シロちゃんは天使になるんでしょ、とマシロの「師匠」は笑顔をくれた。
* * *
ここ数日、マシロは、帰省した兄にくっついてきた友人たちの一人、ウイと行動をともにしていた。
彼女の口から語られる「守護天使」の話はとてもマシロの趣味に合っていたし、
話しても話しても尽きない程あふれてくる事柄すべてが面白すぎた。
母親以外にはうちとけないマシロが珍しい、と周りに驚かれることも、どうでも良く思えた。
「随分、気が合うのね?」
と、母に言われて、これは気が合ってるからなのか?と疑問に思ったが、それよりも
もっと解せないことがあったので、反対に問うてみる。
「あたしと、あの子と、何が違うのかな?」
マシロは、自分以外の世界が苦手だ。
家族はまだしも、村の人たちが苦手だから家の外には出来るだけいたくないし、それ以上に
村の外、もっと広い大陸、さらに広い広い世界なんて、一生関わることはないのだから興味もなかった。
ただ自分と、自分の中で遊んでいられる空想世界だけが無限に広がっていく。
それがマシロにとっての、一番の安心、安全、安泰というものだ。
だから、マシロは一人でも平気だったし、一人が好きなのね、と周りの理解もあった。
ところが。
朝から晩まで延々と「守護天使」の話を聞かせてくれるウイは、自分の中に閉じこもって空想の世界を創造するような、
「一人ぼっち」仲間ではなかった。
やたら誰とでも仲良くし、常に多人数と楽しそうで、それでいて周りも放っておかない。
荒唐無稽な話を周囲にばらまきまくるところは、少し前までのマシロと同じなのに、
その動機はまるで違うように思えた。
「そうねえ」
と、母が考えるポーズでマシロを見て、うん、と頷く。
「ウイの話は、空想小説じゃなくて、真実だからじゃないかしら?」
その母の答えは、マシロを驚愕させる。
「ええ?!母ちゃん、あの子の言うこと、真実だって思ってるの?!」
「あら?マシロは、嘘だって思ってるの?」
「嘘、っていうか…」
空想の中で作り上げた世界で、空想の友達がいて、空想の出来事が起こって…、という遊び。
マシロが何よりも得意とするものだから、それと同じことだと思っていた。
思っていた、と気づいて、ああそうか、とマシロは腑に落ちた。
ウイの話にわくわくして、もっと話が聞きたくて、彼女とずっと一緒にいたのは。
マシロ自身、そういう遊びを共有したかったからだ。
何よりも、自分が創り出す世界よりもっと緻密で、謎めいていて、刺激的だったからだ。
それらがすべて。
「真実なの?本当にあの空の上には世界があって、天使が住んでいて、神様がいるっていうの?」
「それを、母ちゃんに聞かれてもねえ…」
火を噴く山があって、塩辛い水が波立つ場所があって、砂が流れていく大地がある。
本を読んでも、旅をしてきた兄ちゃんの話を聞いても、実感なんてないでしょう?
それをどうすれば真実だと確信できるかと言えば、自分の目で確かめることだけよ、と母が言う。
「だから、母ちゃんは真実かどうか言えないけれど」
と言ってマシロをがっかりさせておいて、信じてるだけよ、と言う。
ただ信じる、何を根拠にそれができるというのか。
こともなげに母は言った。
「ヒイロに、嘘はつくな、って育てたんだもの。そのヒイロに初めてできた友達よ?」
あの子たちが嘘をついてるとは思ってないわ、と、明日も晴れそうね、という時と同じ顔で言った。
そういわれては、マシロには何も言い返す言葉がない。
「マシロは小さいおじいさんとか羽のある人とか見えてたんでしょ」
「…うん、そう、だけど」
「同じことじゃないかしら?アサギたちに見えないものが見えていたマシロと」
マシロに見えないものを見ているウイと。
そういわれて、初めて、姉や、妹たちの気持ちがわかった気がした。
そうか。あたし、今、アサ姉で、あの子がちょっと前までのあたしなんだ。
兄は今も不思議なものが見える、と言う。そして、一緒にきた仲間たちも見えている、と言った。
あたしも見えていたのに。
見えないものを信じるって、難しい。
それを軽々と成し遂げる母のことも、なんだかよくわからなくなってきた。
「あら、私は見えないものじゃなくてヒイロを見ているのよ。ヒイロを、信じているの」
マシロの信じているものはなあに?と尋ねられ、ややあって、マシロは母を見た。
これ言ったら怒られるかな?兄の旅の話も、母の信じる言葉も、いまいち信じられない。
でも、嘘は言えない。マシロの世界は、たった一つだ。
「あたしは、あたししか信じてない」
そう言いきると。
「そうね、マシロのそういうところ大好きよ」
と、母がマシロの頭をなでる。
