歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

“日本未来の党”で自前候補は?

2012年11月28日 | 世間話し
“日本未来の党”ですか、何か、以前にもそんな名前の政党がありました。

調べてみたら18年ほど前の1994年でした。“新党みらい”でした。似ていると云えば似ているし・・・、似ていないと云えば似ていない・・・です。

あの“細川護煕さん”が首相を放り出した後に、自民党清和会の鹿野道彦、北川正恭、佐藤敬夫、坂本剛二、増子輝彦の衆議院議員5名が立ち上げ政党でした。

そんな事はどうでもイイのでした。“日本未来の党”の話しです。

新党の結成を表明したのですが、“日本未来の党”自前の候補者の発表はありませんでした。


何となく気になったのは、会見の時に隣りに座っていた、あの“飯田哲也氏”です。彼が代表代行だそうです。

彼は、大阪市の橋下徹市長より特別顧問に任命され、大阪府特別顧問も兼務されています。辞任の話しは聞いていません。


まあ、嘉田さんも“橋下維新”との連携を模索していた方ですから、二人にはまったく違和感はないのでしょう。

“飯田哲也”と云う方は、筋金入りの反原発で、原発を止める為には、悪魔とも、維新とも、手を組む、かなりの現実主義者のようにお見受けしました。

まあ、何たって、兎に角、電気は原子力だけでしか造れない訳じゃなし、計り知れない人間の命や、自然を犠牲にする必然性はまったく無いのです。

命あっての物種なのです。



それにしても、明らかに、脚本演出はこの方です。


“国民の生活が第一”の「脱原発、反消費税、反TPP」はどこの世論調査結果でも、半数を越えた支持があるのです。

でも、しかし、国民多数には“小沢アレルギー”が根強く、しっかり、がっちり、浸透しているのです。一部の熱狂的ファンは居るのですが、一般的には小沢さんは人気が無いのです。本人も嫌われていることは、しっかり自覚しています。

議員の間でも“政策には賛同するが小沢さんとは一緒にやりたくない”と云う方が、かなり居ると漏れ聞いています。

“国民の生活が第一”が結成された時も、誰か別の顔を立てると思っていたら、マスコミが叩きやすい小沢さんでした。

“生活”は嘉田知事の会見から2時間ほどで、解党合流を決めました。電光石火の決定です。あきらかに準備が出来ていたのです。

“脱原発”の山田さんも、飛びつきました。


社民党を飛び出した?追い出された?阿部さんも参加を決めました。


追い出した社民党も連携するようです。


“みどりの風”も、小沢さんと一緒にやると、イメージが“汚れる”みたいなことを云ってましたが、参議院議員は合流せず、衆議院選挙では“未来”から立候補者を出すようです。

兎に角、いろいろあって、政治です。きれいごとばかりを云っていられないのです。先ずは“脱原発・反消費税・反TPP”なのです。

そして、右に傾いた世間の風潮を、中道寄りに、リベラル寄りに戻すのです。

顔として、嘉田知事はなかなかイイと思います。それにしても、小沢さんの手腕にはオドロキました。まだ、まだ、剛腕の形容詞は健在です。でも、もう70歳です。これが最後との覚悟だったのでしょう。

兎に角、「自民、民主、公明」の「続原発、増消費税、賛TPP」に対抗する、新たな勢力がやっと出来たのです。3極ではなく、2極が狙えるのです。

兎に角、野田民主、安部自民、公明、の三党は、政策的には全く同一政党と云っていいのです。消費税増税で三党の合意が成立しているのです。

選挙前ですから、如何にも政策論争をしているように見せていますが、誰が、どう考えても、選挙後には3党の連立政権は間違いありません。

民主党の“残留組”には、未来に入りたい議員が数十人いる筈です。告示前に飛び出すかも知れません。

そんな事よりも、“日本未来の党”の自前の候補者には、かなりの著名人が噂されているようです。どんなサプライズな方が飛び出すのか楽しみです。

それにしても、この“輿石のおっちゃん”は、良く判りません! 訳の判らない事を、ムニャ、ムニャ云って、周りを煙に巻くようでいて、ホントは、何を云ってるのか、本人も判らないように見えるのです。


