ドラクエ9☆天使ツアーズ

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ケジメ5

2022年09月28日 | 天使ツアーズの章(家族事情)
馬車留の柵にもたれ掛かりながら、山の端に今にも沈みそうな夕日を眺めていたシオは、遠い日の幼い恋愛をなんとなく思い出していたが。
「待たせた」
と背後から声をかけられて、その人物を振り返った。
先ほどまでの記憶の中の行商人とは違い、愛想もなければ社交辞令もない、遊びも興も無縁の、無口で堅実な商売をするためだけに生きているような男だ。だから「急がせたのなら悪かったわ」とシオが応えれば、「いつも通りだ」とだけ返して、柵の中に戻っていく。
シオより頭一つ大きい背丈に荷を扱う仕事で鍛えられた肉体は、何も知らない人間が見れば、それなりの武闘家かと見紛うだろうが、この村の人間は知っている。滅多にお目にかかれないほどの、運動神経の悪さを。
現に今も、自分の体の大きさをうまく把握していないかのように、柵に思いっきり腰をぶつけてよろめいていた。おそらくシオだけが知っている、彼の服の下の身体のあちこちにある不用意な青あざやら引っ掻き傷。古いのも新しいのも。それを指先で撫ぜれば、
「俺はどんくさいから」
とだけ、彼は言った。
初めは仲間内や競合相手からのいじめにでも合っているのかと思っていたが、親しくなるにつけ、本当にただ鈍臭いんだな、と嫌でも気づく。
「だから、親と別れて、遠い親戚が経営する牧場に預けられた」
そこで朝から晩まで働くうちに体だけはどんどん育った。親元にいた時とは違って、食べたいだけ食べて良いと言われ、そうしていたらこうなった、というのにも納得だ。
特に意識して体を鍛えたわけでもなく、大食らいとそれを上回る仕事量で作られた筋肉は、それ以外の目的にはうまく働かないらしい。
牧場で働く以上、それで特に問題もなかった。時折、老爺が気を利かせて牛乳の配達に外に連れ出してくれる様な生活。それが少年期から青年期に入って、体が大きく、見た目がいかつくなった頃から、変化が訪れる。
牛乳配達のついでに行商に出るようになった老爺について時折港町にも出入りをしたが、見た目で判断されたか、昔に比べて難癖や言いがかりをつける客が減った。老爺が街の若者と揉めているところに顔を出せば、途端に連中は引いていく。それを理解して、自分が主な行商担当になった。「こんな木偶の棒でも役に立つものだ」なんて自虐にも聞こえるそれを、大真面目に語ったりする。そんな人間だ。
親とはどうしているのか?と尋ねるシオに、数年に一度くらいは会う、と答える様子には、特に何のこだわりもないように見える。
「親は旅芸人の一座で、世界中どこへでも行くから」
なるほど、彼の身体能力の低さでは子供からの芸も身に付かず、お荷物になっていたのだと容易に想像できる。そこからの苦渋の口減らしで、老夫婦の経営する牧場へ預けられた、と。それで一座が近くに来たときは顔を見せる、と言うのだから関係は悪くないのだろう。
いかつい(だけ)の外見を活かして、近隣の村々に牛乳を配達する行商の担当になった。空になった馬車で港町へ向かい、代わりに他の土地の荷を仕入れ、牧場に戻る道すがらにそれを売り売り歩く。その巡回場所の一つにシオの下の村があったというだけ。たったそれだけの縁で、シオはこの男との結婚を考えている。
ユーズ=マーシュマロウ、シオより3つ下の働き盛り。
マーシュとマロウの牧場では行商担当。シオの父、オレガノは特に上客だろう。オレガノの仕事上、彼にあれこれと都合してもらっている代わりに、自分が仕立てた服を他所へ卸すのを任せていたりもする仲だ。
(そんな人をどう紹介するっていうのよ)
