歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

タラの芽に桜で♪は~~るよ来い!♪は~~やく来い!

2013年02月28日 | 季節の風景
今日は、とっても暖かくなるそうです。3月の下旬の陽気だそうです。でも、朝起きたとき、とても寒かった。

隣家の庭先の梅もほころび始め、朝のウォーキングでは、水仙がもう満開、その水仙が咲く斜面には、とても、とても、美味しいものが生えているのです。

ざっと数えて、一箇所に20数本の集団が、3箇所に分かれて、合計60数本の“タラの木”が生えているのです。あの“タラの芽”親です。この先、芽吹いたら、どうなるのか?

“タラの木”に気付いたのは去年の秋の頃、ここは神社の所有地、黙って頂いては罰が当たります。いつ、どのタイミングで神社に連絡を入れようか?何て事を考えつつ、毎日、横目で見ながら、通り過ぎているのです。

スーパーで売っているものは、自然に自生するものと比較して、味も香りもまったく異なるのです。スーパーモノは人の手を借りて育った為に、ひ弱で、味も香り相当に落ちるのです。

数年前に、近所で頂いた天然モノのタラの芽、てんぷらにして食べたのですが、まさに!これが!ホントの!、タラの芽かァ! と、芽から、いや、眼から鱗でした。

タラの芽を調べてみたら、タラの芽と云っても、ホントに美味しいのは、幹の頂点にできる“頂芽”だけだそうで、それ以外の、脇芽とか、胴芽は、かなり、かなり、味が落ちるそうなのです。と、云うことは、隣家で頂いたものは“天然物の頂芽”だった?

神社のタラの木は、すべて、幹だけで枝が無いのです。これって、毎年、すべての芽を摘み取った証拠? きっと、知っている人は知っていて、芽吹くのを、“鵜の目鷹の目”で狙っているようです。

それで、タラの芽ですが、“樹皮”には民間薬として健胃、強壮、強精作用があったり、何と、何と、糖尿病にも良いと云われているそうです。芽を食べることでも、同じような効果が期待できると言われているそうです。

桜の花が咲く頃に、タラの芽は芽吹くそうです。

桜に、タラの芽、とても、とても、待ち遠しいです。

いよいよ、明日から、3月です。


歳を重ねるほどに、春は待ち遠しく、恋い焦がれるものです。←チョット大げさ!


兎に角、ホントに、♪は~~るよ来い!♪は~~やく来い!


それでは、また。

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カセットからCDに焼いて“圓生の鰍沢”を聞く

2013年02月26日 | 雑談
今日も寒い! 今朝の牛久沼は岸部近くが凍っていました。でも、陽ざしがあれば室内は暖か、お天道様はホントにありがたい!暖房費が助かる。

先日は“ミクシィ”で再会した高校の同級生からワインが届いたり。

※今週末にどちらか1本を飲む予定です。←ごく内輪の連絡です。

土曜日の朝にはNHKテレビから“○○県の○○協会の○○会長”とのアナウンサーの声が流れ、アレ?あの県、あの業界、あの名前、もしや?もしや?なのです。

箸を止め、画面に眼をやると、むか~し、昔の、知り合いの顔が映し出され、ひと言コメントが流れました。

知っている人間、それも二十数年ぶりに、突然、我が家のテレビにアップの顔が映し出される、何とも、驚きと云うか、奇妙と云うか、不思議な体験でした。

このローカルニュースを調べてみたら、何と、そのイベントは一週間も前に行われていたのです。一週間も経った古いネタを“ニュース”として流す事があるのです。NHKとしても、話題がなかったのか、それとも、何らかの取り決めで、知事の顔を露出させたのか?

まあ、兎に角、そんな事でした。

それと、一昨日の日曜日には強風の中の姪の夫婦が遊びに来て、CDデッキと大量(二箱140枚)のCDを持って来てくれ、昼食は荒れ狂う牛久沼を眺めながらウナギを食べました。当然、私は、ビールに白焼きでした。


デッキとCDは、落語のテープをCDに“焼く”ためなのです。何故か?コピーと云うよりも、焼くと云った方が、その筋的なのです。昔の古いコピー機での複写を“青焼き”なんて呼んでいました。そこいらがルーツなの?


