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ミュンヘンなんて、どこ吹く風

ミュンヘン工科大留学、ロンドンの設計事務所HCLA勤務を経て
群馬で建築設計に携わりつつ、京都で研究に励む日々の記録

再開

2013-10-04 00:10:56 | ロンドン・hcla
ブログを書く目的が見つかったので再開。書いていない一月の間にいろいろとあったが、それぞれフェイズ1が終わったかなというところ。新しい動きがあり次第、振り返りつつ紹介する事にする。

今日は昨日の夜のアルコールが少し残りそうだったので不安だったが無事に起床して徒歩で会社へ。本当の近道とは少し違うのだけど、無意識でいると自然と足が向かうルートが出来てきた。母がロンドンに来たときに奥さんと三人で訪れたギャラリー、ウォレス•コレクションを横切って会社へ向かう。プレキャストコンクリートのジョイントの品質チェック、パラペットのファブリケーション図面のチェック、メタルのメッシュスクリーンのディテールチェック。次々と現場に情報を送信。昼はSubwayで堀田くんから預かった博士論文を読み進める。午後も引き続き仕事をしたあと、六時半に出社。帰り際、ディレクターから別タスクのブリーフを受ける。帰宅して夕食をとったあと、部屋の片付け。机の上にもパソコンのデスクトップにも、ここ数週間で取り組んでいた複数の案件のファイルがあふれかえっていたので、深呼吸をして整理する。さて今週末からSHARISHARISHARIの会も通常通り再開だ。ここ数ヶ月でわかったことを踏まえて、新しいチャレンジをしたい。

RIBAの図書館が火曜日は8時まで開いている事に最近気づいて、会社の帰りに利用し始めた。特に目的をもたず、無心で本や雑誌を眺める時間を持とうと。The Builderの1843年の創刊号から眺め直してみたり、JAの年鑑を開いて日本の建築を見たり、Norman Foster全集を順番に見たり(あまり無心になれてないか?)。Bethnal GreenにあるV&A Museum of Childhoodが、1851年の万国博覧会閉幕後に仮設的に建てられたV&Aミュージアム(当時はSouth Kensington Museumと呼ばれていた)の移築であることを知る。その無味乾燥な外観から「ボイラー」と渾名されたミュージアムが、150年以上たった今もなお姿を変えて残っていたとは。そういえばクリスタルパレス自体も移築されているから、火災で焼失しなければ現在まで残っていたかもしれないのか。仮設建築と恒久建築の境目、移築や転用によってその両者の間でモードが変わる瞬間に起こること(想定された耐用年数に大幅な変更が必要になったとき、接合部のディテールなどにどんな操作が加えられるのかとか)、に興味がわいてきた。本国から植民地に送られていったプレファブ建築のその後なども含めると、19世紀英国の鉄骨造建築だけでもいくつか事例はみつかりそうだ。

備忘録として。V&Aミュージアムの建築史。公式ウェブサイトより。1851年の万国博覧会の成功を受けて段階的につくられた、V&Aミュージアムを含む複合文化施設群アルバートポリスの成立史はなかなか面白そうである。

Architectural History of the V&A 1836 - 1854
Architectural History of the V&A 1856 - 1861
Architectural History of the V&A 1862 - 1863
Architectural History of the V&A 1863 - 1873
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引っ越した

2013-09-03 02:24:41 | ロンドン・hcla
8月末にマリルボーンに引っ越した。階下の住人が存在しないはずの騒音(幻聴)で僕を責めるというトラブルで以前の部屋に住み続けることができなくなり、どうせならと思い、さらに会社の近くに引っ越した。徒歩15分。眠くなるまで会社にいても布団に直行できる距離。普段の行動範囲はだいたい徒歩圏になった。初心に帰り、シングルベッドと小さな机のみの居候住まい。カーテンの取り付けとか日曜大工を手伝ったりしつつ。



