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ミュンヘンなんて、どこ吹く風

ミュンヘン工科大留学、ロンドンの設計事務所HCLA勤務を経て
群馬で建築設計に携わりつつ、京都で研究に励む日々の記録

ひかり

2005-10-25 03:27:33 | ミュンヘン・TUM
かいくんとメンザで昼飯を食ってからCAADルームへ。
先日もらったアカウントでパソコンを起動し、CAADルームのHPのヘルプを見てプリンタの使い方を調べる。どうやらこちらも事前に窓口へ行って相応の金額をチャージしておく必要があるようだ。というわけで今日は使えない(窓口は午前中で閉まってしまうのだ…)。

三時からホールデンの講義に出席。
初学者向けの講義らしく、「建築とは?」という感じで始まった。ヨーロッパでは建築の学習を、まずシェイプ(カタチ)の問題から始めると聞いたことがあったが、まさにそういう講義だった。ホールデンはまず自分のことを“建築とプロダクトのインテグレイトを志向しているイギリス人建築家”であると自己紹介した上で、私は英語で講義をさせてもらいます、といういつもの弁明をした。「建築は国際的な仕事なので、君たちも偉大なる建築家を目指すならば世界語=英語を使えなければならないからだ」とその理由を説明。さらに、「偉大なる建築家を目指すならば、小さなものから大きなものまでスケールを横断する感性が必要である」とホールデンは続ける。ペーパークリップの中にも摩天楼の中にも、“美”を見出すことができなければならない、と。そしてホールデンは薄いブルーを基調としたパワーーポイントを起動し、「ディメンション(次元)」というキーワードを使って講義を始めた。ファーストディメンション(一次元)はライト(光、軽い)である。なによりもまず最初に光のことを考えなければならない。次に二次元=ダイアグラムである。そして三次元=建築空間がくる。さらに“三次元を超えた”建築(I.M.ペイ、コープ・ヒンメンブラウ、ら)をいくつか提示して今日の講義は終了。「人間の目は左右に並んでいるので、水平連続窓が自然なのだ」とか、「美は右脳と左脳両方で考えるものである」とかいう言葉が印象的だった。ホールデンは水曜日の夜にロンドンの事務所に帰り、月曜の朝にまたミュンヘンに戻ってくるのだという。終始、冗談をとばしながらの講義。陽気な人なんだなあ。

ドイツ語超初級講座に出てから寮に戻る。
今日はアルファベットの読み方と数字の数え方を覚えた。晩飯はくろさかくんにレバニラ炒めをご馳走になる。炊き立てのご飯がおいしい!さすがコシヒカリ、輝きが違う。今日はこれから明日のプレゼンに備えて資料づくり。
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少年はチェコとの国境で

2005-10-24 07:08:54 | ミュンヘン・TUM
MUSEUM-LICHTSPIELE

朝起きて、まずメールチェックなど。
その後は火曜日のプレゼンに向けて資料作りにいそしむ。いろいろと興味深い事実がわかってきた。あとはそれをどうやってまとめるか。

気分転換がてら、夕方からくろさかくんと映画を観に行く。
前夜にミュンヘン市内の映画館情報をインターネットのサイトイン・ミュンヘンで調べて、僕が選んだのは「Grenzverkehr(直訳すると「国境往来」)」という映画。短い解説によれば、一種のロードムービーで、コメディーらしい。バイエルン州出身の四人が登場して、チェコの売春宿で何か騒動が起こるらしい。ドイツ語が聞き取れるとは思えないので、せめてロードムービーなら景色見るだけでも楽しいかなと思ったのである。小雨の振る中、イザールトアー駅近くの小さな映画館MUSEUM-LICHTSPIELEに入る。

本当に小さな映画館。
カウンターの向こうでは男女の従業員がじゃれあっている。何度かハローと話しかけてやっとチケットを売ってもらう。一人6.5ユーロ。安い。トイレを済ましてから3番スクリーンに入る。40席くらいの映写室には10人ちょっとくらいが座っていた。ポップコーンをほおばる女の子。コーラを片手に大声で笑うおじさん。足を前列の背もたれに投げ出して座っている人もいる。“映画で観たことあるような”外国の映画館そのままな雰囲気。本編の前に20分くらい予告編(ほとんどがローカルなコマーシャル)があって、そのあと10分くらいの間があって(フィルムを入れ替えてた?)、ようやく本編がスタート。バイエルン(たぶん)の風景をバックに、バイクの轍に乗せてキャストが紹介されていく。カメラは教会の墓地を俯瞰したあと、聖書の一節を口ずさむ少年三人に寄っていき、BGMがやがて主人公の口ずさむ鼻歌とシンクロしていく。なんだかおしゃれ映画な予感。

主人公は冴えない少年。
ナンパをしてもうまく話が切り出せなかったり、プールに行っても仲間に入れず卓球やってしまったり、合コン旅行のメンツに入れなかったり、お母さんに毎朝部屋の中まで起こしにこられたり。そんな日常を変えたいと願うものの、同じく冴えない友達たちとつるんでは欲求不満を募らせる毎日。しかし、亡くなってしまった一人の友達(兄弟かも)が遺した一冊の漫画本を手にしたとき、彼に妙案が浮かぶ。その漫画本には所狭しとエロ情報が切り張りされていたのだ。亡くなった彼がなしえなかった童貞喪失を俺らがやってみよう。そうすれば何かが変わるはずなんだ!友達を誘い、親に嘘をついて、彼ら三人はバイクにまたがり一路チェコとの国境を目指す。そこに一大売春宿スポットがあると、友は漫画本の中に情報を遺していたのである。
国境を越えてチェコへ向かう途中、身ごもった子の父親を訪ねてミュンヘンまで行こうとしている妊婦アリシアと出会う。彼女はチェコ側からドイツ側へ国境を越えようとしているのだが、ドイツからチェコに行くのと比べて警備が厳しいため、彼女は国境で追い返されてしまっていたのである。衣服と食料が買えるところを教えてもらう代わりに彼女をバイクに乗せてあげる一行。しかし、そのままミュンヘンまで連れて行ってほしいと頼まれると、まだ家に帰りたくない彼らはそれを拒否したため、彼女はどこかへ去っていってしまう。
さっそく売春宿めぐりをする彼らだが、どこも“はずれ”。ほうほうの体で逃げ帰ってばかり。意を決して入った場末の宿もぼったくりで、主人公だけは奪われるようにして童貞を喪失できたものの、身包みはがされて放り出されてしまう。あとに残るのは虚脱感だけ。なんとか奪われずにすんだ銀行のカード(ドイツ銀行だった)もチェコのATMでは使えず。行くあてがなくなり、しかたなくアリシアを頼る三人。
奪われたバイクを取り戻そうと四人で再びぼったくり売春宿に忍び込むが、あえなく見つかって四人とも囚われる。彼らは国境線上で商売をするマフィアで、三人のパスポートをバイクと共に不法入国者たちに売り渡してしまう「何か聞かれたらただジャーマニー!と答えるんだ。それだけでいい」。囚われの生活の中で四人の絆は深まり、アリシアは三人に打ち明ける。本当は自分も売春婦で、身ごもった子の父親も誰かなんてわからない。ミュンヘンはただ憧れの場所だったから行ってみたかっただけなのだと…。
隙を見て四人は脱出を図るがアリシアだけが捕まってしまう。かまわずに夢中で逃げる三人。主人公はアリシアを見捨てることはできないと一人引き返すが、猟銃を向けられ退散。二人に追いつき助力を求める。そこから先は少年三人によるドタバタのアリシア奪還劇が繰り広げられ、なんとか車を奪って四人は脱走に成功する。しかし、そのときアリシアに突如陣痛が…。
慌てて車を止めた一行は、図らずもアリシアの出産に立ち会ってしまうのであった。出産についての知識をまくし立てながら、現実の出産風景を見て卒倒してしまうメガネの少年。アリシアを落ち着かせてやりたいがどうしていいかわからず、せかせかと歩き回りながらとにかく知っているありったけの歌を歌いまくる大柄な少年。ただアリシアのそばについて、息を整えさせながら手をしっかりと握ってあげる主人公。そしてついに赤ん坊が!夕焼けの空に「おぎゃあ、おぎゃあ」と赤ちゃんの鳴き声。緊張で汗だくになりながら、生命の神秘を知る三人。
赤ちゃんを抱きかかえるアリシアを主人公がやさしく抱きしめながら、四人はバイエルンに帰ってくる(バイエルン州だが、ミュンヘンではなく田舎の小都市であるところが、またニクイ)。心配し通しだった家族と再会する三人。お母さんにべったりだったメガネの少年は少し大人に。「そうだよ。僕が運転してここまで帰ってきたんだ。無免許運転なんて知るもんかい!」(台詞は聞き取れなかったので想像です)。逆に、今まで父親に反抗していた大柄な少年はまっすぐに父親に抱きつき、父親はうなづいて強く抱き返す。主人公はアリシアと赤ん坊を家族に紹介する。驚く家族たち。「お前の…子なのかい?」
場面は変わり、乳母車を押して楽しそうに街を歩く三人。他人の視線を気にしておどおどと生活していた彼らの姿はそこにはなく、自分に自信を持って堂々と生きる彼らの姿がそこにはあった。今まで彼らを無視し続けた周りの友達たちも、思わず彼らを振り返る…。

