歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

事故か?事件か?牛久沼に水没した車がァ!

2011年12月21日 | その他
先日のことでした。














※写真の在庫処分でした。
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年末年始のお休み!なのに金正日将軍様が!

2011年12月19日 | その他
本日より、年末年始のお休みに入る事にしました。

今日から、襖の張り替え、障子の張り替え、風呂の床、壁、天井のカビ取り。

レンジフード、換気扇、網戸、等の清掃。

外回り、特に側溝の除染?清掃。

室内、室外の照明器具の汚れ落とし。

エアコンのフィルター清掃。

車の室内、室外の清掃。

部屋の片付け・・・・・・、真面目に考えたら、いろいろあるものです。全てできるか?判りませんが、兎に角、今週からは大清掃の一週間の始まりです。

襖も、まだ、3枚残っております。これは、これで、やりがいのある仕事ですが、そのほかはなんとも、気が進まない作業です。

それでも、年末、世間並みに、何となく、大掃除作戦を開始して、気忙しくなっております。

去年と、ほぼ同じく、ブログの更新は本日をもって、今年の最後といたします。

それにしても、金正日の死亡報道には驚きましたし、その筋の専門家の、北朝鮮の権力継承、路線対立、今後の見通しの、無内容にも驚きでした。

ホントに、テレビとか、ラジオとか、新聞とか、みんな、みんな、やる気が無いの?

く~だらない!く~だらない!質問に、く~だらない!く~だらない!回答ばかりでした。


今年は、東日本大震災が起こり、東電福島第一原発の爆発があり、それに対応する三権の無能、無策に、ニッポンの置かれている状況が、とても、とても、ヤバイ!、と、思ったり、感たり、考えたり、するのであります。

そんなときに、三権を監視する第四権の、マスメディアも終わった! 何て、そんな声を、そんな文字を、耳にする、眼にする今日この頃なのです。

ホントに、これでは、落ちるところまで、落ちて、落ちて、落ちて、すべて、一から?ゼロから? 出直し、やり直し、なのかも・・・・・・・・・・。

ホントに、そんな世の中に、NHKは「坂の上の雲」です。いまは、登る時期には、まだ、まだ、早いのです。

これから、どのように“坂の下に落ちるか?”なのです。落ち方が大事なのです。

今日も、襖張りは大成功!そして晩酌で、アルコールの混じった想いを綴っているのです。

兎に角、ヨーロッパは金融危機で、原発は暴発し、それに北朝鮮の暴発が重なったりしたら、もう、これは、最悪のシナリオになるのです。

うん。何だか、かなり、悪酔いしています。

もう、これで、終わり。

それでは、良いお年を! 

何て、ノーテンキに云えない、けど、それでも、やっぱり、良いお年を!!!!!!!



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年の瀬で襖張りに挑戦し大成功でした

2011年12月15日 | その他
年の瀬になり、とうとう今年は襖の張り替えを決行したのです。

新築だから、新築だから、と、大掃除等と云う大げさなことを拒み続けて早幾年月。今年こそ、今年こそ、と、思いつつ、早数年。

襖は破れは無いのですが、二十数年の陽ざしにより退色し、桟の部分が白く浮き上がってきていました。

襖の張り替えは、一枚裏表で4千円前後なのです。我が家は7枚ほどですから、締めて3万円となり、かなりの出費になります。

そこで、時間は豊富にあるわたくしは、ホームセンターで襖紙を一枚分だけ購入し、巧く張れるか、張れないか、その結果により業者に頼むか、自分で張るか決めることにしました。

ホームセンターに行くと、糊無し、糊付き、アイロン張り、テープ止めと、いろいろ種類があり、いろいろ迷った末に、“糊付き”を購入。一枚分裏表で千百円でした。

障子張りには自信があるのですが、襖張りは初めての経験、どう見ても、どう考えても難しそうなのです。母の知り合いで、自分で張ったら失敗し、結局、業者に頼んだ、何て話しを耳にしていた事もあり、かなり不安でした。