それで、CDに焼くのですが、古い“カセット式のウォークマン”のヘッドホン端子から出力してデッキの入力端子に繋ぐのですが、そのケーブルを買って来たら、出力側の端子が違っていて電気屋にもう一度でした。

それと、ウオークマンの充電器が行方不明で、結局、安い2980円のラジカセを購入。


いろいろあって、録音、再生。デッキが良いのか? 再生音はなかなかいい音でした。

昨晩は、久しぶりに、圓生の“鰍沢”を、焼酎片手に聞き入りました。落語のテープは、圓生と、志ん生と、志ん朝と、小南と金馬が少し、全部を焼くには、かなり、かなり、大変です。

本日は、ごく日常的な話題を、ごく、ごく、私的な記録として、綴りました。


それでは、また。






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映画“レ・ミゼラブル” ③ コゼットとガブローシュに涙

2013年02月22日 | 映画の話し
一昨日の続きです。

レ・ミゼラブルは“『噫無情』(ああむじょう)”だったのです。何となく、『ああ無情』のタイトルに聞き覚えがあります。まあ、本は読んだことはないですが。

岩波文庫版で(豊島与志雄訳)全四巻、一巻辺り六百頁だそうです。1815年から1833年、18年間のフランスを描いたのですから、それなりの長編です。

そんな長編を2時間38分に圧縮するのですから、ある程度の事前知識がないとストーリーが理解できないのです。

私も、以前から、どうして?たかがパン一個で19年間も牢獄に?と思っていたのです。そんなことでは、牢獄は幾つあっても足りないと思っていました。

今回、映画を見終わった後、ちょっこと調べて判ったのですが、ジャン・バルジャンは、何度も、何度も、脱獄を図り、その度に刑期が延びて、その挙げ句の19年だったのです。映画のなかでもその事には触れていません。

それは、もう、観る人は判っていることが前提なのでしょう。それだけ有名なお話なのです。だから、フランスの小説が、イギリスでミュージカル化され、アメリカで映画化されたのです。

1985年にロンドンで初演され、27年後の現在も公演中で、世界中で上演されて、観客動員数が6000万人を超えているそうです。

どうして、何故に、これほどの人気があるのか?

確かに、映画は感動的でした。何に感動したかと云えば、格差、差別、


貧困に苦しむ民衆、


変革に立ち向かう若者、


悲しい恋があり、


友情があり、


貧しい母と、


少女、

※この有名な“コゼット”の挿絵、寒空に裸足で、ボロボロの服を着せられ、自分の背丈よりも長い箒を持たされ、掃除をさせられているのです。もう、これだけを見ても泣けてしまいます。

正義の意味を、



生きることの意味を、宗教の意味を、


バルジャンと、


ジャベール警部との駆け引きを縦糸に、

※この男、法の秩序が絶対であり、犯罪を憎み、犯罪者を許さない、そのことが正義であり、自分の使命だと・・・・・・。彼は両親が犯罪者で牢獄で出生した、つらく悲しい過去を背負っていたのです。でも、映画だけではその点が良く判りません。これも、誰でも知っている常識?

兎に角、波瀾万丈のてんこ盛りだから・・・・・・と、考えます。

観客は、いろいろなテーマを一つの作品で楽しめ、見終わって、それなりの満足感と感動があります。

最後は、不幸な少女時代を過ごした“コゼット”が、大金持ちの息子“マリウス”と結ばれ、


それを見とどけてジャン・バルジャンは天に召される・・・・・・、観客は、ヨカッタ!ヨカッタ!で、涙して席を立ち上がる。※原作はどうなっているのかは判りません。

それにしても、孫と同じ年頃の“コゼット”が可哀想で、可哀想で、


何で、そんなに虐めるの!と、でも、酒場を営む“こんな夫婦”に何故フォンティーヌは娘を預けたの?と、思ったりもして。


でも、この夫婦はコミカルに描かれているのです。極悪人では無いのです。小銭がほしいだけの単なるフツウの欲張り、本当の極悪人は他に居るとのメッセージだと・・・・・・。

それにしても、この浮浪児“カブローシュ” バリケードで軍の銃弾で命を落とすのですが、ジャベール警部は自身の勲章を外し“カブローシュ”の胸に献げ、勇気を称えるのです。このシーンは感動でした。もう少し、丁寧に時間を割いてほしかったです。


貧困、格差、富の偏在、99%対1%、遠い19世紀の昔話から、いま、この21世紀の世界で、新たに問題になってきています。

物語の幕は未だ下りていないと云うか、未だ、幕も上がっていない?


