現預金を狙った特殊詐欺の罪名

2024-02-08 01:05:34 | 刑事実体法

【例題】Aは、氏名不詳者の指示により、いわゆる「特殊詐欺」の実行犯として行動した。

(case1-1)Aは、「Vの子の会社の人間」を装ってVの自宅を訪れ、「Vの子が会社の金を横領したので、今日中に穴埋めが必要だ」と述べて、Vから現金100万円を受け取った。

(case1-2)Aは、警察官を装ってVの自宅を訪れ、「キャッシュカードが不正に利用されているので、交換が必要である」などと言ってVからキャッシュカード、通帳、銀行印を受け取り、そのまま持ち去った。※いわゆる「預貯金詐欺」

(case1-3)Aは、警察官を装ってVの自宅を訪れ、「キャッシュカードが不正に利用されている」などと言ってVからキャッシュカードを受け取り、Vが目を離していたうちにあらかじめ用意していたキャッシュカード様の物とすり替えてこれをVに渡し、真正のキャッシュカードはそのまま持ち去った。※いわゆる「キャッシュカード詐欺盗」

(case2-1)Aは、B銀行の窓口に行き、行員に対して、不正に入手したVの通帳、銀行印、偽造したV名義の委任状を示し、現金10万円の払戻しを受けた。

(case2-2)Aは、B銀行のATM機に行き、不正に入手したVのキャッシュカードを挿入して暗証番号を入力し、ATM機から現金10万円を引き出した。

(case2-3)Aは、B銀行のATM機に行き、不正に入手したVのキャッシュカードを挿入して暗証番号を入力し、V口座から氏名不詳者口座へ100万円を振り込んだ。

(case3-1)Aは、税務署職員を装ってVに架電し、「還付金が受け取れる」と述べてVをB銀行のATM機まで行かせ、電話口で指示とおりにATM機を操作させ、V口座から氏名不詳者口座へ100万円を振り込ませた。

(case3-2)Aは、警察官を装ってVに架電し、「Vの子が会社の金を横領したので、今日中に穴埋めが必要だ」と述べてVをB銀行のATM機まで行かせ、電話口で指示とおりにATM機を操作させ、V口座から氏名不詳者口座へ100万円を振り込ませた。

(case4-1)Aは、氏名不詳者の指示にしたがい、渡されたキャッシュカードを用いて、V名義口座から100万円を引き出した。

(case4-2)Aは、氏名不詳者の指示にしたがい、自己のキャッシュカードを用いて、A名義口座から100万円を引き出した。

 

[被害者から犯人へ財物の占有が移転すること:窃盗罪or一項詐欺罪]

・窃盗罪と一項詐欺罪のいずれになるかは、「財産的処分行為=占有を任意に移転する交付行為」の有無で決まる。

・「キャッシュカード詐欺盗」は、被害者にキャッシュカードの占有を移転する意思はないので、窃盗罪になる。教科書事例で言う「試着室に行くふりをして商品を持ち逃げすること」と同じ。□井田262-3

・これに対し、「預貯金詐欺」におけるキャッシュカードや通帳等の持ち去りは、被害者の任意の占有移転意思に基づくので、一項詐欺罪になる(たぶん)。

 

[銀行員を介して犯人が被害者口座から預金の払戻しを受けること:一項詐欺罪]

・被害者本人に成りすましたり、権限を有する代理人に成りすますことは、銀行員に対する「挙動による欺く行為」となる。それにより銀行員を欺いて現金を交付させれば、一項詐欺罪が成立する。□BR202-3、井田261

 

[ATM機を介して犯人が被害者口座から預金を引き出すこと:窃盗罪]

・窓口現金引出事例とは異なり、ATM現金引出事例では「機械に対する欺罔」は観念できない。この場合は、銀行の占有する現金に対する窃盗罪となる。□BR 202-3、井田258

※電子計算機使用詐欺罪は「電子計算機への虚偽の情報を与える、虚偽データを使用する」行為を捕捉する。その典型は、銀行員による元帳ファイルへの架空データ入力、偽造プリペイドカードの使用など。他人のキャッシュカードをATM機に入れる(+暗証番号を入力する)行為は、これに該当しない。□井田287-9

 

[ATM機を介して犯人が第三者口座(受け皿口座)から詐欺取得金を引き出すこと:窃盗罪]

・裁判例では、「他人名義口座の利用は、銀行の意思に反する」ことを、窃盗罪成立の理由に挙げる。□BR195-6

 

[ATM機を介して犯人が自己口座に振り込まれた詐欺取得金を引き出すこと:窃盗罪]

・裁判例では、「犯罪取得金の利用は、銀行の意思に反する」「詐欺取得金の流失は、銀行の意思に反する(∵振り込め詐欺救済法)」ことを、窃盗罪成立の理由に挙げる。□BR195-200

 

[ATM機を介して犯人が被害者口座から犯人口座に送金すること:電子計算機使用詐欺罪]

・電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)は、[1]「電子計算機に虚偽の情報(※)or不正な指令を与える→不実の電磁的記録を作る」行為(前段)と、[2]「虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供する」行為(後段)を捕捉する(刑法246条の2)。最一決平成18年2月14日刑集60巻2号165頁[クレジットカードの不正利用事案]の言い回しを文字れば、「口座名義人による振込の申込みがないにもかかわらず、ATM機にキャッシュカードを挿入した上で暗証番号等を入力送信して、名義人本人が振込を申し込んだとする虚偽の情報を与え、名義人本人が振込をしたとする財産権の得喪に係る不実の電磁的記録を作り、預金債権を取得して財産上不法の利益を得た」となろうか(たぶん)。□BR189-90

※立案担当者の理解によれば、「虚偽の情報=情報を裏付ける現実の事実的法律的関係の不在」となろう。□BR203-4

 

[ATM機を介して被害者に被害者口座から犯人口座へ送金させること:一項詐欺罪(?)or電子計算機使用詐欺罪]

・「ATM機を操作している被害者本人に『送金操作をしている』との認識があるか否かで区分されているだろう(たぶん)。

・被害者が「送金操作をしている」ことを自覚していれば、被害者に送金操作をさせる理由があると欺いて財産上の利益(=預金債権)を得ていることになり、二項詐欺罪が成立するように思われる。ところが、裁判実務では「預金債権の移転≒現金の移転」との素人的発想(?)から、これを一項詐欺罪で処理している(※)。□BR187-9、井田283-4

※なお、この便宜を推し進めると「被害者からアップルギフトカードのコードを聞き取ること」も一項詐欺罪となろうが、さすがに言い過ぎだろうか(たぶん)。

・犯人自らがATM機を操作して送金処理をした場合(上述)と同様に、「被害者に還付金を受領できる旨誤信させ、ATM機の操作を指示し、送金操作と気付かせないまま犯人の管理口座に現金を振込送金する操作を行わせること」も、電子計算機使用詐欺罪に該当する(大阪高判平成28年7月13日(平成28年(う)第176号)裁判所ウェブサイト)。より精緻に言えば、被害者を道具とした間接正犯か。□BR102

 

警察庁・SOS47「特殊詐欺対策ページ」

井田良『講義刑法学・各論』[2016]

高橋則夫・田山聡美・内田幸隆・杉本一敏『財産犯バトルロイヤル』[2017] ※良い本だと思うが名前が・・・

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