ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

成瀬巳喜男・19~『秋立ちぬ』

2020年04月05日 | 日本映画
『秋立ちぬ』(成瀬巳喜男監督、1960年)を観た。

夫を亡くし信州から上京した親子、茂子と秀男は、銀座裏で八百屋をしている伯父・常吉のもとへやってきた。
今は夏休みの秀男は小学六年生。
信州から持ってきたかぶと虫を可愛がっている。

着いた早々、茂子は、兄の家に二人も厄介になれないと、近くの旅館「三島」に住み込みで働き始める。
残された秀男は、ここの長男・昭太郎と一緒に寝起きし、八百屋の仕事を手伝いながら少しずつ都会の生活に慣れていった。
ある日、昭太郎から母の勤める「三島」へ野菜を届けるように頼まれた秀男だが、途中で、地元の少年たちとケンカになってしまった。
秀男は勝ち、少年たちが逃げていった後、一人の少女が落ちたトマトを拾ってくれた。

少女は順子と言い、秀男の母親が働く「三島」の女将の娘であった。
「三島」で、久し振りの母を待つ間、秀男は小学四年生である順子に頼まれて算数の宿題を教えてあげた。
しかし会った母親は、仕事中だと言って、素っ気なく部屋に戻っていった・・・

少年秀男を主人公とした映画である。

信州生まれの秀男は海を見たことがない。
そのことを順子に話すと、順子は見せてあげるからと、次の土曜日に二人してデパートの屋上に行く。
しかしそこから見えるのは、青くなく遠くに霞んだ期待外れの海だった。
がっかりする秀男に順子は、「近くに行けば青いわ。じゃあ、今度一緒に行きましょう」と誘う。

帰り、デパートで昆虫を買おうとした順子に、秀男は信州から持ってきたかぶと虫をあげると約束する。
しかし帰宅すると、かぶと虫は逃げ出していなくなっていた。
しょげる秀男に昭太郎が、次の公休日にかぶと虫捕りに出かけようと慰める。
当日になり、多摩川にきた二人だったが真夏の雑木林にかぶと虫はいなかった。

帰宅した秀男を前にして伯父夫婦が話している。
母茂子が旅館の常連客である真珠商の富岡と駆け落ちしてしまったと。

次に秀男と順子が会った日。
順子は「あんたのお母さん、ひどいわね。悲しいでしょ」と、秀男に聞く。
秀男は、悲しくないと言い、
それに対して順子は、「中年の女って怖いんですってよ。あんたのお母さん、中年の女でしょ」
「中年の女が男に狂うと、子供のことなんか忘れちゃうんだって。あんたのお母さんもあんたのこと忘れたんだわ」などと、
大人の世界の実態が理解できずに、秀男に同情する。

純粋な子供の世界に、無慈悲にも大人の社会が覆い被さってくる。
子供には抗えない出来事、世の仕組みが、子供だけの世界に否応なく残酷につきまとう。

その残酷さは、秀男だけに限ったことではない。
実は、順子の母親・直代は、大阪に本宅があり、月に二、三度やってくる浅尾の妾である。
そんな父親が大阪から二人の子を連れてやって来る。
順子は早速、父親に「東京にもう一人お兄さんが欲しいんだけど」と、秀男のことを頼んでみたりする。

こんな順子でも、本宅の子と自分では微妙な差異あると、どこそこ気がついている。
だから、「どうしてお父さんは、お母さんを二人持ってるの。ねぇ教えてよ」と、母親に質問する。

秀男と順子は、もうお母さんなんか嫌いと、タクシーに乗り晴海へ海を見に行く。
しかしそこは埠頭であって、大海原を眺望できる風景ではない。
二人は手を繋いで線路の上を歩き、広い埋立地まで行く。
ここでの海も、秀男の思い描くものとはほど遠い眺めだった。

秀男は、夏休みが終わるまでにきっとかぶと虫を捕まえてプレゼントすると順子に言い、目の前にいたバッタを捕まえようとする。
だが、岩場で転び怪我をしてしまい、結局はパトカーで家まで送ってもらう羽目になった。
帰って来るや、秀男は心配していた伯父に頭を思いっきり叩かれる。
片や順子も、帰りが遅いのを気に病んでいた母に、秀男と遊ぶことを禁じられてしまった。

秀男を庇う昭太郎は、もう一度かぶと虫捕りに行く約束をしたが、行く直前になって友達の遊ぶ誘いに乗ってしまう。
がっかりした秀男だが、丁度信州の田舎から送ってきた林檎箱の中に、一匹のかぶと虫がいるのを見つけた。
喜び勇んだ秀男は、走って順子の家に駆けつける。
しかし、そこは引っ越しの後で「三島」の者は誰もいなかった。

一夏の出会い。
置き去りにされてしまった秀男の心情を思う時、ふかく胸に突き刺さってくるものがある。
馴染めない都会の片隅での日常。
それでも、イジイジとしていない秀男は今後もそれなりにやっていけるのではないか、そんな薄らかな希望もみえる、心に沁みる傑作だった。

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