東を向いた部屋の窓から見える風景。まぶしい朝日で目が覚める。奥に見えるのはBTタワー。建設中の1962年にセントポール寺院を抜いてロンドンで一番高い建物になり、1980年までその座を守り続けた。1981年以降一般は立ち入れない施設になったが、夜になると照明が灯って、ほっとする。部屋は幹線道路に面しているので夜行バスやタクシーの音で夜も寂しくない(うるさい)。ペルシャ人の老婦人である大家さんは、ドイツ人の旦那さんを亡くした未亡人。ハンブルグで暮らしたあとロンドンにやってきてふたりでソリシター事務所を開いた。7年前に旦那さんが亡くなったあと残された事務所を切り盛りしていたが、旦那さんが残した案件を保証すべき期間が過ぎたので、頃合いを見て事務所をたたもうとしているらしい。一階と二階に執務室が入った建物の最上階に大家さんと僕ともう一人の下宿人で暮らしている。エドワード朝時代の古い建物。床が傾いていて体重計がうまく作動しない。僕の部屋は娘さんが使っていた部屋らしく、放置されていた空き箱を片付けようとしたら亡くなった旦那さんと娘さんの間で交わされたたくさんの手紙があふれ出てきたのでそっと元の場所に戻した。娘さんは近所に住んでいて、古い家具の補修塗料の研究をしているらしい。


父と参加していたプロポは8月の初めに提出。手応えはあったが、今は結果を待っている状態。父の還暦の誕生日にヒヤリング、来年僕が帰国するタイミングで実施設計開始、と巡り合わせの妙も感じたりしたのだが、果たして。

ブリストルの振付家とSHARISHARISHARIでコラボレーションしているダンスプロジェクトCity Of Surfacesは、思わぬところからまずは引きが合って、そこから急展開を見せている。プロトタイプは思いも寄らぬ場所で11月に披露される予定。

SHARISHARISHARIホテルチームは8月半ばにお施主さんに送った4案へのフィードバックが返ってきたところ。僕は遅れ提出にしてもらっていたので、フィードバックを横目で見つつまずは自分の案の完成に向けてこつこつ。

会社で携わっている現場のプロジェクト。発注者であるクライアントへ忠誠を尽くすアーキテクトであると同時に、現雇用主であるコントラクターの現場アーキテクトでもあるという立場。いろいろなことが起こるわけであるが、真摯で一途であれば道は開けるのだなあと思いながらやっている。


先週、母方の祖母が亡くなった。告知はあったが、それでも報せは突然に感じた。帰国は間に合わなかったので、奥さんが僕の分までお葬式に参列してくれた。6月に帰国した際に二人で祖母に会いに行っておいてよかったと思った。僕が送った弔電は、母の挨拶と偶然にもリンクする部分があったそうだ。
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モックアップの旅

2013-07-24 04:07:01 | ロンドン・hcla
終日現場の作業。昼前に同僚と会社を出て電車でイギリス南西部の町へ。特注部品のサブコンの本社を訪ねてファサードのモックアップを視察する。行きの電車内で同僚と図面を見ていて酔う。車で来ていたコントラクターとホールデンも工場で合流。稼働中の工場の一角に置かれたモックアップをチェックしながら、僕らの指示と違っている部分についていくつかの指摘。モックアップの回りでしばしモックアップに現れていない電気設備部分のディテールを議論。ここで気を抜いたらこれまでの慎重なディテーリングが全部無意味になる。その後ミーティングルームに移動し、夕方まで図面に書き込みながらサブコンとディテールを確認するワークショップ。現場で待機中の別サブコンの工程にゴーサインを出すために、明日の朝いくつか緊急の確認事項を処理しなければならない。5時過ぎにサブコンの担当者に最寄り駅まで送ってもらい、同僚と帰路につく。8時前帰宅。夜はプロポGの作業。リサーチと参考事例をまとめたメモと、参考事例を今回のプロポにアダプトした簡単なスケッチを製作し、父の意見を求めて明け方送信。構造と設備の協力事務所からのインプットと、もうすぐ届く敷地の写真が、また違う視点をくれるかもしれない。参考事例を引き続き探しつつ基本構想の要旨をスケッチ化するが、とりあえず就寝。
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ロイヤルベビー

