歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

沖縄へ行って来ました!ジンベイザメはビート板です!

2013年08月12日 | 旅の話し
沖縄へ行って来たのです。

でも、しかし、私ではなく、孫達です。

昨日は猛暑の中、お土産と写真を持って遊びに来てくれました。

7月31日から8月4日まで、4泊5日でタップリ沖縄を楽しんだそうです。



お姉ちゃんはパパと“ジンベイザメツアー”です。

かなり緊張したそうです。


でも、足の爪には可愛いネールアート。


パパと一緒。


いよいよ、ジンベイザメとご対面。


デカイ!


大きな口、パックリと開くと人間もひと飲み!でも、しかし、ジンベイザメは人間を襲う事はありません。


しかし、ホントにデカイ!


でも、目が可愛い!


周りを泳ぐ魚、とっても奇麗!


お姉ちゃんは、ジンベイザメに素手で触れたそうです。感想を聞いたら、

『プールで泳ぎの練習に使う“ビート板”みたいだった。2年前に触ったイルカはナスのようなツルツルと云うか、ヌルヌルと云うか・・・』

なかなか的確な表現です。

ジンベイザメやイルカと一緒に泳ぎ、肌に触れた君の貴重な体験は、きっと、きっと、君を優しく、美しく、素敵な女性にしてくれると・・・、じーじはそう思うのです。


下の子は、美味しい御馳走を、いっぱい、いっぱい食べて、


元気に!走り回っていたそうです。


沖縄は南国で、観光の島だったことを、改めて知りました。

引き出しの隅から、こんなものを引っ張り出して、


年号を見たら、昭和46年の2月です。1971年ですから今から42年前です。私が二十歳のころです。友達とふたり船で52時間掛けて渡航したのです。


当時も、それなりに観光の島だったのですが、1971年12月20日のコザ暴動、1972年6月に沖縄返還協定の調印。翌年の1972年5月15日の本土復帰と、そんな政治の季節の真っ直中でした。

兎に角、孫達は、楽しい、楽しい、沖縄旅行だったのです。

それでは、また。




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湯西川温泉 ⑪ 朝食のサラダに平家の残像を見る

2013年06月27日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

そして、湯西川温泉シリーズの最終回です。

早朝の散歩から宿に戻って来ました、

キャッチコピーが“白雲の宿”です。白雲で連想するのは、高い山、高地、高原となるのです。ココは標高750㍍で、まぁ、それなりに高地?


それで、気になったのが下に書かれている宿の住所です。“栃木県塩谷郡栗山村大字湯西川七百拾五番地”とあります。でも、しかし、ここは、もう日光市なのです。

2007年の3月20日に、今市市と、日光市と、足尾町と、藤原町と、“栗山村”が合併し、まあ、世界的にも著名な日光市と云う事になったのです。

栗山村は県内最後の村だったそうで、2007年の3月20日をもって、栃木県から村が消滅したのでした。と、云う事で、この看板の住所はそれなりの記念碑なのかも?

部屋に戻り、朝飯前にひとっ風呂浴びます。露天風呂は今回も貸し切り状態。


六人での朝食。給仕をするのは、あの、“新宿三丁目筋的”な仲居さんです。私の耳元で“オハヨウ御座います”と囁いて行きました。


温泉旅館の朝食です。この料理、この器、これを見ただけで、宿泊料金が判るヒトには判るのです。キャベツとコーンとトマトとロースハムのサラダが、とても素人っぽく、田舎くさく、何か、とても、寂しい気分に・・・、都落ちした平家の残像?を見たような?

まあ、兎に角、それなりに美味しかったです。量もそれなりにOKでした。

それと、この“お赤飯”です、母の誕生日を祝ってくれたのです。母は夕食のデザートに続いて、またも感激! 赤飯の炊き具合、とてもOKで美味しかったです。

宿のいろいろな?思いを感じる、折り鶴の箸置き、とても素敵です。

新緑を眺めながらの朝食は最高でした。


朝食が終わったら直ぐにウォーキングの開始です。食開始後30分ほどすると血糖値が上昇し始めます。血糖値が上昇する前に歩いてエネルギー消費です。

メインストリートを北上し“平家の里”でUターン。この手の観光施設、それなりに判るのですが、単なる観光目当てだけの施設は、とても、とても、魂胆が見え見えで、寂しい気分になるのです。