そんな、こんなで、先ずは片面張りの押し入れの襖に挑戦しました。障子もそうですが、張るよりも、前段階の剥がすのに手間が掛かるのです。

襖は、枠を外すのに、とても、とても、とても、手間取りました。打ち付けてある釘がなかなか抜けないのです。枠を強く叩くと塗装が剥がれるのです。

それでも、いろいろ道具を改善し、やっと抜いたのです。釘が全て真っ赤かに錆びていました。これって、錆びさせる事により、抜けなくする技を使った所為かも?釘を口に含み、唾液を絡まし打ち込むやり方です。

枠を外したら、ロール状の新しく張る紙の“巻き癖”を取るのです。これも、かなり面倒なのです。かなり厚い紙に糊がコーティグされていて癖が強く、逆巻きにするのに手こずりました。

逆巻きにしてほぼ30分で癖取り完了。床に広げてスポンジに水を含ませむら無く擦ります。数分後に襖を上から乗せます。しっかり上下を確認しないと取ってがかなり上にきてしまいます。

次に、襖を裏返しにして、張った表面のシワをタオルで擦りながらとります。この段階で、これは、もう、ダメかも?と思いました。

水をタップリ含んだ襖紙は、クタクタのベロベロでだらしなく、浮いたり、シワになったり、“中心部から外に向かってシワや気泡を取れ”と説明書きにはあるのですが、巧くいかないのです。

ダメかも知れないと、かなり落ち込みつつ、枠を取り付け、暫く眺めていたのですが、その時、閃いたのです!もしかして!これって!障子紙と同じで、紙が乾けば“パンパン”になりシワも気泡も消えるのでは?と、期待したのでした。

そこで、自然乾燥では時間が掛かるので、ドライヤーを使って乾かす事にしました。すると、すると、です! シワひとつ、気泡ひとつ、無くなり、お見事! 真っ平らでパンパンで、どう見ても、どう考えても、素人技とは思えない、玄人が裸足で逃げ出す出来映えなのでした。

この日は、一枚仕上げるのに3時間も掛かってしまったのです。それでも、いろいろなノウハウを得て、満足、満足なのでした。晩酌中にも度々、襖の部屋に行って、見事、見事、綺麗、綺麗、玄人裸足、玄人裸足と呟きつつ眺めたのでした。

そして、翌日、自信に満ちあふれて、残り6枚分の襖紙を購入してきたのです。そして、その日は、押し入れの三枚を張ることにしました。

もう、枠外しのコツも覚え、張りのコツも覚えたので、一日の作業予定は残り3枚の押し入れ襖に挑戦しました。

それでも、やっぱり、まだ、1枚張っただけですから、こころの隅に“もしかして?あの一枚は単なる偶然かも?”何て、不安が・・・・・・。

しか~し、その不安は杞憂に終わったのでした。3枚目、4枚目枚楽勝でした。それで、これから張る方の為に、とても、とても、重要で、貴重なノウハウを、しかもタダでお教え致します。

それは、シワやタルミや浮きは、気にしないことです。説明書きには“タオルやスポンジで、表面を擦り、平らにする”と、書いてありますが、そんな作業は無駄で、意味がありません。

糊を水に濡らして、その上に襖を被せた、その自重で十分張り付きます。表面の状態は気にすることなく枠を打ち付けて、後は、乾燥すれば、見事に綺麗な玄人裸足の襖の完成です。

但し、表面の外周部、それに、枠を打ち付ける“折り込み面“は、しっかり、きっちり張り付けて下さいね。

ちょっと暗いですが、これが、私の自慢の作品です。


ホントに見事ですよ、母も連れ合いも、これなら、絶対に商売になると云っています。ホントに、ホントです。

業者に頼むと一枚4千円ぐらいですが、自分でやると一枚千円程度です。我が家では3万円が7千数百円で済むのです。

それで、まだ、残っている分ですが、これまでの4枚は、押し入れの襖ですから、片面張りのみで、残りは、全て、未経験の両面張りです。この点に、まだ、少し、不安がありますが、まあ、たぶん、きっと、問題は無いと楽観的な見通しを抱いています。

