告白ですが、山岡に「あなたが自己開示をする番だと云われ」養護施設の出身であること、5歳の時に施設に入り、父親の顔を知らず、母の温もりからも遠く、独り寂しい生い立ちを語るのです。


私は、以前、亀田章吾の“悲劇”は、年齢的に「被爆三世」かと考えていたのですが、ハズレでした。やはり、山岡も亀田も、2人とも“戦争と被爆”を背負わせると、話しとして重すぎる、そんな判断だったのでしょう。


山岡の“妹殺し”悲劇に対して、亀田の養護施設出身を、“小さな悲劇”とするのは、ちょっと、ちょっと無理があるような・・・。


それで、何ですが、大きな?いゃ、中位な疑問なのですが、この島でのシーンが、カメラを固定せず、手持ちで撮影されていて、画面が小刻みに揺れて、とても、とても、見難いのです。

演出として、登場人物の誰かの視点として、一人称的な表現として、ドキュメンタリー的表現として、そんな撮影方法はあると思いますが、一人称でもなく、だからと云って、このシーンだけを、ドキュメンタリー的に表現する理由もなく、よく判らない撮影方法です。

もしかして、資材搬入的に、三脚、クレーン、レールを引いての撮影は無理なので、やむを得ず手持ち撮影になった?

でも、しかし、それにしては、画面のブレが酷すぎるのです。プロは手持ちでもあれほどブレません。あのブレた映像は被写体との距離をとって、望遠レンズを使用しての撮影と思われます。

もしかして、あれは、テスト撮影で、本番は天候不順で撮影続行が不能となり、そして、後日、再度のロケは、予算的に、放送日程的に、スタッフの、各役者の、スケジュール調整的に、不可能だった為、やむを得ずテスト映像をそのまま本放送に使った?

兎に角です。あのブレまくる映像の意図が分からん!

と、まあ、どうでもイイことを、ここまで綴ってきました。と、云う、事は、そんな事ぐらいしか中味に興味が無くなったからです。

最終回への大いなる期待は、大いなる故に、大いに裏切られたのです。やっぱり、50分の八話は、長すぎました。2時間の単発であれば、もしくは、三話完結程度の方がヨカッタと思います。亀田クンの謎で引っ張り過ぎました。

原作は知りませんが、兎に角、NHK的に、無難な終わり方で、ヨカッタ!ヨカッタ!なのです。視聴対象は朋美の年齢層を中心に狙っているのでしょう。

このところNHKBSではドラマを乱発しています。衛星放送への加入を、受信料の増収を狙った、販売促進政策のようです。高齢者はほったらかしてもOKですが、“朋美年齢層”はテレビ離れが、かなり、かなり、なようです。

また、また、ツマランことを綴ってしまった。

兎に角、制作統括の“銭谷雅義さん”の、

『私も長くこの仕事に携わっていますが、今ままでに経験したことのない、奇跡の瞬間でした。これまで誰もみたことない深い人間ドラマが生まれたと思っています』

の言葉に期待していたのですが、とても、とても、残念でした。“銭谷雅義さん”は経験が足りない?

でも、このシーンはヨカッタです。亀田クンを抱きしめ、背中を叩く仕草は、男としてではなく、息子に接する母の姿。


亀田クンも、朋美に母をみていた事に気付かされるのです。これまでは、それなりに女として見てみていたと、そう思い込んでいたのです。


今日は、何か、どうでもイイことを長くつづってしまった。

優太の話も、記憶に留めるため、それなりに考えたいと思います。

それでは、また。


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“だから荒野”⑬♪そ、そ、ソクラテスもプラトンも♪みんな悩んで大きくなった!