“冠木門”の前に立ち、ひとり、静かに、見つめ、いろいろと思いを馳せたのです。

平家の里から南下して、湯西川小中学校の先まで行くと、看板に“このあたりは熊の生息地で、熊が出没します。熊に出会ったら走って逃げてはいけません。走って逃げると熊は追いかけて来ます。熊を見つめながら、ゆっくりと、その場を離れて下さい”とありました。

ホントに出会ったら、フツウの人は、そんな余裕は無く、熊に背を向け、一目散に駆け出したくなります。

私も、フツウの人なので、熊に出会う前にここらでUターンです。歩きながら手を叩いて熊に警告を発しつつ宿に戻りました。

そして、10時過ぎに宿を出発しました。“冬期間閉鎖のルート”を通って大笹牧場を目指したのです。


大笹牧場の周囲は視界が20㍍ほどで、な~~んにも見えませんでした。ココは霧降高原で、その名のとおり濃霧でした。牛乳、ソフトクリームを食べ、母は牧場のおみやげコーナーで何故か“漬け物”を買い求めていました。

天候も良くないので、今市ICへ向かい、帰路に着く事にしました。ここで姪夫婦とはお別れです。

と、云う事で、母の91歳誕生日記念の旅行は無事に終わったのでした。

今回が“最後の温泉旅行”と云っていた母は、最近、“もう一度温泉に行きたい”と云っています。

これで、湯西川温泉シリーズを終わります。


それでは、また、来週。


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湯西川温泉 ⑩ 湯殿神社の平家大祭は観光行事?

2013年06月25日 | 旅の話し
先週からの続きです。

湯西川温泉シリーズの10回目です。後1回でお終いの予定。

と、云う事で、そろそろ朝の散歩は終了、宿に引き返します。

引き返す途中、やっぱり、ここは湯西川温泉です、平家落人村です、この湯殿山神社は、一応チェックです。


湯殿ですから、お風呂で、温泉の神様と云う事ですかね?湯西川で温泉が発見されたのは天正年間(1573~1592)頃だそうです。

平家が源氏との戦に敗れ、山里に隠れ住んだのは、平安時代末期ですから1180年代以降ですから、温泉が発見されたのは、山奥に隠れ住んで400年もの時が過ぎてからの事です。神社に関する記録は、享保十一年(1726年)以後のものしか存在していないそうです。

例大祭は8月18日(以前は旧暦の7月20日であった)に行われ、通称二十日祭りと云うそうです。と、云う事は、この横断幕の“平家大祭”と云う行事、いろいろ調べたのですが、特に謂われは無さそうな?

ポスターには源氏と平家の最終戦、壇ノ浦の合戦から828年とあり、祭りは毎年6月4・5日の開催されているようです。6月4・5日の開催は壇ノ浦の合戦の日?
 

調べて見たら、壇ノ浦の戦いは確かに今から828年前の1185年で旧暦“3月24日”で、新暦では4月25日、6月4・5日とは関係ないのです。6月4・5日はどこから来ているの?

何か、“平家大祭”は、どうも、“神事”ではなく、単なる“観光行事”の匂いが漂います。まあ、それなりに謂われはあるのでしょう。

まあ、兎に角、湯殿山神社にお詣りします。


思っていたよりも、とても、こぢんまりです。参道には石畳なく、灯籠もなく、狛犬もなく、本殿は小さな祠です。


祠の前に、先が鋭くとがった丸太の杭? 神社でこのようなものを見るのは始めてです。大祭まで一週間(訪れたのは5月30日)です。何か、武器を象徴しているようにも見えます。


周囲は、まさに、鬱蒼とした山林。矢尽き刀折れ、槍を支えに足を引きずる落ち武者の亡霊が、奥の方から数人現れても、とても納得の風景です。


何となく、怪しい気配を感じながら御参りを済ませ、後ろを振り向かず湯殿神社を後にしました。


旅館に帰り朝食です。


それでは、また。



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湯西川温泉 ⑨ 750mは標高か?海抜か?