“レ・ミゼラブル”は「悲惨な人々」と、云った意味だそうです。


それにしても、兎に角、“レ・ミゼラブル”は観て損の無い作品です。明日から週末、みなさん映画館に駆け込みましょう。


それでは、また。

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映画“レ・ミゼラブル” ② 違和感は消えました

2013年02月20日 | 映画の話し
昨日の続きです。

それで、慌てず、噛まずに、ゆっくりと『レ・ミゼラブル、二人』と云いつつ、運転免許証を提示したのです。これで“シニア割引き”で二人で二千円なのです。

この免許証の提示なのですが、これを“しっかり”と生年月日を確認する“Aタイプ”、遠眼でチラットと見た振りをする“Bタイプ”、まったく見もしない“Cタイプ”の三つに、係員の対応が分かれます。

“エッ!その容姿で60歳以上?”と疑っている振りをして、お客にサービスしてくれる“Aタイプ”に、段々と好意を感じるようになってきました。歳よりも若く見られたいと云う願望が少しずつ膨らんできているのです。もう、そういう歳なのです。

それで、料金を払い、座席を指定するのです。以前は好きなの処に座れたのですが、最近は全席指定になったのです。

何か、面倒と云うか、自由度がなく窮屈感があります。やっぱり、館内に入り、全体を見回して、何処に、どんな奴が、と、いろいろと周囲の状況を観察してから、座席の位置を決めたいのです。

それで、10分ほど待って入館が始まり、チケットに記された№4のスクリーンに向かいます。この4番はトイレから一番離れているのです。レ・ミゼラブルは上映時間が2時間38分で、かなり、危険なのです。

この日は、朝から、それなりに、水分摂取は控えてきたのですが、前回の「東京家族」2時間26分でも途中で1回だけ席を立ったのです。

つまらない話しを書き綴ってしまいまし。それでは本題に入ります。

それで、冒頭の港のドックに帆船を引き入れるシーンですが、遠景から、グングンとズームアップされて、囚人達が凍てつく荒波の中をロープを引くシーンで始まりました。


最初は、全体の様子が良く判らず、徐々にズームアップされてきて、やっと、状況が飲み込めたのです。知っている人は、知っている、“ツーロンのドックシーン”のようです。

映像を観ていて、なかなか良く出来た、迫力のある“セットとCG画像”と思いました。ドックの遠景から囚人のアップまでを、連続した長いワンカット(記憶では)だったのと、映像の様子から屋外ロケとは思えなかったのです。

CG画像は、やっぱり、嘘っぽいので好みではありません。でも、ドックのシーンは“ロケ”だったそうです。荒れる海上の遠景とか、ドック周囲の背景とか、実写とCGの合成なのでしょう。

それで、舞台ミュージカルの映画化なのですが、舞台のセットは、何と云っても、それなりに作られていても、やはり、それは舞台のセットで、映画のセットとは実物感がまったく異なります。


何が、云いたいのか、と、云えば、セリフがすべて歌で語られる違和感です。これが、どうも、馴染めないのです。それで、ミュージカルは、ちょっと、ちょっと、だったのです。


映画となると、舞台よりも“リアルなセット”をバックに唱われるので、違和感は、かなり、かなり、と、思っていたのです。


結論を言います。最初は抵抗があったのですが、これが、不思議なことに、物語が進むにつれて、セリフを語っているように見えてきました。まったく違和感が消え、とても自然なのです、うん! そうか、そうか、でした。

ミュージカルも、ミュージカル映画も、これは、それなりに面白いと思いました。


ミュージカル映画、“レ・ミゼラブル”は感動です。

きょうは、このくらいで。

まだ、まだ、レ・ミゼラブルは続きます。


それでは、また。



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映画“レ・ミゼラブル” ① 感動をスクリーンで!