2015年03月06日 | テレビの話し
先日の続きです。

最終回『告白』です。

みんな、みんな、朋美も、優太も、山岡も、亀田も、告白するのです。

誰しもが、それぞれに、いろいろと、秘密を、知られたくない事を、いろいろ隠し持って、それなりの閉じ籠り方で、それぞれが悩み苦しみ背負い、生きているのです。

でも、本人してみれば、それは、それで、それなりに深刻なのですが、第三者からみると“えッ!そんなことで、そこまでやるの?”的な、偏屈、頑固、変人、そんな眼で見られたりするのです。

山岡は、妹の死を自分の責任として、生涯、結婚せず家庭を持たず、孤独に、罪を償い、戦後70有余年、悩み、苦しみ、背負い、生きてきたのです。

でも、しかし、山岡が結婚を考えた相手の兄から、結婚して家族を持つことは、それなりに苦労があり、独り孤独で暮らす方が、ずっと、ずっと、気が楽だと云われてしまうのです。この時、山岡が何処の町内にもいる、偏屈な爺さんに見えてしまいました。

それに対して、山岡は反応しませんでしたが、眉間に皺を寄せ深刻派の山岡は、心のなかで、きっと、かなり“ズッコケテ”いた筈。世の中、立場が変われば、見方も変わり、いろいろなのです。

“眉間皺寄せ派”で無い、私としては、70有余年、償い続け、背負い続ける、山岡先生の生き方は、それなりに、尊敬できるのですが、いくら何でも、結婚せず、家庭を持たず、楽しいことから、幸せなことから、自らを遠ざける、何て事は、何か、やはり、とても・・・・・・。

その反動として、時折、食欲が爆発して、チャーシュー麺に炒飯を食べ、こころの平衡を保っている?


そんな解釈ができるラーメン屋のランチシーンでした。このシーン、山岡と亀田の嬉しそうな顔、とても印象に残っているのです。

※チャーシュー麺も炒飯も味付けが濃そうで塩分も糖質も多すぎ、でも、しかし、チャーシュー麺はボリューム感が不足、中心部のモヤシとメンマに哀愁が漂い、そして、沈み込むチャーシューに“だから荒野的”な趣が。

それで、家族を持つ、結婚する、他人とひとつ屋根の下で暮らすことの大変さを、朋美と親友に語らせたシーンで朋美は

※46歳の京香さん魅力的に撮れています。
『・・・愛っていうか、寄り添う気持ち?みたいなものが、いつからか、どちらからか足りなくなっていたのか・・・』

そして、親友は、
※50歳のYOU、気怠感が、やつれ感に、くたびれ感に、変化してきました。

『男と暮らしていくのって楽じゃないよね、砂漠に花を咲かせるっていうかさ、面倒でも、毎日お水あげたり、今どんな感じなのかなって、様子見て、世話してあげたり、そういうのちゃんと、やっとかないと、愛って枯れちゃうんだよね』

まあ、相手へのいろいろな気遣い、意識しないで自然にできる人と、意識的にやらないとできない人が、居るような、居ないような。

そんなものかと、自らを省みつつ、それなりに思うのです。男と女、いろいろと、思い違いや、勘違いや、行き違い、すれ違い、そんな、こんなが面白い? 

まあ、男と女の関係は、大いなる誤解から生まれ、互いの誤解に気付いた時、終わりを向かえる、何て説も、それなりの真実?

でも、まあ、ドラマとは異なり、フツウの人の、フツウの関係は、深く考えたり、思い悩んだりは程々にして、それなりの妥協をして、知らないふり、気付かないふりをして、やり過ごし、どこかで折り合いを付けるのでは? 

あまり深く、追い求めたり、追い込んだり、何てことは、してはイケナイなのです。曖昧さを残し、謎を残し、関係を残し、保つのです。

まあ、兎に角、朋美も、優太も、山岡も、亀田も、心の荒野を、独りではなく、互いの関係のなかで、受け止め、立ち向かい、のり越え、克服して、大きくなっていく?

あの“火垂の墓”で“焼け跡派”の野坂昭如先生も、そのむかし『♪そ、そ、ソクラテスもプラトンも、みんな悩んで大きくなったッ!』と、楽しそうに唄っていました。これって、何かのコマソンだった?