でも、しかし、キャラ的にはかなり面白そうです。まあ、次回の参議院選挙では確実に消えている事でしょう。

最後に、どうでも良い事を書いてしまった。

兎に角、“日本未来の党”に期待します。応援します。我が選挙区に立候補はなさそうなので、比例で必ず一票入れます。

それにしても、未来の自前の、著名の、候補者は誰だろう? “吉永小百合様”とか“高倉健様”とか、加藤登紀子さんとか、山本太郎クンとか・・・。

兎に角、マスコミは“石原・橋下維新”ばかりを採り上げ、“生活”を画面から、紙面から排除していましたが、この2日間、


第一面のトップに採り上げたのは“嘉田知事効果”で大成功です。マスコミ露出率は支持率に繋がるのです。


兎に角、それでは、また。

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衆議院選挙でホント?の第三極が動きだす!?

2012年11月27日 | 世間話し
何か、やっと、衆議院選挙が面白くなりそうです。

滋賀県の知事ですか、全く持って予想外の方の登場です。

嘉田由紀子さん、関係は無いのですが、私と同い歳です。

「脱原発、反TTP、反消費増税」を掲げた新党を結成するようです。

政治が、とても、とても、右に傾いた現在、左側と云うか、中道と云うか、リベラルと云うか、市民参加と云うか、まあ、極右化した“石原維新”の対抗勢力としては、それなりにイイ政治スタンスだと思います。

でも、です。不況で、失業で、低賃金で、増税で、格差拡大で、放射能不安で、未来は暗くで・・・・・・。

そして、中国や韓国との“領土紛争”で、ナショナリズムと云うか、排外主義と云うか、時代は危険な方向に傾きつつ・・・・・・・・。

こういう状況では、国内の矛盾を外に向け、大声で、感情的に、いい加減な事を、さも自信ありげに、大声で叫ぶ指導者に、不満、不安、苛立ちの捌け口見いだし、期待し、望みを託したくなるものです。

兎に角、今日の会見待ち。
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“ひたち野うしく”でハンバーグと八兵衛さん

2012年11月26日 | 牛久市の風景
昨日は三連休の最後の日、と、云っても、私は一年中連休なのです。

それにしても、良い天気、風もなく、雲もなく、とても麗らかでした。

それでも、と、云うか、それだからと、云うか、朝のウォーキングで、今年初の霜柱を発見。放射冷却で気温が下がったのでしょう?

まぁ、そんな事で?ランチを食べに“ひたち野うしく駅”の近辺に向かったのです。どうもこの駅名なのですが、よく間違えるのです。今も、“うしく野ひたち駅”と入力してしまいました。

それで、ランチですが、最近はハンバーグにハマッテいるのです。そして、この店にもハマッテいるのです。千葉の店、つくば市の店、そして、今日は、何故か“ひたち野うしく”の店なのです。

今日は二人連れです。

連れ合いは“豆腐ハンバーグ”それにしても、レンズの所為でパンが巨大化しています。食パン一斤がドッカーン!とのっているようてすが、実は手のひらサイズです。


私はスタンダードの“デミグラハンバーグ”です。


このお店、味、量、サービス、店の雰囲気が価格とバランスよく、それなりにOKなのです。但し、店の一押しメニューが、とても、危険な名前なのです。そして、ドリンクバー、サラダ、パンのセットメニューの名前も、危険です。