あれ?なんだろう、褒められた。
「だったら、マシロが次にすることはただ一つ、よ」
そう言って、おでこを人差し指で軽く押された。いたずらっぽく笑む瞳にはマシロが映って見える。
「天使になるんでしょう?」
ああ。
そうだ。
ウイの話を聞いているうちに、知識として蓄えられ、マシロの中でどんどん広がっていく世界に、高揚した。
感化されやすい、とは兄が言ったことだったか。知らず、天使になる、と宣言していた。
それも母に聞かれていたのか。
「やるなら、とことん!」
と、母に背中を押されて、声もなくマシロは頷いた。
あたしはあたしを信じる。あたしが、天使になればいい。
* * *
「だからね、なんで子供のうちは不思議なものが見えるの?」
「あー、それ説明するのむつかしーなー」
色々な要因がいっぱいあるんだよね、と自称天使は人差し指を軽く顎にあてた。
考え事をしたりするときの、彼女の癖のようなものらしい、とマシロはそれを見る。
そんなことまでわかってしまうくらい、随分と密接になった。
そうして待つのはほんの数秒、そのわずかな間に生み出したとは思えないほど膨大な情報がウイから語られるのも
もう、すっかり解ってしまっている。
「一番の要因はやっぱり、なんにもないまっさらだ、ってところかな?」
怪しげな飾りをひとつひとつはずして、マシロが造り上げた城を片付けていく作業。それを二人で行っている。
長い間「ひきこもって」いた場所を明け渡すことに、さほど喪失感がないのは、それよりももっと心を占める、
ウイの話を取り込もうとしているからか。
「生まれてすぐの命って、住みわけがまだしっかりしてないんだよ」
「住み分け?家とかに住んでるのに?」
「家じゃなくて、世界だね。人の世界、天使の世界、妖精の世界、霊の世界、そういう、世界」
世界は全部一緒に存在しているけれど、住人たちはちゃんと住み分けている。
そして人は人の世界を識っていくことで、人としての魂が定まっていく。
「小さい子たちってまだ定まってないあやふやな状態だから、世界の境界を時々越えちゃうんだよ」
「でも、あたしより小さいセイとか、コズミとか、全然見えてなかったよ?」
それは何?と問えば、すぐさま、答えが返ってくる。
「興味かな。人の世界の方に興味が強いとそっちに意識がいっぱいいっぱいになるでしょ」
逆にシロちゃんが見えやすいのは、とウイが垂れ幕をはずしながら、首をかしげる。
「あんまり人の世界に興味がなかったからかな?」
それが全部じゃないけどねー、と言われたものの、その説明には納得してしまった。
コズミは友達や家族と関わることが最優先だし、セイは絶えず書物に没頭している。
それらを人の世界を識ることだと言えば、確かに、マシロにはそういう執着はない。
自分の内にとじこもっているのが一番だから、周囲はどうでもよかったのに。
「じゃあ何で、あたし、見えなくなったの?」
今でもそんなに人の世界に興味があるとはいえない。そう問えば。
「それは興味がないふりをしてるだけだね」
「ふり?!」
「あ、自覚とか、意識的にじゃなくてね」
もうずっと人の世界に住んでるんだもん、人として定まっちゃうよ、と言われてため息が出た。
なんだ、そんなの。…結構、つまらないな。
つい先日、自分で出した答えの方がずっと素敵だ。とマシロは思ったけれど。
それを、ウイに教えてあげるのはなんだかもったいない気がした。
だから、またウイに質問する。
「じゃあ何で兄ちゃんとかウイは、今でも見えるの?」
「そりゃー、ほら、いろんな世界に関わってるようなものだし」
ウイが天使だから、ずっと一緒にいるヒロたちにも影響しちゃうんだよね、と言い、そうだ、とマシロを見る。
「ミカちゃんとミオちゃんは見えなかったのに、見るようになったんだよ」
「なにそれ!」
それは聞き捨てならない。
「じゃあ、あたしも?あたしもウイといたら、また見えるようになる?!」
それは、マシロにとって何よりも重要な、誰にも譲れないほどの重要なことなのに。
「うん、そうだね」
と、いやにあっさりウイは頷いた。
「なにそれ」
と、さっきと全く同じセリフを、全然違う声音で吐き出していたことに、マシロ自身、びっくりする。
なんだろう。もう、浮き沈みが激しい。嬉しいのか嬉しくないのか、なんでそんなことを思うのか、自分でもわからない。
そんなマシロをしばらく見ていたウイが、
「見えるようになりたいの?」
と聞いてきて、その無頓着さに神経を逆なでされた気がした。
「当たり前じゃん!見えてたのに、見えなくなるって、どーいうことかわかんないでしょ?!」
だからそんな風に無神経に聞けるんでしょ?