なんて頭を悩ましていたからか、先に行った背を追って柵の中へついていったシオは、ユーズが木箱を置いて、座れと示すのにも素直に従っていた。
馬車の傍らに木箱を3つ置いて、そこの一つにランタンと食事の用意。
それに気づいた時には、残る一つの木箱に腰を下ろしてよろめきかけたユーズが体制を立て直していた。
「私、別に食事を頼んだわけではないんだけど」
慌てるシオにも、ユーズは無頓着だ。
わかってる、と言い、麻袋からシャンパンの瓶を一つ取り出してシオに差し出す。
「今日は差し入れをたくさんもらってしまった」
傷んでしまうと申し訳ないから、シオも食べてくれ、と言う。
受け取ったシャンパンの瓶はシオの好みの銘柄。程よく冷えているのを見れば、今し方向こうの通りで買ってきたのかもしれない。
彼にこうも気を遣われているのは珍しいことだったが、特にそれを問題視する余裕はシオにはなかった。仕方がない。何せ、ここ数日は珍しいことばかりに追われて、シオ自身、どこから手をつけていいか途方に暮れていたのだから。これもそのうちの一つ。たった一つ。
「じゃ、ありがたくいただくわ」
うん、と言ったユーズは村の人間からの差し入れだといった夕食にもう手をつけている。
「今日は村に泊まるのね?」
と確認すれば「さっき宿を取った」と言う。今夜は村に滞在して、明日の朝早く帰ると言うので、(それなら良いか)とシオも手前の皿を取った。
馬車の影で、木箱に座って、村人の差し入れてくれた夕飯を囲んで、何の色気もない逢い引きか。傍目には商談でもしているように見えるだろうか、と思って、そっと笑う。
昔から男たちにちやほやされるのが常だった。なんとかしてシオの気を引こうと、男たちの貢物も接待も、過剰になっていった。それがこの村では当たり前のことなのだと受け止めていたけれど、いつしか自分は膿んでいたのかもしれない。人生の華美な装飾に飽きて、それらをもたらす男たちに冷めた。連日連夜の豪勢な食事の後、何気なく蒸しただけの芋を口にして、美味しさに感動する。どうやら自分はそんな人間だったらしい。素朴で質素で堅実な生活で十分。
(ええ、どうせ地味で面白味もない人間でしょうよ)
ここにはいない母と妹二人に向けてのぼやきは癖か、慣れか。
そんなシオに、ユーズは肉の塊を差し出す。それを片手の皿で受ける。こんな場所でなければ、確かに手慣れた夫婦のような感覚。何も気負わない、心地の良い関係。
それを、自分は守りたいのか。誰にも明かさず、守っていたかったのか。今まで、彼に結婚を切り出そうとも思わなかった。ずっとこの関係が続くと思っていたわけでもない。ただ考えようとしなかったそれなのに、今夜、この場所でそれを暴こうというのか。彼の返事を聞くことよりも、自分の本心が固まることの方が未知の領域になるなんて。
よく知った村の味も(今はわからないな)と郷土料理のミートパイを口に運んで黙り込んでいると、ユーズの方が口を開いた。
「今日は差し入れもそうだけど、品の売れ行きも凄かった」
らしくもなく、自分から話題を振ってくる。よほどシオが沈黙しているのに耐えられなかったか。そう思えば、シオはずいぶん長いこと黙り込んでいたらしい。
「あ、ああ、そうね。店じまい、って言ってたものね。完売したの」
いつもなら二、三日滞在することもあったのに。それも出来ず、夕方前には片付けに入っていた様子を思い出す。
「ああ、一つ残らず。それもご祝儀価格で」
「ご祝儀価格?」
「そう言ってた。上の村の女の人たちが。珍しく押しかけてきて。…サフランさんが戻ってきたんだ、って言って」
うっ、と危うく喉にパイを詰まらせるところだった。シャンパンの瓶に口をつけるシオを待って、母さんなんだろう?と言うユーズ。