これで、店の名前が、判る人には、判るのです。

それで、食べ終わって、車を店の駐車場に残し、駅に向かいます。パンを食べたので血糖値を下げるのです。

わたくし、“ひたち野うしく駅”が好きなのです。きっと、連れ合いも気に入ってくれると思い、今日は案内したのでした。

好きな理由は、この八兵衛さんと、


お友達の方々が、駅前で酒盛りをしているからです。


彼らは、駅の象徴です。

でも、しかし、純朴で、素朴で、長閑で、田舎チックな方々と、


背景の駅舎との大きな隔たりがとても魅力的なのです。


この駅は“つくば科学万博”の開催中、臨時駅“万博中央駅”と呼ばれていた過去があるのです。


1985年の万博が閉幕してから14年後の1998年、牛久市と住宅公団が建設費用出し、“ひたち野うしく駅”として新規オープンしたのでした。新駅には何故か?二つの地名が付く傾向があるのです。

つくば市にある研究機関へのアクセスとしても、それなりにを当て込んでいたのですが、“つくばエクスプレス”が2005年に開通してからは、乗降客は横這いと云うか、頭打ちと云うか、牛久市民のみが利用する駅になったのです。

この日も、駅周辺、駅構内には、片手で数えられる程しか人影はありませんでした。

連れ合いも、八兵衛さんや、そのお友達、駅舎や、駅前ローターりーや、周囲の景観を気に入ってくれました。

でも、しかし、駅前に、銀行、郵便局、病院が無いと不便だとの意見。まあ、ここに住む訳ではないのです・・・けどね。

兎に角、風もなく、雲もなく、暖かくて、そして、ハンバーグを食べ、ひたち野うしく駅を見学して、それなりに、満足、満足の午後でした。

あっ、そうでした、忘れていました。「ひたち野うしく駅」は“関東の駅百選”に入っているのです。誰が選んだのかは知りません。

それでは、また。


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秋、枯れ葉、枯れ枝、枯れ落ち葉、そして、花も

2012年11月23日 | 季節の風景















































“秋、枯れ葉、枯れ枝、枯れ落ち葉、そして、花も”でした。

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胃内視鏡で組織採取の結果は如何に?

2012年11月21日 | 健康
いや~、やっぱり、気になりますよねェ。

検査の時に採取した組織の癌の可能性は何%ぐらいですか?と、医師に聞いたところ“う~ん、まぁ、1%ぐらいかなァ~?”との返事でした。

まあ、この“1%”の数字には特に根拠はなく、感覚的な表現であり、単に癌の可能性がゼロでは無いとの意味だと思っていました。

先々週の月曜日、11月5日に組織を採取し、結果判明は先週の土曜日、17日でした。でも、まあ、何となく、それほど慌てる事も無く、でも、それなりに気にしつつ、昨日、病院に出掛けたのです。

受付で診察券を出し、組織検査の結果を聞きに来ましたと告げ、診察室の前で待つこと20分、それなりに、いろいろ考えるものです。

診察室の廊下の壁には、胃の内視鏡、大腸の内視鏡の検査を進める貼り紙があり、

麻酔による無痛法の費用の2千円が今年の4月から無料になったとか、

初期の癌は内視鏡手術で可能とか、

内視鏡で見つかった癌の写真とか、

内視鏡による癌の摘出方法とか、

いろいろと、癌、癌、癌、との貼り紙が壁一面に貼ってあるのを、それとなく、何となく、眼で追ってみたり。

検査の日に医師から、“もしも癌だとしても、内視鏡手術のレベルですから、入院は一週間程度で済みます”の言葉を思い出し、入院生活を思い浮かべてみたり。

未だか、未だか、と、廊下に腰掛けて待つ患者を数えて、そろそろ、私の番では?と、思ってみたり。

まあ、それなりに、そんな、こんなで待っていたら、名前が呼ばれ、診察室に入り、医師に挨拶し、イスに腰掛け、医師が手元のカルテのファイルに眼を落とす様子を窺い、答えを待ちます。

医師はカルテに挟まれた組織検査の結果が記載されたの書類を眺め、一呼吸置いて、こちらを向き、“う~ん、特に、問題はありませんでした。大丈夫です、癌細胞は発見されませんでした”と、告げました。

