自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

松阪市戦没兵士の手紙集 『ふるさとの風や』 (再掲)

2015年07月29日 | Weblog

 僕は小学3年生から高校3年生まで松阪市で育てられた。10年ぐらい(10年余り)前に久しぶりに本居宣長記念館を訪れた時に館長から 『ふるさとの風や』 という約200頁の新書版の本を頂いた。この本があることを初めて知った。以来、折に触れてこの本に収められた戦没兵士の手紙を読んでいる。この本の初版は昭和41年2月。平成7年に復刻。非売品で入手し難いのが惜しい。次は初版当時の市長の巻頭言の部分である。

 「太平洋戦争で死んだ松阪市民は約四千名である。雪凍る北満の地で、暑熱のジャングルまたは孤島で、傷つき倒れ、あるいは飢え、また太平洋の底深く沈められ、はては沖縄で武器も持たず裸で殲滅されていった私たちの親や兄弟たち。
 どんな思いだっただろう。
 粛然、襟を正し、敗戦のもたらしたこの二十年間の平和を噛みしめ回想する。
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 なにを思い、なにを考え戦線で死んでいったろうか。わずかにそれを知る手がかりとなるのは、これらの人たちの故郷の肉親・友人への手紙ではなかろうか。
 戦時中、すべての人たちの生活は規制され統制され、型式化され、個人の恣意は許されなかった。
 軍隊ではもっときつかった。故郷への手紙だって様式化され紋切型のものだった。不安や危惧を素直に表現することは女々しい「皇軍兵士」として恥ずべきこととされていた。
 しかしながら私たちは、農民出の兵士の「今年、田の水は大丈夫ですか?」とのさりげない文字に、その兵士の胸に湧く無量の感慨をくみとることが出来る。おそらく、この文字を書く時、彼の胸裏には、ふる里の山河の緑、空の色、雲のゆききが、いきいきと<よみがえっていたにちがいない。
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 「戦没市民」の人間性を探究し、記録し、後の世に残すために、この人たちの「手紙集」を市の事業として編集したいと考えている。戦没大学生の文集「きけわだつみの声」、岩手県「戦没農民兵士の手紙」に次ぐものとしたい。・・・・
 もっともらしい口実や理屈や理論をつけようとも、他国を傷つけ侵略するような戦争には反対し、平和をどのように維持していくかを、静かに思い、考え、静かに不再戦の決意を持つ手がかりともなり得たら、との発想からの企画である。」


(今後、一切、日本人が戦地へ趣くことがないように!!! 安保法制(その骨格は集団的自衛権)が国会を通過しないように!!!)

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