2013年02月19日 | 映画の話し
観て来ましたよ、先日の日曜日に“レ・ミゼラブル”

大ヒット中との前評判に、連れが“これは、きっと、混むわョ!”と、云っていたのですが、公開から時間が経ったせいか、いつものように、ガラガラでした。

世界中で、今でも、大ヒット中のミュージカルの映画化ですから、それなりに、大ヒット間違い無しの作品なのです。

わたしとしては、これまで、ミュージカルには、まったく!興味が有りませんでした。そんな私でも、“レ・ミゼラブル”は知っていました。

知っていたと云っても、“レ・ミゼラブル”と云うタイトルと、原作がフランス?の文豪“ヴィクトル・ユゴー”で、主人公が“ジャン・バアルジャン”で、パンを盗んでどうした、こうした・・・、程度でした。

ホントは、それに、「ヴィクトル・ユゴー」は、伸ばすところが違っていて“ユーゴー”だと思っていたし、でも、“ユゴー”よりも、“ユーゴー”の方が語呂が良く、“ユゴー”だと、何故か、蹴躓きそうになるのです。


それと、「ジャン・バルジャン」は、名前?と姓?が一緒くたになって“ジャンバルジャン”だと、そう思っていたのです。と、云うことは、“ジャンギャバン”は“ジャン”で“ギャバン”だった?、

それに、タイトルも「レ・ミレラブル」だと思っていたのです。

まあ、そんな知識の私が、何故に?映画“レ・ミゼラブル”か、と云えば、それは去年の事でした。NHKBSで放送された、公演25周年?の記念番組を、偶然、観てしまったのです。

制作は英国のBBC?だったような、兎に角、歴代のキャストが勢揃いして、名場面を歌い上げ、音と云い、照明と云い、衣装と云い、セットと云い、カメラの動きと云い、もう、感動なのでした。

フィナーレは、観客席の後方より、旗を打ち振り、打楽器を打ち叩き、管楽器を鳴り響かせ、大勢の若いキャストが、革命歌を唄いながら、舞台に向かって観客席の脇を絶え間なく行進して来るのです。

これには、もう、ホントに、興奮しました! 感動しました! 涙が滲んできました! これは、もう、“レ・ミゼラブル”は、絶対に観なければ!と、思ったのです。



でも、しかし、帝国劇場での公演は、とても、とても、お値段が高く、帝劇は遠いいのでした。そんな、こんなで、今回の映画化です。

でも、しかし、あの感激から、かなりの時間的経過、かなり薄れてきた感動、映画が公開されて、直ぐに、映画館に駆けつけることは無かったのです。

それに、映画を観る習慣も7~8年途絶えていました。最近はテレビ放送の録画で満足していたのです。

それが最近になって、「希望の国」を観て、「東京家族」を観て、暫くぶりに、映画館で映画を観る楽しみを思い出したのです。映画館に一度行くと暫くは癖になるようです。

そんな、こんなで、久しぶりに、二人で映画鑑賞となったのです。二人で二千円はとてもお得な料金です。帝国劇場で観たらこの10倍ほどになるのです。

それにしても、「レ・ミゼラブル」は、とても、とても、云い難く舌を噛みそうになります。チケット売り場でタイトルを云う前に、二度、三度、小さく呟いてから、購入したのでした。
※シネコンですから購入時にタイトルを申告するのです。

本日は、作品の内容まで辿りつけませんでした。

この続きは次回。

それでは、また。



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“フラガール”は蒼井優でした

2013年02月18日 | 映画の話し
今日も寒い! そして、外は暗い!

こんな日は、炬燵に入ってコーヒーを啜りつつ映画話しなのだ。

先日放送された『フラガール』です。

朝起きて新聞のテレビ欄をチェックして、これは録画を!と、思いつつ、朝食を済ませ、ウォーキングを済ませ、そして、記憶から消えてしまったのです。

そして、夜となり、一杯飲んで、夕食を済ませ、お風呂に入り、ぼんやり、ザッピングをしていたら映し出されたのです。開始後、たぶん10分ほど経過していたと思います。それからは、トイレにも行かず、画面を見つめ、ラストは涙がポロリだったのです。最近は涙もろいのです。

