松江市のゼロ磁場

役行者の山伏です。千日行をして松江の西方の陣賀山に新しくゼロ磁場を発見しました。
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ゼロ磁場 修験道 「氣」が多く出ている老人にあう

2008年11月26日 | Weblog

 ゼロ磁場は役行者(えんのぎょうじゃ)が示された聖地です。大日如来の化身です。1300年前からの教えは「この世で、悩んでいる方で、私を信じる人を救うためまた豊かな生活ができるようにするため遣わされた」です。<o:p></o:p>

 今日温泉ですばらしく「氣」を出している老人に会いました。あまり目が見えないようですが、勘で歩いておられるようだったので、話しかけましたところ、緑内障で30センチしか見えないとのことでした。全体像は勘で光線の強弱でうまく歩けるようです。少し足が悪いようなので如何したのですかと聞いたところ返事にびっくりしました。その話は世界第二次大戦に参加して迫撃砲にやたとのことでした。<o:p></o:p>

 戦争に参加した人の話は興味がありますので次々と質問しました。話をまとめますと、戦争で中国のトウヨウケンという場所で、自分の後ろに迫撃砲弾が炸裂して、砲弾片があしの後ろ側の太ももに入ったのです。野戦病院で大きな砲弾は取り出したので、ほとんど大丈夫と言われたので、終戦後足が時々痛くなったが我慢して生活していた。迫撃砲は小さい破片をちりばめる武器です。<o:p></o:p>

 ところが戦後60年の今頃足が痛くなり、うまく歩けなくなったので、病院にいったところ、60年前の迫撃砲の砲弾片が体の中に入っていて、それが痛みの原因であることがわかりました。まだ1213片体に入っていることがわかって、一ヶ月前に入院して6個破片をとりだしたそうです。大きい物は大豆くらいで6個以外の破片は小さいため取り出すことが困難であるということです。悪いことは破片のために、骨が腐り始めて、歩けなくなるようだと言うことです。<o:p></o:p>

 皆さん如何思われますか60年前の戦争の爪あとがまだ現実問題としていき続けています。その人と話ができたのです。その人は戦友がたくさん戦死した。自分は運よく生きている。戦友の分まで行き続けてこの世の出来事を、あの世で聞かせたいと思い、あらゆることに挑戦するようにしている。痛いのは自分がこらえれば、他の人にはわからない。他の人を愉快にするためには自分が痛がっていてはできない。痛くても、痛そうにしないで、「苦」にしないで、いつも笑顔を絶やさないように生活している。とのことでした。<o:p></o:p>

 これでこの老人に「氣」が。あふれんばかりに出ていることがわかりました。<o:p></o:p>

すばらしい「氣」を老人からもらいました。<o:p></o:p>

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