兎に角、いろいろ思いを巡らしました。

まだ、もう少し、巡らしたいと思います。


それでは、また。


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“だから荒野”⑫告白!雨の中裸足で踊る“危ない朋美”に救われ感謝する二人

2015年03月04日 | テレビの話し
未だ、未だ、“だから荒野”のお話は続きます。

最終回は『告白』です。

順序立てて、ゆっくり、じっくり、ゆきたいと思います。時間はたっぷりあります。

先ずは朋美の告白です。

『・・・先生と亀田さんに初めてお会った時、先生に救われたような気がしました。私は、夫から逃げ・・・主婦という仕事から逃げて、家族から逃げて・・・、家を飛び出したのです、いえ・・・自分自身から逃げていたのかもしれません。自分の未来からも・・・。私、自分の道を見失っていたのです。そんな時、亀田さんが「僕たちは長崎に行きます」って言葉に、その時、お二人は、長崎は、私の道しるべになったんです・・・』

いろいろと、逃げて、逃げて、逃げては理解できるのですが、“未来からも”は、よく分かりません。46歳と云う年齢であれば、未だ、これから出直すことが、これまでとは違う、新しい、別な、未来を、と、飛び出したのでは?

でも、しかし、飛び出してみたのはいいが、現実は厳しく、未来はどっちらに?未来とは何?に、私はどうしたらいいの?状態で、自分の道を見失い、途方に暮れ、もう、面倒だから、こうなったら、未来からも逃げるか?と、そんな事ではと思うのです。

でも、しかし、それでは、ちょっと、このセリフでは、前後左右の辻褄が合わないような、そんな気がするのです。単なる気のせい?

あの時の、雨の中で踊るシーンからは、“開放感と未来への希望”が見て取れたのです。


あの時の朋美のこころは、過去から逃げ、未来から逃げ、自分の道を見失っていた?わたしには、どうしても、そうは見えませんでした。


オジサンとしては、あの時の、あの、朋美さんと云うか、京香さんは、とても、とても、ドラマのワンシーンとして、象徴的シーンとして、美しくて、艶やかで、魅力的に見えたのです。

そこに通り掛かった先生と亀田クン。そして『・・・「僕たちは長崎に行きます」って言葉に、その時、お二人は、長崎は、私の道しるべになったんです・・・』

“二人は、長崎は、道しるべ”とは、その直感に、イマイチ、説得力と云うか、必然性と云うかを感じないのでした。そこを、深く、しつこく、追求しては身も蓋も無い?それを云っちゃお終いよ?でも、暇なので、ほじくっちゃいます。

作者の“小説のネタ的なアイデア箱”に放り込んであった、三つ四つのメモ用紙の走り書き、「長崎原爆」、「語り部」、「引き籠もり」、「専業主婦の自立」を、それなりに、つなぎ合わせ、絡み合わせ、広げ、掘り下げ、編み出したのでしょう。

この作品、わたし的には見終わって、頭に浮かんだのは、やはり、“火垂の墓”と、そして、かなり古くなりますが、原作林芙美子、監督成瀬巳喜男、主演原節子の“めし”です。

まあ、それは、それで、先生も亀田クンも、雨の中で、裸足で踊る朋美を美しいと思い、救われたと云っているのです。

確かに、美しいシーンです。まあ、フツウは、雨の中で裸足で踊っていたら、いくら美しいご婦人でも、人は絶対に、間違い無く、“危ない人”と思い、なかには警察に通報する人も?

でも、でも、これはドラマなのです。そこで、こころに荒野を抱く者どうしが、出会い、互いに、救われ、感謝し合うのです。

何か、今日は、へそ曲がり的で、ツマランことを書いてしまった、と、幾分、反省気味で終わります。

言い訳します、本日は、いつも焼酎を飲むグラスを割ってしまい、新たにグラスを購入し、その感触を確かめるため、昼食に一杯ひっかけて、アルコールが染みこんだ状態で書いていたのです。

まあ、しらふでも、飲んでも、大して変わらないか・・・・・・。

以上。


それでは、また。

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“だから荒野”⑪孝吉少年の犯した罪!そして今も!これからも!いろいろな国で孝吉少年が・・・

2015年03月02日 | テレビの話し
最終回を観ました。

前日に録画予約していたのですが、当日は、リアルタイムで観てしまおうか?それとも、やっぱり次の日に観るか?と、迷ったりしたのです。何たって最終回ですから、いつもとは多少ことなるのです。