「そうよ。七年ぶりよ。出て行ってから、7年も居場所を隠して」
「無事だったんだな、良かった」
物静かな口ぶり。シオが時々母親の消息を探して遠出することも知っているユーズ。自分も港町に出入りする関係上、何か情報があれば気づけるから、と母親の詳細を尋ねるユーズには、「まあ便りがないのは元気な証、って昔から言うでしょ」と当たり障りのない言葉を返すこともあったけれど。
彼なりに気遣ってくれていたのには感じ入る。
「オレガノさんも、嬉しそうだった」
「あ、ああ、うん、まあ父さんは、ね」
あの人は感情を隠しもしないだろう。
おかげで下の村の人間もいつもよりざわついてて浮き足立っている。何か変化があればそうやってすぐ広まるのが下の村の特性だけれど。
「けど、それよりも女の人たちが。すごくて」
と今もそれが冷めていないかのように興奮しているのはユーズの方だった。
普段にないお祭り騒ぎに巻き込まれて、物静かな木偶の棒も流石に調子を狂わされているのか。
確かに、シオより上の年代の女性たちが主に、シオの母を取り囲んで姦しいことこの上なかったここ数日だが。
「自分達に嬉しいことがあって、それで普段より良い値で、しかもありったけを買ってくれる、って。なんて」
自分達だけでこの喜びを味わっているんじゃ勿体無い。もっともっと周囲を巻き込んで、お祝い事はより多くの人数で分け合わなくては、喜び事の意味がない。
そんなのが上の村の女性たちの。
「素敵な気質だ」
どれだけ嬉しいかこっちにも伝わってくる。と、普段はまるで感情がないのかと心配するほどに表情も変えないユーズが、そっと微笑んでみせた。
(まあ、珍しいものを見たわ)
とシオが見惚れてしまうのにも気づかないように。
ユーズは少し黙り込んだ。
何かを口にしようとして、気がついたように皿とフォークを持った手を太股に落として、シオを見て言った。
「夫婦になろう、俺たち」






ケジメ4

2022年09月22日 | 天使ツアーズの章(家族事情)
シオに初めて求婚した男は、村に馴染みの行商人の息子だった。
それまで通い詰めていた父親に代わり、この村の担当を任されたばかりの彼は、多くの娘の好奇にさらされながらも物おじせず、シオに自分を売り込む事に熱心だった。そう、商いよりよほど。
その情熱と一途さは若い娘たちの羨望を集め、まだ若手だったシオもそれなりに気を寄せていたのだ。
だから彼が村に滞在するのは決まってシオの元で、その仲が半ば公認の様になるのもそう日数がかからなかった。
一晩を共にする間に、彼とは互いに旅の話を交わすことで信頼を深めあう。その流れで求婚された夜に、シオは、「なぜ私なの?」と、娘らしい可愛らしい質問を投げる。6つほど歳上の彼は、娘に添い寝する父親がおとぎ話でも聞かせるような声音で思いを打ち明けた。
「君は母親が不在の家で育っただろう?僕は父親が不在の家で育ったから」
初めは、親近感。それから同情。深く知り合う様になってからは、僕だけは君をわかってあげられると思ったから、と続ける。
「父親が不在がちなのは、行商人として当たり前のことだけど、やっぱり子供の時は切なかったな」
家に取り残される自分、母親と妹二人。境遇は似てるだろう?と笑いかけられて、そうね、と笑みを返す。そんなシオに、彼は初めて真面目な顔を見せる。
「僕が行商を手伝う様になって、周囲にも認められてこの村を一つ任された時、父さんは家を出ていった」
「家を?」
不在がちの父親が、家を出る、という意味。
「群れの中に、ボスは二人いちゃいけないんだ、ってさ」
それからは自分が家計を支える一家の大黒柱となった、と言う彼は、皮肉そうに笑った。
「何のことはない、外に他の女を作ってた、ってだけなんだけど」