『フラガール』と云えば、お笑いタレントの“静ちゃん”しか頭に浮かばなかったのですが、主役は何と、あの“蒼井優ちゅん”だったのです。

ラストのダンスシーン、ソロで踊る優ちゃん、とても、とても、良かった! 激しくリズムを刻む、打楽器と優ちゃんの躰、観衆の響めきと拍手、もう、感動でした。

蒼井優はこの作品で、第30回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、第49回ブルーリボン賞主演女優賞をはじめ、多くの映画賞を受賞したそうです。

2006年の制作ですから、今から、6年ほど前になります。この頃は、もう、わたし、現役は引退していました。ちようどブログを始めた頃です。

時代の変化、衰退、逆境、貧しさ・・・、別れがあり、出会いがあり、泣いたり、笑ったり、争ったり、いろいろあって、みんなで協力して乗り越えていく・・・・・・。そんな、よくある感動パターンですが、やっぱり、それなりに感動するものです。

それにしても、です。何故?2006年のこの年に、常磐炭鉱の閉山騒動に絡んでの、1966年、今から、46年も前の“常磐ハワイアンセンター”の話しなのかと思ったりして。

2006年と云えば、“村上ファンド”の“村上世彰代表”が証券取引法違反の疑いで逮捕されたり、“ライブドア”の“堀江貴文社長”が証券取引法違反容疑で逮捕されたり、“構造計算書偽造問題”が発覚したり、それなりに騒がしい時代でした。

そんな世相とは、関係無いような、有るような『フラガール』でした。常磐ハワイアンセンターは、いまでは、“スパリゾートハワイアン”と呼称を変えたようです。

わたくし、“常磐ハワイアンセンタ”ーの頃に2度ほど行って、プールで泳ぎ、フラダンスを鑑賞しているのです。それなりにハワイ気分になれるのです。

それにしても、蒼井優のお母さん役の「富司純子」ですが、汚いカッコをして、リヤカーを引いていたのです。やっぱり、「富司純子」ではなく、“藤純子”で“緋牡丹お竜”が似合うのです。

それと、あれ!? この子は、もしかして?と思って観ていたら、やっぱり、そうでした。

「梅ちゃん先生」の時に「沢田弥生役」で出演していた“徳永えり”が、蒼井優の幼馴染み役で出演していました。

この頃から、それなりの演技で、なかなか、ヨカッタです。彼女は、ホント!もう少し、身長があれば、もつと、もっと、イイ役が回ってくるような・・・・・・。

でも、以前、ある番組で、“仲代達也”に褒められていました。うん、身長に関係無く、きっと、イイ女優になる! オジサンは応援します。

それでは、また。

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“扉をたたく人” 倍賞千恵子に見えて来て

2013年02月16日 | 映画の話し
先日、録画してを置いたのを観たのです。

いゃ~、とても、とても、良かったです。

もう、作品のテーマとは関係なく良かったです。バックに流れる音楽も良かったです。

冒頭のピアノレッスンのシーン、後になって、そうか、そう云う事なのか!と、理解出来ました。

我が同世代の“ラブロマンス”として、じっくり、しんみり、味わい深く、楽しめた作品でした。

妻に先立たれ、ひとり寂しく退屈な日々を送る老いた大学教授。突然の訪問者により、友情が、恋が、そして、9・11以降のアメリカ社会に対する疑問符が・・・・・・。

わたしとしては、9・11以降のアメリカ社会に対する疑問符は、単なる背景でいいのです。

久しぶりに、感情移入できる作品でした。ほぼ同い年の恋です。日本人の作品だと、とても、何か、生々しくて、恥ずかしくて、ダメなのですが、こういう、異国での、異国人の恋には、あまり抵抗く観られるのです。


