車両開発におけるリーダーを想像する
車両メーカーにとっては、新型車を開発するということは、間違いなく大きなプロジェクトの一つとなるのだろう。その投資額は500億を超えることもあるのだが、かつての日本の2大産業であった半導体は凋落してしまったが、新規LSIとかメモリーIC、液晶ディスプレーの開発には、1千億を超える投資が必用だという。これだけ投資して、そこそこ歩留まりが良く製品としては成功しても、その市場単価がまるで競争力がないとなれば、商売は成立しなくなってしまう。
新型車開発の変節点を明確に切り分けることは困難かも知れないが、バブル以前とバブル以後では、その思想とか深度、メーカー経営人の引き受けるリスク回避などが異なってきており、新規車両開発プロジェクトのトップリーダーとなるCE(チーフエニンジニア)とか主査、主管と云われる該当者、一般企業で云えば部長クラスに相当する人物となるが、近年その力量というべきか許される裁量というものはこじんまりとして来た様に感じられてしまう。
以下おおそよその車両メーカーで採用する新型車開発の流れは以下の様なものだろう。
➀商品開発戦略部門で、自社の次なる車両開発についての戦略(方向性)と戦術(具体的な車両や同時搭載するASV機器など)を模索しつつ決定する。
②取締役会で意思決定すると共に、新型車CEを誰に担当させるかの選任も行う。
③選任された新CEは、➀から与えられる戦術や総リソース(予算、企業内人材、製造工場ライン、ティア1サプライヤに求められるもの)、➀の意向で動き出しているデザイン部門のイメージ図を念頭に、全体打ち合わせもしくは個別打ち合わせを繰り返しつつ完成形を煮詰めていく。
この段階で、既存プラットフォームをベースに車両を作る場合と、既存を無視して新規にプラットフォームを作る場合では、開発予算とか設計の自由度は大幅に変わるのだろう。このことは、内燃エンジンの場合、エンジンを既存を流用するか、新規開発するかということでも大きく変わるのだろう。
なお、エンジン開発とかまったく新規のプラットフォーム開発などは、個別車種の新規プロジェクトの立ち上がりでそこから設計をスタートするのでは、とても開発期間が足らず、別部門となる先行開発グループとして、個別開発してきたエンジンなり、プラットフォームの一部ユニット(サスペンションジオメトリーとの関係性)、クラッシャブル構造、結合構造、生産性などの技法や要素技術などだろう。
車両メーカーでCEなりを積極的に宣伝することはないので、案外知名度は低いのだろうが、歴史が生んだエポック(特色、新時代)なクルマなどでCEの名が広まった事例がある。これの代表例が、かつての日産プリンス時代の桜井真一郎氏(故人)だったのではなかろうか。
なお、CEに選任される人物は、それ以前は個別の車両開発の個別設計担当者だったりして、力量を増やしつつ、車両全体をその製造ラインの生産効率とか原価計算にも一定の責任を持つというかなり難しい業務であることは確かだろう。ただし。原価計算については、マスプロダクションにおいては、生産量の一定以上の確保が前提になるので、日産が凋落して行った時代、正に赤字を膨らませ続けたのだろう。
また、CEになる人物だが、どちらかと云えば当初はエンジン設計者だった者が多かった様に思えるが、そもそもクルマのもっとも重要な心臓部としてエンジンの占める価値観が大きいということだろう。今後EV時代が全盛の時代が来るのかもしれないが、モーターも重要部品には違いないが、内燃機関と異なり、その特性を左右するパラメーターは少ない。それより、電流制御だとかバッテリー、そしてASV技術の方へシフトせざるを得ないだろう。
ところで、製造業であれば、モノを作る最上位者が社長にまで上り詰めても不思議はない様にも思えるのだが、そもそもCE出身で取締役まで至る事例はあるが、社長に至る車両メーカーが極一部の会社だけだ。その技術者が社長に至る企業も近年は往時の勢いがなく、黄昏が感じられるとはどういうことなんだろう。
ただ、企業のトップは社長に収束するのだろうが、仮に技術職でない社長がいたとして、その直ぐ脇である副社長もしくは専務としては技術担当であるべきなのがモノを作る企業の必須次項の様に感じるところなのだが、そうでない企業が多いのは時代が変わったと云うべきなのか。
