ドラクエ9☆天使ツアーズ

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月が観ていた

2016年09月29日 | ツアーズ SS

月夜に開かれる邸の一角から、バルコニーへと連れ出される。

邸内の灯りから庭の漆黒へ目をやれば、それだけで激昂は冷めた。

「あ、しまった、ミオちゃん置いてきちゃった」

些細な揉め事をかわすように自分をここまで連れ出したウイが、邸内を見てそんなことをつぶやいている。

その言葉に、ミカはその光景を見るまでもなく脳裏に描いて、苦い吐息を一つ。

あの集団の中でミオが一人取り残されている事態を引き起こしたのは、己の未熟でしかない。

「俺はいいから、行ってやれよ」

バルコニーの手すりに身を預けて、まずは自分を立て直す必要がある、とウイの手を離したのだが。

「あ、大丈夫、ヒロが戻ってきたよ」

と、ウイがミカの左腕に体重をかけ、寄り添うように立つ。

その心地良い重み。

存在の確かさに、視線は庭の闇へやったまま、ミカの思考は先ほどまで身を置いていた場所に戻る。

祖父である候主の立場、自分の立ち位置、ウイたちの自由、それらを踏まえ保身に全力をかけたこの二日。

それを、こうも単純にぶっ壊されるとはな、という苛立ちの感情が大きい。

爵位でいうと下等の、格でいうならはるか低みの、そして同じ人であるといえば周囲から認められず孤立しているはずの、

モエギという、弱い存在であるはずの一人に。

相手にもならない雑魚に倒された、という考え、それを自覚して苦い思いにとらわれる。

人は同じだ、と理想を掲げていながら、結局自分は自分以外を下に見ているのだ。それが本質。

…ウイたちのことも?

その思考には、知らず背筋が冷えるような気がして、つい隣の存在へ目をやれば、それに気づいたウイが振り返る。

「モエちゃんに怒ってるの?」

それとも自分に?