帰りはマリエンプラッツのアウグスティナービアホールで飲んでから寮に戻る。
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take me to...

2005-10-23 08:11:11 | ミュンヘン・TUM
ホールデンスタジオのショートリサーチでfuturo hausについて調べている。
futuro hausは1968年にフィンランドの建築家Matti Suuronenが開発した。彼はこれ以外にもいくつかのプラスティック住宅を設計しているようだ。futuro hausは若者向けの週末住宅として商品化され、プレイボーイ誌などで大々的に紹介された。しかしオイルショックの影響によって大量生産体制が整わず、実際に建てられたのは世界中でわずか40戸程度らしい(それでもフラーのウィチタハウスに比べれば随分建ったもんだ)。日本でも二棟建てられたとのこと。そのうちの一棟は今フェリカという建築の専門学校に建っているらしい(年二回公開するらしい)。その奇抜な外観(まんまUFO)に気をとられてしまいがちだけど、その材質(高分子材料)であるとか、その重量(ヘリコプターで運べる)であるとか、その内装(家具は備え付け)であるとか、マーケティングの方法(積極的なマルチメディア展開)であるとかが、今回のスタジオ課題にヒントを与えてくれると思われる。
take me to your futuroというサイトのPhoto Galleryが充実している。

そういえば、今思い出したのだが、ボック先生は夏休みに学部の1、2年生向けに“建築構造”のワークショップを開いているらしい。それは「身近に手に入る道具・材料を、各人のバックパックに入れられるだけ持ち寄って、公共交通機関を使ってその場所まで運び、決められた時間内で、グループメンバー全員が収まるだけの広さを持った、シェルターをつくる」というものらしい。

AUSMIPギャラリーを更新。
アルバムをdaysとeventsとarchitecturesに分けて、それぞれに写真を追加。
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その必要はない

2005-10-22 23:10:31 | ミュンヘン・TUM
FUTURO HAUS

のんびりと目を覚まし、寮の周りをすいすいと散策。
テンゲルマンに行ってマヨネーズ、アルミホイル、冷凍ピザ、野菜ジュースを購入。レジの人に何か話しかけられたが、よくわからないので「必要ないです」とだけ答えて去る。たぶんポイントサービスか何かだったと思う。陽射しがポカポカしているので、キックしているとけっこう汗が出てきた。

ビールグラスを洗いながら、共用キッチンのゴミ箱を何気なくチェック。
昨日誰かが一階の共用ゴミ集積所に捨ててきててくれたようで、昨晩見たら空になっていたのである。良い機会だと思った。ちなみに今までの現状は、とにかく空いてるところ(大・大・小・小と四つに仕切られている)にみんなぽんぽん放り込むので分別も何もあったものではなかった。なので、分別がわかりやすいように、昨晩のうちに代表的なゴミをあらかじめ分けて入れておいたのである。生ゴミと紙ゴミは大。燃えないゴミは小に入れて、もう一つの小は空けておいた。しかし、一晩たって早くもゴミ箱は悲惨な状況になっていた。すべてのゴミ箱にタマゴの殻が入っているじゃないか泣!もっときちんと明文化したほうがいいのだろうか?などと考えていると、思わず手がすべりビールグラスを割ってしまった。

割れたビールグラスはどこに分別すべき?
それを確かめようと、一階の共用ゴミ集積所に行ってみる。鍵を開けて中に入ると、ひんやりとした空間に大きな金属製のゴミ箱が四つ。「紙」「その他」「その他」「その他」…そんな、まさか!同じ棟のもう一つの集積所にも行ってみる。「紙」「その他」「その他」「その他」…がっくり。隣の棟のゴミ集積所にも入ろうとしたら鍵が合わなくて入れなかった。念のため「紙」と書かれた箱の中を覗いてみると、どうやらぺらぺらとしたまさに文字通りの「紙」のみがそこに入れられるらしい。おとなしく「その他」の箱に割れたビールグラスを入れ、部屋に戻る。

ちょうどピザが少し焦げ始めたところだった。
アルミホイルとピザの空箱を、迷わず一緒に“大”に捨てた。そのほうが僕だって気楽です。うん。
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ボック先生に会う

2005-10-22 06:19:59 | ミュンヘン・TUM
目が覚めると昼の12時。
疲れがたまっていたらしい。寝すぎた。でもそのおかげで久しぶりにすっきりとした目覚めを得る。

キックボードを蹴りながら、かいくんと大学へ行く。
今日はボック先生に挨拶に行く約束をしていた日。昼飯を食べてから行こうとしたら、メンザはすでに営業終了。しかたなくカフェテリアに行ったがこちらも閉店間際だったらしく、従業員の視線を感じながらそそくさと食べた。
ボック先生の研究室に行き扉をノックすると、スタッフらしき人が顔を出す。「ボック先生はいらっしゃいますか?僕らは日本から来たAUSMIPの交換留学生です」「ボック先生はいるよ。でも今はミーティング中ですよ。君たちアポイントメントは取ってあるの?」「今日お会いする約束はしているのですが、時間はきちんと決めていませんでした」「あと二時間くらいで終わると思うから、その頃また来てもらってもいいかな?」

図書館で時間を潰す。
OPACで蔵書検索する方法がわかったので、気の向くままにキーワードを入れて収蔵図書を調べてみる。僕がホールデンスタジオのショートリサーチで調べるfutoro hausは一件。Detail誌の別冊『ファサードアトラス』に記述があるらしい。Reyner Banhamは多数ヒット。ドイツ語に翻訳されているものもあるが、英語版も置いてあるようだ。『巨匠たちの時代』『コンクリートアトランティス』『第一機械時代の理論とデザイン』『メガストラクチャー』『環境としての建築』など。ただし、検索して収蔵されていることがわかっても実際に手にするのは至難の業。中には教授の研究室に保管されているものもあるようで、指定された本棚で探しても見つからないことがあった(かいくんが図書館の司書さんに聞いたところによると、現在図書館に無い本には検索結果にその旨コメントが付いてくるらしいのだが、ドイツ語なので読めず)。鈴木博之先生とバンハムが共著した日本の建築についてのアンソロジーも所蔵しているようだが、見つからず。残念。
『ファサードアトラス』の該当部分をコピー機で印刷することに。どうやらfuturo hausは高分子材料(ポリなんとか)を使った建築の項に分類されているらしい。スティーブン・スピルバーグのような風貌の人がコピー機を占領して大量にコピーしていたので後ろで待っていたら、「まだ時間かかるので先に使え」みたいなジェスチャーをしてきたので、「印刷箇所は少しだけなので先にやらせてもらいます」というジェスチャーをしてから割り込みで使わせてもらう(使い方がわからなかったので教えてもらいながら)。「ダンケシェーン」