#モノを作る #経営者と技術者
車両メーカーにとっては、新型車を開発するということは、間違いなく大きなプロジェクトの一つとなるのだろう。その投資額は500億を超えることもあるのだが、かつての日本の2大産業であった半導体は凋落してしまったが、新規LSIとかメモリーIC、液晶ディスプレーの開発には、1千億を超える投資が必用だという。これだけ投資して、そこそこ歩留まりが良く製品としては成功しても、その市場単価がまるで競争力がないとなれば、商売は成立しなくなってしまう。
新型車開発の変節点を明確に切り分けることは困難かも知れないが、バブル以前とバブル以後では、その思想とか深度、メーカー経営人の引き受けるリスク回避などが異なってきており、新規車両開発プロジェクトのトップリーダーとなるCE(チーフエニンジニア)とか主査、主管と云われる該当者、一般企業で云えば部長クラスに相当する人物となるが、近年その力量というべきか許される裁量というものはこじんまりとして来た様に感じられてしまう。
以下おおそよその車両メーカーで採用する新型車開発の流れは以下の様なものだろう。
➀商品開発戦略部門で、自社の次なる車両開発についての戦略(方向性)と戦術(具体的な車両や同時搭載するASV機器など)を模索しつつ決定する。
②取締役会で意思決定すると共に、新型車CEを誰に担当させるかの選任も行う。
③選任された新CEは、➀から与えられる戦術や総リソース(予算、企業内人材、製造工場ライン、ティア1サプライヤに求められるもの)、➀の意向で動き出しているデザイン部門のイメージ図を念頭に、全体打ち合わせもしくは個別打ち合わせを繰り返しつつ完成形を煮詰めていく。
この段階で、既存プラットフォームをベースに車両を作る場合と、既存を無視して新規にプラットフォームを作る場合では、開発予算とか設計の自由度は大幅に変わるのだろう。このことは、内燃エンジンの場合、エンジンを既存を流用するか、新規開発するかということでも大きく変わるのだろう。
なお、エンジン開発とかまったく新規のプラットフォーム開発などは、個別車種の新規プロジェクトの立ち上がりでそこから設計をスタートするのでは、とても開発期間が足らず、別部門となる先行開発グループとして、個別開発してきたエンジンなり、プラットフォームの一部ユニット(サスペンションジオメトリーとの関係性)、クラッシャブル構造、結合構造、生産性などの技法や要素技術などだろう。
車両メーカーでCEなりを積極的に宣伝することはないので、案外知名度は低いのだろうが、歴史が生んだエポック(特色、新時代)なクルマなどでCEの名が広まった事例がある。これの代表例が、かつての日産プリンス時代の桜井真一郎氏(故人)だったのではなかろうか。
なお、CEに選任される人物は、それ以前は個別の車両開発の個別設計担当者だったりして、力量を増やしつつ、車両全体をその製造ラインの生産効率とか原価計算にも一定の責任を持つというかなり難しい業務であることは確かだろう。ただし。原価計算については、マスプロダクションにおいては、生産量の一定以上の確保が前提になるので、日産が凋落して行った時代、正に赤字を膨らませ続けたのだろう。
また、CEになる人物だが、どちらかと云えば当初はエンジン設計者だった者が多かった様に思えるが、そもそもクルマのもっとも重要な心臓部としてエンジンの占める価値観が大きいということだろう。今後EV時代が全盛の時代が来るのかもしれないが、モーターも重要部品には違いないが、内燃機関と異なり、その特性を左右するパラメーターは少ない。それより、電流制御だとかバッテリー、そしてASV技術の方へシフトせざるを得ないだろう。
ところで、製造業であれば、モノを作る最上位者が社長にまで上り詰めても不思議はない様にも思えるのだが、そもそもCE出身で取締役まで至る事例はあるが、社長に至る車両メーカーが極一部の会社だけだ。その技術者が社長に至る企業も近年は往時の勢いがなく、黄昏が感じられるとはどういうことなんだろう。
ただ、企業のトップは社長に収束するのだろうが、仮に技術職でない社長がいたとして、その直ぐ脇である副社長もしくは専務としては技術担当であるべきなのがモノを作る企業の必須次項の様に感じるところなのだが、そうでない企業が多いのは時代が変わったと云うべきなのか。
#モノを作る #経営者と技術者