2013-07-22 21:51:51 | ロンドン・hcla
朝、父とプロポGに関して電話でやり取りしてから家を出る。バッキンガム宮殿の前にいつにも増して人が集まり報道陣が待機している様子をいぶかしみつつ徒歩で出勤。出社後にレセプションのテレビにて、皇太子妃が陣痛で入院したとのニュースを見る。イギリスでは陣痛を起こしていることを「in labour」というらしい。(labourは陣痛・分娩・出産のほかに、苦労、仕事、労働、労働党といった意味がある)

終日現場のプロジェクトの作業。ホリデーから戻った同僚をアップデートしつつミーティング準備。昼過ぎ、同僚と現場へ。コントラクターと特注部品のサブコンを交えた重要なミーティング。その後現場を視察してから帰社。帰社途中、明日に予定されていた特注部品のモックアップ視察が確認とれたことをスイスのホールデンに知らせ、電車の切符を手配。明日の準備をしてから早めに徒歩で帰宅。やはりバッキンガム宮殿の前にはなんらかの知らせがもたらされることを待つ人だかり。夕刊も一面で皇太子妃の出産が近いことを報せている。







帰宅後、無事に出産とのニュースを見る。皇位継承権第三位とか。バッキンガム宮殿の前庭には、出産を示す公式声明文が金縁のイーゼルに乗せられて掲示されたとのこと。報道担当の女性が公式声明を設置し歓声が上がる様子が動画で報道されている

夜、プロポGのリサーチメモのフォルダを父と共有してから就寝。




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小室さん来ロンドン

2013-07-21 23:44:22 | ロンドン・hcla
日曜日

昼過ぎ起床。スイスから遊びに来ている同期の小室さんからの着歴に気がつき、ピカデリーで待ち合わせ。移動中、父と参加するプロポGに関して日本と電話でいくつかの業務連絡。小室さんのスイスでの経験を教えてもらいながらCafe Royaleで昼飯を食べた後、サーペンタイン・パヴィリオンへ。去年も一緒に見た小室さんと、気づいたことを言い合いながら時間をかけて観察。前回見たときとまた違うところも見えてきたので二度来た甲斐はあった。小室さんに会うのはJapanese Junction以来、ロンドンでは去年のサーペンタイン・パヴィリオン以来。ロンドンでやっていること、群馬でやろうと思っていることなどいろいろぶつけてみた。帰宅後、小室さんから教えてもらった事例を含めて、プロポGのリサーチを進める。ロンドンでは日本語の書籍が手に入らないのがもどかしい。夜、ホリデーから戻った同僚から電話があり情報共有。今週はいろいろあったのだが、結果的にはすべてアンダーコントロールになったことを伝える。


土曜日

今週は同僚がホリデー中でHCLAでの仕事が忙しく、父と参加するプロポGの関係で日本と連日夜中に電話でやり取りしていたこともあって、金曜日の夜は頭が冴えず、帰宅後すぐに戦略的早寝。翌朝7時に目が覚めてSHARISHARISHARIホテル分科会用の作業を始める。今回はターゲットを明確に&クライアントへのプレゼンを意識してということだったので、以前製作した計画案にブランドイメージをつくって資料を製作。構想は頭の中にあったので、時間通り終わる。11時にHCLAに集合してミーティング。いつものメンバーに宮崎くんも来てくれて2時半過ぎくらいまで。8月半ばの提出に向けて方針は固まった。3時からSHARISHARISHARIの会。まずGDPxSSSのCity of Surfaceプロジェクトのために、ブリストルにいるコラボレーター(振付家&電子エンジニア)と定例のSkypeミーティング。僕らの製作している装置(Surface)はすでに情報共有してあったので、主に資金調達の現状と、彼らの持っているセンサー類の情報共有、プロダクトデザイナーに依頼している接合部ディテールの確認など、一時間ほどで終わり。装置のデザインには、動的な構造シミュレーションソフトであるカランバを利用することをSHARISHARISHARIの中で確認。せっかくなので堀田くんに教えてもらいながら僕も習得する時間を見つけねば。その後、SHARISHARISHARIで参加するコンペUの案出し。集まったみなでスケッチをしあう。ずっと考えてきたことなのだが、実質的な建築的回答をつくりたい。夜はえりかさん仙石さんも合流して中華街で晩飯、のあとCafe Royaleでコーヒー。帰宅後、プロポGのリサーチをしながら寝オチ。
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夏のパヴィリオン