年老いた男は、いつまでも、過去を背負い、過去にとらわれ、後ろをふり返り、なかなか前に向かって歩き出せないのです。

そんな男が、ある日、突然の訪問者によって、前を向いて歩き始めるのです。

突然、同居人となったシリア人の男とセネガル人の女。そして、シリア人の母親。シリア人の男は逮捕され本国へ送還。母親も息子を追って帰国。


ほんの一時の、友情と恋。



母親と老教授、ふたりのシーンのバックに流れる音楽、とても印象的でした。


911以降のアメリカ社会は、ふたりの恋の背景として、ただ、それだけで、もっと、二人のシーンがあっても、良かったと思うのです。オジサンとしては。

シリア人の母親が登場した時から、これは、きっと、二人は恋に落ちる、と、思って観ていたら、やっぱり、恋に落ちたのでした。

母親も、

※見ているうちに、何か、倍賞千恵子に見えて来て、雰囲気的にも似ています。

老教授も、


恋に落ちて、若々しく、いい女に、いい男に・・・・・・・です。

そして、空港での別れ。


出国ゲートの上に掲げられた星条旗、ピンボケで映し出されます。


このカットで終わると思っていたら、


強制送還された男に教わった太鼓?を、その男が逮捕前に“あの場所は最高だ”と、云っていたホームのベンチで演奏するシーンで終わるのです。

兎に角、見終わって、とても、良い気持ちにさせてくれました。

で、ここまで、書いて来て、何ですが、と、云うか、蛇足と云うか・・・・・・。

前を向いて歩き始めたようですが、でも、きっと、彼は、太鼓を叩きながら、彼女の事が忘れられず、もう一度現れることを願っているのかも・・・・・・。

と、すれば、これって、また、過去に生きていくこと?

ここで、私ならば、シリアに乗り込み、彼女と結婚して、息子は養子にして、アメリカに連れ帰ります。

これって、法律的には無理なの?


まあ、兎に角、お終い。


それでは、また。




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いろいろあってもくり返します

2013年02月14日 | 雑談
あれだけ、いろいろ云われても、北朝鮮では3回目の核実験が行われたようだし。

中国のフリゲート艦からミサイル射撃管制用のレーダーを、海上自衛隊の艦船に向けて照射したとか、しないとか。人民解放軍は日本との開戦準備を進めているとか。

総選挙前にはTTPに不参加が多数だった自民党が、いつの間にか不参加が少数派になっていたり。

第二次安倍政権は、またしても“趣味”である“戦後レジーム”からの脱却を唱え、戦後のポツダム体制を否定し、それなのに、それなのに、対米協調を唱えたり。

敗戦後、米国の援助と思惑で作られた政党の自民党が、現憲法は占領軍の押し付けだから破棄すべき、と云ってみたり。

国民の過半数以上が原発再稼働に反対なのに、国会議員の7割以上は原発稼働に賛成だったり。

円安が進み、対ドル相場が95円台を目指し、さらにその上の100円も、と、囁かれたり。

円安誘導だ、為替操作だ、通貨切り下げ競争だ、とか。

デフレ脱却まで、紙幣を刷りまくれと、日銀に命令し、頭に来た総裁が任期前に辞任したり。

ガソリンは150円台、灯油は1800円台と、値上がりしたり。

福祉予算が削減されたり、民間給与の下げ止まりは見えず、地方公務員の給与も、国家公務員の給与も、下がるし、それでも、消費税は上がるし。

首都圏直下型の地震が、そろそろ、かなりの確率で発生するらしいし。東海、東南海、南海地震の同時発生の確率も高いし。

それでも、いまでも、福島第一原発からは、放射性物質は漏れ続けているし。それでも、脱原発を叫ぶこと、それ自体を自己目的化した人達が居たりするし。

兎に角、それでも、みんな、毎日、泣いたり、笑ったり、怒ったり、叫んだり、沈黙したり、それなりに生活を続けているし。

いつの時代でも、いろいろと問題を抱えながらも、それなりに暮らし、それなりに時が過ぎて行くし。

世の中は、そういうもの? 絶望と希望、戦争と平和、不況と好況、思い出したり、忘れたり、くり返し、くり返す・・・・・・・・。

でも、もう、そろそろ、何か、起きても・・・・・・・。

今日は、ホントに、寒くて、暗い、一日でした。


では、また。

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東京物語 ④ 小津の意図を超えて

2013年02月12日 | 映画の話し
前回の続きです。

長男の家で夕食を終えて二階に上がった二人、“とみ”『ここは何処?”』“周吉”『東京の端っこ!』の後、羊雲が映し出され、お化け煙突に変わり、長女の店先に場面は変わるのです。

夕食後に一休みして“さぁ寝ましょう”と、二階に上がる時刻に、夜空の羊雲が映し出されるのです。夜空に羊雲が見える?何か、とても変なカット。初秋の寂しさですか?