本日、母の通院の為、襖張りはお休みで、こうしてブログの更新をおこなっております。

明日は、いよいよ両面張りに挑戦です。

以上、“襖張り報告”でした。


それでは、また。

【追記】・・・12/16

本日は“枠を付けたまま方式”で張ったところ、何と、何と、綺麗に張れたのです。枠を外す苦労、枠を取り付ける苦労、あれは、いったい、何だったの?でした。

説明書きは“枠取り外し方式がメインで、“付けたまま方式”は簡易的、安直的張り方の様に取り扱っているので、仕上がりにかなりの差が生じると理解したのですが、どちらも仕上がりに差は有りませんでした。

どうも、この説明書きは、張った経験の無い、単なる“襖紙メーカー”の、かなりいい加減な見解のようです。

“枠付けたまま方式”が、手間、道具の準備、早さ、仕上がり具合、全てにおいて一番に推奨すべきです。

以上、報告終わり。

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⑤ 福島岳温泉で“磐梯吾妻スカイライン”は雲の上

2011年12月13日 | 旅の話し
何日ぶりかの“岳温泉シリーズ”で、今日で5回目で、そして、最終回となります。

朝風呂に入って、さっぱり、スッキリして朝食です。まだ誰も来て居ません。一番乗りです。


朝食は、品数も、量も、料理の具材も、盛りつけも、味も、丁度イイ具合でした。何と云っても特別料金ですからね。トロロ汁がナカナカケッコーでした。朝食メニューの目玉商品のようです。


出されたものは、キレイに完食しました。

それでも、やっぱり気になるので、帰り際に他のテーブルを横目で厳しくチェックしたところ、我々は豆腐であった器に、厚焼き卵が盛られていました。まあ、その位は致し方ないと思うのです。

母はお楽しみのお土産選び。兎に角、何が、何でも、お土産なのです。


部屋に戻り、一休みして、チェックアウトです。心付けのお返しに地酒を頂いてしまいました。

ホテル出発は9時頃でした。この日の予定は磐梯吾妻スカイラインスです。ホテルを出て山道に入ると、辺りは霧に包まれま視界不良で安全運転です。


眼を凝らして案内板を確認。


霧の中の紅葉。


福島県内の有料道路は全て無料になっています。観光客を呼び込み復興なのです。


料金所は無人です。徴収係の人達はどうしているの? もしかして・・・・・・解雇されたりして?


不思議なことに、料金所を過ぎて、ほんの少し登ったら、そこは青空白い雲、霧が晴れたのです。雲を突き抜けたようです。


スッキリと紅葉です。


遠くには、磐梯山?でしたっけ・・・・。


兎に角、良い眺めなのです。前回、2007年に来た時はこの景色は霧で見えなかったのです。


皆さん、カメラを構えていました。


猪苗代湖が見えるのです。


気持ちのイイ~山道です。


ホント、気持ちヨカッタ!


高原の風景!


浄土平に到着。ここの駐車場も無料なのです。


母はトイレです。観光客は平日なのに、それなりに、ケッコウ来て居ます。女子トイレはそれなりに混雑の様子。


浄土平を下って行くと、下には雲が見えています。


雲海に突入です。


と、云うことで、紅葉の絶景ポイントの“つばくろ谷”は雲の中で、まったく何も見えず通過し、その日の観光は終了し東北道に乗りました。

母は旅行に行くと、必ず“ソフトクリーム”を食べるのです。


高速に乗ったら、もう、家に着いた気分になるのです。高速を降りて7~8分で我が家に到着なのです。

都内にお住まいの方は、東京に近づくと必ず渋滞が待っていますが、田舎暮らしにはそれがありません。

高速は乗ったら直ぐに目的地、降りたら直ぐに我が家なのです。

まあ、そんな、こんなで、福島への旅行は終わりました。

母も、入浴後の痒い!痒い!の症状は、何故か?温泉では出ない為、ヨカッタ!ヨカッタ!なのでした。風呂は空いていてのんびり入れて、部屋のすぐ前がエレベーターであまり歩かず、食事も、部屋の寝具も、ナカナカでヨカッタと満足していました。

