「引き取り屋」という闇
「殺さずに、死ぬまで飼う。ペット店には必要な商売でしょ」
2015年3月24日 朝日新聞
栃木県中部にある「犬の引き取り屋」の様子。
施設を確認した獣医師は「鼻をつくような汚物のにおいが充満していた」。
掃除の形跡は見られなかったという=2014年冬ごろ、動物愛護団体提供
◇ペットとともに
昨年、栃木、佐賀などで犬の死体が大量に見つかる事件が相次いだ。
宇都宮市の河川敷などには約80匹が捨てられており、ペットショップ関係者が逮捕された。
彼らが営んでいたのは「犬の引き取り屋」という聞き慣れない商売。
各地の事件の背景を探ると、犬が大量に生産され、消費されるという日本のペット産業のひずみが見えてくる。
栃木県中部、最寄りのインターチェンジから数分も走ると、コンテナやプレハブが雑然と並んだ一角が現れる。
車の音を聞き、初老の男性が姿を見せた。
「ペットショップや繁殖業者の依頼を受けて犬を引き取っている。お金をもらって」
男性はそう話し、自分が「犬の引き取り屋」をやっていることを明かした。
建物からはひっきりなしに犬の鳴き声が聞こえていた。
宇都宮市で事件を起こした男は愛知県内の繁殖・販売業者から100万円を受け取って犬80匹を引き取り、その多くを死なせた。
一方で冒頭の男性は栃木、群馬、茨城、千葉などのペットショップ、繁殖業者から依頼の電話を受けて出向き、犬を引き取っている。
埼玉県内のペットオークション(犬猫の競り市)会場に行き、「欠点」があって売れ残った犬を引き取ることもあるという。
■常時150匹以上世話
「週に1、2回は必ず電話がある。1度に5~10頭、多いときは30頭くらいを引き取る。昨日は繁殖業者から7頭引き取った。生後何カ月にもなって売れなくなったんだって」
こうして敷地内に、常に150匹以上の犬を抱えていると説明する。
男性も含めて3人で犬の面倒を見ており、「毎日、掃除して、すべての犬を運動させる。
売れそうな犬は、繁殖業者や一般の人に5千~2万円ぐらいで販売する。無料であげるのもいる。死ぬ犬は年間30~40頭ほど。みんな寿命」という。
栃木県動物愛護指導センターにも同様の報告をしているといい、同センターは男性のビジネスを特に問題視していない。
■換気窓なく脚に糞
だが動物愛護団体の依頼で現地を確認した獣医師は、「適正に飼われているとはとてもいえない状況だった」と指摘する。
「換気できる窓が見あたらず、全体に薄暗くて採光が十分に確保されていない。脚に糞(ふん)が付いている犬も多くいた。皮膚炎や眼病などの可能性がある犬もいたが、適切なケアが行われている様子はなかった」
それでも男性の手元には小型犬で1万円、中型犬で2万円、大型犬で3万円が引き取り料として入ってくる。男性はいう。
「殺さないで、死ぬまで飼う。僕みたいな商売、ペットショップや繁殖業者にとって必要でしょう」
■犬の大量生産、「出口」求めて 動物愛護法の改正きっかけ
改正動物愛護法が2013年9月に施行され、地方自治体がペットショップや繁殖業者からの犬の引き取りを拒否できるようになった。
業者に対して、売れ残るなどしても、一度飼ったら一生面倒をみるよう徹底し、犬を安易に自治体に持ち込むことを防いで殺処分数を減らす狙いがあった。
だがこれでは、犬の大量生産、大量消費という構造は変わらぬまま、業者が不要犬の「出口」を一つ失う形となっただけ。
温存されたビジネスモデルは、「犬の引き取り屋」という業態を新たに活発化させてしまった。
3度の改正を経たこの法律だが、業者による不適切な犬の扱いについて、大きな課題を残したままなのだ。
埼玉県内でも13年10月以降、チワワなどが大量に遺棄される事件が相次いだ。
県生活衛生課主幹の橋谷田元さんはいう。
「宇都宮の事件で初めて『犬の引き取り屋』という業態を知った。法改正で業者は犬の引き取り先を探すのに苦労しており、闇でこんな商売が出てきているのだろう」
「闇」となってしまうのには理由がある。
冒頭の男性のように引き取った犬を一部でも販売していれば動物取扱業の登録が必要だが、宇都宮市で事件を起こした男のように引き取るだけなら登録は不要。
行政の監視、指導の手が届きにくいのだ。
法改正にあたり環境省の諮問機関で部会長を務めた、林良博・東京大名誉教授(動物資源科学)がいう。
「業者のモラルに大きな問題があることは間違いない。環境省など施策を進める側は、長期的な視点に立って、商売のあり方や一般的な犬の飼い方などを全体として見直していかなければいけない」
(太田匡彦)