「ええ、っと、それは離婚した、という事?」
まだ十代のシオには大人の複雑な関係は生々しすぎて、そんな質問をしたことを覚えている。それにも、彼は大人の余裕か、笑みを浮かべていたけれど。
「いや、離婚はしてないよ。母も、了解のことだよ。もう私にはお前と娘たちがいれば良い、ってね。諦めかな。母を思えば、ずっと昔からそんな風だったのかもしれないけど」
なんと返していいか分からなくて、ふうん、と曖昧な相槌を一つ。
そんなシオの両腕をとって、彼は熱い思いを言葉にする。
「いや、僕の家の話は良いんだ。それはシオには関係ない。ただ言いたいのは、つまり群れの中にボスが二人いちゃいけない、って事。これは自然界では当たり前の事で、僕ら人間も実はそうなんじゃないかって。君のお母さんは、君が一人前になったから、家を出た。もう立派な大人として君を認めてくれた、ってだけで、お母さんがいないことを、シオが気にすることなんかないんだ」
彼にそんなことを言われて、シオは、初めて自分が母の不在を自分のせいだと気にしていたのか、と自問自答した。母を恋しがっている胸の内を見透かされたようで屈辱でもあった。同時に、歳上の彼は今までに付き合った同年代の男たちとはどこか違っていて、「僕らは分かり合える」との誘惑には素直に陥落されそうでもあった。
そんな心の細波をどうやって沈めたかは覚えていない。ただ娘らしい矜持のみで、じゃあ私も妹たちが一人前になるまでは群を率いていなくちゃね、なんて返したこと。
それは、家を出てあなたの求婚を受け入れるのは妹が一人前になってからだ、という意思表示だった。それがいつの間にか、シオの生き様になった。
結局、その彼とはうまくいかなかった事を思えば、意外と母の女の勘は正しかったのかもしれない、なんて思う。
「分かり合えると思う男とは結婚しない事だね」
そんな助言を一つ、シオにくれた母もまた恋多き女だったか。
(母さんなんて普段からそばにいないくせに、嫌になっちゃう)
あの母はシオの男関係など微塵も知らないだろうに。いや気にも掛けていないだろうに、言うことは存外、的を射ているのは村の女としての生き様。先人の言うことは聞くもんだよ、という祖母の面影にも仕方なく頷くしかない。
(そうね、私よりずっと先を走っていったんだから)
彼女たちの見る目はそれなりにシオを納得させる。シオもまた、彼女たちと同じ視点に立つ今だから、そう言える。
若いばかりで何もかもが新鮮だった頃、男たちの求愛も女たちの嫉妬も、悠々と跳ねつけるだけの闘争心があったからこそ、自分だけが持つ価値観で十分戦えた。今は、こうして彼女たちの言葉が沁む。双子はそれを「錆びついた」だの「衰えた」だのと言いたい放題言ってくれるが。
(あの子たちも同じように理解したりするのかしら)
双子の歳の頃。シオは。
初めての求婚から幾人もの男性から求められて数年後、旅先の町にたまたま立ち寄った武具屋の店先で彼と再会したのは、運命の悪戯か。
店主としてシオに対峙した彼は、バツが悪そうに笑った。そんな笑顔もシオの知っているそのままだったが。懐かしい、と思うより先に、彼が家庭を持っていることを知ったのだ。
シオとは正反対に、気の弱そうな女性は彼の子を孕っていた。人見知りで接客も苦手だから奥の仕事を任せている、と言い、代わりに店を回すのは陽気な母親だと紹介され。ついで、彼にそっくりな父親も紹介された。
父親が戻ってきたのは最近の事。それまでの不義の埋め合わせのように母さんにこき使われてる、とどこか嬉しそうに、両親を見る。なんだかんだと元の鞘に収まったらしい。結局、家族って収まるところに収まるもんだよな、なんて聞かせてくれる彼の背後で、夫婦喧嘩が始まって、シオは笑った。