宿代の安いのには、すこし申し訳ないと申しておりました。でも、互いのいろいろな状況をきびしく鑑み、それは、それで、ヨカッタのだと思う次第であります。

以上で、福島岳温泉シリーズを終わります。


それでは、また・・・。


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“12・11廃炉・ハイロ・入ろう・パレードinつくば”を覗いて来ました

2011年12月12日 | つくば市の風景
きのうは『12・11ハイロパレードinつくば』の様子を覗いて来ました。

集会が13時から、“パレード”が14時からで、私が会場の“つくばセンター広場”に自転車を漕いで着いたのが11時45分頃でした。

オジサンとしては、この“パレード”と云う表現が、どうも、馴染めない、気に入らない、気にくわない、と、思ったりしているのです。まあ、可愛い子供も、ニコニコ参加できる雰囲気にはなるのですが・・・・・・。

まあ、テーマが“脱原発”ですから、右も左も、君が代も、日の丸も、天皇制も、イデオロギーも、政治も、党派も、好き嫌いも関係無いのです。

それ以前の、安全とか、健康とか、最低限フツウに生きていくことの問題ですから、パレードでも、イイのかなァ~と、思ったりしています。

広場に近づくと、署名活動をしているオジサンが眼に入りました。私はその脇を通過。


主催者の人達は、皆さんお揃いの黄色い“防寒コート”を着用していました。主催は“脱原発ネットワーク茨城12・11アクション実行委員会”だそうです。


舞台の裏手のベンチに腰掛けて暫し休憩。スピーカーで“沖縄っぽい”歌が流れていました。こちらでも、オジサンが通行人に署名を求めていました。

かなりの確率で署名をしていましたが、わたしの処にも来るか、来るか、と、待っていたのですが、何故かこのオジサンは、若い女性に声を掛けていました。

まあ、通り掛かるのが若い女性が多かった事もあり、特に、選別していた訳では無さそうなのですが、ベンチに腰掛け、チラリ、チラリ、と、オジサンに視線を送っていたのですが、わたしの方には近づいて来ません。

ひげ面で、短髪で、サングラス、怪しい風体のオッサンに署名など要求したら、きっと因縁でも付けられると思ったのかも知れません。


暫く、ベンチに腰掛け、ベットボトルのお茶を飲みつつ、辺りを暫く観察していたのですが、お腹が空いて来たので、以前に“レバニラ炒め”を食べた中華屋さんに行き、湯麺を食べました。

塩味が強かったです。それに湯麺にしては野菜が少ない。値段は670円だったか?正確には覚えていません。こういう処で、こういう麺類を食べると、リンガーハットの“チャンポン”が、とても、とても、“エライ!”と思えるのでした。


食事を終えて会場に、ゆっくり、ゆっくり、ペダルを漕いで戻ったのです。1時チョット前に到着。会場はそれなりの賑わい。参加者は、高齢のオジサンとオバアサンに、子供連れの若い夫婦が眼につきます。


会場を見下ろす広場を一周したのですが、こんなダークスーツの男達が眼に入りました。通り掛かりのビジネスマンではなく、会場を監視している様子でした。全員耳にイヤホーン、時折携帯で何やらヒソヒソ話。どう見ても、その筋の方々のようです。


会場では歌も始まりました。歌手の“チグリハーブさん”だそうです。司会者が紹介したときは“何処の国の方?”と思ったのですが、日本語ペラペラだったので日本の方のようです。私の位置からは顔はほとんど判りません。


何人ぐらい居ましたかね。百数十人くらい?