「あっ、ハィ、ありがとうございます」
「これからも、毎年、検査を受けるようにして下さい」
「ハィ、分かりました。ありがとうございます」

と、云って診察室を出たのです。

それなりの不安は嘘のように瞬時に消え失せ、終わって見れば、当然!の結果であり、なにも、そんなに、特に、喜ぶべき事では無いとの思いになるのです。人間はそんなモノなのです。

それで、病院を後にしたのが11時半、それでも、やっぱり、気分はそれなりにイイので、ここは、半年ぶりに、ラーメンで昼食と思いペダルを漕いだのです。

ラーメン屋に入り、味噌バターラーメンを700円を注文。テーブル席の3組みは食事中、右隣の、ひとりカウンターに座る客はテレビなど眺め、出来上がるのを待っています。

久しぶりの味噌バターラーメン、これを喰ったら血糖値は爆発します。でも、偶には、“こんな日”には、炭水化物を頂いても、なのです。

暫くして味噌バターラーメンが到着、それなりの感激を抱きつつ食したのですが、入る店を間違えたようです。

それで、店を出て、直ぐに自販機を探し、無糖缶コーヒーを買い求め、田圃の畦道に佇み、圏央道の高架を眺めつつの珈琲タイム。

飲み終わったら、自転車を転がし歩くこと30分、そして、自転車に跨がり、漕ぐこと1時間、血糖値を下げ帰宅。

まあ、それにしても、癌でなくてヨカッタ!ヨカッタ!の一日でした。

それでは、また。







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昨日は姪夫婦が遊びに来ました

2012年11月19日 | その他
今朝は今年一番の冷え込みらしいです。

週初めの月曜日、これで小雨で降っていたりしたら、もう、憂鬱で仕事に向かう気力は湧かないのです。

でも、しかし、わたしは、もう、働いてはいないので、こんな日には、炬燵に入って、しみじみと・・・、ゆったりと・・・、のんびりと・・・、なのです。

昨日の日曜日、姪が旦那と一緒に東京から遊びに来ました。

話題の中心は私の糖尿病です。姪は看護師で、旦那は医師(専門は循環器)なのです。

今はネットでかなりの情報が手に入るのですが、やはり、直接聞く専門家の意見は、それなりに役に立ちました。

同じ情報でも、文字を読むのと、専門家の口から直接聞くのとでは、やはり、説得力が違うのです。

しかし、です。おみやげに中に、美味しそうな“どら焼き”があり、今朝、どうしても食べたくなり頂いてしまいました。

“どら焼き”は私の“親父”が好きだったので、姪が仏壇に供える為に持って来たのです。でも、食べちゃいました。

そして、ウォーキングした後、1時間半後の血糖値は“197”となりました。そして、2時間半後は“147”に下がっていました。何となく、インスリンの効きは良くなったような?

二人は、先月入籍したのです。姪は三十ウン歳で、彼は数歳年上です。式はやらないそうです。

姪は、小さい時から、よく我が家に泊まりがけで遊びに来ていて、我が子のように、とても、とても、可愛がっていました。

そんな、可愛い、可愛いおチビさんが、お嫁に行ってしまったのです。ホントに時代の移ろいなのです。

二人は、とても、とても、仲が良さそうで、楽しそうで、幸せそうで、ヨカッタ!


※可愛い!可愛い!姪が作ったパスタです! とても、とても、美味しそう!


