原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

スコットランド魂を見よ。

2014年04月15日 08時53分12秒 | 海外

 

明日、4月16日をスコットランドの人はある感慨をもって迎える。1746年のこの日、インヴァネス近くのカロデンと言う荒野で戦闘があった。ジャコバイト軍(反政府革命軍)による反乱である。1707年にイングランドはスコットランドを強引に合併、大英連合国(イギリス)に編入される。この合併に異議を唱え、イングランドからの独立を目指して立ち上がったのがボニープリンス・チャーリーとジャコバイトたちだった(独立を目指した最後の戦いとなる)。しかし戦いはジャコバイト軍の惨敗に終わる。多くのスコットランド人が惨殺され、奴隷とされる。この日を境にキルトとタータンの着用も禁じられる。スコットランド人にとって民族そのものを否定される日となったのである。

 

以後、この季節になると、スコットランドでは独立の機運が盛り上がる。毎年のように。これは今や年中行事のようなものかもしれない。

4月13日、北海道新聞はロンドン特派員からの記事として「独立賛成派追い上げ」「スコットランド9月住民投票」と報じていた。記事だけをみると、まるでウクライナのクリミアのようなことがイギリスでも起きているかのような報道である。しかも、その背景となる歴史にはほとんど触れていない。このロンドン特派員はなにをみていたのだろうか。語っていたのは「歴史、文化の違いを背景に長年、地方分権運動が盛んで、独立問題はその延長線上にある」と結んでいる。地方分権運動と一緒にするなんて、スコットランド人が見たら怒るのではないだろうか。

 

(左:ウォーレスの塔にあるウィリアム・ウォーレスの像。右:ロブ・ロイの墓)

もともとイングランドとスコットランドは別の国家。両国は長い間戦いをしていた。ブレイブ・ハートの映画でも知られるウィリアム・ウォーレス(13世紀)やロブ・ロイ(17世紀)などの英雄伝説はいまも脈々と生きている。スコットランドはいまだゲール語が通用し、交通標識などはゲール語表記がされている。ケルト系の住民が圧倒的に多いのだ。スクーン城の石(王の継承を証明する石。7百年前の戦いで奪われた)の返還など、イングランド政府に奪われたスコットランドの遺産が少しずつ返還され、かつて解体されたスコットランド議会も承認されるようになった。21世紀となる前から、こうした復活が継続されていたのである。

 

(アイレイ島の蒸留所ラガヴォーリンとボウモアのシングルモルト)

スコットランドはウイスキーの名産地としても知られている。特にシングルモルトは世界中で愛好されている。この銘酒の誕生に関しても、イングランドとの戦いを抜きに語れない。1707年の合併後、産業の無いスコットランドからの増税をはかるために、政府はその当時から製造されていたウイスキーに酒税をかける(重税)。スコットランド人は大反発。正式の登録をしない密造酒作りに走る。作った酒を隠し、それを運ぶために当時使い古されて捨てられていたシェリー樽を使った。この樽で密造酒を保存したのである。ある時、その樽の酒が琥珀色に変色しているのに気付く。それまでのウイスキーと言うのはウォッカのように無色透明であった。それが変色していたので腐ってしまったのかと思ったほど。しかし、口にしてみると一段とうまみが増している。樽の成分とシェリー種の香りが加味され、現在のシングルモルトが完成していたのである。イングランド政府に反発し密造に走った彼らの魂がシングルモルトを完成させたのであった。ロバート・バーン(詩人でスコットランド民謡に数多くの詩をつけた。日本で人気の蛍の光の原曲の作詞も彼である)はシングルモルトを反逆の酒と呼んでいる。イングランド政府に反発するスコットランド魂が生み出した銘酒であった。

 

こうした歴史の背景の中でスコットランドの独立運動があることを語らなければ、意味がない。毎年春になると湧き上がる運動でもある。何年も前からそうなのである。クリミアで起きた独立や住民投票と歴史も内容も全く違う。時代の流行のように報じては間違いとなる。

