地遊人

日常のことごと、出来事を、気ままに書き記していく。
62歳からの自己整理・自己満足策とボケ防止挑戦プログ。

物々交換のこと

2005年09月08日 | 【14】信州田舎時代

 「なにか面白かったよなー」と小さい頃の夏のあることを思い出して、
フッと気持ちが幸せになる。
 それはアイスキャンデーと卵の「物々交換」のことだ。夏休み、それは
町の子供たちと違って農家の子等はいつも手伝いの人数にはカウントされ
ていて忙しかったが、それでも昼頃にはホッとする時間帯があって、丁度
その頃町からアイスキャンデー屋が自転車で、チリンチリンと鐘をならし
ながらやってきた。
真夏の坂道を望月町からわが村茂田井を通って、芦田町のもっと先へ行っ
ていたんだろうか。夏の暑い時期にはほとんど毎日鐘の音が聞こえ、
衝動的に体が動き出した。(そのアイスキャンデー屋は同級生の親か兄貴
だったと思う。羨ましかった。)
 
アイスキャンデーは1本5円で、丁度その当時卵が1個5円だった。
我々兄弟(4つ年上の兄貴)には小遣いがなかったがーそう小遣いが必要と
されるような追い詰められたことはなく、親に小遣いをせびった記憶がないー、
アイスキャンデー1本を手に入れるためには、鶏の卵を持っていけば交換し
てくれる、分かりやすいシステムができていた。握り締めていた卵を相手に
渡すと、相手は自転車の前に備え付けてあるかごの中の籾殻の中に卵を大切
そうに入れ、今度は、自転車の後ろにある水色の木箱の上の小さな扉を開け、
中が真っ白になっている冷たそうな箱から、希望のアイスキャンデー(四角
っぽい小豆アイスだったか白くて丸い棒状のアイスか)を取り出して渡して
くれる。冷蔵庫とかクーラーとかがない時代のこと、夏にこんなに冷たくて
おいしいものがあることがまさに感動だった。
 
問題はタイミングだ。都合よく自分の家の鶏小屋に卵があるかどうかだ。
家での少ない栄養源でもあり、確か10羽位飼っていたと思うが、家人が持ち
去ったあとは、我々には都合悪いことになる。

いずれにしても卵がそこにない時には、鶏小屋の前で、二人でじっと静かに、
真剣に、祈るように卵を産むのを待つことになる。 そんな時の様子とか、
キャンデー屋が来たのであわてて鶏を追い立てたこと、まだあったかい卵を
握って坂道を下っていくキャンデー屋を追いかけ、息も絶え絶えにようやく
上り坂でたどり着いたこと、ついにあきらめなくてはいけなかったこと、
たまに田舎に帰り、兄貴と二人で、甥っ子たちに聞かせていると、つい酒が
過ぎ、話が繰り返しになってしまう。
 最初は不思議そうに聞いていた連中にあくびが出るようになる。
(2005/9/8)
コメント
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