それでは、また。



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11月11日100万人大占拠 ④ 脱原発は“占拠”から“選挙”へ 

2012年11月16日 | 東京の風景
一昨日の続きです。

“国会前庭”の“北庭側”での暫しの休憩と瞑想の時を終え、トランペットの音、ドラム缶の音が鳴り響く、国会前周辺を歩きます。

少しずつ、少しずつ、占拠に人々が集まり始め、警察車両も増えて来ました。

警察もこんな車両を持っていたのです。アルミバン型のトラックに、クレーン付きのトラックです。


平台のトラックには“警視庁”とありますが、アルミ板型には何の表示もありません。でも、乱闘服姿の警官が乗っていました。


それとなく、なんとなく、三々五々人々が集まって来ています。やっぱり、60代~70代が眼に付きます。この年代が中心なのです。夏の代々木公園の10万人集会でもそうでした。


今日は100万人集会です。時間は3時チョット前。


メインステージ前も、これからのようです。


ちょっと離れると、ちょっと閑散。


トランペットとドラム缶は休憩の様子。


経産省、文科省、東電に向かうことにします。

警察官がひとり、見るからに“トボ、トボ、トボ”と、視線を落とし、肩を落とし、元気なく歩いて来たのです。枯れ葉散る歩道を歩く後ろ姿、ホントに元気がありません。疲れているのか、悩んでいるのか・・・・・・。


少しずつ、


少しずつ、


集まり始めています。


組合旗が目立ちます。


中高年が目立ちます。やっぱり、高齢化社会なのです。


こちらは文科省前、


教職員組合の旗が林立しています。


経産省のテント前は、


かなり、かなり、ごった返しています。こちらは市民グループがメインです。


テント前の混雑を抜けて、日比谷公会堂を通り過ぎ、東電本社?本店?に向かいます。途中、隊列を組んだ警官が早足で追い越していったので、もしかして、何かあったのと思ったら、


東電前は静かで、何も無く、警察官の姿が目立つだけでした。


東電側の歩道は“占拠禁止”のようです。


もう、“100万人大占拠”は始まっているのですが、私の見たところでは、3時半現在のところ、“数千人小占拠”のようです。

やっぱり、夏の10万人集会の時とは、かなり、かなり、状況が異なるようです。

100万人のかけ声は、意気込みとしては、それなりに理解できますが、それには、それなりの根拠がないと、単なる大言壮語で終わります。

ホントに100万人を信じて集まった参加者には、とても、とても、意気消沈で、ガッカリで、落ち込むだけで、これからの運動にマイナスです。

あの夏の10万人は、社民党、共産党、そして、全労協、全労連、原水禁、原水協、などの老舗の組織による、全国動員が中心でした。

今回も、それなりに、その関係組織が参加していますが、東京周辺だけの動員でした。ホントに、ホントの、個人参加、市民組織参加は、今回は半数程度のようです。

※警察が関係者に“もらした”この日の参加者は7~8千人だったそうです。かなり、正直な数値かも?

そして、ざっと見、60代、70代が中心で、60年、70年の安保世代、“全共闘世代”、そして“ベ平連世代”の匂いを感じる人達でした。

私は、と、云うと、ベ平連世代。


脱原発は、“占拠戦”から“選挙戦”に突入です。


選挙は、脱原発、反消費税、反TPPで、投票します。



それでは、また。






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11月11日100万人大占拠 ③ 大所高所的思い

2012年11月14日 | 東京の風景
先日よりの続きで、“反原発霞ヶ関一帯100万人大占拠行動”のお話を綴っております。本日は三回目となります。

当日の霞ヶ関一帯は、それなりの警備体制がしかれていたのですが、誰が、どう考えても、どう見ても、100万人規模に対する警備体制ではありませんでした。

でも、まだ、一時半を少し回った時間ですから、行動開始の3時迄には、もしかして、100万人の大占拠が?と、期待しつつ、その辺を彷徨くことにしました。

それで、下の地図で彷徨ったコースを一応説明したいと思います。当日は、“日比谷公園”に入って様子を見て、“不味いカレー”を食べて、“東電本店”の様子を見て。

引き返して、日比谷公会堂の前を通過し、経産省前の“脱原発テント”の様子を見て、外務省と財務省の間を通過し、“国会前庭”の「南庭側」でトイレ休憩をして、国会正門前に到着。

