地遊人

日常のことごと、出来事を、気ままに書き記していく。
62歳からの自己整理・自己満足策とボケ防止挑戦プログ。

日光街道・奥州街道を歩く

2017年12月22日 |  □奥州街道など検討

17-12-22  何時かの日のために。

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「甲州街道」は45宿32次だと。

2015年12月29日 |  □奥州街道など検討

         
15-12-29 こういう本は図書館で予約なく、すぐ借りられる。正月、ゆっくり見よう。

内  容(「BOOK」データベースより)

日本橋から下諏訪宿に至る甲州街道。新撰組と日野宿、重畳たる山中の甲斐路、風林火山の甲府盆地、信濃路の中山道合流点まで、ロマン溢れる街道を完全踏査。宿場地図・写真を豊富に納めた、街道ハイキングの手引書。

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「甲州街道(道中)」考

2015年12月26日 |  □奥州街道など検討

     
15-12-26 「塩の道」歩きが終わって、次回の街道歩きについて、メンバーから「甲州街道」の提案があったので、調べることにした。いいかも知れない。

内容紹介

江戸時代に制定された五街道の一つ、甲州街道を迷うことなく歩ける地図本。ちゃんと歩ける東海道・中山道の甲州街道(甲州道中)版です。

甲州街道は徳川家康が制定した五街道(東海道、中山道、甲州道中、奥州道中、日光道中)のひとつで、江戸時代は甲州道中と呼ばれていた。
五街道制覇は街道ウォーカーの目標であり、東海道、中山道の次に甲州街道を目指す人が多いが、東海道・中山道ほどメジャーではない為、街道を通した地図は皆無に近く、歩く人は自治体が作成する市町村ごとの地図を利用している。

徳川家康が制定した五街道のひとつで、江戸日本橋と中山道の下諏訪宿を結ぶ、55里219km四十四次の道のり。
江戸城での有事に備えた避難経路としての造られた道といわれ、途中、小仏峠や笹子峠を越え、韮崎の七里岩絶壁を遠望し、造り酒屋を堪能したり、諏訪湖を眺めるなど景色が良いのも特徴です。
甲州街道をくまなく歩いて調べた著者が、一里塚の位置なども正確にプロット、名所旧跡などの見どころに加え、街道歩きに必要な食事処やトイレ、宿泊などもご紹介。

江戸時代に制定された五街道のひとつ、甲州街道が迷うことなく歩ける地図本です。

 

 

 

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「信越トレイル80Km」の検討

2015年04月26日 |  □奥州街道など検討

           

信越トレイル

長野・新潟の県境に位置する標高1,000m前後の関田(せきだ)山脈のほぼ尾根上に延びる全長80kmにおよぶ国内でも稀なロングトレイルです。

ブナ林に育まれた自然豊なこの山脈は、かつて信濃と越後を結ぶ交通の要所として16もの峠道が存在し、越後からは塩や海産物が、信濃からは内山和紙や菜種油が運ばれ、戦国時代には上杉謙信が川中島の合戦の際に何万もの兵を連れて峠越えをしたとも言われています。

トレイルの整備や維持管理はNPO法人信越トレイルクラブが主体となり、周辺地域のボランティアの方々の協力によって行われています。

信越トレイルオフィシャルサイト

信州いいやま旅プラン

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「三浦半島記」を読む。

2014年03月08日 |  □奥州街道など検討

      
14-3-6 司馬遼太郎「街道をゆく」「三浦半島記」を読了。面白い。鎌倉に出かける時は、拾い読みしよう。

内容紹介

武家政権が生まれた地、鎌倉。軍港として、造船の町として昭和海軍を支えた横須賀。三浦半島から発した巨大は栄光の根底にあったものは何か。鎌倉の武士たちと昭和海軍から日本人のありかたの源泉をさぐり、行く末の姿に想いを馳せる。
 

内容(「BOOK」データベースより)

横浜のホテルに宿泊して勤め人のように通いつつ取材する著者。目的地は、ごく小さな場所ながら日本史を旋回させる舞台となった、三浦半島だ。あまたの武者の血を吸った鎌倉の地を歩いては、現代の日本にとっても重要な要素である武士の起こりと「中世」の成立を考える。横須賀では記念艦として保存されている戦艦「三笠」を再訪し、『坂の上の雲』取材時の「秘話」もつづる。
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鎌倉七口の坂と切通

2014年02月28日 |  □奥州街道など検討


14-2-28 いつか鎌倉を歩くとき、これら切通をいくつか歩いて見たいものだ。歴史を感じるために。

鎌倉古道(鎌倉七口)の概要

源頼朝が、鎌倉に幕府を開いた最大の理由は一方は海に臨み、三方は山に囲まれて、敵の攻撃を守る軍事的要害の役割を果たせるからでした。いわば、ここは城塞都市でした。しかし、逆に言いば、敵の攻め方によっては孤立を強いられる危険も持っていた。そこで、山の軍事的要害性は失わず、人々の往来や物資の運搬のため最小限の道が必要であった。このため鎌倉幕府は山を最小限度だけ切り取って鎌倉と各地を結ぶ道を作った。これが「切通し」でした。