そんな感情的な声音に、ウイがびっくりして動きを止め、マシロを見ていた。
しまった。またやってしまった。だから他人と会話するのは嫌だ。イライラするし、嫌な気持ちになるし。
…きっと、相手にもそんな気持ちに、させるし。
そんな重い思いに引きずられて、地面を見る。
そうすると、父や弟はそーっといなくなるし、姉や妹にはハイハイ落ち着いてー、とほっておかれるし。
いいんだ、もう慣れてるし。
そう俯いているマシロの頭を、よしよし、とウイの声と手が優しく撫でる。
驚いて顔を上げると、大丈夫だよ、とウイがマシロを見ていた。
「見えなくなるっていうことはね、シロちゃんが、ちゃんと強くなってることの証だよ」
「え?」
「悲しいことじゃないんだよ。人として生まれて、もう人として生きていけるってことなんだよ」
ウイたち守護天使は人を助けるためにずっと地上を守ってきたけれど。
もう人は大丈夫、って神様が決めたことだから。
「ちゃんと強くなれるんだって、ウイは安心してるよ」
そうして強くなって。人として強くなって、人にしかできない力を手に入れたら。
「そうしたら、他の世界の住人が、シロちゃんに力を貸して、ってお願いに来るよ」
だから悲しいなんて思わなくてもいいんだよ、と言い聞かせられて、涙が出た。
「…そんなんじゃ、ないもん…」
言ってほしかったのは、そんなことじゃない。けど。
言いたいことも、そんなことじゃない。
「…ごめんね、怒鳴って」
もうほとんど相手には届かないくらいの声だったが、ウイはまた頭をなでてくれた。
「いいよ、いいよ。怒鳴りたい時は思いっきり怒鳴ったらいいんだよ」
だって、とウイがたたんだ布を広げてマシロの涙をふく。
「ウイはシロちゃんのお師匠様だもん。シロちゃんのこと、どーんと受け止められるよ」
ちょっと、これ。
あたしにおしゃれ着作ってあげて、って言って兄ちゃんが特別に送ってくれた良い布なんだけど。
「弟子はお師匠様に迷惑かけるのがお仕事なんだよ、わかった?」
「…うん」
まあ、…いいか。鼻かんじゃえ。
* * *
「なんで神様は、人のこと助けてくれないの」
すっかり装飾品もかたづいて、マシロの城は、ただの厠の外側に戻った。
今、その軒先で、ウイと二人並んでおやつの干し芋を食べている。
「ええー、そりゃムリだよー」
マシロのゴメンネ、からの怒涛の質問攻めにも一切途切れることなく、ウイの「授業」は続いている。
そうか、これ授業なんだっけ、とマシロはウイを見た。
そう言えば、村の子たちがウイの「授業」を胡散臭がって寄りつかないのに同情してしまって、
つい、近づいてしまったのが、この、ウイとマシロの関係の始まりだった。
「神様は神様で、大変なんだから」
なんてお気楽そうな口調で言われても、全然授業でも大変そうでもないけれど。
「変なの。あたしが立派になったら他の世界の住人があたしに助けて、っていうようになるんでしょ」
「そうかもだけど」
「じゃああたしが神様に助けてって言ってもいいんじゃないの?」
あたしよりずっと立派なんでしょ、神様。
と、マシロが言えば、ウイが片手を振る。
「立派すぎて、シロちゃんの声なんか聞こえないよ」
「なにそれ」
心狭いな神様。と、思っていると、ウイが軒の隅っこを指さす。
「あそこ、蜘蛛の巣」
「うん。…え?恐いの?蜘蛛」
「ううん、蜘蛛は恐くないけど。あ、シロちゃんは恐いの?」
「恐いわけないじゃん」
