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長嶋、王、杉下、そして…(その2)

2008-11-15 | プロ野球への独白
 中日の監督時代、開幕前には目黒区柿の木坂の自宅にチーム全員を呼んで食事会を開いてくれた。当時の日本人監督では考えられない家族愛に満ちた統率力だった。今日の会場にも奥様、当時15歳だったポール、お嬢さんのエミーのご家族が、皆さんを迎えていた。
 谷沢「ヘイ!ポール、家族も多くなったね」ポール「あの時、選手やスタッフの皆さんと楽しく過ごしたことは忘れません」
エミー「谷沢さん、変わりませんねー。ロスに住んでますので是非いらしてください」懐かしさで1974年(優勝の年)にタイムスリップしてしまった。
 皆さんの祝辞も楽しかった。ウォーリーの来日初打席の投手は杉下さんで、その映像が会場に流された。セフティーバントが見事に決まった瞬間である。杉下氏「フォークで仕留めてやろうと投げたらバントだろう。慌てたね。俺はあまりにも絶妙なので取りに行くのを止めたよ」。
 売り物の激しいスライディングについても、金田氏が「日本の野球を変えたね。観察してたら、リードしながら両手に土を握っているんだ。二塁ベース上で野手に眼つぶしだよ。恐れ入ったね」と、おそらく金さん一流のジョークだろう。
 権藤博氏も「私が年間35勝をした時も、ウォーリーには足でかき回されて、勝ち星をいくつも損をした」と思い出を語った。
 印象的だったのは、巨人時代一番仲の良かった内藤博之氏で、「遠征先でも日曜は教会に行った。私はいつも付き合わされた。あるとき食事会に行くと豪華な御馳走が並んでいた。ウォーリーは御馳走の横に入れ歯を外して置き(フットボーラー時代に総入れ歯にしていた)、黙々と食べた。」その姿はひどく厳しくて、内藤氏以外誰も近寄れなかったそうである。
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