歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

1月30日(月)のつぶやき

2017年01月31日 | つぶやき
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志村坂下・蓮根町 ⑤ 引き揚げ者住宅!駄菓子屋の本田さん!消防署の火の見櫓!に想いを巡らす!これって帰巣本能ですか!

2017年01月30日 | 東京の風景

前回の続きになります。

生まれ故郷の板橋区蓮根町に到着しました。

こちらが、前回の「エノケン」のCMソング「お餅も入ってベタベタと二人で食べても50円」で有名な「渡辺製菓」とは、異なる「渡辺製菓」の跡地に建てられた民間マンションです。

しかし、まあ、ホント!変われば変わるものです。灰色のコンクリート塀と、煙突と、砂利道の風景は何処にいってしまったの?

大通りから入ったこの道が、この両側の風景が、幼い頃の私の世界だったのです。この空間がすべてだったのです。

消防署に、駄菓子屋さんに、お豆腐屋さんに、酒屋の松木屋に、空き地に、原っぱに、小学校の校門前の公園に、朝が来て、昼が来て、夜が来て、ここですべてが完結していたのです。

右側の角が酒屋の松木屋さん、道の向かいの奥に「渡辺製菓」と云うか、「コビト製菓」の煙突が立っていました。渡辺とコビトと両方の記憶があると云う事は、社名が変わった時期と、ここでの幼少期が重なっていたのでしょう。

そうでした!この渡辺製菓の裏手の先に貸し自転車屋さんがあったのです。オンボロの自転車を青いペンキでお色直し、1時間が10円だったと思います。

1時間が10円と云えば。この当時は5円か10円が子供の使うお金の相場でした。この店仕舞いした商店の辺りが、駄菓子屋の「本田さん」でした。5円だったか?10円だったか、店の奥の片隅でもんじゃ焼きをやっていました。

ここの店主のオバサンと云うか、オバアサン?と云うか、いま思うと60代位だと思われますが、身体に彫り物を入れていたそうです。母が近所の人が銭湯で見たと、そんな話を脇で聞いていた記憶があるのです。

優しそうでしたが、ホントは怖い人だったの?と、驚いた記憶があります。メガネを懸けて優しそうな笑顔が蘇ります。

この景色を眺め、昔の記憶を辿り、何故か夢で見た風景を思い出し、現実と記憶と夢が重なり合い、とても、とても、不思議な感覚でした。

都営三田線高島平からここまで、ずっと、ずっと、不思議な感覚で歩いているのです。現実の風景と記憶と夢が混ざり合う、不思議と云うか、ここち良いと云うか、時間が止まったり、戻ったり、もう、何とも云えない快感です。

こちらは、消防署、昔はこの奥に火の見櫓が在ったのです。一度櫓の上に昇ったような記憶?が、その時の消防士さんの笑顔が何だかうっすらと蘇りました。たぶん昇ったのだと思います。

こちらが、私が生まれた「都営引き揚げ者住宅」の跡地。私が住んで居た頃は、木造二階建て、共同炊事、共同便所でした。一階と二階に5世帯ずつで一棟に10世帯。それが2列に計10棟建っていました。私が住んでいたのはほぼ真ん中の6寮でした。

いまは建て替え工事で更地になっていました。

こちらのアパートと同じ建物が建っていました。木造2階建て10棟の建物が、鉄筋コンクリート4階建て2棟に建て替えられたのでした。その建て替え工事にあたって我が一家はここから北区の別の団地に引っ越したのです。

幼い頃から小学校の3・4年頃まで、この一画の、この空間で、泣いたり、笑ったり、怒ったり、ひっくり返ったり、走ったり、飛んだり、跳ねたり、していたのです。

ホントに、ホントに、懐かしい空間です。思い出します、あの頃の事を・・・・・・。兎に角、歳をとると、昔が懐かしくなるのです。

これって、やっぱり、「帰巣本能」・・・でしょうかねぇ?

本日は、これまで。

 

それでは、また。

 

 

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1月25日(水)のつぶやき

2017年01月26日 | つぶやき
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志村坂下・蓮根町 ④ 蓮根町で渡辺製菓でエノケンのコマソンで!ジュースの素に!お汁粉の素!でもしかしコビト製菓の方です!