2013年06月21日 | 旅の話し
一昨日の続きで“湯西川温泉シリーズ”です。

昨晩は何時に寝たのか覚えていないのです。最近はいつでもそうなのです。

寝るときには、それなりに時間を確認しているのですが、翌朝起きて“あれ?昨日は何時に寝たっけ?”と考える日々なのです。

いつもは寝床が変わるとなかなか寝付けないのですが、今回はそのような記憶も無い事から、たぶん?すんなり眠りに入ったものと思います。

夕食のビールと、“ユニークな仲居さん”の心づくしの“濃いめの焼酎”が効いたのだ、と思います。二人で入った貸し切り露天風呂の記憶もハッキリ覚えていないのです。

それで、5時半過ぎに眼を覚まし、二人で一緒に朝の散歩となりました。先ずは、中心街に向かって北上して、平家落人部落風の風景を眺め、


南下して旅館の前に戻り、“日光市湯西川支所”前の広場を覗きます。ここは、それなりに整備されています。


何か、変な、楽器と云うか、


ガラクタ?ぽっい物が置かれていました。スリッパではなく“ピーサン”が引っ掛かっています。これで竹の口を“ひっぱ叩く”ようです。


こちらの花壇はそれなりに奇麗な花が咲いています。


メインストリートを南下します。山間の寂れた集落風景。


オッと!出ました!私好みの廃屋、平家落人村の匂いが漂います。夜間は“ライトアップ”したら楽しめそうです。こんなもの眺めて喜ぶ奴は居ないか・・・・・・。


素敵な、素敵な、滝のように咲き滴る藤の花。眼が醒めます!


新緑と渓流、こちらも眼が醒めます!


学校のようです。未だ新しいです。色使いと云い、デザインと云い、ダムに沈んだ住民の為の住宅とそっくりな印象。でも、とても素敵です。


これって、いわゆる“電源三法交付金”と云う電力開発とか、水資源開発とか、そういう事に協力した自治体に対して支払われるお金が財源?

でも、兎に角、カワイイ子供達が、遊んだり、勉強したり、そういう施設にお金を使うのは良い事です。朝が早かったので、元気に遊ぶ子供達の姿は、残念ながら見られませんでした。

小学校と中学校が併設されています。


学校の前の通りでは、ポリ袋を下げ、ゴミ取りハサミ?を持った集団を発見。さすが観光地です。観光客の為に毎朝?と思い、連れが“毎朝お掃除されているのですか?”と声を掛けると“いいえ。たまにです”との、期待とは裏腹な返事。


後で、たまたま、しらべて調べてみたら、この日は“5月30日”で全国的に“ゴミゼロの日”でした。もしかして、ゴミを拾っていた本人も知らなかった?

兎に角、ここは、標高750㍍?、それとも海抜750㍍?


兎に角、我々は、だいたい高さ750㍍の地に居るのです。

そろそろ、この辺で朝の散歩はお終いにして、宿に戻り朝食です。


それでは、また来週。




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湯西川温泉 ⑧ もしかして?新宿三丁目筋?

2013年06月19日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

いよいよ夕食の時間です。

夕食は少し心配していたのです。それはと云えば、今回、我々は6人のグループで、夕食は囲炉裏を囲んで食べる方式。

この囲炉裏囲み方式、旅館のページを見ると、2~4人で囲炉裏を囲んだ写真が載っているのです。どう見ても、6人全員で囲める大きさの囲炉裏がなさそうなのです。

4人組と2組に分かれて、分断された夕食では、いろいろと不都合で、気まずい空気が流れてはと、それなりの心配をしていたら、取り越し苦労で、6人組でもOKな囲炉裏があったのです。


それと、写真では大広間の、あちら、こちらに囲炉裏が切ってあり、他のグループとの仕切りが無く、これでは他人の眼が気になり落ち着かない、と思っていたら、仕切りがされ、それなりに個室になっていて、ヨカッタ!ヨカッタ!なのでした。

囲炉裏料理は、イワナ、湯葉、牛肉、鶏肉、御飯を練って丸めたもの、それに、“一升べら”

“一升ベラ”とは、竹のへらに、ウズラを骨ごとミンチにして、味噌を混ぜて竹のへらに塗りたくったシロモノです。これを肴に一升酒が飲めるとか、一升飯が食えるとか、そんな処から来たとの事・・・仲居さんの説明より。

一升べら、軟骨コリコリで、一升酒も、一升飯も頂きませんでしたが、それなりに山里料理風で、それなりに平家落人料理風?で、それなりに美味しかったです。

それと、こんな、いわゆる“温泉旅館料理”