再びかいくんとボック研の扉を叩く。
今度は最初にボック研に行った日にあった男の人が出てきて、「ドイツ語話せる?あ、だめ?英語?ええと、ボックセンセイハ、イマ、ホカノヒトトハナシテル。ナカニハイッテ。スコシマッテテ」中に入るとボック先生が学生と話している。「ちょっと待ってて。そっちで待ってて」ボック先生、普通に日本語しゃべってる!見た目はジャン・プルーヴェに似ている。

しばらく待つとボック先生が手招き。「こっちで話しましょう」
自分たちの自己紹介をして、お土産を手渡す。「ボック先生は日本酒が好きだと聞いていたので珍しい日本酒を買ってきました。よかったら試しに飲んでみてください」「おお、お土産なんて持ってこなくてもよかったのに。僕は二人に何もお土産ありませんよ。私はお二人がお金持ちじゃないこと知ってます。それに日本から持ってくるのは重かったでしょう。かわいそうに。ありがとう」ボック先生は僕らのミュンヘンでの“研究生活”を心配してくれているらしい。「こっちではホールデン先生の研究室を選んだと聞きました。あなたは鈴木先生の研究室?ああ、私も東大で鈴木先生の授業を受けました(注 ボック先生は東大の内田研出身で、まつむらせんせいと同期なのだ)。ということはあなたの研究は歴史ですよね?歴史の先生でなくて大丈夫なのですか?日本に帰ってからの研究に差し支えませんか?」僕が、歴史だけでなくデザインにも興味を持っていることや、もともとイギリスとドイツの建築に興味を持っていたことを告げると、「ああ、それならホールデン先生がぴったりです!」。僕らが二人ともサステイナブルビルディングを大きな研究テーマとして掲げていることを伝えると、室内環境制御を研究している設備の先生を紹介してくれた。せっかくなので歴史の先生の名前も教えてもらう(その先生の専門は19世紀のヨーロッパ建築らしい)。

ボック先生の実験室(というより実験棟)も案内してもらう。
建築の先生で“実験室”を持っているのはボック先生だけらしい。体育館くらいはありそうな大きな建物。ボック先生は「日清のインスタントカップヌードルのように“誰でも”“簡単に”“すぐ”つくれるような建築構法」を研究しているのだという。そして考え付いたアイデアをすぐカタチにできるように、大学から大きな実験室を用意してもらったのだという。なんだか本当にジャン・プルーヴェのようだ。自ら開発した天井張りロボットや、電気もガスも水道管も通せるユニバーサル設備アダプター、宮大工と共同で発明した木造架構の新しい継ぎ手、などなどを紹介してもらう。かいくんがジョイントに興味を持っていることを告げると、「それなら私の研究室で研究してはどうですか?私は新しいジョイントの開発をしたいと思っています。でもホールデン先生のスタジオを選んだなら、きっとそれどころではなくなるでしょうね。まあゆっくり考えてみてください」いつでも困ったときは連絡してください、という心強い一言をいただいてボック先生と別れる。日本に興味を持っている学生とパーティを開く予定もあるらしい。

ドイツ語講座中級に出るかいくんと大学で別れ、キックボードで街を散策。
大学から中央駅まで、寄り道をしながら疾走した。歩いていたときとは街の見え方が違う。街を見る“スピード”が見え方に影響を与えていることを体感した。思ったとおり道路は舗装されているので、キックボードは快適である。中央駅からはU2に乗って寮に帰る。電車は日本より広々としているし、簡単に折りたためるので邪魔にならない。あとは、電車の中で同じくキックボードを持った“子供”と居合わせてしまったときの気まずささえ解消できれば、怖いもの無しである。晩飯はパスタ。ソースからつくろうとしたら久しぶりに大失敗。素直に市販のパスタソースを使っておけばよかった…。
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モビリティ確保

2005-10-21 04:12:53 | ミュンヘン・TUM
FRANZ MARC @KUNSTBAU & LENBACHHAUS

かいくんと大学へ行って、CAAD室利用のためのアカウント取得手続き。
すでにWEBページのフォームから申し込みはしてあったので、発行されたパスワードを書面で受け取るだけ。これでいつでも24時間自由にCAADのパソコンとプリンタ(有料)が使えるようになった。

ホールデンの研究室に行って秘書さんにスイス研修旅行の代金を手渡す。
来週末から4泊5日でスイスのチューリッヒとクールへ。レンゾ・ピアノやノーマン・フォスターの作品見学も日程に含まれている。研究室を出た後も外のショーケースでホールデンスタジオの過去の作品をじっくり観ていたら、たまたま通りかかったスタッフさんが「ホールデン先生はすいぶん君たちからリスペクトされてるんだなあ!」と驚いていた。僕らなんだかんだで毎日ここに通ってるからなあ。

図書館に寄ってスタジオのショートリサーチに向けて資料探し。
TUMの図書館は蔵書数は充実はしているのだけど(日本で出版された本もけっこうある)、禁帯出の本ばかりだし、たとえ禁帯出でなくても貸し出し期間が一日だけだったりするので不便。平日は24時まで開館しているので、ここで読めということか。

少し早いけどメンザで昼食にする。
日替わりで露店が出ているロビーには、今日はクラシックのコンサートチケットを売るおばさんがいた。5公演聴けるチケットが学生限定で11ユーロとのこと。演者とかにこだわれるほど知識はないけど、「バイエルンでもっともすばらしいコンサートホールで聴けるんですよ」という売り文句がなんとなく怪しかったので遠慮しておく。でもそろそろコンサートか演劇は観に行きたいなあ。

大学の近くにあるLENBACHHAUSとKUNSTBAUにFRANZ MARC展を観に行く。
何の予備知識もなく入ってみたのだけど、素通りできないような“引っ掛かり”を持った作品だった。作者は第一次大戦の頃を生きたドイツの画家で、36歳の若さで亡くなったらしい(戦死?)。仮設の共通チケットボックスで入場券を買う(学生は5ユーロ)。描き始めた初期の頃は、正面から視線をずらしたうつむき加減や横向きの家族の肖像。だんだん動物(家畜や動物園の動物)の絵が増えてくるが、それらもほとんどが眠っているか、寝転がっているか、死んでいるか、あるいは生まれたばかりか。死んだツバメの一連のスケッチには、命を落とした動物への愛護というよりも、死そのものへの興味のような鬼気迫るものを感じた。解体されようとしている牛の絵もあった。死の3年前くらいから極彩色の絵を描くようになり、モチーフは動物に絞られる。ポリゴンのような、簡略化された図案が、派手派手しい背景の中に溶け込んでいる。描いたというより、そのカタチになにかを削り取ったといった方がしっくりくるような。ドイツでは第一次世界大戦が始まろうとしていた。

かいくんとマリエンプラッツをぶらぶらして、教会裏のアイリッシュバーに入る。
ハンバーガーとアイリッシュビール(ギネス)を注文。アイリッシュパブといえばライブ演奏はつきものだと期待していたのだけど、もう少し夜が更けてからライブは始まるらしい。開店直後で機械の調整中だったのか、ジュークボックスのBGMさえ途切れ途切れ…。ビアホールとは明らかに違う客層が新鮮。隣の席のレゲエ風女性が「そのハンバーガーおいしい?私、ドイツではおいしいハンバーガーに当たったことないのよ」みたいな感じで話しかけてきたりした。