制服を着たその筋の方達も登場です。


さすがつくば市、外国人の姿も、チラホラ見かけました。


筑波大学の元教授のお話があったのですが、聞きながら、なんで?学生達の姿が無いの?大学の自治会は?サークルは?筑波大学は?図書館情報大学は? 筑波技術大学は? 筑波学院大学は? 東京家政学院筑波女子大学は? 学生達はどうした!と、思ったのです。

原発には、政治には、世の中には、関わらないの?、判らない?、関心が無い? つまんない? 興味が湧かない? 自分に関係無い? 目先の就職が人生の全て?

まあ、私も、集会に参加したと云うよりも、様子を見に来た程度ですけどね・・・・・・。それでも、署名には、氏名と住所をしっかりと書いてきました。東電の第二原発の再稼働を認めないように、県知事に提出するそうです。県知事は誰だっけ? そうだ“橋本さん”でした。西は橋下、東は橋本。

それにしても、今年の10月1日現在、つくば市の人口は21万5千8百88人で、集会の参加者が百数十人は多いのか?少ないのか?

東京都の23区の人口は880万人だそうですから、21万で百人だと、880万人だと、4千人程度の集会と云う事? 何とも、中途ハンパです。まあ、そんな計算をしてみても・・・・・・なのです。

兎に角、原発は稼働開始年度の古い順番に廃炉です。東電の第二原発は稼働から33年の老朽原発ですから、即刻廃炉です。

橋本昌知事殿、私の署名を“しっかり見つめ”、茨城県の将来も“しっかり見つめ”、再稼働の許可は絶対に出さないこと!判りましたか!

以上。

当日のパンフおまけです。


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④ 福島岳温泉はやっぱりきびしい?

2011年12月09日 | 旅の話し
昨日の続きになります。

岳温泉の坂道を歩いています。この時、この写真を撮ったのが15時37分です。それで、初回にお話したように、ここには5年前に来ているのです。


それで、調べてみたら、何と、なんと、驚くことに、5年前に来たのも、10月の19日だったのです。何たる偶然! それで、この写真はその時撮った、15時35分の風景です。


こちらは坂の上から撮ったものですが、街灯に灯が点り始め、とてもやわらかな風景に見えるのです。5年前ですから、“安達屋さん”も、“松渓苑さん”も、皆さん、営業中だったのです。ホントに、あの時は、まさか!こんな事に!なるとは!なのです。

いろいろ厳しい風景を眼にして、いろいろな事に想いを馳せつつ宿に戻ったのでした。

部屋に帰って、風呂に入るには早いと思いテレビを点けてみたら、


左側に「放射線量測定値」の大きな文字、下には、各地の測定値がテロップで流れていくのでした。地元の福島放送では、こういう状況なのです。常時緊急放送のスタイルが、“あれから”ずっと続いているようです。

郡山の市役所は、なんと、なんと、“0.98μs”です。浜通り、中通り、は高いのです。岳温泉も中通りですが、0.20前後と聞いています、それでも、測定場所でかなりの上下があるので、それなりには心配なのです。


“0.98”の中で暮らしていくのは、相当なストレスだと思います。双葉町は何と“14.21”ここは避難区域です。


それにしても、こんな数値を見ながら、グルメ番組を見るのは、かなりの異常な事態ですが、“あれからずっと”異常事態が続いて、福島放送では、これがフツウの状態になってしまったようです。

いまは、ホントに、ホントに、とても、とても、異常な事態なのです。

そんな状況で、温泉に入ってのんびりは、何か、かなり、後ろめたいと云うか、こんな時に、こんな処で、こんな事をしていてイイの?なのですが、兎に角、それなりの“復興支援”なのです。

母は、“何かしないとわるいから”と、部屋に案内をしてくれた仲居さんに“2千円 ”を包んだのでした。でも、これに対しては、帰りの料金精算の時に、心付けのお礼として宿から、お土産に“地酒”を頂いてしまいました。