「よかったわ、幸せそうで」
素直にそう言えた。もっと未練なんてものがあるかと思ったが、そうでもなかった。彼もそんなシオを見て、やっと自分を取り戻したかのように、おかげさまで、と言った。
おかげさまで、か。君に振られたおかげさまで、なんて意味なら祝砲の一発でこの店を崩壊させてやっても良いのよ、と不敵に笑うシオに、いやいや勘弁してくれ、と頭をかいて弱って見せた彼はちゃんと父親の顔だった。群れの中のボス、なんかではなく。
「それがわかっただけでも良かった」
去り際に残したシオの本意を、彼は受け止められただろうか。
家族は収まるところに収まる、そう言えるだけの大人の顔をして。それを理解できる歳になっていた自分に満足して、シオは遠い日の憧憬と別れたのだ。

ケジメ3

2022年09月15日 | 天使ツアーズの章(家族事情)
結婚なんてものは人生の足枷だ。
両の手足を縛り、自由な行動を制限し、個人の思考を封じ込める。
そうであっても構わないという強い意志がある者だけが、そこへと踏み込んでいく。もしくは、枷をものともせず自在に動ける力を持つ者だけが欲することのできる生き様だ。
強さこそが正義、の村で育ったシオは、いつからか結婚に対してそんな意識があった。
結婚、から生み出された家族の一員として思うこと。
父や妹たち家族を枷だと思ったことはないし、もし他者から「それを枷というのよ」と指摘されたとしても、なるほど自分は枷をものともしない力を持つ者なのだ、と考えただろう。
それでも、結婚に対しては意義を見出せなかった。
どんな男から求婚されてもそれを受け入れたいと思うほどに魅力的なものだとは思えなくて。
それよりも末の妹ミオを一人前の冒険者に育てなくては、という使命の方がよほどの大事だったのは事実。
それを決して逃げの口上に使っていたとは思いたくないが、結婚に対するそんなあやふやな思いを母には見透かされたのか、と考える。
「あんたはそうやって妹にかまけて、母親ヅラして、満足しちまってんだよ」と言われたことも、「このままとんだ勘違い野郎になられちゃ、村で暮らすあたしだって迷惑なんだ、そこんとこよく考えるんだね」と言われたことも、普段より腹が立たなかったのはシオの心境の変化が大きい。
結婚の決め手にかけるシオの心の有り様を見抜いて、母は、その背を押した。シオがこれ以上言い逃れを考えなくて済むように。あえて、口の悪いところを発揮して。
(いやいやいやいやいやいや!!)
下の村へ降りる道を一人歩きながら、シオは、ゾッとしない考えに捉われそうになるのを振り払うように、両腕をがむしゃらにさする。
(違う違う、母さんは自分の好きなように引っ掻き回してくるだけ!いつものこと!)
なんだかおかしい。
つい先ほどに、泉で母と二人きりの時間を経てからどうにも心の置き所が不安定だ。
シオはあの会話から、『ケジメをつけろ』という母の真意は、ミオを思ってのことだと確信している。あたしの名を汚してくれるな、というのはいつもの母の行動からも理にかなってるようにも思うが、それよりも、娘としての本能とでもいうか。
だが、それが契機であったかのように、母の行動を一つ一つ思い起こしては素晴らしく人格者の行いのように受け取り始めている自分が怖い。
(これはあれね!うん、あれだわ)
普段から素行の悪い人間が、なんということもない善行を一つして見せただけで、世間が大絶賛するという、あの現象だ。
特別善行でもなんでもない、ごく普通の人として当たり前の事をするだけで、人は見た目じゃない、だの、思っていたより素晴らしい人間だった、だの、私の目が狂っていたようだ、だのと言われるのが、悪行三昧の人間が巻き起こすタチの悪い感動劇。
(なんって得な生き方なの!!)