図書館に戻るかいくんと分かれてから、デパートで“移動用具”を物色。
寮や大学の周りを探索しようと思っている。自転車はずっと探しているのだけど、どれも高い。かといってインラインスケートはナシだなあ(こっちでは時々見るけど)。というわけで、“ヨーロピアン”マイクロモビリティを実践するために、マイクロ社のキックボードを購入(メイドインスイス)。日本では子供のおもちゃで終わったけど、こっちでは大人でも乗っている人をたまに見る。ちょうど「これくらいの値段であったらいいのになあ」と思っていたくらいの安価なものを見つけられた。街が平坦でほとんどの歩道に自転車用の舗装された道が付随しているこっちの都市ではこういうのが重宝しそう。建築批評家レイナー・バンハムはモールトン社のミニバイクを好んで愛用したという。だからそれに対抗し、というわけでもないけれど。あの有名な、バンハムがモールトンに乗っている写真のように、僕がマイクロのキックボード(正確には三輪のものをキックボードと呼ぶらしいので、僕が買ったのはスクーター)に載っている写真をかいくんがそのうち撮ってくれると思います。(でも本当は、モールトンの次に来るのは、使う場所も使う人も選ばないユニバーサルデザインなセグウェイ/ジンジャーだと僕は思う。今はまだ高すぎて買えないけど)

寮に帰ってメールチェックすると日本のかわしまくんからうれしい便りが。
あまりのうれしさに、真夜中にもかかわらず彼に国際電話をかけてしまった(そして母にも)。今後の詳しい情報、続報が楽しみである。

今日くろさかくんが炊飯器を買ってきたので、晩飯にご飯をご馳走になる。
僕がデパートで買った「おとなのふりかけ(のりわさび)」を振りかけて食べる。こっちは空気が乾燥しているせいか、ご飯はすぐに固くなってしまうようだ。くろさかくんは5合炊いたらしく、余った残りを三人で分けた。冷凍庫に保管する。炊飯器購入費と米の購入費を折半するため、白米同盟を広げようとくろさかくんと計画しているところです。意外に、隣の部屋のアメリカ人が加わってくれたりして。
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遠慮しないで

2005-10-20 03:54:19 | ミュンヘン・TUM
MENSA of TUM

今日はホールデンスタジオの第一回合同ミーティング。
朝10時。ホールデン研の向かいの作業室に、ホールデンの二つのスタジオの履修者が一堂に集まる。朝からドイツ語講座に出ていたかいくんともここで合流。東工大から留学している二人もホールデンスタジオにしたようだ。超初級ドイツ語講座で知り合ったイタリア人のギドもいた。どうやら今日は八時半からここでホールデンの講義があったらしい。すっかり忘れていた(どうせ起きれなかったと思うけど)。午後からその講義に付帯する演習があるというので登録させてもらう。来週からは早起きしてちゃんと出よう。椅子に座ってしばらく待っていると、ホールデンが登場。「そろそろ始めてもよろしいですか?」と確認し、スタジオの説明が始まった。

僕らが履修する「e-ch(ヨーロピアンコンセプトハウス)」は、オランダのデルフト工科大学との共同プロジェクト。デルフト工科大学では五カ年計画でやっているプロジェクトらしく、すでにマーケットリサーチまでは終わっているらしい。デザインはまだ始まっていないので僕たちが先鞭をつけるのだという。とても重要な課題になる、彼らにグッドと言わせるように頑張ろうとホールデンは言っていた。12月にデルフト工科大学の人とミーティングをするらしいのだが、今はまだ自由な発想の余地を残してはじめてみよう、とのこと。そして、ホールデンのヨーロッパ観、および彼が考える“ヨーロッパ的なるもの”のプレゼンテーションが始まった。僕が終始興奮していたのは言うまでもない。ホールデンのしゃべることを一字一句逃すまいと必死にメモを取った。まず、“ヨーロッパ的なるもの”を生み出した地理的条件から話は始まった。

【Horden】
ヨーロッパには入り江が多い。それらの入り江を介して国と国が隣接している。近いから行き来が簡単で、近いからいがみ合うこともある。そうした国と国との衝突の機会が多かったことが、ヨーロッパが急速に成長し得た要因になった。その地理的条件がアメリカとの大きな違いである。また、各地域ごとに気候条件が大きく異なることが、多様な住宅スタイルを生み出した。“ヨーロッパは一つ(EU)”かもしれないが、住宅の形式は一つには決定し得ない。それがまたヨーロッパ建築を発展させる推進力になった。それもアメリカとの大きな違いである(アメリカはまったく同じ住宅を全土で大量生産した)。ヨーロッパはたくさんのワンダフルプロダクトを生み出した。今回のスタジオにインスピレイションをもたらすように、それらを紹介していこう。

ここでホールデンはエアバス(小ぶりの旅客機)とエスプレッソを並べてみせる。

【Horden】
これがヨーロッパである。ボーイングではなく、エアバス。スターバックスコーヒーではなく、エスプレッソ。アメリカや中国が巨大なものを作り出す一方で、ヨーロッパは、そしておそらく日本も、スモールでハイクオリティなものをつくることに長けている。私の友人は建築学科を出て今はエアバス機の開発に携わっている。その逆もありうるだろう。建築もプロダクトも、いまや“ベリークローズ(とても近しい)”なのである。

そしてホールデンは次々とヨーロッパの優れたプロダクトを写真で提示し始めた。

【Horden】
マクラーレン、アストンマーチン、ポルシェ、スマート、フォルクスワーゲンが開発した「the one litter car」(1リットルの燃料で100km走れる)、BMWが開発したヨット、コンコルド、スウォッチ、riva設計のモーターボート、boeschのモーターボート、rutan(ボイジャー宇宙船を開発した人らしい)設計の飛行機…。それらはすべて、ハイクオリティでスモールスケールでローエナジーである。エアバスの内装からはインスピレイションを感じる。ファニチャーと建築は長い闘争関係にあったが、これからはそれらのインテグレイションを考えなければならないのだ。

そしてホールデンの考えるe-chのコンセプトスケッチが提示される。
ホールデンは住宅を4層に分けて考えようとしているようだ。空との関係を考える「スカイゾーン」、人間(必ずしも住人だけとは限らない)のことを考える「ピープルゾーン」、生産や交通のことを考える「グラウンドゾーン」、そしてサービス(設備?)を考える地下のゾーン。地下のゾーンをいかにスマートにつくるかがコストを左右するから重要だ、という論はフォスターも言っていた気がした。ホールデンは地上の土地そのものは「そのままにしておくこと」と注文をつけた。坂道だろうとでこぼこだろうと関係なく建築が立てるように、そしてその場所のありのままの状態を建築が傷つけてしまわないように(つまりフットプリントは小さくということか)。ホールデンは建築に影響するであろう作用因子を列挙した。
nature/skyview/energy/wind/sport/transit/culture
そしてcaltureはnature/community/commerseにつながっていく。コミュニティとはつまり人と人が付き合うルール。コマースとはアートをも含む商業行為。その家に誰が住むのか。それは自由だ。でも彼らがどんなスポーツを好み、どんなペットを飼っているのか。それを抜きにして設計を始めてはいけない。とホールデンは言う。

最後にホールデンがe-chに近いと考える古今東西の住宅が紹介された。
坂茂の紙の家、ゾーベックのr128/r129、伊東豊雄のロンドンパヴィリオン、UNスタジオのmobiushaus、フューチャーシステムズのjosefkhouse/houseinwales、ジャンプルーヴェ、フラー、ファンズワース邸、落水荘…。そしてリチャード・ロジャースのzip up house計画案(1968)。時にそれらの建築にインスピレイションを与えたと思われるプロダクトデザインを参照しながら繰り広げられるホールデンのエキサイティングなレクチャーに、僕は釘付けになってしまった。

その後、アシスタントティーチャーからドイツ語で事務連絡があったあと解散。
僕らのようにドイツ語がわからない学生は、解散後にアシスタントティーチャーからもう一度説明してもらった。来週の火曜日までに、リストアップされた住宅から好きなものを一つ選んでショートリサーチをしてくるらしい。そして10分間のプレゼンテーションをするのだと言う。僕は「futuro house」にした(ちょうど日本を出る前に太田さんの読書会でこの建築のDVDを見せてもらったばかりだったので)。ホールデンスタジオは提出物はすべてA3サイズらしい。ホールデンいわく、それがもっともコンパクトで高性能だから(プリンタで出力しやすいし)。それから、来週末に二泊三日でスイスに研修旅行に行くらしい。値段は299ユーロ。その旅行中の余興として、地球儀の絵柄が描かれた10cm四方のサイコロのなかに各自“ヨーロッパ的なるもの”を入れて持っていくらしい。「あなたたちのようなヨーロッパを外から見ている人が、どんなものを持ってくるのか楽しみだわ」とアシスタントさん。トーマスも心配して来てくれていたようで、聞き取れなかった説明やスタジオの基本的なルールを教えてくれたり、アシスタントティーチャーに僕らを紹介してくれたりした。「わからないことがあったらいつでも遠慮しないで研究室に来ていいからね!」と若いアシスタントさん。