2017年01月25日 | 東京の風景

だいぶ前の続きです。

生まれ故郷を目指して高島通りを歩いています。

“大衆食堂”の看板です、“大衆の文字”街で見かけなくなりました。そう云えば“週刊大衆”はいまでも生き残っているようです。ラーメンに定食、ホッピーの貼り紙、竹内食堂です。

何か昔の同級生がオヤジさんとして調理場に立っているような、そんな気がする大衆食堂の竹内食堂。竹内なんて奴が居たような、そんな想いで店を眺めてしまったのです。

 久しぶりの“メニューチェック”です。肉豆腐定食が880円で、湯豆腐定食が820円、60円の差が微妙です。私としては肉豆腐です、このところ牛すじを煮込んだ肉豆腐に嵌っているのです。牛すじカレーも作ります、と云う事は、牛すじに嵌っている!

親子丼700円、牛丼玉子付き630円、玉子丼600円、かつ丼800円は、赤字で書かれています。これは店の一押し!でしょうか?どちらかと云うと調理に手間が掛からない?

すべて、下町価格と云うか、東京の外れ価格と云うか、それなりに大衆価格です。私としては、昼には早過ぎるし、小綺麗の対極だし、チェックのみでここはパス。

数軒先にはスナックひろ子。真っ昼間のスナックはどことなく、何となく、 場違いのような、やはりスナックは、ボンヤリとした灯りで、気怠く、不健康感を漂わす夜が似合います。そして、路地の奥がイイです。

スナック“ひろ子”、同級生にそんな女の子が居たよう気がしました。「本日は貸し切りです」の札が掛かっていました。本日は1月7日の土曜日、これは間違いなく新年会。

それにしても、それなりに作られた、貸し切りを告げる札、貸し切りはそれなりに結構あるようです。 ひろ子ママは、それなりに常連さんを抱えている、魅力的な女性のようです。

ふるさと直前です。高島通りの両側はマンションが立ち並んでいるのです。昔は、田圃や、畑や、原っぱで、四方が遠くまで見渡せました。都営三田線が風景を変えました。

こちらは、かなり新築。“コーシャハイム坂下”です。住宅供給公社の分譲マンション?

この辺りには、URとか、民間とか、いろいろマンションだらけなのです。

見えて来ました!歩道橋の先を右に入れば、我が生まれ故郷の、生まれ長屋、木造二階建ての“引き揚げ者住宅”が、むかし、昔、立ち並んでいたのです。

 

左側に建っているマンションは、懐かしき、かの“渡辺製菓”の工場跡地に建てられたのです。

渡辺製菓と云っても、エノケンのコマーシャルで有名な、“ワタナベのジュースの素ですもう一杯“とか、“お餅も入ってベタベタと二人で食べても50円“のお汁粉の素で有名な、あの渡辺製菓ではありません。後にコビト製菓となった渡辺製菓です。

もしかして、『コビト』はかなり前より“放送自粛用語”だったかも?でも、あの頃は何~にも問題無かったのでした。

懐かしいのは、消防署に、渡辺製菓に、駄菓子屋の“本田さん”です。

今回は、これまで。

前回も書きましたが、今度こそ!間違いなく生まれ故郷に脚を踏み入れます。

 

それでは、また。

 

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1月23日(月)のつぶやき

2017年01月24日 | つぶやき
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稀勢の里優勝!で横綱で!小心稀勢の里の昇進作戦!そして田子の浦部屋監修の醤油ちゃんこラーメンで昇進を祝います!

2017年01月23日 | 相撲の話し

稀勢の里が優勝しました。

でも、しかし、わたしとしては、まさか!まさか!横綱昇進までは考えていませんでした。

14日目に逸ノ城に勝って13勝1負で、白鵬が負けて11勝3負で、呆気なく千秋楽を待たずに優勝。

そして、驚いたのが、白鵬戦を残して、勝っても負けても、横綱昇進を示唆した相撲協会と横綱審議委員会です。

考えて見ると、優勝しても、白鵬に負けては横綱昇進にケチが付くのです、が、そこで相撲協会は考えたのです。

稀勢の里には、どうしても白鵬戦で勝たせたい、勝って横綱昇進に花を添えたい、自信を付けさせたい、と、考えた末の横綱昇進匂わせ作戦だと考えます。

白鵬戦の勝利を条件にしたら、横綱“昇進”は”小心”の稀勢の里に大きなプレッシャーとなり、九分九厘負けると考え、逆に、白鵬戦勝利を条件から外せば、九分九厘稀勢の里の勝ちと判断したのです。

これは、間違いない! そういう作戦だったんでしょ!八角理事長!

