地遊人

日常のことごと、出来事を、気ままに書き記していく。
62歳からの自己整理・自己満足策とボケ防止挑戦プログ。

サツマイモの雑草取り

2022年08月31日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)


22-8-31 援農926 予報通り、蒸し暑い日になってきた。皆頑張る。

                         


糖度の高いシャインマスカットの収穫

                       
          ニンジン 何とか育ってきている


落花生 この雑草取りは大変だったろうな~


                                       

 

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暑い夏から、秋へ

2022年08月29日 | 【5】庭を楽しむ


22-8-29 紫式部が、少しづつ色ずき始めてきた。


ヒヨドリやメジロなどが啄まなければ、結構いい形になるのだが。

           
           匂番茉莉がまた少し咲き始めた。

           

           

 

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仙台育英の「白河の関越え」

2022年08月27日 | 【15】雑感

ダルビッシュや菊池雄星らの無念晴らした 仙台育英の「白河の関越え」

決勝で敗れ、甲子園の砂を持ち帰る三沢の太田幸司。2日間で27回を投げ抜いた=1969年8月

100年「開かずの扉」

03年春の選抜大会が始まる前、出場を決めていた東北(宮城)の2年生エース、ダルビッシュに「優勝旗の白河の関越えの意識はありますか」と質問した。帰ってきた答えは「白河の関って何ですか」。ダルビッシュは大阪出身だし、選手はあまり関心はないのかなと感じたが、その後に宮城出身の若生(わこう)正広監督(当時)に同じことを聞くと「それは東北の夢。ぜひ実現させたい」。やはり大人たちにとっては白河の関越えは悲願なのだと知った。

東北の2年生エースのダルビッシュ有。夏の甲子園は決勝に進んだが、常総学院に敗れた=2003年8月(寺河内美奈撮影)

今大会、仙台育英の須江航(わたる)監督が優勝インタビューで「100年開かなかった扉が開いた」と話した。東北勢が初めて決勝に駒を進めたのは実に107年前。選手権の第1回大会、1915年夏の秋田中(現秋田)で、京都二中(現鳥羽)に延長十三回、1―2でサヨナラ負けを喫した。

引き分け再試合で涙

ただ、東北勢が次に決勝進出を果たすまで54年もかかった。69年夏、戦後初の優勝旗への挑戦は、エース太田幸司を擁する三沢(青森)が松山商(愛媛)と激突。延長十八回の死闘も0-0で決着がつかず引き分け再試合となり、翌日に2―4で敗れた。

71年夏は磐城(福島)が決勝で桐蔭学園(神奈川)に0―1で惜敗した。磐城の小さな大投手といわれた田村隆寿の失点は決勝の1点のみだった。

4日連投の悲劇

仙台育英が初めて決勝に進んだのは平成初の夏の大会となった89年。エース大越基は重い球質を武器に快進撃を見せた。決勝の相手は帝京(東東京)。吉岡雄二(元巨人など)との投げ合いは0-0のまま延長戦に突入。十回表に大越は2点を失い、涙をのんだ。

現在では考えられないが、3回戦から決勝まで休養日なしの4日連続の試合。大越の右肘は悲鳴をあげていた。大越は進学した早大を中退し、92年秋のドラフト会議でダイエーに1位指名されて入団。後に野手に転向し、ガッツあふれるプレーで人気を集めた。

現在は早鞆(山口)で監督を務める大越氏。母校の快挙に「感謝の気持ちがいっぱい。東北地方の劣等感も含めて、深くて重いものがあった。そういう気持ちを晴らしてくれた」と感慨を言葉にした。

ダルも壁越えられず

ダルビッシュが決勝の舞台に立ったのは03年夏。大会ナンバーワン投手といわれた2年生エースは成長痛や腰痛に悩まされ、準々決勝、準決勝は先発を回避。常総学院との決勝は四回に3点を奪われて逆転を許し、八回にも追加点を挙げられ、2-4で敗れた。試合後、涙を流すダルビッシュと、それに寄り添う若生監督の姿が印象的だった。ダルビッシュは3年春夏にも甲子園出場。日本ハムを経て米大リーグに移籍した。

09年春決勝は菊池雄星を擁する花巻東(岩手)が清峰(長崎)と対戦。菊池と今村猛(元広島)の緊迫した投げ合いは、清峰が七回2死走者なしから四球を選ぶと、続く9番打者が決勝三塁打を放ち、決着がついた。5日間で2回戦から決勝までの4試合にすべて登板した菊池は「肘に重みがあった」と肩を落とした。