ウイの問いは単刀直入、あまりにも単純であるから逃げられない。

ひやりとしたものを誤魔化すように、溜息を一つ。

自分だ、と返す。

「あの程度の手段で万全だと慢心した自分の甘さに腹が立つな」

先の思考を読まれたわけではないだろうから、そんな言葉を返しておく。ミカにとって、本心を見せられるぎりぎりのプライドがここだ。

それを聞いたウイが、少し考え、首を傾げる。

「あんなに頑張ったことを、あの程度、って言える?」

そういわれて、言葉に詰まる。

誰も知らなくてもウイたちは知ってるんだよ、と、ここ数日を慣れない屋敷で過ごし、行動を共にしてきた仲間が言う。

そうだ、もうミカにだって解る。ウイたちがミカに気を遣わせないように、連日巻き起こる風習の違いに「楽しい」を連発する事。

自身の弱みを引き合いにだして「だから落ち込むなよ」と笑わせる事。どう扱えばいいか迷えば「来てよかった」と笑う事。

今なら、その真意が解る。出会った頃は衝突ばかりだったそれらの本質が、ミカには解るのだ。

そして、ウイたちの事が解ると同時に、屋敷の中の事も解るようになるのだろう、という予兆を感じてきたこの数日。

ウイたちを伴い、広い屋敷をそれなりに回っただけで、屋敷に立つ人間すべてにも当然、本質があるのだ、との思いに至った。

それを思えば、今までの自分は、使用人である彼らを役割でしか捉えていなかっただろう。

美しく整えられた屋敷の中に、美しく整頓された人間の役割。

彼らが何を考え、何を思いもって役割を果たしているのかを考えた事もなければ、それらを包み隠して正しく振る舞うという事がどういう事か、

自分は教えを受けたばかりで素直にそれを飲み込み、疑問を抱いた事もなかった。

ウイたちといる事で、見慣れたはずの屋敷の中は、…窮屈だと逃げ飛び出したはずの囲いの中は、実は外と変わりないのだという視界が手に入った。

それが自分にとって、どれほど重要な意味をもつか。もう、知らずにいたミカヅキはいないのだ。

その一心で、挑んだはずの夜会だったから。

なおさら、モエギの行動には憤りを覚えたのかもしれない。

実際、彼の攻めは迷いがなかった。

幼友達から得た情報を悪びれもなく披露し、各国の権力者たちの威光を恐れもなく使い、その場を制圧してみせた。

この自分の目の前で。

それは、優越。

後継者であるミカヅキには決してとれない手段だという事を理解したうえでの、挑発だと思った。

ウイたちを前に、お初にお目にかかります、との挨拶には厚顔無恥にも程がある。

それを厭忌するミカの潔癖さをあざ笑うかのように平然と、「お手並み拝見」などと返す余裕。

ミカが、ヒロとモエギの友人関係を暴露して窮地に追い込む手段を決して行使しないと高を括っている。

大上段に構えたそれは、奴の養父そのものだな、と考え、唾棄すべき相手が二倍になったことに、歯ぎしりする。

「くっそ、ムカつく」

押さえつけていたはずの憤懣が再び頭をもたげる様に、臆することなく寄り添っていたウイが口を開く。

「…モエちゃんに?」

「ああ、うん」

そうだな。これはモエギにムカついていていいんだよな。未熟な自分に腹が立つとか綺麗ごと言ってる場合じゃないくらいには

甘く見られている事に、それを許してしまう事に、自分自身はとりあえず捨て置いてでも。

「あいつはムカつくよな!!」

と、見栄も意地も張る必要のない相手に向かって吐き出すと、ウイが笑った。

「しょーがないなー」

ミカから身を離して、両手だして、と自分の両手を広げる。

なんだ?とそれを見ていると、いいから、とウイが言うので、仕方なくバルコニーから身を起こして、ウイに向かいあう。

「ミカちゃんはまだまだ頭かたいからお芝居で助けてあげるんだよ」

と言ったウイがミカの両手をとり、その掌を上にむかせる。

「今ミカちゃんは、磁器でできたピッカピカのトレイを持ってます」

と、ミカの両手の上に、これくらいのトレイです、と自分の手で円を描いて見せて。

それで、今度はグラスを持つようなしぐさをする。

「そのトレイの上には、クリスタルガラスのゴブレットを乗せましょう」

ここ数日で覚えた単語を、得意そうに使う無邪気さについ笑ってしまう。

そんなミカに笑みを返して、そーねー三つ乗せちゃおう、といってグラスを置く仕草をして。

「そのグラスに、ちょーおたかいワインを注ぎます」

いきなりヒロ語が出てきて、途端に胡散臭くなったな、と思っていると、もーちゃんと想像して!と怒られる。

ウイは一体何をさせたいんだ。この空想で、ワインを配って歩けとでも言うのか、と考えた時。

「ワインはグラスの縁、ぎりぎりまで入ってるの、いい?」

とウイが、両手を広げたミカの前で、架空の三つのグラスの存在感をもう一度強調して。

「どう?これ、ミカちゃんは手を離したら、割れちゃうでしょ?」

「まあ、そうだろうな」

「ミカちゃんが動いたらこぼれちゃうでしょ?」

