谷沢健一のニューアマチュアリズム

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2008年の初めに(その1)

2008-01-08 | YBC前進
 暮れから1週間、名古屋に行って家族や友人たちと過ごしてきた。喪も明けていないので一般的な正月の習わしはできるだけ避け、めでたい気分を心から遠ざけるようにした。神社への参拝もできないので、1月1日のセレモニーは「父と母へ献杯するぞ」の言葉から始めた。
 遠ざけたつもりだったが、慎ましい御節料理がことのほかうまかった。30日に知人の農家で恒例の餅つきをしたのだが、その餅がとろけるような絶品に仕上がった雑煮、黒豆、酢ごぼう、ごまめ、なます、全てが手作りの我が家伝統の大阪風御節である。妻が私や家族の舌をせいいっぱい喜ばしてくれることは、亡き父母も許してくれるだろう。
 爺として孫たちの面倒を見ているときには一種の無心に回帰しているので、YBCのことは時時(じじ)忘却してしまう。しかし、「今年のスローガンを考えてくる」と副部長と約束をしたので、ジョギングにでかけた折に「思慮しながら走る」ことを何度か試みた。三が日を経過しても決定的なロゴスは現れず、いささか困った。ヒントはブログからであった。ブログの「この1年」を改めて読み直した時、年末にかかってきた電話が思い出された。
 昨年のクラブチーム座談会や湘南シーレックスとの対戦が当該チームに刺激を齎したのだろうか、伝統あるクラブチームの監督やマネージャーから電話が何本かあった。「3月の初めという時期に、うちの選手たちがプロのスピードを体験した御蔭で、その後の公式戦にすごく効果があった」「いい選手が入ってきたので、彼らに励みや動機づけを与えてやりたい」などの理由で、湘南シーレックスとの再戦を期待するという電話だった。
 私は「皆さんの意向は分かりました」と応えたものの、躊躇が心を占めた。というのは、昨年の対戦の結果から考えると、湘南シーレックスに迷惑をかけたのではないかという反省である。もちろん、そんなクレームはなかった。しかし、改めてクラブチームの現状と在り方について考えさせられたのである。