そのあとトーマスとアネグレットとかいくんと東工大のうちべさんと僕で昼食。
メンザ(安い学食)が込んでいたので、カフェテリアに行く。外国語習得の苦労話や、ミュンヘンの必見建築などが話題。

トーマスらと別れ、僕とかいくんは午後から始まるワークショップへ。
演習室の机を片付けて、なにやら袋に入った長い棒材を運ばされ、修士の学生らしき人たちがそれを組み立てるのを見学。「飛行機をつくるワークショップ」と聞いていたのだけど、全然違うみたい。「これなんだろうね」とスペイン出身の学生と一緒に首をかしげながら、ドイツ語で声を掛け合いながらせっせと何かを組み立てる修士たちを僕らは遠巻きにして見ていた。やがてなにやらやぐらのようなものが出来上がると、「これを見てディテールのスケッチを4枚程度描いてください」との指示が。え、そういう演習だったの?皆、趣旨がよくわからないままともかく紙と鉛筆を持ってスケッチを始めた。僕は鉛筆がなかったのでペンで描く。組み立て作業はまだ続いていて、鳥かごのようなものが立ち上がろうかとしたまさにそのタイミングでホールデンが登場。僕らを指導しに来たというより、ここで誰かと打ち合わせをするようだ。なにやらライトなコンストラクションを組み立てる修士と、それを熱心にスケッチする学生。ホールデンが打ち合わせの背景に使うにはあまりにもできすぎたシチュエーションだな、と少し可笑しくなった。真剣に細部まで確認しながら描いている学生もいれば、たるそうな顔して適当に描いている学生もいる。ホールデンの秘書さんが僕のスケッチを覗きこんで「上手ねえ!日本では絵のお勉強をしていたの?」とほめてくれた。もちろんお世辞だろうとは思うけど。でも、すでにスケッチを描き終えた学生も何人か僕の絵を見に来て「うまいねえ」と言ってくれたので正直うれしかった。僕は描き始めると夢中になってしまい、描き終わった学生が一人減り二人減りするのも気づかず、3枚目まで描いて周りを見ると、30人くらいはいたはずの学生が、残っているのは僕とかいくんともう一人だけになっていた。4枚目はさすがに疲れて、雑なスケッチになってしまったかもしれない。3枚目でやめといた方がよかったかなあ。スケッチの下に名前と学籍番号を描いて提出。そのとたん、修士の学生がよってたかってあっというまに謎の構造物を解体してしまった。僕らが描き終わるのを待っていてくれたのだろう。

夕方からはかいくんと一緒に超初級ドイツ語講座に出て、帰りに大学の近くのリドルというお買い得スーパーで買い物して帰る。
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説明できない

2005-10-19 08:59:48 | ミュンヘン・TUM
OLYMPIA HALLE

早起きしてオリンピック記念公園にある寮のオフィスを訪ねる。
銀行に口座を開設したので、寮費の自動引き落としの手続きをするために。窓口で銀行からもらった資料を見せると、すぐにわかったようで記入用紙を持って来てくれた。相手はドイツ語(英語は通じない)なので何を言っているのかわからないが、支持されるまま口座番号や銀行コード、自分の名前や住所を記入する。最後に署名をして、どうやら登録作業は終わった様子。銀行で口座を開いたときに「振込先の口座番号がわかったら知らせてください」と言われていたので、最後に振込先の口座番号をたずねる。相手はこちらの英語がわからない様子。すると英語のわかる職員が窓口に来てくれた。「そちらの口座番号を教えてください」「あなたは知る必要が無いので教えられません」「でも銀行から教えるように言われているのです」「手続きはこれで終わりです。あなたはこれ以上何もする必要はありません」「では銀行が間違ったことを言ったということですか?」「そうです。さようなら」顔を紅潮させながら、窓口の女性は怒っているようだった。よくわからないけれど、悲しい気持ちになる。かいくんにうながされ、オフィスを後にする。「まあ、俺は100パーセントは信用してないけどな」ここのオフィスからは以前にも間違った情報(銀行口座開設に必要な資料について)を受けたことがあるので慎重になってしまう。いったい誰が正しいのか…?

近くの喫茶店に入りエスプレッソを飲む。
ここは寮のオフィスに手続きに来た日に良く立ち寄る店。今日も以前と同じきれいなウェイトレスさんが店に立っていた。一服して落ち着いたところで、今日二つ目の課題に取り組む。大学で加入した保険会社にやはり引き落としのために銀行口座の番号を伝える手続き。「口座を開いたら電話してください」と言われていたので携帯電話で電話をする。「いつもこみやまくんに電話かけてもらってるから今日はおれがやるわあ」正直寝不足に加えて今朝の出来事もあって意気消沈していたので迷わずかいくんに任せる。多少手間取りながらも、かいくんは無事用件を伝えられた模様。「もう一人の日本人に変わります」そう言ってかいくんは電話を僕に手渡してくれた。「ハロー」「ハロー…、何も聞こえませんよ。私の声が聞こえますか?」「聞こえますよ。ハロー」「ああ、聞こえません。誰かいますか?ハロー?」「こっちは聞こえてますよ。ハロー?」「ハロー?…聞こえますか?」「(ええ…汗)」そんな感じでしょっぱなから出鼻をくじかれる(電波が悪かったのか?)。用件を説明しだすと「意味がわかりません。どういうことですか?何を言っているのですか?」と質問の応酬。今思えば、まず自分が何者であるかを説明すべきだったのであろうが、とにかく口座番号を伝えることしか頭に無かったので、相手が何がわからないのかがわからない。そして畳み掛けるように「理解できません。どういうことですか?説明してください。理解できない…。聞こえてますか?」「(僕も理解できないよ…泣)」というわけでかいくんに電話を返してしまった。どうやら用件は果たせなかった模様。「手紙を送ってあるはずなのでそれをよく読んでからもう一度電話してください」という意味不明な回答だけをもらって僕は撃沈した。面と向かって顔の見えない電話は、純粋に言葉だけで判断されてしまうので難しい…。

時刻は十一時になろうかというところ。
さらにテンションの下がる僕を鼓舞するためか、かいくんがオリンピック公園の散策を提案してくれた。たしかにせっかくここまで来たのだからちょうど良い機会。フライ・オットーのエキセントリックなスタジアム(ウルトラマン「無限へのパスポート」に出てきた四次元怪獣ブルトンを思い出した)を目指し、歩く。途中、色とりどりの落書きに覆われたキューブの立ち並ぶ場所を通る。どうやらミュンヘンオリンピック時の選手村のようだ。ということはやまぐちさんはここに住んでいるのか。知らないで入ったら少し危険を感じてしまうような雰囲気の場所である。でもミュンヘンに住んでる実感は強烈に感じられるだろうな。そこを過ぎると、いよいよオリンピック公園。緑の芝生がきれいに整備され、塵一つ落ちていない。かなり高度に整備されているようだ。広々として明るい光景に思わず何度もシャッターを切る。バイエルンミュンヘンらミュンヘンをホームとするサッカーチームがホームスタジアムをアリアンアレナに移してしまったため、オリンピックスタジアムは現在工事中の模様。隣に立つBMWミュージアムも改装中だし、ワールドカップに合わせて整備中のようだった。フライ・オットーの屋根は遠くから見たときは生物的に見えたが、近くで見るとガチガチの構造。引っ張るケーブルがこれでもかと力の流れを表現し、地面に突き刺さる。そして地表面には巨大な重石。頭は興奮していても、体が付いていかない。朝から今日は体調が悪いので、ぐったりと地下鉄に乗り大学へ向かう。