陶板焼きのお肉は美味しかったです。


山菜はもの足りません。しつこい動物性のタンパク質が大好きです。


食事中、ビールの中瓶1本、ウーロンハイを3杯飲んだのです。2杯目のウーロハイを持って来た時に、担当の仲居さんが“一杯目のは薄かったでしょ、これは私が濃いめに作りましたから”と、耳元で囁き手渡してくれました。

確かに、濃いめで、とてもヨカッタのです。連れ合いと姉は、どうも、あの仲居さん、しゃべり方が、声が、体つきが、話題のもって行き方が、化粧が、どうも、“アレっぽい!”と話していたそうです。

云われてみれば、確かに、眼の化粧が、かなり、かなり濃く、新宿3丁目の匂いが感じられたりするのでした。でも、とても、とても、楽しい方で、ヨカッタ!です。濃いめのウーロンハイもヨカッタ!です。

それで、この囲炉裏での夕食、始めてなのでそれなりに趣があり、楽しめたのですが、どうも、横向き傾向になり食べ難いのです。


囲炉裏を囲んでいるのですが、顔は横向きになりがちなのです。


いろいろな都合で一週間遅れになりましたが、この旅行は母の91歳の誕生記念のイベントだったのです。

孫からは扇のプレゼントがあり、お祖母ちゃん感激!


旅館からも、女将のあいさつがあり、特別にデザートのプレゼント!


食事を終えて、部屋に戻り、


一休みして、貸し切り露天風呂に二人で入り、床についたのでした。

今日は、ここまで、


それでは、また。


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湯西川温泉 ⑦ 温泉旅館は“じぇ、じぇ、じぇ”の喫煙体質?

2013年06月17日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

旅館街を探索して宿に戻って来ると、玄関前に観光バスが1台停まっていたのです。


じぇ、じぇ、じぇ~です。まさしく団体客、

※“じぇ、じぇ、じぇ~”で、NHKの朝ドラですが、面白いと云えば、面白いのです。コント的な面白さで、コントを繋いだ15分ドラマです。

従来の朝ドラの面白さではありません。これって、コレまでの客層を無視して、新しいと云うか、若い層を狙ったドラマ作り?なのです。

前回の大阪制作の訳の分からない、どつきあい、怒鳴りあい、喚きあいドラマも、従来の朝ドラの枠を破ることを狙ったドラマだったと・・・、最初の2~3話しか見てないけど・・・でした。

最近のNHKは時々と云うか、頻繁にと云うか、あれ?これって?民放?何て思ったりする場面に出会います。何か、壁と云うか、枠と云うか、破りたいようです。

91歳の母は“あまちゃん”には興味が無いようで、BSで7時15分からの“純情きらり”を見終わると、その後の“あまちゃん”は、オープニングのテーマ曲と、映像だけを見て、席を立つのです。風景映像とテーマ曲は気に入っているようです。

あまちゃんの話しが長くなってしまった!で、シマッタ!

話しは、団体客を乗せて来たと思われる、玄関先の観光バスのシーンに戻ります。

これは、もしかして? 静寂が破られるか、と、思いつつロビーに入ると、私よりも、平均年齢が10歳ほど高い、爺さんと婆さん達の集団が眼に入りました。不思議と、爺さんの混入率の方が高いのです。

その分、静かなのですが、タバコの煙が、眼に入り、鼻に入り、肺に入り、環境はかなり悪化しています。爺さん達は、喫煙率は高く、罪悪感は低いのです。何処でも、いつでも、周りにお構いなしに、スパ、スパ、煙を吐くのです。

この手の大衆旅館と云うか、この程度の宿泊料金の温泉旅館と云うか、ビジネスホテルと比較して喫煙に対して、とても、とても、鈍感なのです。世の中の喫煙率が20パーセント台にあることなど、まったく感知して無いのです!理解していないのです!

非喫煙者側に立って、禁煙にするとか、分煙にするとか、排煙設備を整えるとか、そんな発想は頭の回路には存在しないのです。これは単にタバコに限ったことだけでなく、時代の変化に鈍感な経営体質の、ほんの一つの、現れです。

そもそも、です、快適な環境を、提供することを、生業とする業界が・・・ですよ!

