乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

室町時代から京都市上京区千本閻魔堂にあったとされる 普賢象桜(フゲンゾウサクラ)長岡天神にて (4景)

2011-05-03 | 民俗考・伝承・講演





         普賢象桜



























 先日記録しました御衣黄桜(ギョイコウザクラ)は江戸時代に、京都の仁和寺で栽培されたのがはじまりと言われているそうだ。

 そして今回記録の普賢象桜(フゲンゾウサクラ  普賢象・普賢堂)は室町時代から京都市上京区千本閻魔堂にあったとされています。

 千本ゑんま堂の普賢象桜を紹介されている 教野弘孝様「青りんご」のページ





   




 
 普賢象とは、二本ある葉化した雌しべが、まるで普賢菩薩が象(象の牙)に乗っているように見えることから名がついたといわれているそうです。

 柄が長く花が垂れる気品あるやわらかな色合いの普賢象桜。

 今回美しいなと思い、京都の長岡天神で撮影した普賢象桜ですが、私には全く知識がありません。

 ですから全体ばかりを撮り、普賢象桜の花正面の拡大を写してませんでした。

 まるでピントのずれた大向こうのようです。


 京千年伝説の散歩路さんの「千本閻魔堂の普賢象桜(フゲンゾウサクラ)」によると、次のように説明されていました。


千本閻魔堂の普賢象桜(フゲンゾウサクラ)

ところ      上京区千本通蘆山寺上ル閻魔前町34番地

 小野篁の開基で、定朝作と伝える閻魔王を本尊とし、俗に千本閻魔堂と呼ばれている。境内の狂言堂で毎年五月下旬に大念仏狂言が行われ、京都の代表的な年中行事となっている。観音堂は精霊堂ともいわれ、毎年八月九、十の両日、盂蘭盆の六道会が行われ精霊迎えをする人で賑わう。
 境内に多層石塔の紫式部供養塔(重文)をおおい包むようにしなやかな細い枝が寒風に耐え春を待っている毎年白い可憐な桜が人々を喜ばしてくれる千本閻魔堂の普賢象桜(フゲンゾウサクラ)である。
 
 百人一首の歌人として知られる小野篁卿(802~853)は、この世とあの世を行き来する神通力を有したとされており、昼は宮中に赴き、夜は閻魔之廰に仕えたとの伝説を残しています。篁卿は、閻魔法王より現世浄化のため、塔婆を用いて亡き先祖を再びこの世へ迎える供養法で、後に我が国の伝統習慣である「盂蘭盆会(お盆行事)」へと融合発展する法儀「精霊迎えの法」を授かりました。
 その根本道場として、朱雀大路(現・千本通り)の北側に篁卿自ら閻魔法王の姿を刻み建立した祠が当ゑんま堂の開基です。
 また、この地は「化野」「鳥辺野」と並び、篁卿が定めたと伝わる平安京三大葬送地のひとつ「蓮台野」の入口にあたり、現在も周辺からは多くの石仏群が出土します。ゑんま堂から蓮台野へ亡骸を葬った際に建立された石仏や卒塔婆が、この辺りには何本も無数にあったことから「千本」の地名が残ったといわれています。篁卿の後、寛仁元年(1017)、藤原道長の後援を得た比叡山恵心僧都源信の門弟・定覚上人が、ここを「諸人化導引接仏道」の道場とすべく「光明山歓喜院引接寺」と命名し、仏教寺院として開山しました。「引接」とは「引導」と同義語です。「引接寺」という正式名称より、「通称の千本ゑんま堂」としてより親しまれているのは、この地が開山以前から、人々にそう呼ばれ、神仏や宗旨宗派を越えた信仰を集めていたからにほかなりません。
 
 往古の朱雀大路頭(すざくおおじがしら)船岡山の刑場の麓に植えられた当山発祥の桜です。一ひら二ひらではなく、花冠のままぼとりと落ちるこの桜の散り様が、さながら斬首される囚人の姿に似てるため、中世の所司代は、この花を獄舎の囚人に見せ、仏心を起こさせたとも伝わっています。応永15年(1409)、後小松天皇の薦めで当山を参詣した将軍・足利義満は、境内に咲き誇ったこの桜に感服したそうです。





   




 みなさま、見て下さいましてありがとうございます。

 感謝しています。








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今年も味噌餡のお話です。竹の子最中で有名な喜久春さんの 「柏餅味噌餡」