2013-07-15 22:15:46 | ロンドン・hcla
終日現場のプロジェクトの作業。新要件を満たすためにバルコニーのディテールの修正。雨仕舞の要求を満たしつつバルコニーを薄く保つために、構造エンジニアとサポートのディテールを調整。その後は、鋼製部品のサブコンから来たバルコニーの仕上げと手すりの図面をチェックする。夕方、アソシエイトのディビッドの60歳の誕生日会。先週の金曜日はホリデー中の所員が多かったため改めて祝う。オフィスからはいつものケーキと寄せ書きに加えて、FLOSの照明器具が贈られる。ちょっとした組み立て用の工具入り。いつもマイペースで、自分の生活リズムに合わないものは放置して机の隅に積み上げていく彼の性格を茶化して、「70歳になるまでに組み立ててね」とディレクター。家族で誕生日を祝うために今夜は修士号を取ったばかりの娘さんの下宿を訪ねるというディビッドは、「修士号があれば、照明も組み立ててくれるだろう」とのっけから人任せ(数学の修士号らしいが…)。僕が書いたメッセージ「父と同じ年齢とは気づきませんでした!」を受けて「お父さんにも60歳おめでとう!って伝えてね」とディビッド。二人とも若いから、60歳という実感がまったくわかないんだけど。そのあと還暦記念にホールデンからちょっとした小話を聞いて終了。

終業後、父から依頼を受けた仕事の資料を帰り道のスタバで読み込む。基本構想から考える。タイミング的には僕が群馬に帰って最初に実施設計を担当できるかもしれない物件。

週末は何をしていたかと言うと。

土曜日
昼前起床。2時からSHARISHARISHARIの会。先日のキネティカアートフェアでのインタラクティブ茶室の展示を伊東豊子さんに『美術手帖』5月号で紹介していただいたのでみなに報告。つづいてGDPxSSSのダンスプロジェクトCity of Surfaceのワークショップ。セルフビルドで空間をつくるための装置が街の中に埋め込まれていて、センサーを介して仮想空間上の街とつながっている。コラボレーターが実現場所を探して東奔西走している間、僕らはその装置デザインに集中している。鉄のメッシュを挟んだポリウレタンのシートに溝を彫って高機能化するためのスタディ。最初は漠然と装飾模様を参照していたが、途中でタイヤの溝から学べるのではないかということに気づき少しブレイク。一段落したところで、夏~秋に取り組もうとしている2つのコンペの案出し。SHARISHARISHARIとして提案したいことを僕から説明しブレスト。僕の提案に沿ったもの/沿ってないものそれぞれアイデアを次週持ち寄ってもらうことに。堀田くんからキネティックテンセグリティルーフのProcessingを使ったモデルを紹介してもらって終了。夕食のあと解散。夜、気温が高くて寝苦しい。3時間ごとに目が覚めて睡眠時間のわりにはよく眠れず。

日曜日
昼前起床。12時にサーペンタインパヴィリオンで待ち合わせて大学時代の同期渡辺さんと再会。会社から派遣されたアメリカの大学からさらに交換留学でイタリアにいて、ロンドンまで遊びに来てくれた。V&Aで昼食の後、Bluebird Cafeに移動してデザート。HCLAで担当している集合住宅の分譲部分の説明会が以前ここで開かれた。レストランと併設のショップはキャサリン妃もお気に入りだとか。同じく同期の鈴木さんも合流し、海外生活の話などつれづれに話す。最寄り駅まで散歩して見送り、イタリアかアメリカでの再会を約して解散。帰宅後、体が重くすぐに就寝。土日で合計24時間以上は寝てしまった。これも暑さのせいだろう…。