それで、前回の松渓苑の話しでも、震災で風呂も部屋も、壁や天井が、崩れ、剥がれ、大変な被害で廃業したのですが、こちらの宿も、“改修・修復・補強工事”で大変だったようで、6月から再開したそうです。

それで、来た時には気付かなかったのですが、窓から入る光の変化で、壁に奇妙な走る“シワ”が浮き上がってきたのを発見。


手で触って撫でてみると、壁にヒビが入っていてその上から壁紙が貼ってあるのでした。シワはヒビ割れなのです。地震の爪痕なのでした。“そうか、そうか、ここも大変だったのか”と思いつつも、“ヒビ割れに紙を貼っただけで強度的には大丈夫なのか?”とも思ったのです。

宿泊中に震度2程度の地震が3回ほど発生しましたが、特に問題は有りませんでした。震度2程度ですからね。

それから大浴場に、


それから露天プロに、


ほぼ、貸し切り状態でした。

そして、夕食は、


こんな処で、


こんなものとか、


こんなものとか、


こんなものとか、


こんなものとか、


こんなものとか、


こんなものとか、


こんなものとか、


ひととおり、“温泉旅館料理”を頂いて、それなりに母も私も、満足、満足で、ご馳走様なのでした。

実は、何を隠そう、今回の宿泊料金は“特別割引料金”なのです。茨城県と宮城県と岩手県に居住する人々に適用されるのです。地元福島県の方は“超特別割引料金”になっています。

それで、割引料金での宿泊は、“料理の品数が少なくなります”との、但し書きがあるのです。それは承知の宿泊です。

食事中、他のテーブルをそれとなく、配善時とか、帰り際とかに、素早くチェックしたのですが、品数だけでなく、材料にも差がありまた。でも、それは、それで、仕方がないことですし、それでも、十分満足でした。兎に角、少しでも“支援”なのです。

因みに、一般料金が“1万2千円”ほどですが、特別割引では“8千4百円”なのです。でも、今日調べたら、最近は居住地域に関係無く“9千百五十円”の期間限定割引(料理の内容は一般料金と同一)キャンペーンをやっていました。

これは、きっと、かなり、宿泊客が少なく、客室20室の旅館ですが、かなり経営が厳しいのかも知れません。12月を越せば雪が積りスキー客が増え、一息つけるのでしょうか? でも、近所にスキー場はあったけ?


兎に角、福島は、いろいろ厳しい、冬の季節に入ります。


皆さん、期間限定割引を利用して、福島県岳温泉に行きましょう。

※詳しくは、「岳温泉観光協会」のホームページを見て下さい。

http://www.dakeonsen.or.jp/cgi-bin/dakeonsen/news.cgi?id=127


それでは、また次回。





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③ 福島岳温泉は静かで落ち着いた温泉地

2011年12月08日 | 旅の話し
約一週間ぶり、兎に角、岳温泉シリーズです。

それで、温泉街の入り口に立ち、これより坂道を登ります。平日の夕方、ホントに誰も歩いて居ないんです。

ひなびた温泉には、それなりの“風情と趣”がありますが、寂れつつある温泉には、何とも、言い難い、“静寂とうらぶれ感”が漂うのです。


私としては、こういう風景が好きなのですが、温泉街の入り口にこれは、やっぱり一般的にはチョットねェ~です。ここはベニヤ板で目隠しをして、観光ポスターの掲示板とか案内板にした方が、兎に角、見栄えが良いと思います。


こちらは、温泉街で一番規模の大きかった?と思われる閉鎖したホテル、後で泊まった旅館で聴いたところ、こちらは震災前に閉鎖されたとの事。中心部にありよく目立ちます。


こちらも、かなりの規模の“ホテル安達屋”こちらも、震災前の2009年の倒産だそうです。


負債総額は約16億円で、従業員23人を解雇したそうです。明治36年創業の老舗旅館で岳温泉の中でも知名度が高かったそうです。

昭和59年に本館、平成2年には約5億円を投じ新館を建設、客室数は56室、300人収容の旅館だったそうです。大きいところから、団体客相手から、順番に潰れていくのです。