あれを恐いっていうの、あの人がおかしいだけだし。そんなマシロの心の声が聞こえるはずもなく。
ウイは、それは良かった、とにこにこして、もう一度、蜘蛛の巣を指す。
「あの蜘蛛の巣、嵐がきたら壊れちゃうよね」
「嵐がきたら屋根飛んじゃうよ」
蜘蛛の巣どころじゃないよ、と言えば、はい!それ!!と、ウイが両手を叩く。
「な、なに」
「今のシロちゃんのそれが、まさしく神様のお言葉です」
「はあ?」
「シロちゃんは風に飛ばされた蜘蛛が助けてーって言っても聞こえないし」
「当たり前じゃん」
「万が一聞こえたとしても、蜘蛛の巣を作ってあげることもできないし」
「作れるわけないでしょ」
「神様も同じだよ。シロちゃんが、水汲み大変だからこっから水出して神様ー、って思っても」
思わないし、そんなこと。
「神様は、どうにもできないんだよ」
世界が違うの、と言われて、ウイの話が「どうして神様は助けてくれないの」というマシロの質問への
返答だと分かった。
「…ウイって教えるの下手だね」
「だってウイ初めて師匠になったんだもん、そこは広い心でどーんと受け入れてよー」
それも弟子のお仕事です、と言われて適当に頷く。あーはいはい、ってなもんだ。
あ、なんだろう。これ、アサ姉がよく言うな。あー、はいはい、って。あたしに。
「だからね、神様は神様のことしかできないの。人が人のことしかできないのと同じだよ」
わかった?と聞かれても、先に気付いたアサ姉のあーはいはい、の真意が頭から離れなくて、
素直に頷けない。つい、ひがむような声がでる。
「じゃあ、神様は何してるの?何が大変なの?」
が。
「世界を正しくしてるんだよ」
そう言われては、それはそれで聞き流せない。
「なにそれ」
そのマシロの合の手ももう慣れたのか、ウイがさらりと続ける。
「お日様が消えたり落ちたりしないように、とか」
「え?あれ落ちてくるの?!」
「この山がさかさまにならないように、とか」
「ちょっと!逆さまになるようなとこに住んでるの、あたしたち?!」
「水がからっからになって無くなっちゃわないようにとか」
「死んじゃうじゃん!困るじゃん!!」
「だから、世界が困らないように、日々頑張ってるんだよ、大忙しだよ?」
だから人の事は人が頑張ってください、と大真面目に言われては、余計胡散臭い。
「…頑張れる、って、神様が決めたから?」
「そうそう」
それってただ小事をめんどくさいから人に丸投げしてるんじゃないの?とうがっていると
ウイが黙って、地面を指さす。
そこに蟻の一列を見て、マシロは、ひとつため息。
「そうだね、蟻の巣が壊れても、あたし何にも手伝えないもんね」
でも干し芋の一粒くらいあげちゃうけど、と食べ残しを地面にまいてやる。
マシロの背後でそれを見ていたウイが、笑った。
「それが、天使だよね」
そう言われて、マシロはウイを振り返る。
「え?」
「人を助けてあげなさい、って、神様が天使を作ったでしょ」
マシロのこの気まぐれの一粒が、神の一声で生まれた天使か。…ちょっと、しょぼすぎない?たとえが。
いいの?芋にたとえられて、と当人を見れば、ウイはにこにこしている。
その笑顔が、さっき、マシロの涙を拭いてくれた優しさに重なる。
ウイは、天使だから。
「でも、もう人に助けはいらない、って神様が決めたんでしょ」
もう天使は助けてくれないんでしょ。
じゃあ、今目の前にいるウイは。それを信じようと、天使になると言いきったマシロは。
どうなるの?