鎌倉には、このような切通しが相当数ありますが、その中で主要な七つの切通しのことを「七口(ななくち)」とか「七切通し(ななきりとおし)」と呼んでいる。

鎌倉古道(鎌倉七口)の見所

鎌倉七口は、昔の姿をまだ残している街道がある。切通しの深い古道を歩いていると、鎌倉武士が現れそうな気がする。

上記は鎌倉七口の坂と切通より。

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「玉川上水を歩く」を相談。

2013年10月12日 |  □奥州街道など検討


13-10-12 中山道会。東京・北千住の、魚の安くてうまい店にて。今秋の玉川上水の旅の相談。

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気軽に「川越街道」もいいかも。

2013年05月24日 |  □奥州街道など検討

川越街道(かわごえかいどう)  ブログ「人力」より転載

  

 

戦国時代の太田道灌が川越城と江戸城を築いたころ、二つの城を結ぶ重要な役割を果たす道であり、また江戸城には中山道板橋宿平尾の追分で分かれる脇往還として栄えた。日本橋から川越城下まで栗(九里)より(四里)うまい十三里とうたわれ、「川越いも」の宣伝にも一役かった。
江戸時代、川越は、江戸の北西を守る要となり、藩主には、老中格の譜代大名が配置された。また、家康以下、三大将軍も、鷹狩りや参詣にこの街道を往来し、松平信綱が川越城主となってからは、さらに整備されるようになった。街道には、上板橋、下練馬、白子、膝折、大和田、大井の六か宿が設置され、人馬の往来が盛んであったが、各宿場の村にとって、伝馬役の負担も大きかったという。

川越街道の見どころ

基本的に国道254号線と付かず離れずといった形で旧川越街道は走っています。東京都内の「上板橋宿」「下練馬宿」に関しては、一本入った商店街を通る頻度も高く、土地に根付いている街道を体感できます。
埼玉県に入り、「白子宿」「膝折宿」と進むと、旧街道の面影を見せてくれます。さらに「大和田宿」「大井宿」と進むと、ケヤキや松の並木が目を楽しませてくれます。終点の「『小江戸』川越」は、蔵の町として現在も多くの観光客の訪れる場所で、その風情を楽しむことができるでしょう。

 
 
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いつか「玉川上水43Km」を歩いてみたい。

2013年05月24日 |  □奥州街道など検討
小平市内を流れる玉川上水


鷹野橋から

玉川上水は江戸の人口急増に対応するため、三代将軍徳川家光の時代から計画され、承応2年(1653)4月4日着工。

248日間の工事の後、同年11月15日、多摩川羽村取入口から四谷大木戸まで高低差92メートル、全長約43キロを完成させた上水路である(『上水記』による)。

その規模はローマ水道に匹敵するといわれ、近世 ・近代初期の江戸・東京の都市給水を支えただけでなく、分水は武蔵野台地の生活用水・灌漑用水として農民の生活を豊かなものにした。

昭和40年(1965)水路の一部は役割を終えたが、貴重な歴史的土木文化遺産であり、周辺の雑木林を含めた豊かな自然環境としての価値は大きい。

その保護 ・保全、回復のため平成11年(1999)には東京都歴史環境保全地域、平成15年(2003)には国の文化財(史跡)に指定された。





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「玉川上水」より転載

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いつか、奥州街道を。

2011年03月30日 |  □奥州街道など検討

11-3-20 新宿紀伊国屋にて、「奥州街道 歴史探訪・全宿場ガイド」を購入した。

3月8日 北国街道歩きの第5回目(最終回ー4月)の打ち合わせ。来年の街道歩きは「塩の道」でどうかと提案するも、どうしても奥州街道が捨てきれない。で、翌日、もう少し奥州街道を勉強するために、以前図書館から借りた掲題本の購入を決意。八重洲ブックセンター、丸善に照会すれど在庫なし。ネットで探すと既に古書扱いにて高価になっておりあきらめたが、一応、紀伊国屋に照会したら、仙台支店に一冊在庫があるという。取り寄せてもらうことで、20日に取りにいく約束したもの。

原発問題が解決し、世の中が落ち着き、東北の復興が軌道に乗り始めたとき、「奥州街道」を歩きたいものだと思う。

【データーベース】江戸を起点とし宇都宮から津軽へと至る日本最長の街道をカラー写真と平易な文章で紹介。120余りの宿場を歩き、道にまつわる歴史や民俗、こぼれ話で綴る歴史探訪ガイド。文献資料や現地体験取材を通して街道の全体像に肉迫。

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