と、云う、事で、思惑通りの展開で、白鵬を破り14勝1敗で、優勝で、横綱で、みんな、みんな、ヨカッタ!ヨカッタ! なのでした。

と云うことで、兎に角、今日はいつも行く、近くのスーパーへ買い出しに行って来ました。

と、そこで、こんな“カップラーメン”を発見!

これは、もう、絶対に、買わねば!と思い迷うことなく3個購入。1個138円(税抜き)でした。

こんなカップ麺が以前より製造されていたのです。

たぶん、これまで問屋の倉庫の片隅に積まれていたと思われます。いまこさ、販売チャンス!として、急遽、全国?の店頭に配送され並んだものと考えます。

このスーパーは牛久市内にあるのです。たぶん、牛久市内、そして、龍ヶ崎市内では、『田子の浦部屋監修 醤油チャコラーメン』は相当売れると思われます。

でも、私が買った時は、他に買い求める客は見かけませんでした。もう少しやる気を出して、祝優勝!稀勢の里!何て大きな宣伝ポップを掲げていれば、数倍、いや十数倍売れる筈です。

まあ、そんな、ことは、どうでもいいのでした。

兎に角、優勝して、横綱で、一皮むけて、来場所から、堂々と、自信を持って土俵に上がって下さい。

来場所も間違いなく優勝です。

でも、何か、横綱になってしまうと、何か、ちょっぴり寂しい気もするのでした。

 

それでは、また。

 

 

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1月22日(日)のつぶやき

2017年01月23日 | つぶやき
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稀勢の里が優勝!おめでとう!ヨカッタ!と思うけど何故かイマイチ嬉しくない!

2017年01月22日 | 相撲の話し

昨日は、あちらでは、トランプ氏が大統領に就任。

こちらでは、稀勢の里が14日目で初優勝を決めました。

稀勢の里の頬を涙が一筋こぼれるのを見ました。

おめでとう!ヨカッタ!良くやった!

とは、思うのですが、何故か、あまり嬉しくないのです。

日馬富士、鶴竜の二横綱が途中休場で対戦なし、そして、大関豪栄道は稀勢の里戦を前にして休場。二横綱、一大関との対戦なしで、陥落大関琴奨菊には完敗。

これで、もしも、もしも、本日千秋楽で白鵬に敗れたら、これは、もう、優勝と云うよりも、とても、とても、準優勝的な優勝?

やはり、ここは、三横綱、三大関を正々堂々、木っ端みじんに打ち負かして、全勝優勝をして欲しかった。ホントに琴奨菊戦は残念だった。

兎に角、本日は、白鵬に完勝して、14勝1負で優勝を!

稀勢の里は強いのです!強い者が優勝!

稀勢の里も、一度優勝を経験すれば、きっと、きっと、自分に自信を持って、これから、もっと、もっと、もっと強く成ることでしょう。

ガンバレ!稀勢の里!

ガンバレ!横綱!稀勢の里!

来場所の土俵入り期待しています。

それでは、また。

 

 

 

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1月20日(金)のつぶやき

2017年01月21日 | つぶやき
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志村坂下・蓮根町 ③ 蓮根町はハスネチョウでレンコン町ではありません!相撲茶屋の大旺が!そして稀勢の里の不戦勝!で白鵬戦を待たずして優勝かも?

