管轄区域を跨いだ捜査と公判

2024-02-05 22:26:25 | 刑事手続・刑事政策

2024-07-12追記

【例題】福岡県に居住するAは、氏名不詳者の指示にしたがって、特殊詐欺の「受け子」として東京都内に行き、被害者Vからキャッシュカードを受け取ろうとしたところ、待機していた警視庁の警察官によって現行犯逮捕された(甲事件)。取調べの中で、Aは、直近に大阪府内(乙事件)と愛知県内(丙事件)でも同種の犯行に及んでいることが判明した。

 

[捜査権限の管轄区域:警察]

・組織法上、都道府県警察は、「当該都道府県の区域」につき「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ること」という責務を負う(警察法36条2項、2条1項)。したがって、都道府県警察の警察官は、原則として、当該都道府県内(必ずしも所属する警察署の管轄に限定されない)においてその職権を行使する(警察法64条2項)。□田村411-2

・ここでいう「当該都道府県内での職権行使」が肯定される場合とは、管轄区域内で生じた事象全般に及ぶ。例えば、被疑者が存在する、被害が存在する、権限を行使すべき人物や物が存在する、など。□田村412(注32)

・その上で、警察法は、「管轄区域外での権限行使」が認められる場合を列挙している。□田村412

[1]他の都道府県公安委員会からの援助の要求を受けて、その管轄区域に派遣された場合(警察法60条3項、同条1項)。

[2]管轄区域の境界周辺における事案の場合(警察法60条の2)。

[3]広域組織犯罪等を処理する必要がある場合(警察法60条の3)。

[4]管轄区域の関係者の法益の保護や管轄区域における公安の維持等に関連して必要がある場合(警察法61条)。もっとも、都道府県警察は相互に協力する義務を負うので(警察法59条)、独自捜査に依らずに当該管轄区域の都道府県警察に共助を依頼することもできる。□田村414、HB225

[5]現行犯人逮捕の場合(警察法65条)。

[6]移動警察や道路に関する場合(警察法66条1項2項)。

[7]内閣総理大臣から緊急事態の布告が発せられ、布告地域に派遣された場合(警察法73条3項、同条1項)。

・司法警察員は検察官へ事件送致をしなければならないところ(刑訴法246条本文)、送致先の検察官は「当該司法警察員の所属する官公署の所在地を管轄する第一審裁判所に対応する検察庁の検察官」となる。□条解481

 

[捜査権限の管轄区域:検察]

・検察官は、いずれかの検察庁に属する(検察庁法5条)。組織法上、検察官は、原則として「その属する検察庁の対応する裁判所の管轄区域内」において、「刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」を行う(検察庁法5条、4条)。□法総研40-2、条解362

・検察官には、「必要と認めるとき」という要件の下で捜査権限が与えられている(刑訴法191条1項)。そして上記土地管轄の原則にかかわらず、「捜査のため必要があるとき」という要件を満たせば、検察官は管轄区域外でも職務を行うことができる(刑訴法195条)。□法総研40-2、条解362

・なお、検察庁法6条1項は「いかなる犯罪についても捜査をすることができる」と規定するところ、同条は、事物管轄による制約を解除したものにとどまり、土地管轄の制約は残ると解されている。□法総研40-2、条解362

 

[公訴権限の管轄区域]

・事件送致を受けた検察官は、必要な捜査をした上で、終局処分の一つとして公訴を提起する(刑訴法247条)。裁判所の土地管轄は「犯罪地」「被告人の住居所」「被告人の現在地」によるので(刑訴法2条1項)、土地管轄を有する裁判所が複数存在することがある(※)。しかし、検察権全般は土地管轄の制約を受けるので(上述)、当該検察官が選択できる裁判所は一つに限定される。□法総研35、条解492-3

※さらに「一人が数罪を犯したとき」「数人が共に同一又は別個の罪を犯したとき」「数人が通謀して各別に罪を犯したとき」は、刑訴法上の関連事件となり(刑訴法9条1項)、併合管轄が認められる(刑訴法3条1項、6条本文)。□条解13-4

・なお、検察官は、当該事件の土地管轄や事物管轄がないことが判明した場合、適切な検察庁の検察官に事件を送致する(刑訴法258条)。講学上は「他管送致」と呼称され、検察実務ではシンプルに「移送」と呼称される。□条解525-6

※2024-07-12追記:大阪高検が検事正経験者(現弁護士)を逮捕勾留した事案で、捜査を終えた大阪高検が大阪地検に移送し、同地検が大阪地裁に起訴した、との報道に触れた。