そして、いま、北庭の周囲を一周りと思い歩き始めたのです。

地図には載っていないのですが、国会図書館の道路向かいにある、かの“最高裁判所”です。建設当時より、常々、心に抱いていたのですが、間近で見る最高裁は、ホントに、ホントに、“要塞”のようです。

設計者は、茨城県生まれの“岡田新一”と云う方で、警視庁もこの方の設計だそうで、茨城出身と云う関係からか、筑波大の図書館も彼の設計だそうです。それにしても、最高裁と警視庁ですから、かなり、“スゴイ方”です。

最高裁前の交差点から要塞を眺め、ふと、ふり返ると、石垣に“永田町一丁目一番地”の住所表示が眼に入りました。最近、何故か耳にする“一丁目一番地”

政治家が比喩として使うのを聞くと、何故か“薄っぺら感”が漂うのです。それよりも、もっと、もっと、嫌いなのが“ウィン・ウィン(Win-Win)”です。


語感の響きが“馬鹿ポッイ”のです。石原慎太郎の口癖ではありませんが“バカ”と発言者に向かって呟いてしまうのです。

そして、何故か、この二つの言葉を聞くと、“鶏冠ヘァー”で、みんなの党の代表“渡辺喜美”の顔が、頭に浮かんで来るのです。

話しがバカっぽい方向に逸れてしまいました。

それで、最高裁前の交差点を左に折れ、国会前庭の柵に沿って憲政記念館に向かいます。

憲政記念館は横目で眺め通り過ぎ、国会前庭の“北庭側”に入ります。

ここのお庭も、ホントにいい処です。こんな処に、こんな庭がです。


これが、日本の高低測量の基準点なのです。この建物の中にあるので現物は見えません。


あの3・11により“24ミリメートル”沈下したそうです。


自動販売機で缶コヒーを買い求め、ベンチに腰掛けコーヒータイム。

雀が足下近くまで寄って来るのです。いつも、誰かが、ここで、餌をやっているようで、人間に対しての警戒心が薄いようです。


都会のスズメにしては、羽の色がくっきりとして綺麗です。ちゅん・ちゅん、チュン・チュンと鳴き声も可愛いスズメ達でした。


コーヒーを飲み終わり、トイレに向かいました。久しぶりの“トイレチェック”整理、整頓、清潔、清掃が行き届き、気持ちの良いトイレでした。


庭をユックリと散策します。


通りの向こうから流れて来る、トランペット、ドラム缶の演奏と反原発の歌を聞きながら、ベンチに脚を投げ出し、いろいろと思いを巡らしました。


この国会前庭は“高台”となっており、足下に皇居のお堀、正面の彼方には、日本を代表する企業のビルがひしめく丸の内が見え、右手に霞ヶ関の官庁街が見え、背には国会議事堂と最高裁です。

人間、高いところから下を見下ろすと、気持ちとしても、高い目線に立って、大所高所的な考えになって来るのです。


日本の中枢を四方に見て、経済を考え、政治を考え、財政を考え、外交を考え、安全保障を考え、エネルギー政策を考え・・・・・・・ナンチャッテ!?

でも、しかし、ここから眺めていると、巨大な企業群を、巨大な行政機構を、それなりに眼にすると、ツクヅク、いろいろな転換のムズカシサが・・・、お任せ民主主義から参加の民主主義へのムズカシサが・・・、原子力から再生エネルギーへのムズカシサが・・・・・・。

日本は、巨大で、複雑で、あっちと、こっちが、いろいろ絡み合って繋がって、ほどけないように思えて来るのです。

こうなると、もう、小さな転換積み重ね方式では、いろいろな絡み合いが、より複雑に絡み合ってしまい、何が、何だか、判らなくなりそうな・・・・・・そんな気がして来るのです。

先ず出来る処からでは、何も出来ないのかも?