マシロの問いかけにも、ウイは動じなかった。
まるで、それこそがマシロを納得させる最大の真実であるかのように。
「シロちゃんは、天使になるんでしょ」
それで、いいんだよ。
それこそが、天使の本当の役目だよ。
人が、天使になる。
「天使は、人を助けるために神様が送り出した真実だよ。天の使いは、その御心」
それは、ウイからウイにかかわったすべての人につながっていく真実。
誰かを助けたいと思い、強くなり、一人が一人を救い、人が世界を救う。
人の世界を、あるいは、妖精たちの、精霊の、目に見えないものたちの世界。
命たちを、守り、導く。
すべての命あるものたちを、存在している魂を、人が守れるのだと、気づく。
そのための力。
そのために、人としてある命。
「人間にしか、できないことだよ」
そんな壮大なこと。途方もない、まるであり得ない、そんな力が自分にあるとは思えない。
「む、むりだよ。あたし、何もできないよ?」
「そりゃそうだよ、だってシロちゃんは今ウイに弟子入りしたばかりだもん」
今から、修行は始まるんだよ、と言われて、肩を叩かれる。
「ウイは世界中のどこにでも行くけど、シロちゃんはここで」
「ここで?」
「ここでしかできないこと、シロちゃんにしかできないことをやるんだよ」
身の回りで起こることすべて、出来事に動かされる感情のすべて、それらが全部、天使の修行。
そうして、たった一人の存在になっていくこと。
自分になっていくこと。
「それが、修行?」
「そう」
美しくも、劇的でもない。ただそこにある日々の暮らし、それを人として過ごしていくことこそが。
天使になるための大切な修行だ、とウイは笑った。
「だって、ウイはそうやって、もう一度天使になれたんだもん。シロちゃんにもできるよ」
お師匠様がいなくなった話をしたら、早く見つかると良いね、って言ってくれたでしょう?
さっきも怒鳴ってごめんね、って謝ってくれたでしょう?
「それが、どれだけウイを救ってくれたかシロちゃんはまだ分からないかもだけど」
確実に、シロちゃんはやれているよ、と笑顔をくれる。
「…そんなことで、いいの…」
見つかったらいいな、とか、悪いことしたな、とか、そんなちょっとしたことで?
ひどく単純なことを指摘されて不信を顔に出すと、そんなことじゃないよ、とすかさず返される。
「すごく難しいことだよ。言いたいけど言いにくかったり、伝えたいのに伝わらなかったり」
ああ。
そういえば、アサ姉やコズミたちにも謝ろうと思ってて、でも、改まって近づくのがなんだか後ろめたくて、
まだ謝ってない。
そういうこと?
「謝りたい人がいるの?」
「…うん」
「じゃあ、行こう。ウイが一緒にいってあげる」
「ええー?」
それもなんだか、と気後れしていると、修行だよ、とウイに手をひかれる。
「言ったでしょ。ウイは、お師匠様だから。ウイもね、一人でできない時、できるまでお師匠様に助けてもらってたよ」
だから、今度はウイがそうしなきゃね、とマシロを促す。
甘えていいんだよ、と言われて、納得する。
「そうか、あたし、弟子だから」
「そうそう、できないことがあっても当たり前、できるようになる為の修行だから」
大丈夫、それで大丈夫。
自分でいること、自分の好きなところも嫌いなところも、捨てたりあげたりできない。
悩みも苦しみも喜びも、そのすべてのことが自分を作っていくこと。それで間違ってないんだよ。
「ここが、シロちゃんの場所だよ」
ここ、と「自分」を指して、マシロの師匠は、最大限の保障をくれる。
「少しづつ、積み重ねていこうね」
「うん」
できることも、できないことも、まず自分を知ること。
そこから、はじまる。
皆が集まっている広場へと連れだって向いながら、そうだ、とウイが振り返る。
「ウイのお師匠様が見つかったら、シロちゃんに真っ先に会わせてあげたいな」
「あたし?」
「ウイのお師匠様はねえ、上級天使様だから。もう絶対、天使!ってシロちゃんにも解るよ」
「へえ…」
「それに、シロちゃんが弟子になったってお師匠様に言ったら、すごく喜んでくれると思うよ」
「ふうん」
そうか。もう、あたしの天使は始まってるんだ、と唐突に実感する。
目に見えないものを信じるのは難しい。けれど、目の前にいる人のことは信じられる。
母の言っていたことは、これだ。
それは、まだ、自分を信じると言い切れる少女の純真さ。無垢である強み。
それでも、この先、何があっても進むべき道はマシロの中に伸びている、とウイがいうから。
迷い、恐れ、不安に駆られても、ウイがくれた天使の指針はここにある。
「あたし、天使になれる」
マシロは今、それを信じる。
天の心は、ここにある。
地上にひとつ。
また、ひとつ。