 

[他県の事件処理(パターン1):警察が自ら管轄区域外の捜査をする]

・一般に、刑訴法9条にいう「関連事件」については、管轄区域に捉われずに1つの都道府県警察が一括して捜査することに合理性があると説かれる(もっとも、関連事件でないことは捜査権の否定には直結しない)。したがって、【例題】の警視庁が、警察法61条事案として全ての事件を一括捜査することは許容されよう(もっとも、近隣県でない場合は物理的に相当大変だろうが…)。□田村414、HB224

・【例題】の場合は、警視庁の司法警察員が捜査した全ての事件は、東京地検(※)の検察官へと送致されることになる。□条解481

※「区検=簡裁」の事物管轄は「法定刑が罰金以下の罪、選択刑として罰金が定められている罪、常習賭博罪・賭博場開張等図利罪、横領罪、盗品譲受け等罪」である(検察庁法2条1項、裁判所法33条1項2号)。□条解9

・【例題】の甲事件については、東京地裁(犯罪地、Aの現在地=勾留場所)と福岡地裁(Aの住居所)が土地管轄を有するものの、東京地検の検察官が公訴提起先として選択できるのは東京地裁に限られる。□法総研35、条解492-3

・同様に、【例題】の乙事件の土地管轄を有するのは、東京地裁(Aの現在地=勾留場所)、大阪地裁(犯罪地)、福岡地裁(Aの住居所)。丙事件の土地管轄を有するのは、東京地裁(Aの現在地=勾留場所)、名古屋地裁(犯罪地)、福岡地裁(Aの住居所)。いずれの事件についても、東京地検の検察官が公訴できるのは東京地裁のみである(上述)。

 

[他県の事件処理(パターン2):当該管轄区域の警察に共助を求める]

・【例題】の警視庁の対応としては、自らは管轄区域内の甲事件の捜査にとどめ、県外の乙事件と丙事件については、大阪府警と愛知県警に捜査を依頼することも考えられよう。

・【例題】の場合、警視庁の司法警察員は、自身が捜査した甲事件についてのみ、東京地検の検察官へと送致する。

・【例題】の東京地検の検察官は、事件送致を受けた後、甲事件について、東京地裁(犯罪地、Aの現在地=勾留場所)に起訴する。

・【例題】の乙事件については、大阪府警が東京都から大阪府までAの身柄を運んだ上で、逮捕勾留する(たぶん)。この後、先行する東京地裁での甲事件の審理は事実上止まってしまう。

・【例題】の乙事件は、大阪府警の司法警察員から、大阪地検の検察官に送致される。大阪地検の検察官は原則として管轄区域内の範囲で捜査をし、大阪地裁(犯罪地、Aの現在地)に公訴提起をする。

・【例題】において甲事件が係属する東京地裁に対応する東京地検の検察官と、乙事件が係属する大阪地裁に対応する大阪地検の検察官は、両事件を併合するよう請求することができる(被告人Aからの請求も可能である)(刑訴法8条1項)(※)。具体的には、東京地裁と大阪地裁が打ち合わせた上で、それぞれが、「本件に大阪地方裁判所令和⚫︎年(わ)第⚫︎号⚫︎被告事件の審判を併合する」「本件を東京地方裁判所令和⚫︎年(わ)第⚫︎号⚫︎被告事件の審判に併合する(・・・事件に併合して審判する)」と決定する。□条解13-4

※刑訴法8条1項(審判の併合)と同様の機能を有する規定として、19条1項(管轄事件の移送)がある。後者は「証拠調べを開始するまで」という時的制約がある。□条解14,25-6

・なお、【例題】において、甲事件につき弁護人B1(東京弁護士会)、乙事件につき国選弁護人B2(大阪弁護士会)が選任されていたとする。乙事件が甲事件に併合された場合、乙事件の国選弁護人B2は解任されることになるのだ通常だろう(その理由は、刑訴法38条の3第1項1号「刑訴法30条の規定により弁護人が選任されたことその他の事由により弁護人を付する理由がなくなった」か)。

 

田村正博『全訂 警察行政法解説〔第2版〕』[2015]

松尾浩也監修『条解刑事訴訟法〔第4版増補版〕』[2016]

法務総合研究所『七訂 検察庁法』[2019] ※リンク先は「弁護士山中理司のブログ」。山中先生一人が各庁の自主公開を促している。偉大だ。

丸山嘉代・三井田守・武井聡士・笹川義弘・久保庭幸之介・石川雄一郎『任意捜査ハンドブック』[2023]

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