危うく自分はそれに引っかかりそうになってるだけだ、と言い聞かせながらも、普段から母親に振り回されている長女としての弱みだと思う。
シオだって、本気でお得だと思っているわけではないけれど。結局、自分は母のようには生きられないとわかっている。
祖母の教育のおかげで。
「あんたは賢い。賢い人間は、先人の言うことを疎かにしないもんだよ」
双子が生まれ、母が村を出ることが当たり前になった頃から、祖母は村に戻ってきていた。母がいない間、戦いの能力に関しては、ほぼ祖母の手ほどきに則ってシオは育ったのだ。
よくできた時は、筋が良い、と褒めてくれた。あの子の娘にしちゃ、あの子より飲み込みが早い。と言っては、シオのやる気を煽った。
逆にできない時には、できるまでやる!とがむしゃらになるシオを諌めてみせた。
「あんたは母さんにはなれないんだよ」
それをわかってるか?と言い聞かされても、母に憧れ、母のような冒険者になるのだ、という夢を抱くしかない幼さには響かなかっただろう。それをよくわかっていたのか、祖母は、
「あんたの母さんは、もうとっくにヨーイドン、でずっとずっと先に行ってしまってる。その後を同じように走っていったって、絶対、追いつけやしないよ」
わかるか?と言われて、頷いた。
「だったらやることは一つだ。あんたはあんたにしかできないやり方で走っていかないとダメだ。母さんの行った道を道なりに行くんじゃなくて、山を越えて、湖を渡って、洞窟を抜けて、あんただけの道を生きな」
左の人差し指を規則正しく進め、右の人差し指を出鱈目に動かして見せて、そんな話をする。
「そうしたら、追いつける?」
と問いかけるシオの幼さに笑って。もちろんだよ、と祖母は自分の胸を指した。
「このあたしが、あの子に追い抜かれたんだ」
負うた娘が今はもう自分よりずっと高みを行く冒険者となった。それはこの村では屈辱でしかないこと、幼いシオでさえも理解する。それを隠しも誤魔化しもせずに孫のために言ってくれた言葉は、後々までシオの奮起となった。
「先人の言うことは疎かにしないもんだよ」
あれがなければ、シオは母に憧れるあまり己の成長を見誤り、拗らせていたかもしれないと思うのだ。
(追いつけたかどうか、なんて、わからないけど)
逆に、母と同じにはならない、と言う意地のあまり、別の方向に拗らせている様な気がしないでもないが。
(そのせいで、自分の家族をもつことに消極的になってる?)
母の生き様を見ているだけに、自分が結婚して、伴侶とどうありたいのかが分からない。単に母と逆の方へ、逆の方へと走るあまり、自分の気持ちも伴侶のことも置き去りになりはしないか。
そんな失礼なことはできない。だから自分の気持ちが決まるまでは、相手を巻き込むまい、と心のどこかで頑なになっていた自分に気づく。
「つまんない女になっちまったね」と言った母の顔を思い出して、実に不愉快になった時、いつの間にか下の村に住む父の家のそばまで来ていることに気づいた。
道の先では、行商人の馬車が見える。
父の家には寄らず、シオはそちらの方へと歩みを進めた。
村に馴染みの行商人は、広げていた商売の場を丁寧に片付けている様だったが。
近づいてきた人影に気づいて顔をあげた。
そして商売人特有の愛想も見せず、特に表情もなく、ぼそり、と言った。
「生憎だけど、今日は早仕舞いだ。持ってきた荷が全て売れてしまった」
行商としては嬉しかろう報告も無感動に口にする。この男はいつもそうだ。
シオはそれをよく知っている。
「そうみたいね」
それだけを言えば、こちらを気にする風もなく、片付けを再開する。
「何か入り用のものがあったのなら、言ってくれればまた二、三日中には来れる」
物にもよるが、と続けるのを、シオはその片付けの様子を見守りながら、良いの、と返す。
「今日はそのつもりではないから」
買い物に顔を出したのではない、というのを受け取って、彼は片付けの手を止めた。
そしてシオを見る。
「オレガノさんに、聞いた」