2011-05-03 | お出かけ




           竹の子最中で有名な喜久春さんの 「柏餅味噌餡」



















 今年も柏餅味噌餡の話を記録して恐縮ですが…。

 わたしの好きなお菓子のお話です。




 天神行きに横目で見ていた鼓月の柏餅。

 粒餡と味噌餡のセット分が店先に並んでいたので一抹の不安があった。

 まぁ贅沢は行っておられない。

 この季節、柏餅の味噌餡を買い求めるために、帰り道に鼓月に寄る。

 だが、 長岡天神で花を見てのんびりと過ごしすぎた私たち。

 この菓子の場合は興味の無い餡だが、それも含めて、柏餅は完売。




 駅に近づこうとする家族。

 抵抗するわたし。

 散歩途中の優しそうなご夫婦に和菓子屋さんを訪ねると、喜久春さんを教えて下さる。




 勇み足で向かう。

 なんだか見たことのある店構え。

 テレビ「よーいドン!」となりの人間国宝さんで八光さんが 竹の子最中を紹介されていたお菓子屋さんだ。




 柏餅味噌餡を聞いてみる。

 この見世でも味噌餡だけが完売で餡子が並ぶ。

 京都の人は柏餅味噌餡だけを大量に買い込む。




 わたしが余りにも残念そうな顔をしたのだろうか…。

 お店の若い和菓子職人さんが
「15分程お時間をいただいたら今からつくりますよ。」
と親切だ。

 わたしはお願いすることにした。



 
 店の方が奥の椅子に案内して下さる。

 喜久春さんのお菓子の載った雑誌を三冊持って来て下さった。

 紅白上用饅頭製のねこまんじゅうというお菓子があるらしい。

 本格的な上用饅頭なのにとてもかわいらしく、招き猫から考えても縁起が良さそうだ。

 祝い事には重宝しそう。

 まっている間にも初節句の電話注文が入り、地元に密着した和菓子屋さんらしさが懐かしく感じた。

 


 喜久春の店は地元の方にも人気で、私たちがまっている間にも多くのお客さんが来店されていた。

 圧倒的に竹の子最中は大人気で、みなさん家庭用やお使い物に購入されている。

 お客さんの中で親近感を感じるおばあさんがいらっしゃった。

 お婆さん「柏餅味噌餡ありますかぁ?」

 娘さん 「すんまへん。今日はもう、売り切れてしまいましてん。」

 お父さん「なんや、きっちりしかつくらへんかったんかいな。」

 息子さん「余分に五個、つくりましたわ。」

 お父さん「そうかぁ。」

     「五つでよろしいか?」

 お婆さん「そんでよろしいわ。それと、お餅もろときますわ。」

 お母さん「おおきにぃ。」

 お父さん「今いれますさかいに。ちょっと待っとうくれやっしゃ。」

 お母さん「すんまへんなぁ。今つくってますさかいに、ちょっとそこ座って待っとうぉくれやす。」

 


 懐かしい京都弁と味噌餡好きのお婆さん。

 幸せな気分になります。



 
 お店のお父さんもお母さんもとても親切。

 お父さんは根っからの和菓子職人さんらしく、餅米の説明やひきうすや蒸らしの説明を熱心にして下さいます。

 見ると店内にはひきうすがあります。

「うちの店の柏餅は昔ながらの手法でつくってまっさかいに、そら、おいしいですわ。他の店は米を水につけまっさかいに、味がとびますねん。……。」 

 色々と教えて下さるお父さんのお話は相当興味深い。


 
 
 申し訳ないことに、餅を蒸すところから初めて下さった喜久春さん。

 売り切れなのにわざわざ作って下さる親切な和菓子屋さんに、涙が出そうにうれしかった。

 時間がかかるのにこんなに優しさと残る店は、滅多に無いだろうと感謝する。



 
 家でいただいた柏餅味噌餡の餅は珍しく黄色。もちもちとした腰のある食感が美味しい。

 白あんよりも味噌が濃いめで、山椒は使われてない。

 甘みが控えめで、特徴的な味噌餡を楽しんだ。




 翌日、竹の子最中をいただく。

 中には甘くやわらかく煮た短冊切りの筍が粒餡の真ん中にたてた形で入っている。

 餡の味はよく、美味しいお菓子だった。

 店の方のお優しい気持ちに彩りを添えられた柏餅味噌餡と竹の子最中。

 今年も美味しい季節のお菓子をいただくことができたと喜んでいる。









       喜久春

        京都府長岡京市長岡2丁目28-40
        075-955-8016
        [営業時間]9:00~18:00
         阪急電鉄京都線「長岡天神駅」下車、徒歩3分








 みなさま、最後までおつきあい下さいましてありがとうございました。

 そして親切な喜久春のみなさまにも感謝申しあげます。ありがとうございました。







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錦水亭    (17景)

2011-05-03 | お出かけ






        
            錦水亭







 久しく錦水亭でお食事をしました。

 突然長岡に訪れ、電話予約を入れましたが満席で、二時半まで待たされました。

 仲居さんのお話によると、朝から160組以上が来店されたそうです。

 今回は土地ぜんの予約であったため、小部屋が無理でしたのが残念です。



 筍づくしの会席は懐かしく美味しかったです。

 今年は寒かったため、当初筍の出が悪かったそうです。

 初めの頃は筍を微塵に切り三色団子で出されていた天ぷらも、私たちの頃には筍真っ盛りで輪切りにした天ぷらに変わったと教えていただきました。

 私の好きなよもぎ生麩の下にホタテのあ行った蒸し物の上には、桜の季節には桜の花びらがそえてあったそうですが、私がいただいた物は藤の花びらが煮びたした物があしらってありました。