あッ! 何か、とても、とても、感情的になってしまった。

ここは、ひとつ、深呼吸・・・・・・。

部屋に戻り、食事前にひとっ風呂です。我々の部屋は6階で、玄関ロビーは2階、大浴場は1階、エレベーターで1階に降り扉が開くと、団体客と覚しき集団とすれ違いました。

大浴場の脱衣所にも、


浴場にも、


露天風呂にも、


人影は無し、


最初から、最後まで、貸し切り状態。誰が、何と、云っても、温泉の醍醐味は露天風呂にありです。ホント! 気持ちヨカ~~~!・・・でした。


幸運にも団体客との接近遭遇はエレベーターホールが最後でした。とてもついていたのです。ヨカッタ!ヨカッタ!なのでした。

わたしの、ザックリの推測では、我々が6名で3室で、残りは4組みの個人客で10名程度、団体客は20名程度で、6+10+20で合計36名ほど、ホテルは40室で最大収容人数は200名程度です。

36/200ですから、かなりのガラガラ状態で、それなりに客同士が接近遭遇する確率は少なかったのです。

さあ、風呂から上がって浴衣に着替え、もうすぐ!メインイベントの夕食です。


それでは、また。


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湯西川温泉 ⑥ 商品サンプルは“平家落人民俗資料館”へ

2013年06月14日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

河原の遊歩道から上がり、“平家落人村的”な家並みの前を歩き、メインストリートに出て宿に戻ります。


廃屋になりつつある元旅館の軒先には、現役を引退した自動販売機が、現役時代はそれなりに輝いていたのでしょう。壊れ具合も、退色具合も、丁度イイです。

錆びて曲がって垂れ下がるトタン屋根、風雨に晒され、陽ざしに晒され、いろいろと晒され変色した板張りの外壁、生い茂る雑草。周囲のほどよい“朽ち果て感”に溶けこんで、自販機もそれなりの風景を創っています。

先ほど河原から見たホテルですが、やっぱり思った通り店仕舞いしていました。観光客が減ったのか?ホテルが多過ぎたのか?経営努力が不足していたのか?まあ、すべてが絡み合っての結果なのでしょう。


メインストリートは道路の拡張工事中でした。人が通り易くするのではなく、どうも、車を通り易くする為の工事のようです。車が通り易くすると、車は店の前を通過し易くなるだけでは?


茅葺き公衆電話ボックス、それなりに考えているのです。


酒屋さんが店を新築するようです。道路も拡張され、新しい店も建ち、それなりに活気があるようです。


路線バスも走っています。日光は東武鉄道の勢力圏です。東京スカイツリーの影響は日光にまで及んでいるとのこと、湯西川にもその波が届いている?


おそば屋さん、本日は休業?


“手打ち専門・きそば・うどん”で、店の名前が“こころ食堂”です。イイ店名だと思います。“うどん”は混ぜ物を入れようがないので“きうどん”は無いのです。

そう云えば、以前、“手打ち”ではなく、“腕打ち”と表示していた“そば屋”がありました。云われてみれば、手打ちよりも腕打ちの方が適切な表現かも?

それにしても、この商品サンプルは、


もう、すでに、役割を終えて、別の次元に到達しています。お品書きを貼って置くだけの方が、ずっと、ずっと、イイと思います。


商品サンプルは“平家落人民俗資料館”に展示しましょう。


冗談はさておき、そろそろ宿に到着です。


それでは、また来週。





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湯西川温泉 ⑤ “茅葺き”と“鉄板葺き”に思うこと

2013年06月12日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

橋が見えたので、河原に出られると思い、メインストリート?から外れて路地に入ります。この橋はかなり新しく、それなりのデザインで周囲の風景に馴染んでいます。


橋の上に出ると視界が開け、右手方向に予想外の風景が眼に入って来ました。川の畔に並ぶ古民家、一瞬、オッ!アレ?、と思いました。


一軒だけ茅葺き屋根、平家の落人村的な佇まい。これが、もし、すべての屋根が茅葺きだったら・・・、と、思ったりして。


茅葺きは葺き替え費用が高く付くので、瓦葺き風?鉄板葺き?それとも、もしかしてチタン葺き?に変わってしまったのです。鉄板葺きの家は現役ですが、茅葺きの家は現役を引退していました。


鉄板葺きは、見たところ最近改修工事を行ったようです。文化財に指定して茅葺きの改修費用をそれなりに支給して、茅葺きの風景を残せなかったの?