でも、しかし、夜の9時を過ぎると、観たい気持ちは少しずつ、少しずつ、薄らいで、10時には床に入って寝てました。

そして、本日の午前中に満を持して、再生ボタンを押したのです。一番気になったのは、何と云っても、“山岡孝吉の犯した罪”です。前回、プログに推測を書いてしまったので、それなりに、責任?と云うか、見栄?と云うか、大はずれしては、それなりに小っ恥ずかしい!なんて、思ってみたり・・・。

でも、ホント!反省しているのです。折角のドラマ、かなり損をした気持ちになりました。やはり、あんな事を云った為に、邪念が生じ、ドラマに素直に集中し、素直に感動する事を、かなり、かなり、邪魔されました。ホント!余計なことしてしまった。

それで、孝吉少年の罪ですが、食べ物ではなく“水”でした。水筒の水を自分が飲み干し、妹が、かか細く“お水・・・お水・・・お水・・・”と訴える声・・・、もう、ダメです。可哀想で、可哀想で、まともに見ていられません。

思い出してしまいました。あの“火垂の墓”です。妹が空になったドロップの缶に水を入れ、微かな甘みの残り香がを・・・。もう、ダメです!

幼い子供に、こんな、残酷な、残酷な、思いをさせるのは、絶対に、あってはならないのです。子供達に、まったく責任は無いのです。でも、いまでも、それが、あちこちでくり返されているのが、今の、この世界の現実。

でも、冷静になって考えなければ、と、そう思うのです。感情に訴えるのは、とても、とても、効果的なのですが、悲しいかな長続きしません。

戦争は悲惨で残酷です。でも、それに反対する事は、とても、とても、とても、難しいことです。反対できない状況がつくられてから、戦争になってから、ジタバタしても遅いのです、後の祭りです。

反対できない状況になってから、しばらくして、これは戦争になると、人は気付くのです。大多数の人は、それまで、まさか、まさか、そんなことにはと思っているのです。

で、いまは? わたしとしては、反対できない状況に、半歩踏み入れた、とても、とても、微妙なところに来ていると思うのです。多くの人は、それは、あなた、ちょっと考えすぎ、と、思うでしょう。

それと、戦争は、それなりに、時と場合によっては、やむを得ないと、戦争は、勇ましく、凛々しく、勇敢で、立派で、正しく、美しい、と、口には出さず、密かに思っている方が、案外、周りに、多く、いるのです。そして、いま、それなりに、発言をはじめているのです。

それで、“マッサン”ですが、戦争中て、鬼畜米英で、特高警察で、言論統制で、一平?に招集令状で、ドラマが展開していますが、見ていても、昔話には思えないのです。

そして昨日は、“小さいお家”も放送されました。あの頃は、みんな、戦争に、バンザイ、バンザイだったのです。

誰しもが、終戦間際まで、玉音放送を聞くまで、バンザイ、バンザイだったのです。

ホント! 元自民党の元幹事長の加藤紘一さんならまだしも、元自民党の元幹事長で、あの靖国神社元総代職で、日本遺族会の元会長の、古賀誠さんとか、同じく、自民党元幹事長の、野中広務さんとか、安倍政権は危険だと言い始めている、そんな異常事態なのです。

そして、天皇陛下も、皇后陛下も、皇太子も、過去の戦争に、平和憲法について言及し、現政権の、世相の、行く末の、危うさに対して、憲法上ギリギリの発言をされています。

そして、怖いのは、その言及部分をまったく無視するマスコミがあるのです。そう、その代表が“日本放送協会”です。でも、“だから荒野”は、そんな“日本放送協会”の番組でした、だから、未だ、いろいろあるのです。

で、まあ、そんな、こんな、いろいろあっても、やっぱり、いくらなんでも、それは無いと、考え過ぎだと、思っているのですよねェ、皆さん。

そうです!“だからこれは”やっぱり、私の考え過ぎで、未だ半歩踏み入れではなく、未だ、一歩前?半歩手前


それでは、また。



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