何て、ことをベンチに寝っ転がって、妄想を巡らしてしまったのです。

何たって、昔、ここには、陸軍省と参謀本部があった処なのです。

ベンチから起き上がり、現実に戻り、トランペットとドラム缶の音が鳴り響く方向に、歩き始めます。

それでは、また。




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11月11日100万人大占拠 ② 鉄柱を蹴飛ばし威嚇され

2012年11月13日 | 東京の風景
昨日の続きです。

国会議事堂に向かっています。

こちらが、かの有名な?経産省前の“脱原発”テントです。反原発ではありません。


こちらが、かの官僚機構の元締め、官僚の中の官僚、日本の中枢、“ゼニカネのチカラ”で世の中を仕切っている財務省であります。


財務省を横目に見て、外務省の脇を議事堂に向かったのですが、途中で尿意をもよおし、公園のトイレを目指しました。

ここは正式には公園ではなく、緑地と云うか、庭と云うか、“国会前庭”の“南庭”と云うそうです。国会前庭は道路を隔てて、南庭と北庭に別れて居いるのです。南北合わせて敷地面積は5万平米だそうです。

こんな都心で、こんな庭で、紅葉を眺めて、何か、とても、くつろいでしまいました。今日は、原発反対の100万人大占拠だと云うのに、何故か、ひとり、現実とは遠い処に迷い込んでしまった。


仲良くつがいのカモが毛づくろいを、していたりして・・・・・・。


色づく紅葉の、その先で、清流が岩の間から流れ落ちて来たり・・・・・・。


ノンビリと・・・、して・・・、しまい・・・、ました。

しばしの、癒しタイムから、我に返って、議事堂を目指します。

国会正門に近づいて来ました。ホント!綺麗になりました。


未だ、人は疎ら、警察官も疎ら。


暫し、議事堂を柵越しに眺めてしまいました。


正門前の突入防止の鉄柱は“電動式上下稼働方式”のようです。鉄柱を足で蹴飛ばして状態を探っていたら、警備の警察官から“威嚇的視線”を送られてしまいました。

警察官にカメラを向けてパチパチ撮ったり、防御用の鉄柱を足で蹴飛ばしたり、議事堂を睨んでいたり、ヤッパリかなり怪しい?要注意人物に見られて当然?でも、しかし、職務質問されるほど怪しくはなかったのです。


国会前は、


こちらも、


こちらも、未だ、閑散。


金線二本の帽子に、白い指揮棒、副官と、伝令を従えて、何故か民間のタクシーから降りて来ました。


本日の警備にあたる現場指揮官達のようです。金線2本が一名、一本が二名。金線は拳銃を携帯しています。


こちらは金線無し、黒の蛇腹ですが、しっかり拳銃、警棒、手錠を携帯しています。この方は、国会担当の警察官のようです。当日の集会警備体制とは別の指揮下にあるのかも?