それにしても、平成2年と云えば1990年でバブルの頂点でした。この時の新規投資が命を縮めたようです。先を読むのはムズカシイものです。

こちらは、


和風旅館の“松渓苑(しょうけいえん)”


近づいてみると、玄関に一枚の貼り紙が、


こちらは、今回の震災で閉鎖されたようです。株式会社“佐藤旅館”が“松渓苑”を経営しているようです。

105年続く老舗旅館で、経営者の方は震災前は「岳温泉観光協会」の会長さんだったようです。大地震で大浴場や露天風呂など九つの風呂がすべて壊れたそうです。

風呂以外にも客室の天井が落ち壁も崩れ、修繕費は約3500万円ぐらい必要だったそうですが、震災前からの負債が約7億円もあり、銀行としても、今般の“いろいろな事情”を考慮し、貸し付け不可との結論を下したらしいのです。

社長が58歳で、妻の“元女将”が56歳で、若女将が26歳で、これからも、まだまだ、十分に、やっていけそうに思えるのですが、銀行としては、岳温泉の将来は明るく無いと判断したのでしょう。

そんな、こんなで、“松渓苑”は震災の“12日後”に廃業を決定したそうです。それにしても、四代目社長の何とも、素早い決断でした。“ある事情通”はあきらめが早すぎたと嘆いているそうです。

いろいろ大変な岳温泉に、ほんの少し応援にと思って来たのですが、かなり状況は厳しいようです。不況で少子高齢化で人口減少の時代、個人客相手の小さな旅館だけが生き残るのでしょう。

団体客のバカ騒ぎの大宴会時代は終わり、ストリップ小屋も、大きなホテル・旅館も消えて、個人客を相手に、静かで落ち着いた温泉地として、岳温泉は、これからも続いて行くのでしょう。

今日は、これで、寂しく、終わります。


それでは、次回。


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大腸内視鏡検査をしてポリープが2個でした

2011年12月06日 | 健康
一年前に切除した大腸ポリープの経過観察の為に、本日、大腸の内視鏡検査に行って来ました。

前日の夜はアルコールは禁止で、夜9時に「ソルドールE」と云う錠剤を2錠服用。これは、ホント、危なく飲むのを忘れるところでした。
※ソルドールEは便秘薬でした。

そして翌朝、寒くて暗いなか3時半に起床して下剤作りから始まります。2リットルのペットボトルに粉末の下剤を入れ、先ずは1リットルのぬるま湯を入れて攪拌し、良く溶けたことを確認して残り1リットルを入れます。

2リットル注入後、目薬ほどの容器に入った「ガスコンドロップ」と書かれた液体を注入し下剤は完成。4時になったところで、「ナウゼリン」と云う錠剤を一錠服用します。
※ガスコンドロップは腸内ガスの排出薬で、ナウゼリンは胃の内容物の排出薬でした。

そして、4時半からいよいよ下剤を飲み始めます。ちょっと塩辛いスポーツドリンク風の味です。その後は10分ほどの間隔でコップに一杯程度を無くなるまで飲み続けます。

説明書通り、1時間を経過した5時半頃より、お腹がゴロゴロし始めトイレに走ります。排便数は8回で7時45分頃が最後の便通でした。便は薄黄色で固形物もなく検査可能の状態になりました。

8時に家を出発し、8時40分に病院到着。受付を済ませ、ガウンと“穴あき紙パンツ”に着替え、9時過ぎに検査開始。

検査中は、またもポリープがあったら、また数日間は、重湯の様なスープ、そして粥で、アルコールは禁止で過ごすのか、と、思うと、とても、とても、心配でベットに横たわりつつ画面を注視。

ところが、またもポリープ発見で、切除シーンもハッキリと画面で見てしまいました。“えッ!また、アルコール抜きの生活”と、思っていたらです。

医師から『今回のポリープは2個とも2ミリ程度で小さい為、鉗子により摘み取ったので、出血も少なく直ぐに傷口も治るので、“食事制限”はありません』との、とても、とても、有り難いお言葉。