煙突の“煙モクモク”は、当時としては活発な経済活動の象徴です。でも、ここでは、東京の端っこの、東京を裏から支えるシンボルマークとしての象徴?


ここで突然ですが、これが当時の“東京電力千住火力発電所(通称お化け煙突)”の模型です。8年前に浅草にある東京電力の営業所の2階にあった“資料室”で撮ったものです。


懐かしい風景です。下駄履きでお掃除、手前にはガッチリした商用?業務用?自転車が軒先に置かれ、木製雨戸、巻き上げ式日除け天幕、奥の道路をボンネットバスが走ります。


バスの後から都電が走って来ます。“うらら美容院”ですか? 何とも、まあ、“志げ”の性格とは正反対に思える“麗らか”な店名です。“うらら”の書体が実に麗らか。


お化け煙突の見え方、都電の走る街、長男の診療所が東武伊勢崎線の堀切駅であることから、長女の“うらら美容院”は“京成本線の町屋駅”に間違いありません。

向かいは酒屋のようです。源氏焼酎、力正宗、トリスウ井スキー、キリンビール、すべてが現在も販売されています。「源氏焼酎と力正宗」は彼の“シャトーカミヤ”も経営する“合同酒精グループ”でした。


“志げ”と“志げの夫”との食事シーン。


さかんに、ひたすら、豆ばかり食べるのです。この夫は甘い物が好きなようで、志げの両親に今川焼きを買って来て、自分も美味しそうに食べるシーンがあり、酒は飲まないようです。


この食事シーンが、とても好きなのです。「東京家族」では中嶋朋子と正蔵で、納豆に大量の辛子投入で笑いを取っていました。どちらも豆をネタに使っているのです。

この髪結いの亭主の職業ですが、どうも、あやしい感じを漂わせています。いわゆる“ブローカー”と云ったような仕事をしているみたいです。

都会の片隅、京成町屋、都電、小さな美容院、髪結いの亭主、甘い物好き、ブローカー・・・・・・下町生まれの下町育ち?

「東京物語」は、世の中の片隅で、慎ましく、平凡、フツウの日常を淡々とくり返す、ふつうの庶民の物語。抑制された、映像と会話、観る人の思いによって、物語がいろいろと変化し、いろいろと膨らませる事が可能な物語だと・・・・・・。

私にとっては、兎に角、モノトーンの世界は、懐かしい暮らし、懐かしい道具、懐かしい景色・・・・、懐かしさの塊なのです。

制作後60年の時を経て、「東京物語」の評価は“小津の意図”を超えて、ひとりで勝手に歩き回っているような・・・・・・。いろいろな処で、いろいろな人々が、いろいろな「東京物語」を観ているのです。

それで、先日、「東京物語」のある意味で対局にある、波瀾万丈の“レ・ミゼラブル”を観て来ました。

最後のシーン、バリケードの群衆、群衆の中に現れる亡くなった戦士達の姿、打ち振られる赤旗、高らかに叫ぶ革命歌、もう、これは・・・恥ずかしながら、涙がポロポロと頬を濡らしました。

でも、しかし、長々と続くエンドロールを見つめながら、でも、この感動は、映画館を出たならば、ヨカッタ!ヨカッタ!で終わる。只、それだけの感動でしか・・・と、思ったりして。

映画の世界と、自分の日常との、あまりの落差に、ただ、ただ、もう、情け無いような、寂しいような・・・・・・。

こういう、波瀾万丈の作品は、かなり、複雑な余韻を残すのです。

フツウの人には、フツウの日常淡々のくり返しが、とても、それなりの余韻なのです。

ハイ!これで、東京物語を終わります。


それでは、また。

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東京物語 ③ 暑い盛りに何故上京?