通用門に“立て”かけられた、“盾”にも「国会」とあり、国会警備専門の部隊のようです。


ここが、本日のメインステージになります。国会議員とか、学者とか、評論家とか、ジャーナリストとか、それなりに有名な方達が、ここでマイクを持って発言するのです。


兎に角、時間は未だ1時半、3時からですから、もう少し時間潰しに周囲を彷徨います。


今日は、この辺で、お終い。

続きは次回。


それでは、また。



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11月11日100万人大占拠 ① ボンカレー辛口

2012年11月12日 | 世間話し
昨日は、雲行きの怪しいなか東京へ行って来ました。

1000000万人ですよ、0の数をかぞえてしまいました。一、十、百、千、万、十万、百万です。

ホントかいな?いくら何でも100万人は無理だろう?と思いつつも、兎に角、参加というか、見物と云うか、枯れ木も山の賑わいと云うか、出掛けたのです。

以前に、「100万人が原発反対を叫び霞ヶ関一帯を包囲占拠すれば日本の歴史が動く」と書いた責任もあるのです。


それで、先ずは日比谷公園を覗いたのです。この日、ここでの集会申請を東京都が認めず、予定していた集会とデモが中止になったのです。

反原発集会が不許可にされ、何が許可されたのか様子を見ようと思ったのです。公園の入り口には「東京都観光菊花大会」の看板。東京都も主催者に名を連ねていました。


菊花大会と云うよりも、観光物産展と云うか、


農産物直売会と云うか、


産業祭と云うか、


商業祭と云うか、


お祭りでお馴染みの、焼きそば、フランクフルト、カレー、ビール、と云う、テントが並んでおりました。

昼にはちょっと早かったのですが、カレーの匂いにつられて、わたくし松本楼のカレーを買ってしまいました。日比谷公園と云えば、松本楼で、松本楼と云えば、カレーライスなのです。一度食して見たいと思っていたのです。


ひとりベンチで食べるカレーライスは、とても、とても、寂しかったです。実は、松本楼のカレーのお味が寂しかったのです。お味は大塚の“ボンカレー辛口”と良い勝負でした。

ボンカレーは価格的には百数十円、特売では98円程度です。価格と味のバランスはOKなのです。でも、しかし、松本楼は600円ですよ、それで、百円程度のお味です。


松本楼を睨みつつ、カレーを食しつつ、考えたのであります。


もしかして、松本楼のカレーは“お味で”知られているのではなく、一年に一度?行われる“10円カレー”で有名だったのかも? これなら“すき家”のカレーにすればヨカッタと、後悔しつつのランチでした。

何か、脱原発の話しが、不味いカレーの話しになってしまった。兎に角、カレーを食ったら直ぐに30分ほど歩かないと血糖値が爆発します。

兎に角、日比谷公園を後にします。

それと、菊花大会の看板の脇に佇む、このお兄さんの掲げる“白菊会”の幟ですが、“菊花大会”の関係者と思っていたら、そうではなかったのでした。

調べたら、白菊会は菊の愛好団体ではなく、医学に貢献するため遺体を献体する運動を行っている、医学関係の団体でした。

この日は、現憲法は法的に無効で、帝国憲法はいまだ法的に有効と唱える団体の集会とデモが公園で行われていたので、その主催団体が白菊会?と思ったり? 菊の付く団体はそちら方面に多いいですから。

※100人程度の集会は届け出制で許可制ではないそうです

いろいろと、紛らわしい名前の、紛らわしい集会や大会が、この日の日比谷公園では行われていたのです。

兎に角、歩きます。食後30分が勝負なのです。先ずは、東京電力に向かいます。途中にこんな処もあったりして、東京見物も兼ねてているのです。東電の建物がちらっと見えます。


ふり返ると、日比谷公会堂もちらっと見えます。


これが東電の本社ビル。


未だ12時ちょっと過ぎ、抗議行動は3時からで誰も居ません。道路には警察車両が2台、ガードマン4人と警察官1人が警戒にあたっていました。


まだ、まだ、なのです。東電の様子を観察して、次は国会議事堂へ、と、思っていたら、こんな日に、こんな処で“樋口一葉”を発見。東電の斜め向かいに“樋口一葉”なのです。


この辺りで生まれたようです。


議事堂に向かう途中、日比谷公園から脱原発のグループが出て来ました。何となく、包囲占拠のムードが漂って来ました。


後で調べたら、彼らは集会不許可に抗議して公園内で集会を開き、無届け集会として、警察に退去させられたようです。


段々と、それなりに、東京見物から、“霞ヶ関一帯大包囲”の気分になって来ました。


議事堂が見えて来ました。くすんだ表面を削り取り、ずいぶんと“白くこざっぱり”し、周囲が高層化して、“小さくこぢんまり”したように見えます。


中に居る議員も、昔と比べて“こざっぱり・こぢんまり”なのです。

今日は、ここらでお終い。

続きは次回とします。

では、また。


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