市にも、県にも、財政的な余裕がなかった? まあ、このご時世です、そんな余裕のある自治体などある筈もなし・・・。でも、しかし、茅葺き屋根にそれなりの価値を認めていれば、予算付けの順番を変えることも可能では? 

観光協会に政治力がない? 地元に有力な議員が居ない? そもそも茅葺きには未練がない?それは、それで、イイと思います。

何が、何でも、観光地だからと云って、観光客目当の町造りでは、とてもおかしな事に、なったり・・・することも、あったり・・・しますから。 

通りがかりの旅人が、橋の上から家並みを眺めつつ、勝手な事を考えたのでした。そもそも、茅葺きの家は住み心地としてはあまり良くない? 

兎に角、それで、右手方向から、左手方向に眼をやると、こぢんまりした温泉旅館が、


新緑に囲まれ、渓流が手に届くような露天風呂。かなりイイです! これぞ、山の温泉宿です。


遠くには吊り橋が、


目の前には藤の花、もう、癒されてしまいます。


石畳の遊歩道に降ります。

橋桁の鮮やかな“錆止め色”を眺めつつ、周囲の色彩に対して、アクセント効果があるような、ないような、良いような、良くないような、かなり微妙かも・・・、何て、温泉旅行に来て、橋桁の色に想いを馳せたりしたのです。


こちらは、どうも、現役を引退したように見える?温泉ホテル。


そろそろ、この辺で、温泉街の探索は終了し宿に引き返します。

それでは、また。


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湯西川温泉 ④ 案内図は拘りのサイン

2013年06月10日 | 旅の話し
先週からの続きです。

いよいよ宿に到着です。チェックインは3時半の予定でしたが、小雨がぱらつく天候の為、予定していた観光スポットは通り過ぎ宿に直行、30分早い到着となりました。

まぁ、ホームページで見た通りの宿です。宿の全景写真に“夜景”を掲載していたのでちょっと心配していたのです、でも、しかし、昼間の全景との落差はありませんでした。


“夜景”を使うのは、一般的に“ボロ隠し”を疑われます。飛騨高山の“合掌造り”の宣伝写真は、夜景で、しかも、雪景色が定番になっています。見られては、見えては、イケナイ!ボロを隠しのテクニックです。

チェックインを済ませ、ロビーでお茶を頂き部屋に案内されます。


窓の外は眼下に渓流、新緑に染まる山、新緑の中にうす紫の藤の花。なかなかの眺めです。


連れ合いは“お茶うけ”を頂いております。わたくしは甘い物は食べられません。時々、アンパンが食べたくなります。


夕食は7時です、時間はタップリあります。一人で温泉街の探索に向かいます。平日の為か閉館しています。まあ、こういう処は開いてても入りません。料金500円です。


我々の宿は端っこで、中心街?を目指します。ガードレールがひん曲がっています。


この辺りも山間地のフツウの風景。


山の温泉地は危険な処にあります。危険な処は自然が豊かなのです。


温泉旅館がありました。道路から玄関への導入部にいろいろ工夫がされています。


元はスナックだった?


周辺観光“サイン”ですか、外来語の一般的でない使用方法です。間違いとも言い切れませんが、適切とは思えません。

案内の略図ですから、素直に案内図とか、観光マップとか・・・、他に表現の仕方があるのに、と、思ったりして。これって、都落ちした平家の末裔的な拘り?


それで、周辺の温泉地と湯西川温泉の位置関係をを確認し、


湯西川温泉の全体像と、我が宿の位置を確認し、そうか、そうかと納得。


ラーメンもナポリタンもある温泉地の喫茶店、寂しげで、それなりにイイ風景。


ここら辺りから、それなりに温泉地の風景。


こちらは、最近新築したと思われる“おみやげ屋さん”です。店内にも、店外にも、人の気配は無し。土日、祝祭日だけの商売。


こちらもおみやげ屋さん、それなりに商売は成立するようです。


こちらのお宿、それなりの佇まい。


路地の間から橋が見えたので行ってみることに。こちらの宿、本日5組みのお泊まり。


本日は、ここまでとします。


それでは、また。



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湯西川温泉 ③ ニホンの行く末に想いを馳せる?