 京都ですがこぶ味でなかったのは、筍の香を引き立てるためかもしれませんね。



 全体に鰹ベースで、冷酒が進むお出汁味でしたので、数本(爆)も進んでしまいました。

 ただこのお店の日本酒は冷酒と言えど一種類の一般的なお酒で、お料理には合いません。

 お値段だけは大吟醸並みでした。

 もう少し辛口のお酒かまったりしたお味のお酒を置いていただきたい物です。



 このお店は焼き筍も有名なのですが、輪切りの筍。鰹のお味でゆでた後に焼いた物が竹皮にふたつ入っていました。

 夕刻、長岡天神の出店でも焼き筍(一串300円)をいただきましたが、こちらは筍が縦切り。鰹ベースの化学調味料と醤油で煮たものを焼いて下さいました。かなり濃くてからいお味でしたが、こちらはビールに合うお味。これはこれで楽しくいただきました。

 しかしながらわたくしは味付けして煮た物を焼くよりは、焼き筍はそのまま素朴に焼いた方が好きかもしれません。

 奈良に住んでいると掘ってすぐの筍を頂戴することがあります。そんな時、先の方は皮をつけたまま、やわらかな根元は四つ切りにしてアルミホイルに包み、250度 下火 余熱なしで1時間(大きさによって変更)焼き、出来上がりをわさび醤油でいただきます。

 新鮮な筍ならゆでて薄く切り、刺身(わさび醤油か、からし味噌)にするのも好きでです。

 
 













 



 



 



 



 



 



 






                         2011年4月末  京都長岡天神にて









 見て下さいましてありがとうございました。

 とてもうれしいです。






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東大寺 聖武天皇祭 「式衆・稚児による練り行列」1  先駈、道楽を奏でる楽人・稚児(14景)

2011-05-03 | 神社仏閣・祭り




               聖武天皇祭





   5月2日 聖武天皇祭

   式衆・稚児による練り行列 13時~

   大仏殿到着後「聖武天皇御忌法要」









 東大寺の聖武天皇祭に行ってまいりました。


 行列は、先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)・物詣女(ものもうでおんな)及び小野小町(日本舞踊社中)・ミス奈良の人たち・聖武講役員・僧兵・会奉行(えぶぎょう)・式衆(東大寺本山末寺の僧侶約50名、伴侍・傘もち約50名)・華厳宗管長・侍僧等、あわせて約300人からなる。(東大寺公式HPより 引用)


 今回は、先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)の記録(写真14枚)をしたいと思います。

 次回、物詣女(ものもうでおんな)及び小野小町(日本舞踊社中)からの記録予定です。









 聖武天皇祭では 式衆・稚児などによる練り行列、そして、舞楽(1時半~2時20分)、慶讃能が奉納(3時~4時20分)が奉納されました。

 こちらも楽しませていただきましたので、記録できればいいなと考えています。




 舞楽は三つ、おそらく最後は「蘭陵王」?だと思いますが自信はありません。




 能楽は「歌占」(うたうら)

 内容と動きと小弓につけられた短冊が興味深い能でした。







「奈良の大仏さま」として知られる東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)は、今から1250年前の奈良時代に、聖武(しょうむ)天皇、良弁(ろうべん)僧正、行基菩薩などをはじめとして、多くの人々の力の結集によって造顕された。

 しかしこの盧舎那大仏造顕という国を挙げての難事業は、「若し朕が時に造り了るを得ざるあらば来世に於て身を改めて猶作らん」とまで述べられ、また自らを「三宝(”さんぼう”、或いは”みほとけ”)の奴(やっこ)と仕えまつる天皇(すめらみこと)」とさえ称された、聖武天皇の熱意と信仰心が原動力となってはじめて可能であったともいえる。

 この法要は、 天平勝宝 8年(756) 56歳で崩御された聖武天皇の御忌法要で、8時から、聖武天皇をおまつりしている天皇殿で論議法要が行われる(11時半頃まで)。

 この法要中に限り、日ごろは公開されていない天皇殿を参拝することが出来る(南大門を越えてすぐの大仏殿参道東側、勅使門より入って突き当たり。ただし法要中なので建物の中へは入れません。無料)。

 また、13時から式衆・稚児などによる練り行列が行なわれる。
行列は奈良県新公会堂を出発し、南大門を経て参道を大仏殿に向かう。






 お稚児さんたちはとてもかわいらしく、嬉々としていらっしゃいました。

 またお子様を見守られるおご父兄の笑顔とお母様のお着物の美しさにわたくしまでうれしく感じました。

 ここからは 先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)を写真だけで記録したいと思います。 

 見て下さいましたらうれしいです。
























































 見て下さいまして誠にありがとうございます。

 とてもうれしいです。




    


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