原野の言霊

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台湾シリーズ④―本省人と外省人

2012年02月03日 08時11分50秒 | 海外

 先月14日台湾で総統を選ぶ選挙が行われた。国民党の馬英九氏が再選された。台湾初の女性総統の誕生が期待された民進党の蔡英文氏だが、善戦したにもかかわらず敗れてしまった。他国台湾の総統選挙であり、日本ではあまり大きな話題とならなかったが、この選挙に異常な介入をした中国という国のことを考えると、単に他国の選挙と傍観者を決めている事態ではないことを強く感じる。今後の日本にも大きく影響する選挙結果であったと思うからだ。中国の強力なバックアップを受けた馬総統は日本に対する態度も当然中国寄りになるはず。不安が募る。

台湾の総統選挙は国民党と民進党という二つの政党による争いという基本構図に見えるが、台湾の歴史から見ると、もっと根深い大きな「二重構造の争い」がある。これを知らなければ、正確に台湾の現状を理解することはできない。それは蒋介石時代からつながる大きな「溝」なのである。

日本が第二次世界大戦で敗戦し、台湾からすべて引き揚げた後、中国大陸から蒋介石軍が上陸し支配する。その後、毛沢東の共産党との政権争いに敗れた蒋介石は台湾に拠点を移し、中華民国とした。台湾は台湾省として位置づける。台湾省というのはあくまで南京を首都とする中国の一部の立場を維持する蒋介石なりの方策であった。北京を拠点とした毛沢東の中華人民共和国と対立するためであった。当時の国連では中国といえば蒋介石のいる台湾を指していたのである(毛沢東の中国が国連に認められるのは1971年である)。

台湾を支配した蒋介石の政治は国民党による独裁であった。当然、政権を担当するのは蒋介石の息のかかった大陸からの来訪者ばかり。元から台湾に住んでいた人を本省人(日本語教育を受けた人という意味もある)というのに対し、国民党の一族は外省人と呼ばれるようになる。

この二つは並立した存在ではなく、本省人が外省人に支配されるという上下関係であった。外省人たちはまず日本人が創り上げた官庁施設をすべて利用する。さらに日本人が生活していた住宅はすべて外省人の住宅に提供された。さらに下級兵士たちは空き地や日本人墓地跡にバラックを建て生活を始めている。

当然ながら外省人と本省人の対立が生まれる。蒋介石の国民党は特に日本人的な教育を受け、考え方も日本人に近い本省人の粛清を始める。自分の支配力を強力なものにするために日本の教育を受けた知識階級や金持ち層の糾弾に力を入れたのだ。こうした状況下で台湾の歴史の中でも最も悲惨な2・28事件が勃発する(1947228日)。事件の発端はささいなものであったが、本省人のそれまでの不満が爆発。本省人たちは外省人には理解できない日本語を使って蜂起する。蒋介石は軍隊を使ってこれを制圧する。同時に戒厳令を布く。蜂起した本省人を徹底的に追及。台湾大虐殺とか白色テロとやばれた弾圧で、約3万人の本省人が殺害されたと言われている。蒋介石はこの血に汚れた歴史を徹底的に隠ぺいする。そのために殺戮された人の正確な数字さえ不明なのである。蒋介石が発布した戒厳令は以後40年間も台湾を縛り付けたのだった。

この間、多くの本省人が圧迫された。知識階級や日本と事業を行って裕福だった本省人たちは根こそぎ粛清されてしまう。蒋介石が死亡し、戒厳令も解かれ、台湾に民主化の波が吹き、刑法も改正されたのは1992年。選挙で選ばれた初代台湾総統李登輝が登場してからであった。

李登輝初代総統は日本の教育を受けた本省人。彼の時代から本省人も数多く役人に登用されるようになった。

(228和平公園にある放送局の記念碑。ここの放送局から日本語で蜂起が呼び掛けられた)

表面的には本省人と外省人の確執は昔ほど目立たなくなっているが、過去の厳しい歴史は完全に解消されていない。そうした情勢の中で台湾を中国(中華人民共和国)に取り込もうという動きが活発となる。本省人が中心の民進党より、外省人で構成される国民党の方が中国にとって都合がいい。李登輝から継続していた民進党政権に揺さぶりをかけ始める。そして前回の総統選で国民党の馬総統を実現させた。