以下、サーペンタインパヴィリオンの写真。400mmのキューブが積み重なり、パヴィリオンはその末端で周囲の環境に消えていく。背後にあるSerpenein Gallery本館が透けて見えるくらいスカスカだが、人が通れる入り口は限られていて、ちゃんとスペースは閉じている。売店も自然にパヴィリオンに宿っている。無に近いのに、確かにそこにあるパヴィリオン。方法は違うけど、小屋をつくらずに環境をつくるというアプローチは2009年のSANAA以来。あのときは軽さが二次元的というか、見る角度によっては軽い屋根が金属の量塊にも見えたのだけど、藤本さんのはどこから見ても常にとらえがたい。ちなみに「Anyone climbing on the Pavilion does so at their own risk.(パヴィリオンによじ登りたい方は自己責任で)」と張り紙があるのだが、実際には係員の人が見つけ次第止めていた。
























Comments (3)
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ディヴィッドが還暦

2013-07-12 01:56:27 | ロンドン・hcla
終日現場のプロジェクトの作業。昨日に続いて天井伏図を書き続ける。夕方、発行。五時、アソシエイトのディビッドの奥さんジェーンが会社にやってくる。手にはサプライズのプレゼント。今日はディヴィッドの60歳の誕生日(の前日)なのである。長い付き合いのディレクター曰く、自分の誕生日にサプライズがあることを避けてひっそりと有給を取っていた恥ずかしがりなディヴィッドであるが、一足早く会社でも還暦を祝うことに。ジェーンの焼いてきてくれたケーキとシャンパンでお祝いする。ケーキは台座までケーキでできている。勢いのある文字で還暦を祝うメッセージ。



HCLAの中で何でも知っている生き字引的存在のディヴィッド。直前の30分で滑り込みで製作した資料が大活躍したり、勘所をよくわかっている。解けない問題に直面したときには、実はこれでも大丈夫という抜け道をたくさん知っていて解決策への突破口をくれる。前事務所時代から年下のディレクターに付き従い、家も近所で家族ぐるみの付き合い。HCLA結成の際には引き抜かれたほど信頼されている、最強のナンバーツーである。進行中のプロジェクト関連のメールはキーワードで選別されてディヴィッドにすべて転送される。オフィスの中で話される会話も全部聞いていて、あとで机まで来てすっとアドバイスをくれる。去年のカードには「HCLAで5回もバースデイカードを書けることになったのはディヴィッドの指導のおかげです」と書いたのだけど、僕を始めTUMから来た学生あがりの若い所員たちを実務において実質的に指導する役割でもあったディヴィッド。僕の父親と同じ年齢だったことには今年初めて気がついた。

昨日は朝早めに澤谷くんと一緒に家を出て、ユーストンの近くのカフェで澤谷くんの旧友オーウェンと三人で朝ご飯を食べた。独立して友達三人と設計事務所 TDO Architecture を設立したオーウェンは、自分のオフィスの改装に手が回らないほど忙しくしているらしい。代表作のひとつ「A Doll's House for Clementine」は、Wallpaperのコミッションを受けて製作された現代のドールハウス。現実の家の縮小版ではないことを目指してつくられている。蝶番を開くと、自由な平面ならぬ自由な断面をテーマに、ヴォイドを囲んでスロープで垂直につながっていく空間が現れる。閉じれば照明器具に。TDO Architectureは現在Dezeenでスタッフを募集中なので、よい仲間たちと出会えることを願っている。構造エンジニアとのミーティングに向かうオーウェン、スコットランドへ発つ澤谷くんと別れ、僕は会社へ。終日現場のプロジェクト。窓と外装材の納まりのディテールを、1:1の模型でつくってホールデンと検討。その後は天井伏の実施図を書き始める。
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わがまま

2013-07-10 01:31:16 | ロンドン・hcla
奥さんが出張で短期間ロンドンに来ていたり、SHARISHARISHARIのプロジェクトが資金調達に成功したり、HCLAで現場のプロジェクトが僕の専任になったり、この二週間いろいろあったのだがその辺は割愛して今日あったことだけを書く。

