今年の米アカデミー賞はこれまでになくアジア系女性の活躍が目立った。史上初めて中国出身のクロエ・ジャオ監督の「ノマドランド」が作品賞と監督賞、主演女優賞を、韓国人移民の家族を描いた「ミナリ」に祖母役で出演したユン・ヨジョンさんが韓国人俳優として初めて助演女優賞を獲得。賞を選考する映画芸術科学アカデミーの会員が白人男性に偏っていると批判され、多様性を目指して改革を進めてきた一定の成果が表れたといえる。特にコロナ禍でアジア系に対する差別や暴力が相次いでいるだけに、その快挙ぶりが一層際立っている。(ワシントン・岩田仲弘)
米アカデミー賞で、作品賞と監督賞、主演女優賞の最多3部門を受賞した「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督(AP)
◆白人男性中心に批判殺到
賞を選考するアカデミーの会員は、映画監督や俳優など業界関係者で構成され、現在約1万人。ハリウッド映画に詳しい米キングズ大のアリッサ・ウィルキンソン准教授は、アカデミーが多様性を意識し始めた2012年以降に入会した会員の数が、それ以前の数を上回ったことに注目する。
「12年以降、女性や非白人に加え、多くの国際会員を加えるようになった。会員は終身制なので、多様化の歩みは遅いが、確実に進んでいる」(ウィルキンソン氏)。
実際、2015年、16年には演技部門にノミネートされた俳優がすべて白人だったことからあらためて批判が殺到した。16年には「アカデミー会員6261人中92%が白人で、その75%が男性」という構成が明らかになり、ネット上で「#OscarsSoWhite(アカデミー賞はあまりに白い)」といったハッシュタグが拡散。多様化に向けた取り組みを一層進めた結果、今年は演技部門の候補者20人のうち、非白人が9人を占めるまでになった。
◆白人にない視点が評価
「ノマドランド」と「ミナリ」はともにアジア系の監督の目からみたアメリカ社会を鮮やかに描き出している。「ノマドランド」は西部ネバダ州の企業城下町の工場が倒産した影響で職と家を失った60代の女性が、自家用車のバンに乗って各地で短期契約の仕事を転々としながら同じ境遇である現代のノマド(遊牧民)たちと交流する話だ。
ウィルキンソン氏は「ジャオ監督自身の文化的遺産と経歴によって、白人にはない視点で、今のアメリカ社会で見落とされた現実がよく描かれている」と評価する。作品には実際の車上生活者を多数起用。ジャオ氏は、これまでも中西部サウスダコタ州の先住民留地の家族を描いた作品で、演技未経験の現地の人々を出演させている。
◆アジア系でもアメリカ映画
作品賞など6部門にノミネートされた「ミナリ」は韓国系のリー・アイザック・チョン監督の自伝的作品。アカデミー賞の前哨戦とされるゴールデングローブ賞では、セリフの50%以上が韓国語という理由で外国語映画に分類されたが、移民の苦闘を描いた紛れもないアメリカ映画だ。
映画「ミナリ」で祖母スンジャを好演した韓国人女優のユン・ヨジョンさん=Ⓒ2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
アジア系には「米国民なのに、いつまでたっても外国人扱い」という不満が根強い。実際、19世紀以降、人種差別に基づく中国人排斥法や太平洋戦争中の日系人の強制収容などが「敵性外国人」のイメージを助長し、コロナ禍でアジア系に対する「中国に帰れ」などという差別的言動や暴力につながっている。
それだけに今回、「ミナリ」が、アメリカ映画として受け入れられ、高い評価を受けた意義は大きい。
1970年代に両親と3歳の弟とともに7歳で米国に移住してきた韓国系のヘビン・イムさんは「『ミナリ』を見て私自身が格闘してきた人生が、初めて偉大な米国史の一部としてごく自然に織りなされていると感じ、とても癒やされた」と語る。
教会支援を通じて韓国系の生活向上に取り組むNPOを2001年に設立したイムさんが映画の中で注目するのが、教会の存在だ。主人公一家は南部アーカンソー州の田舎の生活になじむために、地元の教会に通う。韓国人はクリスチャンが多く、韓国系は米国でも教会を設立し、移民の生活支援をしてきたからだ。
イムさんは「アジア系を含めてすべての移民がアメリカン・ドリームを求めてやってきて、アメリカ社会を築いている。(移民の)グループにはそれぞれのストーリーがある。ミナリがその先例となってほしい」と話した。
◆多様性がノミネートの条件に
アカデミーは昨年9月、多様性のある作品の選考に向けた2024年以降の新基準を公表。作品賞には、主演、助演どちらかの俳優にマイノリティー(人種的少数派)を起用することや、ストーリーの主要テーマに女性や人種・民族、性的少数者(LGBTQ)、障がい者などを据えることなど、いくつかの条件を提示し、そのうちの一定数を満たすことをノミネートの条件に定めた。
ウィルキンソン氏は「アカデミー自身が、単なるアメリカ映画の賞ではなく、世界の映画の賞と評価されたいと考えている」と指摘。今後、多様化がさらに進むことが期待される。