2013年02月08日 | 映画の話し
昨日の続きです。

今日は曇り空、北風が風音を響きかせ、とても寒いです。

今日も炬燵に入り、『東京物語』のお話をします。

それで、老夫婦は長男の家に着き、長男夫婦と、二人の孫と、美容師の長女と、次男の元嫁と、みんなで、夕食に“すき焼き”のご馳走を頂くのです。「東京家族」でも“すき焼き”だったと思います。

すき焼きは、あの頃から、今でも、ずっと、ずっと、高価で、めったに、食べられない、ご馳走なのです。

ところで、わたくし、ずっと、ずっと、30代の頃まで、すき焼きは豚肉とばかり思っていました。私が育った家では、高価な牛肉は絶対に出て来ませんでした。すき焼きの“牛肉”で世間を知りました。

でも、いまでも、我が家ではすき焼きは“豚バラ”です。豚は何と云っても、脂身が旨いのです。

それで、夕食の“すき焼き”ですが、みんなで食べるシーンは無いのです。家族の物語です、一緒に同じ釜、同じ鍋を、つついて家族なのです。

家族のドラマは“飯喰いドラマ”と云われたりします、それでも、ここでは食事シーンが、無いのです。これは、何故? 食事のシーンは他でも出てくるのです。小津が食事シーンを嫌っていた訳ではありません。

老夫婦、長男夫婦、孫二人、長女、元嫁、合計で8名です。狭い部屋で8名の食事シーンは、各自の配置、各自のセリフ毎にカメラ位置を変えたり、映像的にいろいろと、ややこしくなるので、それで、入れなかったと思うのです。うん、たぶん、間違い無い。

そして、夕食後、老夫婦は二階に上がり、


トミが、『こかぁ~、東京のどの辺でしや~』


『端のほうよ・・・・』


二人は、ほとんど東京の地図は頭に入っていないのです。1953年ですから、遠い尾道で暮らしている老夫婦に、そういう知識が無くても自然です。

でも、これと同じシーンで、同じ会話が、2012年の「東京家族」にもありました。二人は長男の診療所の、場所も、住所も、位置関係も、まったく知らないのは不自然です。

2012年では、1953年よりも、情報は、ずっと、ずっと、手に入れ易いのです。それに周吉は教師で、定年退職して10年も経っていません。

年寄りと云うものは、住所が判れば地図で先ず確かめるものです。暇なのです、余計な心配をするものです。上京前に、東京のどの辺りか位置を確認します。そう云うものです。

それで、場面が転換し、羊雲が映し出されます。季節は秋に入ろうとしています。食後のシーンから、ずっと、遠くから祭り囃子が聞こえています。


これまで、作品を三度ほど観ていますが、季節については、まったく、考えたことが有りませんでした。会話のなかで、暑い、暑い、と云うセリフが度々でてきます。

それと、冒頭で孫の長男が中学から帰って来るシーンがあり、夏休みは終わって少し経った、9月も終わる頃の設定と思われます。

でも、しかし、です。9月の終わりで、まだ、まだ、暑いのです。考えて見ると、こんな時期に、尾道から夜行列車に揺られて東京まで老夫婦が旅行をする?これって、何か、不自然です。

長距離の旅行でしたら、気候の良い、春か秋だと思うのです。暑さは老人には堪えるのです。それでも、この時期を選んだ理由があるの? でも、しかし、それらしいセリフはありません。

ホントに何故?この時期?なのです。母親のトミが旅行から帰って直ぐに亡くなると云う設定から、それなりに暑い季節の旅行が、死期を早めたとした理由付け?

それなりに体調が悪ければ、旅行には出ないし、旅行に行ける元気があって、旅行後に直ぐに亡くなるのは不自然。

でも、スートリー的には、旅行後に直ぐに亡くなる方が、筋書的にはドラマチックなので、暑い最中の旅行が死期を早めたとして、まだ暑さが残る季節が選ばれた。

何かとても、そんな気がしてきました。多少と云うか、かなりと云うか、不自然であっても、これは、トミを旅行後に死なせる筋書き上選ばれた季節だったのです。

因みに「東京家族」の“平山とみこ”は、上京中に亡くなり、季節は、服装的に見て、“年寄りには肌寒い季節”の設定になっています。

「東京家族」は“九分九厘”『東京物語』なのですが、母親が亡くなった場所は異なるのです。これって、山田さんも、いくら何でも不自然として、季節と亡くなる場所を変えたのかも?

と、云う、ことで、本日は、これまで誰もが疑問に思わず?だれもが指摘してこなかった?『東京物語』の“不自然な上京季節”についての、“重箱の隅的”なお話でした。


それでは、また。

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