昨日申し込み票を投函した部屋に行き、掲示を確認。
僕もかいくんもホールデンのスタジオに決まっていた。よかった。人数はきっかり30人。よく見ると横にホールデンの名前が入ったドイツ語の掲示がはられていたので、二人で翻訳を試みる。「愛すべき学生たちへ」「機械抽選」「結果」「すべての学生」「登録」「当初の計画案」「方法を変える」「連絡する」「ありがとう」「理解」「良い一学期間を」うむ…。とりあえず希望した学生はすべて取ったけど、多すぎるので方法を変えて改めてセレクションでもするということだろうか?よくわからないので隣にいたドイツ人に質問してみる。「これは何が書かれているのですか?」「ホールデンのスタジオは希望者が多すぎるので、申し訳ないが抽選の結果、第二希望第三希望第四希望に振り分けてしまった学生もいるという連絡だよ」「ああ、そうですか」「君たちはどこになったの?」「ホールデンのスタジオです」「だったら問題ないよ。君たちには関係ない。ところで第二希望以降はどこ書いてたの?」「ホールデンスタジオしか書いてません」「ホントに?すごいなあ」「つまり僕ら幸運にもこのスタジオを履修できたということをこの紙は言っているわけですね」「そうだよ」「あなたはどこのスタジオですか?」「ああ、僕?カウフマンを選んだよ。でもダメだった。ええとどこかなあ。…ああ、第四希望に書いたとこだ…」「(しまった。まずいことを聞いてしまった)。Have a nice semester.」「Ya, you too.」ホールデンスタジオは留学生を優先的に取るというのは本当かもしれない。記念に僕らの名前が書かれた掲示を写真に収めて帰る。

食堂前で行われていた『Detail』誌の販促イベントに寄ってから、食堂で昼食。
空腹だった体が“ドイツサイズ”のボリュームで満たされる。話題はホールデンの話に。「履修することは決まっていて、まだスタジオそのものは始まっていない。今こそがホールデンの研究室を訪ねて本を買わせてもらうタイミングなんじゃないかな?」「そうやね」

研究室にホールデンを訪ねる。
というより、彼の新刊本を買いに行く。研究室の外のショーケースに入った彼の本を眺めていると、スタッフらしき若い男性がウインクして中へと入っていった。意を決して扉をノックする。とその瞬間、中からおじさんが出てきた。「ハロー」「ハロー」。僕らが入れ違いに中に入ると、おじさんは出て行かずに扉のところに立って僕らを見ている。学生登録関係の事務の人かなにかが、研究室の入り口でうろうろしてる留学生の僕らを助けてくれようとしているのかな。そう思っていると、かいくんが彼に話しかけた。「明日は朝の十時からですよね?」え、彼がホールデン???「そうだよ明日の朝に僕のスタジオは始まるよ。君たちは僕のスタジオの履修者かい?そうかい。よろしく。え、僕の本を買ってくれるのかい?そうかい、ありがとう。よし、明日会ったらサインしてあげるよ。じゃまたね」そう言ってホールデンは足早にどこかへ去っていった。中では秘書の女性が「どの本が欲しいの?」と笑顔。「さっきの、ホールデンやんな?」

僕らが最新の作品集が欲しいと告げると、彼女は廊下に出て行った。
学生価格を確認しに行ったようだ。「学生は26ユーロよ」そう言って彼女は縦長のロッカーを開け、まだビニールのパッケージに入っている作品集を二冊、僕らに手渡した。CDジャケットより一回り大きい正方形の青い本「60projects」。そして彼女はおもむろに、棚の下に鎮座する大きな金庫の暗証番号をダイヤルで回し始めた。その無防備なしぐさに思わず目を背ける。その拍子に、隣にあった開けっ放しのロッカー(おそらくコート掛けとして使われている)の中に、ノンブランドのコーラが箱買いされているのが目に入った。40ユーロを払って、14ユーロお釣りをもらう。「ホールデンにサインはお願いした?ああ、明日サインしてくれるって?そう、それなら大丈夫ね。またね」キツネにつままれたような気分で研究室を出る。

せっかくだからボック先生の研究室にも寄ってみることに。
今日もまだ不在かと思いきや、迎えてくれた秘書らしき女性は何か言付かっている様子。「ようこそ。ボック先生は今外出中なのだけど、もうすぐお見えになると思うわ」そう言って僕らにエスプレッソとミネラルウォーター、そしてミュンヘンの古い街並みが描かれた写真集とスケッチ集を貸してくれた。ボック研はたくさんのファイルが本棚に立ち並び、天井から吊られたロフトに繊細な階段が続いている。僕らが通されたテーブルの上には、日本でも見たことのあるロボットのおもちゃと、「わんぱく建築家」とでも訳すのだろうか子供のための積み木建築の本が何冊か置かれていた。「(ボック先生いるならお土産持ってくればよかった…)」忙しいのか、人の出入りが激しい。みんな僕らにやさしくハローと声をかけてくれる。しばらく待つとさっきの女性がまたやってきて、「ごめんなさい。ボック先生は今日歯医者に行ってまだ戻ってこれないみたいなの。申し訳ないのだけど、もう一度後日来て下さるかしら?金曜日はどう?」僕らもお土産持って出直したい気分だったので、承諾して研究室を出る。

「もう一度ホールデン研の前を通ってから帰らない?」
帰り道、ホールデン研の前を歩いていると、廊下の向こうからまたもやホールデンが!「おお!君たち!ありがとう。シェシェ」中国人だと思われてるなあと思い自分たちの紹介をしようとすると、まだ何も言っていないのに「よし、サインしてあげよう」そう言ってペンを取り出してホールデンが待っている。慌ててカバンから彼の本を取り出す。「名前はなんて言うの?」「ジュンイチです」「スペルは?」続けて僕の本にもサイン。かいくんの本にした自分のサインを逐一確認しながら、まったく同じように書こうとしている様子がなんだか不思議だった。二人に平等にって思ってくれたのかな?東京大学から来たことや、交換留学生であることなどを告げる。名前を聞かれて、定期券に書かれたローマ字の名前を見せたのだが、「TO YOIUKE」と書かれてしまったような気がするのは気のせいだろうか。「また明日会おう!」そう言ってホールデンはまたどこかへと立ち去っていった。突然の“初ホールデン体験”に、僕は呆然であった。本当は、スタジオが終わってからもっと苦労して彼のサインをやっと手に入れる予定だったんだけどなあ。意図せずにいとも簡単に手に入ってしまったサインは、サインを手に入れるよりももっと重要なことをうやむやにしてしまったかもしれない。いずれにせよ、彼とは四ヶ月じっくり付き合っていきたいと思う。

寮に帰ると、くろさかくんから「みんなで晩飯を食べませんか」とのメールが。
近所のスーパー「テンゲルマン」にみんなで買い出しに行って、くろさかくんがパスタソースをつくり、僕がパスタの麺を茹で、かいくんがピザを焼いてビールをセッティングする。安価で豪華な晩餐となった。ひとしきり食べて飲んでいると、見慣れない西洋人がやってきた。「君ら、ここに住んでる人?」どうやら彼は、先週まででこの寮を去った中国人の代わりに、昨日からここへ越してきたドイツ人らしい。いかにもドイツ人らしい、厳格そうな顔つき。聞けば、ビジネスコンサルタントの勉強をしているとのこと。彼にもビールを勧めて、いろいろと話をした。そのうちに別の部屋のドイツ人やアメリカ人(僕はてっきり彼もドイツ人だと思っていたのだけど)も寮に帰ってきて、それぞれ自己紹介。男ばかり、それも互いに干渉しあわないドライな大人ばかりのこのフロアであるが、男ばかりの気楽な暮らしのせいか最近共用部分が荒れてきている(ゴミの分別が適当)ような気がする。相談してゴミ箱に分別のシールでも貼ろうかと思っていたところだったのだけど。コンサルタントの彼ならこの現状を僕と一緒に憂いて、よい解決策を考えてくれるかもなあ。
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久しぶりの新入生気分

2005-10-18 06:56:51 | ミュンヘン・TUM
"The Post" which will decide my destiny!