「…まあ、そうだろうな」

他にどういえばいいか解らないでいると、それでね、と言ったウイが片手を上げて、ミカの胸の前で空振りをしてみせた。

「がっしゃーん」

という擬音とともに、そこにあるものを薙ぎ払うような動作で、ウイはミカの手の上にある架空のトレイとグラスを叩き落としたのだと解った。

それに呆気に取られているミカに、ウイは真面目な表情を見せた。

「さっきモエちゃんがやったことは、こういう事だよ」

「はあ?」

「手を離せない、絶対動けないミカちゃんが持ってるものを、ひっくり返すのなんて簡単だよ」

そう言われて、今ウイがやってみせた一連の小芝居を、もう一度反芻する。

トレイの上に、グラスを乗せて。縁まで注がれたワインが。

三つ。

「…ああ」

確かにそれを防御する絵は、描けない。

「いい悪いは別にして、すごく簡単な事なんだよ」

「…そうだな」

これじゃ何でも壊すのは簡単だよね、とウイが言う。

「その破片で怪我をするとか、ワインで汚れるとかあるんだけど、モエちゃんの側の事情だから、今は置いておくとして」

考えない、と言ったウイの言葉に、両手を下ろす。

「ミカちゃんは、今自分がそういう状況だ、って解ればそれで良いんだよ」

それが、さっきの衝突の大事なところだ、と言われて。

簡単にできることなんだから怒る事じゃないでしょ、と言われれば、それもそうかと言う気になる。

他愛ないことだ、と、流せばいいとウイは言っているのか、と思ったが。

「それってね、前にミカちゃんが言ってた事なんじゃないかなあ、って思って」

と、ウイが再びミカの隣に寄り添う。

視界からウイの存在が消え、ミカは見るともなしに、邸内にいる若い貴族たちの群衆を見た。

煌びやかを纏い、豪勢を疑うことなく、自分たちの世界を維持していくもの。

それらとは関係を持たないはずの声が、ミカとそれらの世界をつなげようとする。

「ミオちゃんのお家に行く前、お城の人に言われた事で困ってたでしょ、自由ってなんだ?…って」

自由。

もっと自由にできるはずだと言われ、公爵様に期待されているのは貴方自身なのだ、と言われた。

貴方は頭が固いようなので、と、対外交の書記官にため息交じりに言われた事。

その話を不意に持ち出されて、ミカは隣に立つウイを見る。

「ウイねー、ずっとそれ考えてたんだよね」

どうすればいいのかなと思って、と言われれば、とても意外な気がする反面、そうしてミカに寄り添う事が当然なのだと言う気もする。

ウイは守護天使であることを常に己に課している。

それに気づかされる事はごくまれではあるが。

ずっと?と問えば、ウイはまだお師匠様級じゃないからその場ですぐに良い答えとか出せないんだよねー、ときまり悪そうに笑って。

「だけど、ミカちゃんのお家にきてお爺ちゃんとかお母さんに会って、解った気がするんだけど」

「だから家に連れていけってうるさかったのか、お前」

ならそう言えばいいじゃないか、と続けようとするミカを遮るように、それは違う、とウイが手を振る。

「言ったでしょ、普通に遊びに来たかったんだよ。フツーに。庶民のたしなみだよ、た、し、な、み」

能天気に笑う様を見せられれば、それはそれでどうなんだよ、と返すしかない。

「ミカちゃんだけじゃなくて、皆が皆、もう、ものすっごく頭固いよね!」

ミカちゃんなんて可愛い方だったよ、と続けるウイに悪気がないのは解るが。

「お前なあ…」

屋敷中、頭が固い、と、俗っぽい表現で言われるのは心外だ。

全てをしきたりに縛られた囲いの中、整然と示された使命を果たすための美徳なのだ。

…そうは思っていても、ミカ自身、ウイに抗議する明確な意思は湧いてこなかった。きっとそれは。

「皆、綺麗なトレイをもって壊れやすいグラスをのせてこぼれるまでワインを入れてるんだよね」

ウイたちを祖父に紹介するために屋敷に戻り、煩雑な儀礼などを一切無視するように、と従者に申し付けた事の多くが、

全く聞き入れられなかった。

ミカの意向がこうまで無視されることなどなかったので困惑もしたが、今のウイの指摘にやっと解った。

ウイたちが気を使わなくて良いようにというそれは、逆に言えば屋敷の人間たちが気を使わなくて良いように、との配慮だ。

気を使ったとしてウイたちには価値のない事なのだから、気の毒だ、と思っての事だったのだが。

屋敷の人間は己の立場に矜持がある。自分たちは主に仕えているという自負がある。

それらが、ウイのいうトレイとグラスとワインなのだろう。

ワインを適度に減らし、グラスやトレイを頑丈な木製品にしろと言って、彼らが従う道理はない。そういう事だ。

「そういう事、だったんだろうな」

ミカの両腕に乗せられたトレイ、その上にグラス。それは、ミカだけが特別に持ってるものではない。

貴族社会において、誰もがそれを抱え、誰もが他者に攻められる緊張を強いられ、相手を警戒し、張りつめている。

