『リディアと四人の恋人』(ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、1941年)を観た。
障害児孤児院を設立したリディア・マクミランを讃えるラジオ放送を聴いていたマイケルは、
リディアを訪ねて行き、再会を喜ぶ彼女に水曜日に来てくれるよう申し出る。
リディアがマイケルの家を訪ねると、そこにはナイトクラブの支配人のボブ、盲目の音楽家フランクもいた。
マイケルは、あと一人リチャードにも声を掛けてあると言う。
この男性4人は40年前、それぞれがリディアを愛していた相手だった。
リディアは、ここにいる3人が愛してくれているのを知っていながら、なぜ結婚しなかったのか。
そして、今現在もなぜ独身なのか・・・
回想が始まる。
ボストンの名家の娘リディアは祖母に育てられている。
リディアは、執事の息子で医者になっているマイケルと、初めての舞踏会に行く。
その舞踏会で、フットボール選手のボブと知り合い、恋して駆落ちまでするが、彼の酔態に幻滅を感じ家に逃げ帰る。
失意の底にいるリディアをマイケルは愛しているが、彼女の方は兄妹愛のような気持ちから進まない。
マイケルが海兵隊員としてキューバへ出征する。
船を見送るリディアは、そこに乗船しているリチャードを目にする。
そして、岸壁で知り合った盲目の少年ジョニーに感化されたリディアは、“盲目の子供の家”を設立することにする。
その家に、盲目のピアニスト、フランクが訪ねてきて協力を申出る。
フランクは、目がある程度見える子からリディアの容姿を聞き、彼女に恋していく。
マイケルが出征から帰って来、リディアは彼と舞踏会へ行く。
その会場にリチャードも現れ、リディアは彼に夢中になる。
船乗りであるリチャードとリディアの甘い生活。
リディアはリチャードに全身全霊を掛けて愛するが、ある日、船で出掛けた彼は帰って来ない。
回想している現在。
そのリチャードが最後にやっとみんなの前に現れて、その結末が最大のクライマックス。
この作品は、第二次世界大戦のためにデュヴィヴィエがアメリカに渡って作製された第一作目。
そして内容は、自身の『舞踏会の手帖』(1937年)に近い雰囲気となっている。
だから、二番煎じではないかとの印象が刻まれ、悪く言えば、ハリウッドに対してお茶を濁している感じを受ける。
それでも、恋愛をロマンチックに夢見る人には、これは格好の題材の映画かもしれない。
とは言いながら、やはり勝手知ったフランスと異国の地アメリカでの戸惑いをデュヴィヴィエは微妙に感じているのでは、と想像できる作品だった。
障害児孤児院を設立したリディア・マクミランを讃えるラジオ放送を聴いていたマイケルは、
リディアを訪ねて行き、再会を喜ぶ彼女に水曜日に来てくれるよう申し出る。
リディアがマイケルの家を訪ねると、そこにはナイトクラブの支配人のボブ、盲目の音楽家フランクもいた。
マイケルは、あと一人リチャードにも声を掛けてあると言う。
この男性4人は40年前、それぞれがリディアを愛していた相手だった。
リディアは、ここにいる3人が愛してくれているのを知っていながら、なぜ結婚しなかったのか。
そして、今現在もなぜ独身なのか・・・
回想が始まる。
ボストンの名家の娘リディアは祖母に育てられている。
リディアは、執事の息子で医者になっているマイケルと、初めての舞踏会に行く。
その舞踏会で、フットボール選手のボブと知り合い、恋して駆落ちまでするが、彼の酔態に幻滅を感じ家に逃げ帰る。
失意の底にいるリディアをマイケルは愛しているが、彼女の方は兄妹愛のような気持ちから進まない。
マイケルが海兵隊員としてキューバへ出征する。
船を見送るリディアは、そこに乗船しているリチャードを目にする。
そして、岸壁で知り合った盲目の少年ジョニーに感化されたリディアは、“盲目の子供の家”を設立することにする。
その家に、盲目のピアニスト、フランクが訪ねてきて協力を申出る。
フランクは、目がある程度見える子からリディアの容姿を聞き、彼女に恋していく。
マイケルが出征から帰って来、リディアは彼と舞踏会へ行く。
その会場にリチャードも現れ、リディアは彼に夢中になる。
船乗りであるリチャードとリディアの甘い生活。
リディアはリチャードに全身全霊を掛けて愛するが、ある日、船で出掛けた彼は帰って来ない。
回想している現在。
そのリチャードが最後にやっとみんなの前に現れて、その結末が最大のクライマックス。
この作品は、第二次世界大戦のためにデュヴィヴィエがアメリカに渡って作製された第一作目。
そして内容は、自身の『舞踏会の手帖』(1937年)に近い雰囲気となっている。
だから、二番煎じではないかとの印象が刻まれ、悪く言えば、ハリウッドに対してお茶を濁している感じを受ける。
それでも、恋愛をロマンチックに夢見る人には、これは格好の題材の映画かもしれない。
とは言いながら、やはり勝手知ったフランスと異国の地アメリカでの戸惑いをデュヴィヴィエは微妙に感じているのでは、と想像できる作品だった。