今日はデザインスタジオのガイダンスがある日。
つまり今日からTUMの正規の講義日程が始まるのである。指定された教室に行くとまだ前のガイダンスが終わっていない様子。廊下でしばらく待っていると、「Are you AUSMIP students?」「あ、トーマスや!」「え、トーマス?」去年のAUSMIPで日本に来ていたトーマス・ミュラーだった。僕は彼のことはよく知らないけれど、千葉大のかいくんはよく知っている様子。幸運にも、心強い味方を得た(だってガイダンスって言っても全部ドイツ語だからさ…)。彼によれば、デザインスタジオは大きく分けてデザイン・コンストラクション・アーバンプランニングの三つに分けられるらしい(明記はしていない)。僕らが狙っているトーマス・ヘルツォークとリチャード・ホールデンはどちらもコンストラクションに分類されるようだ(ということはデザインって何だろう?)。でも最大の問題は僕らは1セメスター(1学期)しかミュンヘンにいられないこと。魅力的なスタジオはどれも2セメスターの継続履修を前提としている。1セメスターのスタジオの中では、昨日かいくんがリサーチした感じではカウフマンという先生のスタジオがよさそうらしい。カウフマンのスタジオもコンストラクションらしい。せっかくヨーロッパに来たのだから、コンストラクションのスタジオを取ってみたい。
人の波にのって教室に入ろうとすると、すでに一階席は満席。トーマスの友達二人と一緒に二階席に上る。すごい角度なんですけど!高所恐怖症の僕はちょっと怖い。ざわざわとしていた教室がやがて静まり、高校の理科の先生(仮に二人いたとしたら生徒に人気のある方)といった感じの人のよさそうな人が出てきて、なにやら説明し始めた。TUMの建築学科全体の説明をまずしているらしい。たぶん教務課の人なんだろうなあと思ってみていると、隣でかいくんがぼそりと「あれ、トーマス・ヘルツォークやんな…?」「(なに!)」慌てて隣に座っていたトーマスの友達に質問する。「あれ、誰ですか?」「彼はアカウンタントだよ」「(ああ、やっぱりただのアカウンタント=会計係なんだ)」「つまり…、この人だよ」そう言って彼が指差したのは、僕が持っていたデザインスタジオの資料に書かれた「Prof.Herzog」の文字。やっぱり彼がヘルツォークなのか…!「彼はアカウント=最重要人物だよ」って言ってたらしい。「渋いエリック・クラプトンをさらに濃縮した感じの人」と聞いていたので、もっと険しい顔つきをしているのかと思った。少し安心。

拍手と共に学長ヘルツォークの話が終わり各デザインスタジオの説明に移る。

まずは元気な司書さんといった感じの凛々しい女性が壇上に上る。
再び隣の席に「彼女は誰ですか?」と聞くと、彼が指差したのはProf.Wolfrum。パワーポイントが起動し、黒バックのシャープなプレゼンテーションが始まる。でも、かっこいいプレゼンだったけれど、スタジオで何をやるのかはよくわからず。タイトルは「ミュンヘンの憂うつ」(冴えてる)だし、バックミンスター・フラーとかピーター・クックとかプレゼン中に出てくる登場人物も気になる人ばかりだし、「アーバン・ラディカリズム」という副題も興味をそそられる。研修旅行も楽しそう。でも、でも…。ミュンヘンで求めているものと何かが違う気がした。つまりこのスタジオはたぶん都市計画なのだと思う。

次に壇上に上がったのは往年のロックスターといった感じの先生。
白髪のアフロにギターが似合いそうである。しかしメガネをかけると顔つきは一変。中世の天文学者にしか見えなくなった。彼のスタジオは非常にオーソドックス。ミュンヘン近郊で現地見学会(二泊三日)もあるらしいが、あまり興味はそそられず。

三番目に壇上に上がったのは眼光の鋭い“ふくろうおじさん”。
ロペス・コテロという名前からしてスペイン人らしい。彼のスタジオもとてもオーソドックス。「水辺のゲストハウス」と「ホームレスのための家」。ミュンヘンについて深く知るためにはよいかもしれないけれど、どちらもあまり興味はそそられず。

四番目に壇上に上がったのはProf.Krau。
難民キャンプの惨状を報告する国連職員といった感じの女性(もちろん勝手なイメージですよ!)。彼女のスタジオは「シャイド広場のタウンハウス」と「ブルサ(トルコ)の広場」。トルコを舞台にしたスタジオは一週間の研修旅行には惹かれるけれど、「ミュンヘンに来てブルサなのかなあ…?」という疑問も生じた。きっとドイツ人向け(“外国に行く”という意味で)のスタジオなのだろう。心は惹かれず。

五番目に壇上に上がったのはProf.Kaufmann。
SFに出てくる科学者みたいな人。僕もかいくんも気になっていた先生なので集中して聞こうと身構えていると、「私のスタジオはStudentenwohnheimとReithalleです。以上!」見たいな感じであっという間に壇から降りてしまった。会場からは拍手と歓声。おいおい…。「短すぎる!」と隣に訴えると、肩をすくめて「短いね」。そういうキャラの先生らしい。でもこれじゃ選べないなあ。

次に壇上に上ったのはリチャード・ホールデン。
はじめに「私は英語でやります」と断って、最後まで英語でプレゼンをやり通した。彼のスタジオは「ヨーロピアン・コンセプト・ハウス」と「イベントセンター・シルバプラーナ」の二つ。どちらも他大とのコラボレーションで、前者はオランダのデルフト工科大学(Prof.mick eekhout)、後者はスイスの大学との共同スタジオらしい。それだけでも心そそられる。「イベントセンター」の方は、スイスの気候にあったサマースポーツやウィンタースポーツのための施設を計画するらしい。心惹かれるが、15人という人数制限と、わざわざプレゼンの途中で織り込まれた「2セメスターにわたって行う」という念押しがネックである。一方の「ハウス」は、とにかくプレゼンが魅力的だった(僕、ホールデンに心奪われすぎかな?)。「e-ch」という略称もかっこいいし、VWやBMWの燃費の話から始まるのも彼らしい。この車は1リットルで何キロメートル走れるか、この飛行機は3リットルで何キロメートル飛べるかといった話で始まり、最後は坂茂とフューチャーシステムズで締めくくった。さすが「ドアノブから飛行場まで」を守備範囲とするホールデンだ。このスタジオを取らなければきっと後悔するだろう、どんな人がこのスタジオを履修しどんな作品が提出されるのか、それを見届けるために自分はミュンヘンに来たのだ。そう思った。しかもそこに自分も履修者として参加できるのだ!!!

それ以降もメモしながら聞いていたけれど、正直言って心ここにあらず。
Prof.Herzogは「ローマのエネルギーミュージアム」、Prof.Fink(二枚目の敵役。でも最後は主人公に負ける)はペントハウス、Prof.Ebner(バーでウィスキーを飲むジゴロ)は計画学的な課題、Prof.Deubzer(女史って言葉が似合いそう)はよくわからないプレゼン。Prof.Finkのペントハウスは面白そうだったけど、ホールデンのようにゾクゾクはしなかった。

教室を出たところで、もう一人の日本人に出会う。
彼女は東工大の塚本研から留学してきているらしい。まだどのスタジオにするか決めかねているようだった。さらにニコラス・ドブマイヤーにも出会う。彼になんばせんせいがよろしくと言っていたことを伝えるとうれしそうだった。実は彼にはメールを送ってあったのだが、あて先不明で戻ってきてしまっていたのである(クラウディアやトーマスも同じことを言っていた。TUMではアドレスが半年でリセットされてしまうらしい。不便だ)。「正しいアドレスを教えて」とお願いすると、見覚えのあるアドレスを教えてくれた。う~む、もう一度送ってみるか。

トーマスに付き添ってもらってホールデンの研究室へ。
ドキドキしながら向かったが、ホールデンは外出中。ロンドンのフォスター事務所を思わせる静謐な空間。並んでいる模型もフォスターそのもの。スケッチも似ている(特に太陽の描き方が)。1セメスターでも履修できるかをトーマスがアシスタントに聞いてくれた。トーマスが僕らに向かってグッと親指を立てる。やった!

