割れ窓理論

2016-12-04 14:25:57 | 刑事手続・刑事政策

[割れ窓理論とは]

・いわゆる「割れ窓理論」の元ネタは、フィリップ・ジンバルドーが1969年に発表した論文。高級住宅地と貧困地域に自動車を1週間放置した。貧困地域では車上狙いに遭うなどしたが、高級住宅地では何も起こらなかった。ついで、自動車の窓ガラスを一部割るなどして再び高級住宅地に放置したところ、パーツ盗みが頻発した。この実験から、「その場所が誰からもケアされていないと認知されると、逸脱行動を引き起こす」と考えられた。

・この応用例は、落書きの除去や、ディズニーランドでのゴミ拾い。「その場所をケアしているよ」とのメッセージを送ることで、落書き等をしにくい状況を作り出す。もっとも、本来の実験結果は「パーツ盗・車上荒らし」だから、それが凶悪犯罪まで拡張できるとみるのは疑問。

・1982年、ジェームズ・Q・ウィルソンとジョージ・キーリングが「Broken Windows Theory」を提唱した。ビルの割られた窓が放置されれば、その割れた窓は「誰も関心を示していないシグナル」となるから、残りの窓もいずれ割られることになる。同様に、軽微な犯罪や無秩序な状態(放棄された所有地、ゴミの堆積、路上の酩酊者、商店と揉め事を起こす若者、物乞い等)が放置されれば、住民は街灯の利用を控え、街頭での出来事と関わりを持たないようになる。そのような街頭では、麻薬取引、売春婦の客引き、自動車パーツ盗が起きやすいだろう。反対に言えば、重大犯罪を防ぐために、警察官を近隣の軽微秩序違反の取締りにあたらせることが重要である。

 

[ニューヨークでのOrder Maintenance-Policing]

・1994年、ルドルフ・ジュリアーノが犯罪防止と市民の「生活の質」に関わる問題への対応を公約に掲げてニューヨーク市長に就任した。ジュリアーノは、割れ窓理論から着想を得た「秩序維持ポリシングOMP」と呼ばれる戦略を実行した。

・(1)軽微犯罪に対する積極的な逮捕。OMPでは、公共の場での酩酊・うろつき・放尿排便・公共物の破壊・落書き・物乞い・売春といった軽犯罪へ攻撃的に法律を執行する。その結果、軽犯罪による逮捕は129,404件(1993年)から215,158件(1998年)と激増した。(2)攻撃的なstop-and-frisk。「警官に呼び止められる機会が増えれば、不審者は銃器の携帯を断念するだろう」との想定で、停止・捜検が活用された。

・ニューヨークでの人口10万人に対する殺人の発生件数(殺人率)は、1994年以降に急減した(特に銃器による殺人の減少が顕著)。

 

[OMPの問題点]

・1990年代の殺人率の減少は全米の大都市に共通する傾向であり、ニューヨークに特筆する現象ではないという批判がある。

・殺人や暴力犯罪が減少した理由として、「薬物市場の変化」が指摘される。前提として、殺人の半数程度が「薬物取引をめぐる抗争」に関わる。ところが1990年代になってコカインの新規ユーザーが減少した。また、この需要の減少を背景に、それまでの「路上での不特定多数への販売=トラブル多い」から「警察に可視化されにくい屋内でのヘビーユーザーとの取引=トラブル少ない」へと変化した。

・他の要因として、若年男性の減少、好景気、民間セキュリティの充実等も指摘される。

・本来、割れ窓理論は「積極的な逮捕」を意味しない。逸脱行動に対しては、説得・教育・カウンセリングといったソフトな方法がまず用いられるべきである。あくまでも逮捕と訴追は最終手段にすぎない。

 

今野健一・高橋早苗「ニューヨーク市における犯罪減少と秩序維持ポリシング」山形大学紀要(社会科学)38巻2号[2008]

荻上チキ・浜井浩一『新・犯罪論』[2015]pp65-72

 

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