近畿、関東勢が天敵

東北勢の準優勝で最も記憶に新しいのが「金農旋風」を巻き起こした18年夏の金足農(秋田)。吉田輝星が秋田大会から甲子園決勝途中まで一人で投げ抜いた。根尾昴(あきら)(中日)、藤原恭大(きょうた)(ロッテ)らタレントがそろう大阪桐蔭との決勝は本調子とは程遠く、5回12失点と打ち込まれて大敗した。

大阪桐蔭との決勝のマウンドに立った金足農の吉田輝星。疲労で本調子には程遠く、5回12失点で降板した=2018年8月(甘利慈撮影)

11年夏、12年春夏と3季連続で甲子園決勝に駒を進めたのが光星学院(青森=現八戸学院光星)。北条史也(阪神)、田村龍弘(ロッテ)らを中心に高いチーム力を誇ったが、11年夏は日大三(西東京)、12年はエースの藤浪晋太郎(阪神)を擁する大阪桐蔭に春夏連覇を許した。

酷使のない投手陣

東北勢の決勝は一人のエースが力尽きるという図式がほぼ繰り返されてきた。今大会の仙台育英は5人の投手を起用。状態の良い投手をマウンドに送ることで激戦を勝ち抜いた。最も投球回が多かったのが決勝に中3日で先発した左腕の斎藤蓉だが、14回⅔で投球数は213球。次が胴上げ投手になった高橋で12回、188球だった。残る左腕の古川、仁田、湯田は10回以下。今夏の仙台育英に「酷使」はなかった。

春夏の甲子園大会で東北勢初めての優勝を果たし、歓喜する仙台育英ナイン=8月22日、甲子園(渡辺大樹撮影)

1週間に500球の球数制限、近年の猛暑などに対応した投手陣の構築が功を奏したかたちだ。もちろん過去にもエースの先発を回避し、2番手、3番手が先発するケースもあったが、選手層が薄く、結局はエースがリリーフするという場面も多々見られた。その意味で、5投手の力が均衡していた仙台育英の投手育成は画期的で称賛に値するだろう。

悲願を達成した東北勢だが、近年は決して力が劣っていたわけでなく、全国制覇は時間の問題だったといっても過言ではない。01年以降今夏まで、春夏の甲子園で決勝に進出したチームを地区別で見ると、東北は延べ9校。これは10校の九州、8校の東海と肩を並べ、中国の4校、四国の6校、北信越の3校より上だ。

東北のレベルアップの大きな要因はもちろん、各チーム、各県の強化策が実ったことだ。社会人や大学生選手、著名な指導者を招いての講習会などは頻繁に開かれている。

大阪や関東からの野球留学生の存在も力の底上げにつながったはず。ダルビッシュ、北條らのほか、坂本勇人(巨人)も光星学院で高校時代を過ごした。とくに関西出身の選手は周囲に影響を与えることが多く、野球に対する取り組みに変化があったとみられる。

大谷、朗希効果も

そのほか、プロ野球の楽天が宮城に誕生したのも大きい。あこがれの存在が身近にあることは、多くの野球少年の励みになったはずだ。また楽天は地域で野球教室を開くなどの取り組みを進めており、これもプラスに働いたといえる。

仙台育英の須江監督は「100年の扉が開いた。これからいろんな学校がなだれ込んでくる。それだけの力がある」とこれからの東北の栄光を予測する。悲運のエースは過去の話だ。(鮫島敬三)
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中央公園へ

2022年08月26日 | 【7】東京再発見


22-8-26  この辺りは結構雑木林が残っていて、何かホッとする。


平日なので人が少ない。


飛行機飛ばしのメンバーだろう。知り合いのSさんの姿はない。


オミナエシ?

                  
                   ヤナギハナガサ

                  
                    ムラサキギボウシ                    

                  
                     ハナウリクサ



         

                  
                    ムラサキバレンギク


クサキョウチクトウ

 

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無言館(長野・上田市)

2022年08月25日 | 【15】雑感

 

長野県上田市 

    無言館 (mugonkan.jp)

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4つのハウスを整理する。

2022年08月24日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)


22-8-24 援農925 いろんな野菜の苗が育ってる。どこに植えるか?