用紙に必要事項を記入して、専用の“ポスト”に投函。
勢い余って、記入に使っていたペンまで投函してしまった(まあいいか!)。明日は同じこの場所に履修者の名簿が張り出されるそうだ。ホールデンのスタジオは留学生が優先的に配属されるようになっているらしく、「絶対大丈夫だと思うよ。心配しないで」とトーマスは言ってくれた。

トーマスは今も日本語講座を続けてとっているらしい。
今日はそのインフォメーションがある日だと言うので僕らもついていく。日本語教室の戸島先生とはすでに僕らも面識があるのだ。戸島先生から「外国語としてのドイツ語講座」があることを教えてもらう。初級者向けもあるようなので(しかもタダ!)ぜひ履修したい旨伝えると、こちらも今日の夕方からガイダンス(履修登録)らしい。今日はなんだかツイている。

トーマスと一緒に昼食をとってから、大学の周りを紹介してもらう。
まずは地下にあるコンピュータールーム。ここでコンピューター端末もコピー機も使えるようだ。プリンタはA1サイズも印刷可能。そして24時間使える。ただし使うためにはアカウントが必要らしく、アシスタントの人がその手続きを手伝ってくれた。
次に文房具店(画材屋)。日本だと建築模型といえば基本的にはスチレンボードであるが、こっちではそうでもないようだ。大学内では木の板でつくった模型をよく観るし、ホールデンは白いプラスチックでつくった模型を好むらしい。日本では見たことのない模型材料に心が躍る。わあ、これどうやって使えるだろう!

大学に戻り、ドイツ語講座に参加。
なかなか先生が来なくて、ようやく来たと思ったら「今日は試験だけをします」。僕のようなまったくの初心者は試験は免除。かいくんは経験者なので試験を受けて「アドバンスト・ビギナー・コース」を勧められていた。僕は「トータリー・ビギナー・コース」。毎週二回夕方からなら通えそうである。隣に座ったイタリア人青年も建築学科で、やはりホールデンのスタジオを選んだらしい。ホールデンスタジオは留学生の受け皿になっているのだ。

ニコラスが誘ってくれた「留学生歓迎パーティ」は八時から。
まだ時間があるのでトーマスに連れられて“始業式”を見に行く。ヘルツォークの挨拶に続いてさまざまなステージパフォーマンスが始まる。漫談あり、ライブ演奏あり、ダンスあり。日本の感覚でいう始業式とはだいぶ違う。最後には全員にビールとプレッツェルが振る舞われた。押し合いへし合いなんとかビールをゲットして、三人で乾杯。殺到する学生によって何百本というビールがあっという間にはけてしまった。ミュンヘン工科大学には、ドイツにも二つしかないという醸造工学部があるらしい。だから始業式でビールが振る舞われるんだよ、とトーマスは言っていたけど、そこかしこでスマートな女の子たちがプレッツェル片手にビールの大瓶をラッパ飲みしている光景はカルチャーショックだった。壇上ではビールの大樽が登場し、マイジョッキ(おそらく)を持った人たちが次々とビールを注いでいた。ミュンヘンは本当にとことんビールが好きな街なのだとあらためて思った。

そのまま三人で留学生歓迎パーティへ。
ここでもソーセージをつまみにビール、ビール。終盤は自然とアジア出身学生の輪ができて、話が弾んだ。中国人もシンガポール人もベトナム人も、ここミュンヘンで出会うと“外国人”という気がしない。大きくひとくくりで“アジア人”という連帯意識が生まれているように感じた。「同じ寮だよね。君見たことあるもの。これからもよろしくね」とか「今度一緒にビアホールで飲もうよ!」とか「僕の夢はいつか東京を旅行することなんだ。そのときは案内してよ」とか。
“外国人意識”ってやつは、きっと相対的なものなのだろうな。ここ最近、英語でさえ外国語に感じられなくなってきているもの。英語表記を見るとつい安心してしまう自分がいる。


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ミュンヘンの長い夜

2005-10-17 03:24:39 | ミュンヘン・TUM
Neue Pinakothek at night

くろさかくんかいくんとDIE LANGE NACHT DER MUNCHNER MUSEENに行く。
地下鉄U2でTheresienstrasse駅へ。ここはTUMの最寄り駅。ピナコテークは大学のすぐ隣。このイベントはミュンヘンの美術館全体(+一部のナイトクラブ)で一斉に行われているのだけど、すべてを回ることはできないので僕らは一連のピナコテークに行くことにしたのだ。

まずはアルテ・ピナコテークから。
エントランスロビーではまさに小編成のブラスバンドが演奏を終えたところ。拍手に包まれるロビーで係員にチケットを見せて入場。ここはたぶん16世紀以前くらいまでの絵画を扱っている。展示室へと向かう大階段には思い思いに人々が腰掛け、特設のバーで買ったドリンクを飲んでいる。展示物の種類ごとに細長い展示室が三列に並ぶ。中央の一列は特にルーベンスの大きな絵がたくさんあった。僕の好きなロレンツォ・ロットの絵もひっそりと一枚かけてあった。彼はルネサンス期の画家であるが、大工房の一派とは距離を置き、特にパトロンを待たないままヨーロッパをさまよった漂泊の画家。教養学部時代に「地域文化論」という講義で彼をレポートに取り上げて以来、美術館に行くと彼の絵を探す習慣が付いた。生前は画壇に認められることの無かった彼の作品を見つけると、少しうれしい気分になる。彼の描く人間はやわらかくあたたかい表情をもっていて、神話や聖書の悪者であってもどこか無邪気で悪意を感じさせない。

次にノイエ・ピナコテーク。
外のバーテラスで一杯飲んでから、中に入る。キャンドルの明かりに照らされて凹凸のあるファサードがぼうっと浮かび上がっている。エントランスロビーではDJがターンテーブルを回していた。ゆったりとした曲からノリのいい陽気な曲まで、響き渡るBGMを聴きながら館内を回る。ここは20世紀前半くらいまでの絵画と彫刻を取り扱っている。僕らでも知っているようなビッグネームがずらり。ところどころで立ち止まって、なにやら議論しあっている人たち。こんな時間にもかかわらず、若いカップルだけでなく親子連れや老夫婦も多い。時刻はもうすぐ11時を回ろうかとしているというのに。

最後はピナコテーク・デル・モデルヌ。
ここは現代美術や工業デザインを扱っている。中央の円形広場は刻一刻と色を変えるライトで照らされ、併設のバーはやはりDJのかける音楽で満たされている。どこを見ても人、人、人。昼間来た時はこんなに人入ってなかったのに。日付が変わっても、人々は帰ろうとせず、芸術談義(とは限らないかもしれない)に興じている。エレベーターの方で突然スネアドラムの音が聞こえたかと思うと、パーカッションバンドのメンバーがエレベーターで昇りながら演奏を始めたところ。そのまま館内を練り歩いて最後は円形広場で観客に手拍子を求めながら演奏。拍手に包まれながらまたどこかへと消えていった。

にぎわうバーでBECKSを飲みながら、こういう生活をドイツで今後も続けていくために、どうやったらドイツにとどまって食っていけるのか、について語り合う。「ドイツ人って離婚率高いんやって。給料が低いから」「新しい政府の政策では給料が今よりさらに減らされるらしいです」「じゃあ、物価も下がるね。暮らせるんじゃない?」「天満屋で雇ってもらいましょう」「でも僕寿司握れないよ…」「俺、回転寿司でバイト経験あるで」「ええ~、いいなー!」

終電ギリギリで寮に帰る。
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