夢地蔵

田舎の映像作家の備忘録

長年映像に関わっていると貴重な資料があります

2019-08-02 20:39:41 | Weblog
私は本職ではないとはいえ本当に長い間映像に関わってきました。始まりは高校生だった弟がバイトで稼いだ金で8ミリカメラと映写機を買った時、昭和45年のことです。弟が撮ったフィルムを映写機で見た時の感動は忘れられません。以来、弟より私が8ミリに夢中になっていました。昭和50年(1975年)には仲間を集めて自主映画まで作りました。
その後、将来は本格的な映画を作ろうと16ミリにも手を出しました。が、2分40秒の100フィートフィルム一本をカラーネガで撮ってラッシュプリントを編集、更にネガを編集しポジにプリントする工程で万単位の金がかかるので途中で挫折。でも夢はあきらめられずに今度はビデオに転向し今に至っています。
ビデオは平成に入ってからですからすでに30年以上やっています。その間様々なカメラを手に入れ、本も買いあさりました。それが今になって貴重な資料です。

写真工業出版社 ビデオ技術マニュアル 昭和62年4月1日第5刷

私のコレクションの一台Ikegami HL-83についても記事があります。






仕様も詳しく記述してあります。


次はHL-79D。名機と言われる79Eの前の機種です。








この本の中に「ドラマのロケ」と注釈のついた写真がありますが使われているカメラはまさしくHL-79D。


こんな本もあります。

写真工業出版社 ビデオシステムと機材 '92~93

私の手元にあるソニー BVU-150が載っています。価格は\1,000,000


古い本は大事にしておくものだとつくづく思います。いつか必ず役に立ちます。

8ミリに夢中になった70年代は当時の「小型映画」を毎月のように買っていました。それはまとめて友人に寄贈したのですが、わけあって私の手元に戻ってきました。現行の「ビデオサロン」の前身でアマチュア向けの月刊誌で正直なところあまり役に立つ内容はありませんが、


これは1971年8月号。


面白いのが広告です。当時最新型の8ミリカメラの広告。裏表紙にはフジカシングル8 Z600,450,400が掲載されています。


8ミリカメラと8ミリビデオが区別出来ない世代がいる反面フィルムを使わないカメラが理解出来ない高齢者もいる昨今、隔世の感ありです。
今日は公開するような事は何も無いのでこんな記事でお茶を濁します。

追伸;今日、TBSの「ひるおび」で八代弁護士がとんでもない発言をしました。リアルタイムでしっかり見て唖然としました。「朝日は反日」って、ついに本性が出ました。

明日と明後日は地区の行事でつぶれるのでブログはお休みです。
コメント
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