3つ目のハウスの整理も、ほぼ終了する。紐を切って、シートを片す。


それにしても今日は蒸し暑い日だ。動いて、たっぷりと汗をかく。

 

 

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田中康夫 Twitter抜粋

2022年08月23日 | 【15】雑感

 

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庭のぶどうが色ずき、鳥が騒がしく。

2022年08月22日 | 【9】食を楽しむ


22-8-22 デラウェア 少しずつ色ずき 鳥の動きが。

        

        


スチューベン 収穫はまだまだ先だ。10房位ある。

 

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プルーンの収穫 1回目

2022年08月22日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)


22-8-22 援農924 プルーンの収穫時期 どうか?


今年も栗の収穫時期がやってくる。

        
         落花生が雑草に埋もれていて、見分けが難しい。


4つのハウスの片づけが当面の課題

 

 

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今朝の毎日新聞より

2022年08月21日 | 【15】雑感

食料危機 中村哲氏の実践を世界に

東大作・上智大教授
<picture><source srcset="https://cdn.mainichi.jp/vol1/2022/08/19/20220819pol00m010005000p/8.webp?1" type="image/webp" />幹線道路脇のコンクリート壁に描かれた中村哲さんの肖像画。「国の再建のために1時間多く働きましょう」という中村さんの言葉も添えられていた=カブール郊外で2021年12月5日、松井聡撮影</picture>
 
幹線道路脇のコンクリート壁に描かれた中村哲さんの肖像画。「国の再建のために1時間多く働きましょう」という中村さんの言葉も添えられていた=カブール郊外で2021年12月5日、松井聡撮影

アフガンへの故中村哲氏の支援

 ロシアの侵攻も要因になっている世界的な食料危機の中で、日本の農業支援で忘れてはならないのは、干ばつで苦しむアフガニスタンの大地で20年間で奇跡とも言えるかんがいと農地の再生を実現した故中村哲氏と、中村氏を支え共に事業を実施してきた日本のNGO「ペシャワール会」である。

 35年間にわたりアフガンの人々への医療支援や農業支援を続けてきた中村氏は、2000年にアフガンを襲った大干ばつで100万人単位で飢えと栄養不足でアフガン人が亡くなっていく姿を目の当たりにした。

 それから独力で用水路建設やかんがいを学び、九州にある山田堰(ぜき)という江戸時代に造られた堰をモデルとしてクナール川の水を利用した堰と用水路の建設を始めた。数百人のアフガンの人々と作業を続け、写真で分かるようにもともと農地だったところが砂漠化したところに用水路を引き、かんがいによって1万6500ヘクタールという広大な土地を農地として復活させた。現在は65万人のアフガン人農民がこのペシャワール会が再生させた農地で生活している。

 昨年8月、タリバンが政権を掌握したが、ペシャワール会の現地事務所はすぐにタリバンと対話を行い、タリバンからも非常に高い期待が寄せられた。

 ペシャワール会は中村氏と苦労を共にしてきた村上優会長と藤田千代子理事が中心となり、「中村氏の事業を全て継続する」ことを合言葉に今もかんがいの拡大事業を続けている。

 昨年は、20年ぶりとも言われる大干ばつがアフガンを襲い、あわせて米国がタリバン復活を受けて、アフガン中央銀行の資産凍結や人道支援以外の海外からの送金を困難にする経済制裁を科し、各国の支援停止も重なり、国連は4000万人のアフガン人のうち2300万人が栄養不足に陥り、今も900万人が飢餓にひんしていると警告している。

 「アフガンの女性や人権を守るため」という名目で経済制裁をかけ、その結果、経済活動が停止し数百万人もの罪のない人々(その多くは女性や子供)が飢餓に追い込まれていることに人道支援団体の多くや米国の良心的なメディアからも批判が出ている。

 経済制裁でタリバン政権を追い込んで破綻したら、領土の多くを支配するのはより過激な「イスラム国」(IS)のアフガン分派であり、国際テロ組織対策としてもこの制裁の矛盾を指摘する声は大きい。

日本は主役を担える

 これは米国の単独制裁であり日本が変更できるわけではないが、米国も人道支援の必要性は認めている。本当に数百万人が餓死する事態になれば、米国の制裁への批判が殺到し、ロシアへの制裁の大義まで失いかねないからである。

毎日新聞 以下有料記事

 
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