2017年01月20日 | 東京の風景

前々回の続きです。

東京は北の外れ板橋区、そのまた北の外れの高島平から蓮根町を目指して「高島通り」を歩いています。

何やら、宗教関連の建物のようです。

 

「蓮根馬頭観音」とあります。農耕に牛馬が活躍していた時代の観音様です。牛馬を守護するのですが、牛の方は何処かに行ってしまいました。やはり、牛よりも馬の方が身近で、そして知能は高さそうで、人馬一体で農耕に励んだのでしょう。

元禄11年2月の開基とあります。西暦で云うと1698年ですから、いまは2017年ですから、2017-1698ですから319年前からこの辺りに祀られていたのです。

私がこのあたりをウロチョロしていたのは、小学校3~4年頃?だったので、いまから50数年前ですから、当然、そのころにもこの辺りにおられたのです。当然、その頃は、神仏にはまったく興味が向く年頃では無く、蓮根馬頭観音の記憶はありません。

それで、蓮根馬頭観音の“蓮根”なのですが、蓮根町にあるからそう名付けられたのでしょう、でも、しかし、蓮根の町名は、ごく最近?になって付けられたのです。

確認の為、ちょっこし調べて見ました。明治33年(1900年)に、上蓮根村と根葉村が合併して、「蓮」と「根」を採って「蓮根」ができたのでした。

因みに、蓮根は「ハスネ」と読みます。レンコン町ではありません。レンコンの産地でもありません。

と云う事で、蓮根馬頭観音と称するようになったのは、つい最近?なのでした。説明板にもあるように、昔から通称「田の観音」と呼ばれていたようで、もしかして、たぶん、いまでは、誰も、田の観音も、蓮根馬頭観音も、忘れ去られているような?

こちらのお方が、馬頭観音様です。319年間の長きにわたり、牛馬が消え、田畑が消え、マンション群が立ち並ぶいまでも、この一帯の平安を祈っているのです。

わたくしも、お賽銭を上げ手お合わせお祈りしました。素朴でなかなかイイ観世音菩薩様でした。。 

観音様から数十メートル先で“相撲茶屋大旺”を発見。大旺の文字に何か懐かしさを感じたのです。何となく、ボンヤリと記憶の隅に残っているのです。 

調べてみました。昭和24年生まれで、私の一つ上で、1970年代から80年代に活躍した力士です。

四股名は“大旺吉伸”で、本名:荒谷 邦治(あらや くにはる)さんです。富山県出身、二子山部屋、身長186cm、体重106kg。最高位は東前頭4枚目。 

  • 幕内在位:10場所
  • 幕内成績:57勝93敗 勝率.380
  • 現役在位:101場所
  • 通算成績:587勝569敗15休 勝率.508
  • 連続出場:1156番(1965年3月場所-1981年9月場所)
  • 序二段優勝優勝:1回(1966年1月場所)

こんな成績でした。

大相撲と云えば、稀勢の里です。私が単独トップに立つと危ないと云ったその日に、傷だらけの琴奨菊に負けてしまいました。しかし、次の取り組みで、高安が白鵬を破り、直ぐに星一つリード。

本日13日目は豪栄道戦でしたが、豪栄道は 前日の遠藤戦で負傷して「右足関節外側靱帯損傷で全治1カ月の見込み」で休場で不戦勝。明日は逸ノ城、千秋楽は白鵬です。

 


大関
稀勢の里
11勝1敗
白丸 白丸 白丸 白丸 白丸 白丸 白丸 白丸 黒丸 白丸 白丸 白丸 - -
宝富士 玉鷲 荒鷲 松鳳山 御嶽海 正代 栃煌山 隠岐の海 琴奨菊 照ノ富士 遠藤 豪栄道 逸ノ城

白鵬は本日、琴奨菊戦です。大関陥落決定の琴奨菊は、ここで、意地を見せて稀勢の里戦のような相撲で白鵬を土俵の外に叩き出してほしい。

そして、14日の逸ノ城戦に勝って千秋楽の白鵬戦を待たず優勝を掴み取ってほしい。

それにしても、稀勢の里は前半戦より、少しずつ取り組み内容が悪くなって来ているのが心配。心にはテーピングで補強できないのです。胸にテーピングしますか?

冗談はともかく、本日は不戦勝で取り組みが無いので、残念と云うか、ヨカッタ!と云うか、兎にも角にも、明日の逸ノ城戦です。

話しは逸れましたが、蓮根歩きは続きます。

次回は、いよいよ生まれ故郷に到着です。

それでは、また。

 

 

 

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