ウイの例えは、そういう状況をミカに思い知らせるためのものだった。

そして。

だからこそ解る、貴族社会の暗黙の了解の中で、ただ一人、モエギだけが異質だ。

モエギだけが何も持たない。見せかけの美しさを必要としていない。むしろ醜さを暴いていく、凶悪な破壊者だ。

「確かに、ムカついてる場合じゃなかったな」

ミカが立ち向かうべき相手は、確実に立ち位置を自分のモノにしてきている。

「俺が飛び出した場所を、あいつは苦もなく制することができるわけだ」

半ば自虐的なセリフが口をついて出る。

だがそれは自分の弱みにはならないことも解っている。

「だってモエちゃんは外から来たからね」

と、ウイが言うまでもなく、解っていた。

「ミカちゃんも、飛び出しっぱなしじゃないよ、今のミカちゃんは外からきたんだよ」

貴族社会の道筋に横やりを入れる不届き者。

その意味ではミカもモエギも同じだ。

実際、ミカが先ほどまで相手をしていたあの集団の輪は、他愛ない変則性を持ち出しただけであっさりと総崩れになったものだ。

お決まりの応酬も、規則正しい手順も、よどみない流れも、今の自分には不要なものであったからこそ、放棄した。

特にそれを期待したわけでもないのに、次々と醜態を見せる彼らの動揺には、こいつら大丈夫か、と思ったほどだ。

だがそれでも。

ミカは、貴族社会を守るべきものだと思っている。

栄枯盛衰、いずれ消えゆくものであっても自分はそれを守るべきだと思っている。それは自分が持つ者だからだ。

両手に捧げ持つのは、王より任された領地と領民。弱き彼らが自力で持てるものは、いまだわずかでしかない。

あらゆる可能性を秘めながら、戦う力のない弱いものの方が圧倒的に多いのだ。

それがどういう事か、解らないほど慢心しているつもりはない。

貴族たちはなぜか自分たちの栄華を永久のものとしているが、圧倒的数を前にどうしてそれを信じられるというのか。

彼らは弱き者であり、持たない者だ。

彼らを庇護し導き国を築いていくことは、いずれ融合していくことに他ならないと思える。

その弱さと身軽さゆえに、彼らは満たされさえすれば貴族社会をはるかに凌ぐ大市民となるだろう。

だから、それを成すために自分はその礎となる貴族社会を守らなくてはならないと思っている。

その思想は、貴族社会をぶっ潰す、と息巻いているモエギとそう違わない様にも思えるのだ。

それを初めから得ていたモエギと、外に出て得ることができたミカとを、比べるものじゃない、とウイが言う。

「まったく同じだったらミカちゃんが二人いるって事でしょ。同じ人が二人いたって何にもならないよ」

同じ思想でも取る行動は違う、同じ感情であっても発露が違う、同じ策略でも結果が違う。

それこそが、人が一人で生きられない証だ。良くも悪くも人は人によって生かされる。

自分があるから自己があるのではなく、他人があるから自己があるのだ。

「って、ウイは思いまっす」

そう言いきったウイの言葉とミカの思考は重なり合う。

「だから、お城の人がミカちゃんに期待する、っていうのはミカちゃんが創り上げていくそのものなんじゃないかな」

これで解る?まだちょっと難しい?とウイは聞くが。

曖昧であることに、確たる形を求めていた自分が愚かだったな、とやっと解った。

対外交という組織に所属し、そこの長であるアルコーネ公爵に「君の持ち味は自由ってことでしょ」と

曖昧に躱されたこと。

曖昧にされたことこそ、最重要の意味があった。

今の貴族界が晒されている脅威。まだ未熟であると自認するミカの考えさえも及ばない脅威は数多あるだろう。

それをはるか高みにいる公爵である彼には、貴族界の現状がグラスとワインであると十二分に解っていて、

解っているがゆえに動けないのであれば。

こちらから相手のグラスを叩き落とすことも、油断すれば相手に投げつけられることも、口に出してそうと言えるはずもない。

爵位1等、王の直下である公爵であるがために。

貴族界を意のままに支配する立場であるがために、それをミカに明らかに告げるはずもないのだ。

「なるほどな、自由に、って、…言うしかないんだよな、それは」

侯爵家の後継者、いずれ味方とも敵ともなろうあやふやな存在に、何を求めているのか、何を期待しているのか、などと

容易く言葉にできるくらいなら今の社会はないだろう。

それを理解していなかった自分の無知。だが今なら。

美しく整えられた貴族界は、誰もが人形のように役割を演じ、成長することも滅ぶこともない箱庭。

それを公も苦く感じているというなら、大いなる変革を投じるための一石としての期待。

それでも美しい箱庭を守るのなら、箱庭の住人には防げない奇策を読み、挫くための一石としての期待。

今なら、自分はどちらにでもなれる、という確信がある。

それをこそ、期待されているのではないか、とウイが言い、ミカはそれに頷いた。

 

やっと、頷くことができた。

 