でも、しかし、『アルコールと刺激物は今日は避けて下さい』とのお言葉が追加されました。きのうも飲まず、今日も飲まず、2日間の休肝日となりました。

こんな処にポリープが有りました。


ポリープ①


ポリープ②


これは“肛門写真”、肛門を大腸側から撮影したものです。医師から肛門の周囲はキレイで“痔”は有りませんとの説明。肛門を内部から見るのは初めての経験。とても、とても、記念になります。


ヨカッタ! ヨカッタ!で、会計で「9千40円」を払って、喫茶室でコーヒーをのんびり飲んで、10頃に病院を出ました。


以上、大腸の内視鏡検査の報告でした。


それでは、次回から、また、「岳温泉シリーズ」です。

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② 福島岳温泉“ソースカツ丼”と“煮込みカツ丼”どっちがフツウ?

2011年12月02日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

夕食前、温泉街の偵察に出発します。岳温泉は、そこそこの坂道の両側に旅館街が形成されています。道の真ん中を流れる渓流的水路が、なかなかケッコウなのです。我々の宿はほぼ坂の途中に位置しています。


先ずは坂を下ります。観光客の影も、店の人の影も、気配もない温泉街のお土産屋さんです。


ひょいと見上げると、“岳観光劇場”の看板。これは温泉地の定番である“ストリップ劇場”に間違いないと踏んだのです。看板下の路地に入ります。


日が沈む前、人影のない温泉街のストリップ小屋。これは、もう、うらぶれ感漂う演歌の世界と、期待に胸膨らませ路地を進み、キョロキョロ歩いたのですが、それらしき建物も、それらしき痕跡も、発見できませんでした。


この温泉街では、もうストリップ小屋は経営的に成り立たなくなったのです。団体客が少ないのです、むかしは盛んだった企業の慰安旅行には、なくてはならない施設でした。でも、しかし、家族連れの観光客には必要のない施設です。

そんな、こんなを考えながら歩いていると、なかなかの枝ぶりで、なかなかの老木の下に“居酒屋庄助さん”です。


でも、ねぇ、この“アルコール管理局”の看板。面白くもなく、可笑しくもなく、洒落になっていません。


“アルコール管理局”ですかァ?何だかなァ~と思いつつ、温泉街の入り口に出ました。丁字路の交差点になっています。左手は食堂。 


突き当たりは共同浴場です。何やら、爺ちゃんと婆ちゃんが入り口で世間話しをしているようです。


右手には、人っ子ひとり居ない“福島交通岳温泉駅”です。駅と云うよりも、バスの発着場です。“駅”と云う文字に、繁盛した時代の名残を感じてしまいます。


それで、左手の食堂ですが“旨い・ソースかつ丼”の垂れ幕。こちらでは、かつ丼と云えばソースかつ丼が主流のようです。“昭和三十年から変わらぬ味”とか“元祖”とか書いてあります。ナメコ汁にお新香が付いて、ロースが950円、ヒレが1000円とあります。

因みに、新潟でふつうに“かつ丼”と云えば“タレかつ丼”になります。この店ではわざわざ“ソースかつ丼”と表記しているところをみると、この地域でもソースかつ丼はそれほど普及していないのでしょう。

向かいの“多夢炉”では、メニューに“煮込みかつ丼”となっています。ソースかつ丼は扱っていないのです。それと、わざわざ“煮込み”と入れた処に、ソースかつ丼への対抗を意識を感じます。ソースの方は“成駒さん”一軒で頑張っているようです。


それと、成駒屋さんの壁には、こんな貼り紙がありました。


栃木県警の方々が利用されるようです。派遣部隊とは自衛隊のこと? 皆さん、こちらで英気を養い、再び災害現場に向かうのでしょう。ご苦労様です。

これから、上に向かって温泉街を端から端まで隈無く偵察します。


本日はここまで。


それでは、また次回。

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