晴れ渡った日差しの中、徒歩で出勤。ミーティングの準備。ファサードの主たる構成部品について契約時の図面からメールでのやり取りからいろいろと揃える。昼前、パートタイムになった同僚と二人で会社を出てタクシーで現場へ。渋滞するがドライバーの機転で時間通りに到着。ファサードのサブコンを交えてコントラクターとミーティング。大きな懸念事項は早めに解決し、残りの時間はディテールをひとつひとつ確認しながら意思統一を図れたので実り多いものに。設計条件の変更に伴い解決中ないくつかのディテールをコントラクターと確認。数ヶ月前に試していたオプションがここにきて返り咲く。現場を回って状況を確認してから現場を出る。昼過ぎの道が混雑する時間帯なのでバスはあきらめ、同僚と散歩がてら最寄り駅まで歩くことに。天気がいいので会話も弾む。Kings Roadを東へ進んだあと北上し、South Kensingtonの駅から地下鉄で帰社。帰社後M&Eエンジニアといくつかの配線ルートのコーディネーションの後、パラペットのディテールを書いているうちに7時。さわやくんに会社を案内し、あらやさんと合流してSOHOのWagamama一号店に向かう。さわやくんの希望でインテリアを見学し、ついでに食事も。行列をいかにうまく店内に収めるか、行列するひとたちをいかに楽しませるか、といったことが設計条件のひとつだったようで、透明と不透明のガラスをファサードに平行に配置して空間を分節したアプローチ通路が面白い。それに比べて簡素につくられた地下の食事空間は照明が明るすぎることもあって、竣工後に付加されたのであろういろいろなモノが場を支配していて残念な感じ。日本食をアレンジした食事は相変わらず口に合わない…。少し歩いてPrinciで一杯飲みつつNZのホテルプロジェクトのエスキスのつづきをした後、French Houseに移動してさらにもう一杯。ホールデンが独立したときのエピソードなどについて話す。最後はジェラートのお店でコーヒーを飲んで、帰路につく。帰宅後、買ってあった瓶ビールをあけて僕の部屋に滞在中のさわやくんとさらにもう二杯。HCLAのこと、チッパーフィールド事務所のこと、SHARISHARISHARIのこと、などつれづれに話してから夜半過ぎを過ぎた頃に就寝。
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ソフトボール

2013-06-27 00:32:38 | ロンドン・hcla
今日は終業後にリージェンツパークでソフトボールをした。公園内には球技用の広い芝生がある。最近一緒に仕事をしている構造事務所との対抗戦。設計事務所との交流のために彼らがこの時期に主催している対戦シリーズの一環である。ピクニックとソフトボールの中間くらいな感じ。何事も全力投球な僕らは遊びとはいえ当然勝利あるのみ。オフィスを出る前にディレクターからフリップボードを使った説明があり、みな持参した運動着運動靴に着替えて試合会場に出発。公園に到着してからはホールデンの指導のもと守備位置について練習。時間通りにきて、用意されたビールに目もくれず真っ先に練習し出した対戦相手は僕らが初めてらしい笑。ひとしきり歓談のあと真剣勝負開始。ストライク判定やボールカウントは適当にやっているので、とりあえず打たなければ(打たれなければ)試合が進まない。というわけで、打たれた球をいかにうまく捕球するか、というところの勝負になる。ソフトボール未経験者の多い僕らのチームはまずはここで苦戦し、先行を許す。後半は徐々に連係が上がってきて、試合も拮抗して盛り上がる。圧倒的勝利を目指していたが、勝てたのでよし。終了後はみなでパブへ(こちらが主目的だったという噂も)。



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元同僚たちがちょっとした再集合

2013-06-21 03:19:49 | ロンドン・hcla
終日現場のプロジェクトの作業。いろいろと処理。夕方、Architecture Wednesday。今日で卒業するインターンの女の子から、彼女の出身であるベルギーの建築について教えてもらう。彼女はAUSMIPでもおなじみのセントルーカス大学の出身である。夜は、Sadlers WellsでWilliam Forsytheの『N.N.N.N./Study#3』を観る。終演後、コヴェントガーデンに移動して旧友の集いに合流。香港で働いている元同僚のクリステルが久しぶりにロンドンに戻ってきたので、彼女と同じ2008年頃にHCLAにいた友人たち(シャーマン、ジェームス、ダニエル)がBELGOに集う。ミュンヘン経由でロンドンに来た仲間たち。地元のオーストリアに戻って働いているマーティン、結婚したフォン、育児休暇中のカトリーナの話題なども。こうして久しぶりに再会して当時の話をしてみると、2008年と今とでHCLAの変化にも気づく。
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