しかも、このように騒ぐスコットランド人でも本気で独立を考えている人など、ほんのわずかしかいない。実際に独立をしても防衛を含めた軍事予算など簡単にねん出できるほど経済的に豊かではない。たしかに油田はあるが、エネルギー問題は原子力発電を含め独自でできることではない。

ではどうして、こういう騒ぎが起きるのかと言うと、自分たちのアイデンティティーの確認とスコットランド人としての誇りを呼び覚ます運動だから、なのである。エジンバラの町の一角(歩道)にハート形のマークを埋め込んだ印がある。ここはイングランド政府の捕虜収容所があった場所。カロデンの戦いで捕まったジャコバイトの兵士たちが収容され、ここで多くの人が殺害されている。スコットランドの人はここを通るたびにマークに向かって唾を吐きかける。イングランドに対する抵抗姿勢の表れでもある。同時にスコットランド人としての誇りを忘れないという行為でもある。

 

サッカーの国際大会、ゴルフの国際大会にはいまでもスコットランドは独立のチームとして出場する。サッカーやゴルフ発祥の地としての名誉を守ると同時に、独立国としての誇りを示すためでもある。イングランドとの試合となると他の国以上に彼らは発奮する。これが彼らの消すに消せない魂の発露だからだ。

カロデンの反乱の時の若きリーダー、ボニープリンス・チャーリーはスカイ島に逃れ、そこからアメリカへと亡命している(イタリアで死亡)。この時出合ったスカイ島の姫との1週間の恋は、今でもスコットランド人の心を熱くする。

 

たしかに、2011年の議会選ではスコットランド民族党が過半数を獲得し、2012年にはキャメロン首相が住民投票の実施を容認している。ここ2年ほどの状況を見ればこうした運動が激しさを加えているように見える。しかし、1997年にブレア首相(スコットランド出身)が選出された時、すぐにでも独立が実現しそうな勢いがあった。この時、スペイサイドにいたのでよく知っている。村中のパブが地元の人であふれかえり、独立に乾杯と叫んでいた。今以上の盛り上がりであった。10年か20年のスパーンで見なければこうした運動の真相が見えてこない。道新よ、もう少し深い取材をしてほしい。

(美しいスコットランドの風景。右はカロデンの戦場跡。石にはその場所で殺害されたジャコバイトの兵士の名前が刻まれている) 

スコットランドは北海道とよく似た地形を持ち、気候もほぼ同じ。独立運動の機運が盛り上がる頃から本格的な春が始まる。道東に福寿草が咲き、キタコブシが白い花を満開にする今頃、遠くのスコットランドの野山でもヒースが色づき花が咲く。春風と共にスコットランド魂がわき上がるようにも見える。北海道とスコットランドには、同じ香りの風が吹いているのかもしれない。

時代がいくつも変遷しても、アイデンティティーを忘れないスコットランド魂を見習いたい。

*巻頭の写真はカロデンの戦場跡にたてられた石碑)



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
昨日はごちそうさまでした! (numapy)
2014-04-15 10:39:23
おはようございます。
何やらバタバタしてて…。DMでお礼を入れるのを忘れてしまいました。
スミマセン!今日はこれから釧路です。落ち着きません。
それにしてもウクライナ東部にしろ、スコットランドにしろ
独立の文字が躍りますね。
近代国家と言うものの括りに歪が入ってきたということでしょうか?
ポリティカル・プレート理論と言うのが生まれるかもしれませんね。
元々別の国 (原野人)
2014-04-15 14:20:12
ウクライナにはソビエト連邦という 連合国からの独立で少しばかり違いますが、スコットランドは大英国連邦の一つです。元々別の国同士。一緒にいるメリットもあります。北アイルランドもウェールズもその一つ。彼らが積極的にそれぞれ独立するのはメリットよりデメリットの方がはるかに大きいと思います。ウクライナも連邦制への移行を模索すべきです。それが安定への第一歩。同じ理論でスコットランドも今のままがベスト。独立などないですね。あくまで私見ですが。ただアイデンティティーを失わない彼らの心は理解できますね。

コメントを投稿