原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

男の、身の処し方。

2013年01月11日 08時08分43秒 | スポーツ

 

昨年の暮れ、ニューヨークからちょっぴり寂しいニュースが届いた。あの松井秀樹の引退宣言である。昨年夏に戦力外通告を受けて以来、他のメジャー球団からついにオファーがなかった。ひょっとしたら日本球界に再び返り咲く、という話もあった。だが彼の下した決断は引退であった。38歳。年齢的にはまだ十分できる。それでも彼は日本で再びという選択をしなかった。彼自身の心の中で一つの決着がついたということなのだろう。当然ながら、もしどこかの球団(メジャー)が入団を認めれば確実に彼は現役を続行しただろう。その自信もあったはずだ。だがそうはならなかった。それが彼が決めた身の処し方であったと思う。

 

思えば、彼の師でもある長嶋茂雄が現役を引退したのも38歳の時であった。偶然の一致なのだが、なにか不思議なつながりを感じる。早い決断というだけではなく、まだ余力を残していながら、自分を処するという厳しい心という点でよく似ている。長嶋はシーズン最終試合のダブルヘッダーで1ホームランを含む4安打。引退試合ということで相手側の中日が多少甘い球を投げたにしても、そう簡単に打てるものではない。それだけの力を十分に持っていたということなのである。

長嶋と双璧であった王貞治の引退も同様に思う。彼の引退は40歳の時であった。最後のシーズンは30本のホームランを打っている。それでも引退を決意した。理由は自分の描いているようなホームランにならなかったからだという。800本を超すホームランを打った男でなければ言えない言葉であろう。数の問題ではなく、その中身を問題にしていたのである。

もう一人、思い出す野球選手がいる。江川卓である。彼の引退は若干32歳。引退会見では肩の痛みがその原因と語っていた。打ってはいけないツボに針を打ったためと。しかしこれは江川の作り話。肩の痛みは事実であったが、鍼灸で肩をダメにするツボなどない。真実は彼がこだわり続けてきた速球に対する挫折が原因であった。高校時代から160キロを超す速球を投げる投手だった。プロになっても投げる球種はストレートとカーブだけ。とくに高めに浮き上がるストレートは今でも球界最高と言われるくらいすごかった。絶対の自信があった。その球をサヨナラホームランされた時(広島の小早川)、江川はすべてが終わったことを感じた。よりどころを失った瞬間だった。シーズン終了と同時に引退をする。

 

この三者に共通する思いがある。それは「誇り(プライド)」である。自分が現役を続けるために絶対守らなければならないプライド。それが崩された時、もう現役引退しかない。長嶋は3割という数字にこだわった。王はホームランにこだわった。江川はストレートにこだわっていた。この三人と相通ずるものをニューヨークの松井秀樹に感じる。日本に帰れば十分に主力として現役を続けられる力を持ちながら、それをしない理由はやはり「プライド」だと思う。松井はメジャーで現役を終わらせることにこだわっていた。そうでなければ、日本にいれば三冠王も夢ではなかった男が、メジャーに挑戦をした意味がなくなる。彼はそう考えたに違いない。日本の球界で、松井はDHでプレーする自分や6番や7番目に打席に入る自分の姿など想像できなかったはずだ。だからこそ彼は引退を決断したのである。

 

こうした選手たちと対極にいる名選手もいる。同じく昨シーズンで現役を引退した金本和憲だ。44歳半ばまでプレーしていた。連続フルイニング出場1492試合、連続イニング出場13,686イニングはともに世界記録。彼は長く現役を続けることにこだわった。先発から外され代打もすべて引き受けた。

彼と同じようにボロボロになるまで現役を続けた名選手はまだいる。生涯一捕手にこだわった野村克也だ。彼は三冠王もとり、プレーイングマネージャーとして監督もやっている。それでも最後まで現役にこだわり、南海からロッテ、西武と渡り歩いて現役を続け、45歳で引退している。

彼らをここまで執着させたものは何であったのか。余力を残して現役を引退した先の四人との違いはどこにあるのだろうか。男の身の処し方として、なかなかに興味深い。

金本は求道者のようだった。打てなくなれば努力が足りないと考える。怪我をしても気力で打てると考える。そこにこだわった。たたき上げの人間だから行きつく境地でもある。とことんやったあげく、限界を知った。求道者であるプライドを最後まで求めて終わろうとしていた。野村は、自分のたたき上げの技術に絶対の自信を持っていた。歳をとろうと他には負けない自信とプライドがあった。最後の年の9月。久しぶりの先発であった。ゲームは1点ビハインドで8回となっていた。所属していた西武はチャンスをつかみ1アウト満塁で野村を打席に向かえた。野村はどんなに悪くても外野フライぐらい打てると自信を持っていた。ところがピンチヒッターを告げられる。この代打が内野ゴロでゲッツー。野村はその時「ざまぁ見ろ」と思った。同時に勝つことを目的にしてきた自分の野球が、心なかで負けろと叫んだことに違和感を覚えた。そして現役引退を決意する。やはりプライドがそこにあった。

 

プロ野球界に入る前からすでにスターであった前の四人と、まったくの無名からスタートした後の二人。この違いが身の処し方の違いになって表われているように感じる。過程も終わり方も全く違うように見える両者であるが、共通しているものがある。古いタイプの男の美学である。昔の日本人(男)の典型とも言えるかもしれない。野球だけでなくサッカーでも同じようなこといえる。やはり昨年に引退を宣言したゴン中山である。彼もまたボロボロになるまで現役にこだわった。中田ヒデが全盛期にスパッと引退したのとあまりに対照的だ。どちらも、身の処し方として見事、としか言いようがない。

こんな風に感じさせるプロの選手が、少しずついなくなっていく。正月早々、少しばかりさびしい気持ちとなった。


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2 コメント

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「男脳」・・・ (numapy)
2013-01-11 09:30:11
潔く引くか、ボロボロになっても現役を続けるか…
そのどちらも、美学であるには違いありませんが、
素はというと、どうやら自らの行動にこだわり続ける
「男脳」というのがあるらしいですね。
この「男脳」は、妊娠4週間目にはすでに活動を始めると言いますから、価値観の素はどうやらそのあたりからあるらしい。今回の行動は、らしいと言えば松井らしく、金本らしく
ありますね。
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なるほど、男脳ですか。 (genyajin)
2013-01-11 09:53:51
たしかに、女性にはあまり見られない行動のような気がします。スポーツの世界に限って言えば、女性の引退について印象的な人はほとんどいません。やはり男限定の世界とも言えるのかも。
女性から言わせれば、だから男はダメなのよ、と言われそうですが、だからこそ男なのだといいたいですね。
良い男になるには、すでに遅すぎますが、できれば、そうなりたいと願うのは、やはり男の愚かさかな。
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