国外退去した原供述者の検察官面前調書

2018-08-22 19:31:19 | 刑事手続・刑事政策

【例題】Aがある被告事件で起訴された。検察官Pが「参考人Sによる検察官面前調書」の証拠取調べを請求したところ、弁護人Bが不同意の証拠意見を述べた。この原供述者Sは、上記調書の作成後に国外退去している。

 

[伝聞例外としての2号前段該当性]

・(被告人以外の)検察官面前調書に弁護人が刑訴法326条の同意を与えない場合、検察官は、当該原供述者の証人申請をするのが通常である。

・ところが、何らかの理由で原供述者が証言できない場合がある。このような場合を想定して、刑訴法321条1項2号前段は、検察官面前調書につき「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」を要件として証拠能力を認めている。本文上は、この供述不能要件に限定は付されていない。

 

[退去強制と検察官の「義務」]

・特に外国人事件においては、重要証人(となるべき人物)が捜査段階や公判段階で退去強制となってしまい、公判に出廷させられないという事態がある。この場合の2号前段該当性について初めての判断したのが最三判平成7・6・20刑集49巻6号741頁である。これは「原供述者が退去強制となったため、事実審において検察官が原供述者の検察官面前調書を2号前段該当書面として請求し、これが取り調べた事案」であった。(1)結論「当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得る」。(2-1)例示1「検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合」。(2-2)例示2「裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合」。

・この「手続的正義の観点から公正さを欠くときは証拠にできない」という説示につき、供述不能要件の法解釈を述べたものか、それとも憲法解釈(37条2項、31条)かが明瞭でない、との指摘がある。□酒巻546-7

・「検察官による国外退去事態の殊更利用例」として、検察官が、(a)当該外国人の証人尋問を回避する意図で起訴を遅らせる、(b)弁護側の第一回公判前証拠保全請求(刑訴法179条)を不能とする意図で証拠開示を遅らせる、(c)公判においてあえて他の証人申請を先行させて当該外国人の証人尋問を不能とさせる、といった具体例が説かれる。しかし、現実に生起するとは想定しがたい、ともいわれる。□上冨179、河原187

・もう一つの例示である「証人尋問決定にもかかわらず退去強制例」について、最判の判示を素朴に読めば「証人尋問決定+退去強制=直ちに手続的不公正」とも思われる。ところが、現実には証人尋問決定をもって退去強制を停止することはできないし、検察官はオーバーステイの外国人を国内にとどめるべき法的権限や事実上の影響力も持たない。すると、判示の文言にかかわらず、2号該当性を否定するには「検察官が手続的にアンフェアだと非難できるだけの事情(例;検察官による公判期日の引き延ばし等)」が要求されよう。逆に言えば、「証人尋問決定の有無」も決定的要素にはならないか(たぶん)。□上冨179、河原187

・下級審裁判例は、調書が作成されて証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由を踏まえて「手続的公正さ」の有無を判断している。□石井160-1

・近時のものとして、東京地判平成26・3・18判タ1401号373頁(最三判平成28・12・9刑集70巻8号806頁の原々審)がある。ここでも、最判の例示から離れて実質的な判断がされているか(たぶん)。[a]検察官による「相応の尽力」を起訴付ける事情;起訴検察官と公判検察官は「Sの供述が被告人の有罪立証にとり重要な証拠であるとともに、Sが近日中に強制送還されて本件の公判期日において同人の証人尋問を行うことができなくなる高度の蓋然性があること、その場合に、検察官が刑訴法321条1項2号前段の規定により本件各供述調書を立証に用いると、被告人や弁護人はその内容について反対尋問を行う機会がないことを認識していた」。したがって、同検察官らは「起訴後直ちに、弁護人に対して、Sの供述調書を証拠請求する見込みや同人が釈放され、在留資格がないことから退去強制処分を受ける可能性があることを連絡し、弁護人に刑訴法179条に基づく証拠保全としてSの証人尋問請求をする機会を与えるか、何らかの事情によりこれが困難な場合には、次善の方策として、検察官がSについて刑訴法227条による第1回公判期日前の証人尋問を裁判所に請求するなど、同人の証人尋問の実現に向けて相応の尽力をすることが求められていた」。特に「同検察官らが、本件公訴提起の当日にSを釈放し同人が入国管理局に収容されたこと及び本件の立証におけるSの供述の重要性を裁判所と弁護人に早期に通知するといった配慮を行うことは極めて容易であって、このような配慮ができない事情や配慮を行うことの弊害を窺わせる事情は認められない」。[b]検察官が「相応の尽力」をしていた場合の帰結;「そして、Sは、入国管理局による収容から14日後に強制送還されているが、東京地方裁判所における証拠保全手続の運用からすると、この間に弁護人が証拠保全請求をして証人尋問を実現できる可能性は十分あり、裁判員裁判事件における現在の証拠開示の運用に照らせば、検察官が速やかにSの供述調書等を任意開示することで、実効性のある証人尋問を行うことができた可能性も高い」。[c]以上の経緯と手続的正義;「本件においては、検察官が、当時の状況を踏まえて、被告人又は弁護人にSに対し直接尋問する機会を与えることについて、相応の尽力はおろか実施することが容易な最低限の配慮をしたことも認められないのであるから、Sの本件各供述調書を刑訴法321条1項2号前段により証拠採用することは、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって、その程度が著しいと認められるし、将来における証人審問権に配慮した刑事裁判手続を確保するという観点からも、到底許容することができない。したがって、本件各供述調書を証拠採用することはできない」。□河原187

 

[実務的対応]

・証拠保全請求(刑訴法179条1項)は弁護側に限定されている。また、東京地判が「次善の方策」とあげる「検察官による第一回公判前の証人請求(刑訴法227条)」も、「原供述者が公判期日にて前供述と相反供述をするおそれ+当該供述が犯罪の証明に欠くことができない」という要件が必要となる。

・刑訴法の上記規定と現行の入管システムを前提とすれば、「いずれ退去強制される可能性のある原供述者の検察官面前調書」を証拠としたい検察官には「弁護側に対して当該調書をすみやかに任意開示する+退去強制見込みをアナウンスする=弁護側に刑訴法227条の証拠保全請求をする機会を与える」ことが、将来の2号前段請求に備えた必要十分条件となろう(たぶん)。すなわち、「検察官のイニシアチヴで当該原供述者を国内にとどめることはできないよ。反対尋問がしたいのならば弁護側で証拠保全請求してね。さもなくば2号前段で請求するよ」ということ。□河原187参照

・弁護側としては、「すみやかな任意開示請求」「原供述を弾劾したいならばすみやかに証拠保全請求」「早期に証人尋問期日が開廷されるように裁判所をせっつく」といった対応が求められよう。これらを怠ると2号前段該当性を阻止できないかも(たぶん)。□上冨179参照 

・立法論として、当該外国人を国内にとどめておける規定の整備が必要である、との提言もある。□河原187

 

上冨敏伸「退去強制と検察官面前調書(判批)」井上正仁ほか編『刑事訴訟法判例百選〔第9版〕』[2011] ※検察実務家の立場からの分析だが(悔しいかな)説得的。

石井一正『刑事実務証拠法〔第5版〕』[2011]

酒巻匡『刑事訴訟法』[2015]

河原俊也「退去強制と検察官面前調書(判批)」井上正仁ほか編『刑事訴訟法判例百選〔第10版〕』[2017] ※実務の記載は有益だが論理構成が甘い?

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