2013年06月07日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

東北道を“宇都宮IC”から日光宇都宮道路に入り“今市IC”で降り、鬼怒川、川治、と北上して湯西川に入る予定でした。

でも、しかし、“タンクローリー事件”で日光宇都宮道路を見失い“西那須野IC”で降り、400号線を西に走り、121号線を南下し湯西川に向かっています。


五十里湖の畔“道の駅湯西川”でトイレ休憩です。この辺りから小雨がパラツキ始めました。


休憩所の前には最近お馴染みの“足湯”がありました。今晩はタップリ温泉三昧ですから、こんなところで、足だけを温泉に漬けてたところで・・・なのです。

※携帯写真でピンボケ

それで、ここまで、予定外のコースを辿っての湯西川、わたしの頭のなかは、現在位置も、全体の位置関係も、何が?、何だか?・・・???状態なのでした。

鬼怒川、川治、五十里湖までは2~3度来ていますが、ここから先の湯西川は未知のコースです。今、地図でみると、もう、湯西川温泉へは一本道で着いたようなものです。でも、この時は、距離感も、方向感も、まったく無いのでした。

都賀西方PAから、ずっと、ずっと、姪の旦那の後に着いて行くだけで、自分の判断で走って居ないのです。すべてにおいて、他人に判断を任せてばかりいると、頭は確実に馬鹿になるのです。

暫く走ると、また、


道の駅?的な建物。でも、しかし、道の駅ではないようです。


小雨の中、一応、確認のために、私だけ降りて、辺りの様子を確認。吊り橋があったので、一応、渡ってみました。付近の住民の為にある“生活吊り橋”ではなく、観光地によくある“観光吊り橋”でした。


それでこの施設を調べてみたら、温泉浴場、食堂、売店、そば打ち体験室、パン工房、多目的ホール等々、いろいろある“湯西川水の里・くらし館”と云う名の施設です。

観光施設と、地域住民の集会所的施設の両方を兼ねているようです。観光施設は入場に500円の料金を取られます。外には足湯もあり、こちらは無料です。

この日は、広い駐車場には他の車は2台で、閑散としていました。土日はそれなりに賑わうのかも知れません。

それと、吊り橋からふり返って撮った写真ですが、ちょっと見づらいのですが、道路を隔てて、一戸建てと集合住宅が、それなりの数?で建っていて、それなりの住宅団地がありました。


山の中に突然現れた、周りの景観とはかなり隔絶された“新興住宅地”、集合住宅も、一戸建ても、同じような時期に建てられたと判断できる、同じ色彩、同じデザイン、同じ新しさで、人の匂いを感じない一画です。

調べてみたら、湯西川ダムによって水没した住民の為の代替え住宅でした。日帰り温泉施設も、ダム建設に協力した事に対する補償処置のようです。

ダムが建設に協力すると、それなりに、道路とか、トンネルとか、観光施設とか、いろいろなメリットがあるようです。

ダム建設は、防災とか、水資源とか、発電とか、その必要性は、それなりに計画当初にはあったのですが、計画から施工までの期間が、とても、とても、長すぎて、完成する頃には、世の中は様変わり、何て、事が、しばしばです。

川俣ダム、五十里ダム、湯西川ダム、この一連の開発は、そも、そも、大正時代に遡るようです。最後?の湯西川ダムが2年前に完成し、鬼怒川水系水資源事業計画は終了したようです。大正、昭和、平成を跨いでの長期事業でした。

観光客の物見遊山には、広く真っ直ぐな道路、その為のトンネルは便利だし、ダムで堰き止められ出来た人造湖、ダムの景観、ダムからの放水等々、観るのはそれなりに楽しいのです。

でも、しかし、なのです。右肩上がりの経済成長は終わってしまいました。ツケは誰が払うの?なのです。単なる経済循環であれば、もう、そろそろ、経済は停滞期から発展期なのですが、どうも、そうではないようです。

ホント、小雨降る鉛色の空の下、立派なダム、立派な道路、立派なトンネル、立派な観光施設等々を眺めつつ、物見遊山にも関わらず、日本の行く末に想いを馳せたりしたのでした。

今日は、ココまで。

湯西川温泉の宿は、もう直ぐです。

それでは、また。



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