あの日の問いは、長い間封印され、それとはまったく関係のないこの夜会で解かれた。

全ての流れが一つになり、大いなる奔流となって押し寄せてきたのは、すべて天使の導きの旅路での終結。

そしてここから始まる次なる旅。

「どう?ミカちゃんが困ってたの、解決した?」

「うん、正解かどうかは解らないが」

きっと、確かめようもない。

「自由がどういうことか、っていうのは解ったからな」

お前たちのおかげだな、と言えば、いやーお役目を果たすって一人だと大変だからね、とウイが笑う。

ウイの役目、それは天使界が消失した今、ウイに委ねられている自由だ。

ウイの自由、それを思った時、ミカは初めて心から、師匠を探し会わせてやりたいと思った。

自分たちの力が及ばず失われたもの、それを取り戻すことはできないと思っていた。

ウイが探すというのならいつまでも手を貸すことはできるけれど、それは奇跡を信じる心ではない。失わせてしまったという贖罪だ。

ヒロやミオがどう思っているかはわからないが、少なくとも自分は、ウイの師匠を取り戻せるはずもないと、どこかで思っていたのだ。

だが、今、この気持ちは真実。ウイを師匠に会わせたい。

「そうだな、次の旅は、本格的に師匠を探しに行くか」

突然のミカの提言に驚くウイに、自然に笑う事ができた。

「俺もちゃんと会ってみたい」

「そっかー」

ウイも会わせてあげたいよ、と笑顔を返すのは天の使い。

今までの迷いを見抜かれたかどうかは、解らない。けれど今の言葉には偽りも償いもない。それはウイの力になるだろう。

何処かで、そんな期待が閃いたとき。

「ミカヅキ殿、お話を宜しいですか」

と、バルコニーの向こうから控えめに声をかけて来る者がいて、ミカとウイはそちらに目をやった。

オットリー家の、孫息子だ。

ミカの許しがなければ決して縮まらない距離で足を止めて。彼のずっと背後、邸内では子息たちがこちらを窺っている様子も見て取れる。

どうぞ、と促すように自分の隣を示してやれば、緊張した足取りで傍に寄る。

「あの、何かご気分を害されるような失礼があったのでは、と思いまして、ええっと」

見れば、作り笑いも硬直している。なるほど、あの集団に一人生贄にされたか、と考え、ご機嫌伺いに来た彼の境遇を思い、

ウイたちを守るあまり侯爵家の威光を使いすぎたか、と気の毒になった自分自身も意外だったが。

「宜しければ、我らに期待をいただければ、光栄なのですが」

意味不明な謝罪を聞きつつ、意味不明だ、と思ったことに、ミカは彼が慄いているものの正体を意外なほど明確にとらえた。

彼は、いや、彼らは、侯爵家に畏怖を抱いているのではない。侯爵家に相対する自分の当主に、あるいはその直属者に、

首を掴まれ、頭を垂れているのだ。

レネーゼ家の候主はもとより、ミカの事など見てもいないだろう。

だから、ミカとモエギとの間にある摩擦も、ミカがウイに連れられて輪から外れたことも、まったく意に介していないのだと解る。

意に介していないからこそ、ミカには無意味な言葉ばかりが吐き出されている。

ただただ当主や親に抑圧され、その圧をわずかでも軽くしようと逃れる方法をとっているだけのように感じられて。

こいつらも大変だな、という気になったのは、憐憫か、同情か。

「いや、貴公に気を遣わせたのなら、申し訳なかった」

と、素直に詫びを入れれば、飛び上がらんばかりに驚いて見せる。

「えっ、いや、ミカヅキ殿に申し入れをしたいのではなく…っ」

「輪を離れた事は貴公らには関わりのない事、これを煩うことなく夜会を楽しんでいただければ十分だ」