中国が台湾の国民を動かしたのは経済。中国との連携で大きな利益を台湾にもたらしていた。数多くの台湾企業を中国大陸に進出させた。経済的に台湾をとりこんでいったのである。しかし、そうした中でも、昔から台湾に住む本省人たちは中国に対する不信は払拭していない。徐々にではあるが民進党は支持者を回復させていった。そして今年の総統選挙に突入したのである。

当初の予想では民進党の蔡氏が有力であった。それに中国が慌てた。いろいろな対策に加えて、圧力をかけたのである。もし蔡総統となったら中国へ進出した企業はすべて台湾に戻すとか、中国との交易をストップするとか。さらに中国から台湾への格安航空便を急増させ、大陸に出張している台湾人に選挙のために戻ることを推奨する。人を動員して馬氏への投票を促したのである。中国で働く台湾の人は中国政府に逆らうことはビジネスにマイナスになる事をちらつかせた。一種の恫喝を中国はやっていた。

そうした結果が今回の馬総統の再選を生んだ。前回、民進党の候補に200万票の大差をつけて勝利した馬氏であったが、今回は80万票差。明らかな苦戦であった。中国の強力な介入がなかったならこの結果は逆転していたであろう。

なぜ、中国はそこまでして選挙に介入するのか。南シナ海における中国の活動を見れば一目瞭然。中国大陸から見て沖縄列島から台湾を含める第一次防衛線がそこにあるからである。言い換えれば太平洋側へ向かう権益拡大がそこにある。大陸のウルムチ、チベットが北側の境界線から南の太平洋沿岸までの広大なエリアを完全に支配するためである。当然ながら尖閣諸島も中国の視野にある。そのためにも、台湾にしっかりとくさびを打つ必要があったのである。

国民党の馬総統も台湾のためにいろいろな政策を立てるであろうが、基本は外省人であることを忘れてはならない。日本に対する態度も当然中国寄りになる。馬総統はかつて尖閣諸島は台湾のものであると主張していた事をあらためて思い出す。初代総統の李登輝氏などは早くから尖閣諸島は日本のものだと宣言していた。民進党と国民党は根本から立ち位置が違うのである。日本にとって、今後の対台湾政治は極めて微妙なものとなる当然であろう。

台湾の多くの人が親日的である。それは日本の統治時代が左翼一派が叫ぶような非道な支配を行っていなかったという証拠でもある。東日本大震災の際、多大な寄付が台湾の人たちから送られた事からもそれは分かる。台湾の人たちも大きな迷いの中にあるのかもしれない。だが他国の選挙だけに日本はただ見守るしかなかった。日本の政治がおかしな方向に彷徨している時だけに、台湾総統選挙の結果が、中国の新たな進出という悪夢の始まりにならないことを、ただ祈る。

*参考までに:当ブログの台湾シリーズは今回で三回目、20111216日にシリーズ1を投稿。さらに200923日の「西郷菊次郎」編、20101224日の「元日本人」編もある。

(巻頭の写真は台湾総督府。日本時代に建てられたもので今も使われている)


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2 コメント

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どこの国でも・・ (numapy)
2012-02-03 08:37:51
人間という存在は争うことを義務づけられてるんでしょうか?歴史を見るとまったくそうですね。
進化論学者達の主張が良くわかります。
そういうことに、段々疲れてきた。
いつの時代も人類は、厳寒期なんでしょうね。
それにしても、早く春になってほしい・・・
サマーセット・モームだったかな? (原野人)
2012-02-03 09:33:30
たしか彼だったと思うけど、戦争をなくすためには、それに代わる何かを人類に与える必要があると。人間が生きると言うことと闘いや争いは必然的であるということを説いてました。彼の主張はひょっとすると正しいのかもしれません。全面的には信用できませんが。
ただ、やたらと「平和」を主張する単細胞や、憲法9条が日本を守るなどと妄想する一派よりは信用できます。

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