儀礼的に頭を下げさせられている相手に、儀礼的に返しながら、

あーめんどくせえ!お前らなんかどうでも良いわ!いちいち俺のやる事に反応されたら鬱陶しいだろうが!

と言えたらどんなに楽だろうなあ、と心底思っているミカなのだが。

ふと背中にウイからの合図を受け、わずかに身をかがめると、素早く耳打ちされる。

「……はあぁ」

仕方がない、ここは折れてやるか、と思ったのは、今までなら知りえなかった彼らの行動原理を解明した余裕だ。

学院から近衛に所属していたついこの間まで、共に儀礼でやり過ごし、儀礼ですれ違ってきたことが解るだけに。

 

これ以上、無意味なすれ違いも虚しいだけだしな。

 

「それより、我らは西の中庭へ移る途中だったのだが」

と、彼の背後、邸内にいるヒロとミオの姿を視界に入れるしぐさをすれば、彼もそちらを振り向く。

「あ、それは申し訳…」

「観月は少々、我々には虚勢も過ぎる。上の方々にはお目こぼし頂いて、気易い月見の席を設けようと思うが、如何かと」

彼の意味のない謝罪を封じ込め、一気に言い切ったミカの言葉。

それを吟味でもするかのような間があり、呆けたように彼が口を開いた。

「あ、あの、それは、我ら一同もお招き下さるということでしょうか」

「羽目を外されたいというのならばぜひ」

何気なく言ったことだが、それを聞いた彼は、乏しい灯りの下でも解るほど顔を紅潮させた。

「有難うございます!皆も喜びます!」

すぐに呼んでまいりますので、と意気込むように声を出し、邸内へ駈け込んでいく。

余りに激しい反応に、その後姿へ声をかけそびれ、ミカが固まっていると、ウイが笑った。

「すっごく嬉しそうだね」

「…いや、俺は…」

場にぜひ参加してくれ、という意味で言ったのではなく、羽目をはずして迷惑をかけるくらいならそうしてくれ、という…

その程度の意味だったのだが。

邸内が少々ざわついている。

だからそこで騒ぐな、って言ってんだろうがよ、とその様子を見ていると、こちらを見たヒロが軽く手を上げる。

それにつられて手をふれば、ミオも笑顔を見せたのが解った。

「すっごく嬉しそうだね」

ウイがさっきと同じことを言う。

まあ、あいつらが嬉しそうなら良いか、と思い。

ヒロの隣でそれを見るモエギの姿も目に入る。こちらは、めずらしく仏頂面だ。…なんなんだ、あいつは。

普段から気味が悪いくらい愛想笑いの仮面をはずそうとしないくせに。

とモエギの動向を見守っていれば、ヒロに促されてこちらへ来る気になったようだ。

来るのか。いいけど、来るのか。…いいけど。とわずかに葛藤があるのは、モエギとはどうしてもやりあうだろう、という確信。

まあ、いいか。上の方々の邪魔にならないように、奥の庭へ行くわけだし。

 

“この人もたっぷりワインが入ったグラスを持ってるんだよ”

 

先ほど、ウイに耳打ちされた言葉。

それはモエギには当てはまらないと思っていたが。 

そうだな。たっぷり入ったワインで誰もが身動き取れないなら、モエギにもくれてやればいいかもしれない。

毒を食らわばさらまで、という言葉もある。

あいつならグラスも嚙み砕くだろう。

 

そう思い、見上げた空には、高く月光が冴えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落として割ると後片付け面倒なだけだしな

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