母さんが帰ってきているんだろう?と言うのに、ええそうよ、と言いかけて、シオは彼の言いたいことを察する。
「ごめんなさい、そういうのでもないの」
今日はうちに泊まるか?と誘いにきたのではない、と暗に返しておいて。
「欲しいものは、別にあるの」
そう、今、何よりも欲しいものは。
自分の気持ちだ。
ケジメをつけるための、気持ち。
シオは今、彼を前にして、そこに踏み込む。

ケジメ2

2022年09月08日 | 天使ツアーズの章(家族事情)
「あんただって昔からちっとも変わりやしないじゃないか。何かあったら絶対ここだ」
ゆるい下りになっている草道を、降りてくる母。羽虫を軽く手で払う時には、記憶の匂い。虫除けのハーブを使った白粉の匂いは、祖母の代からずっと家に伝わる調合のそれだ。
「昔から、って」
ここで母と顔を合わせた記憶はない。不意をつかれて思わず立ち上がっているシオは、泉の淵までやって来た母の真意を測り損ねていた。
「父さんに聞いたの?」
機嫌を損ねる度にシオがここで一人籠ること、父親なら知っていてもおかしくはないと思ったが。
母は、鼻で笑った。それも見慣れた仕草の一つ。
「あの人は、女の痩せ我慢にずかずか踏み込むような男じゃあないよ」
痩せ我慢。
別に痩せ我慢を張って逃げ込んでるわけじゃない。そう反論しかけて、では父は知らないことで、やはり母だけに知られていたということか、と思う。そんな事、一度も考えたりしなかった。娘の機嫌など気にかけるような母ではなかったはずなのに。
「何?ご機嫌伺いにでもきたの?らしくないけど」
訝しんでそう聞いてみたのは、娘っぽい感傷だろうか。
もちろんそんなもの、この母は一笑に付すのだけれど。
「そんっなわけないわ!」
と、ふんぞり返って声を荒げる。
「あんたが後のことも考えずさっさと出ていくから、あの末っ子がまた喚き散らして散々だったじゃないか!」
「ええ?」
その話に感傷も吹き飛ぶのは、母の態度よりも、その『喚き散らす末っ子』の変貌ぶりが余程、シオを、シオと双子たちを怖気させていたからだろうか。
そういえば、ついさっきまでの『シオの結婚』の話題の場で、あまり馴染みないであろう母の暴言に晒されて可哀想だなと思って気にかけたミオは、ただひたすら俯いて表情も見えなかった。それがいつもの妹の様子だったから、すぐに意識の端のほうに流してしまっていたけれど。
あれは、爆発する寸前だったのか。
「ほんっと、なんなのあの子!」
「な、んなの、って」
あなたの娘よ。と反撃できないのは、シオも似たり寄ったりの感想を抱いてしまったというのもあるが。
「言って良いことと悪いことがあるだの、言葉は思いやりがどうだの、それは知性の問題がどうだの、ああ後なんだっけ、社会の存続とか人間関係の上で役割がどうとかこうとか、壊れた賢者の杖みたいな御高説を捲し立てて薄気味悪いたらないわ!」
「薄気味悪い、って…」
言い過ぎよ、と言うシオは、心の中で(とか言いながら、いちいちちゃんと聞いてるのね)と妙なことに気づく。母ならとっととそれを遮って一喝で終わらせてしまうと思ったけど。
自分達はミオとのこれまでの付き合いがあるから、気圧されてしまうのだけど、母からすれば小娘の諫言など痛くも痒くもないだろうに。
「ギャーギャー喚いた後にブルブル真っ青になってんのが薄気味悪いってのよ。大丈夫なのアレ、ほんとに」
狐にでも取り憑かれてんじゃないの、と言い出しそうなそれを遮る。
「大丈夫よ。父さんも言ってたでしょ」
ミオの面倒をよく見て、育てて来たのは父だ。同じように、自分も、双子も育ててもらったのだ。父が大丈夫といえば、それは無条件に安心できる。育ててもらった絆がそうさせる。それがない母には、言葉では足りないのだろう。
(それを選んだのは、母さんでしょう)
ミオの突然の成長も、シオや双子の戸惑いも、父親の見立ても、母とは共有できないもの。それをわずかでも寂しいと思ってしまうのは、やはり小さい子供の感傷だ。大人になった今では感情ではなく、理性で納得できる。ミオのように、感情的に喚き立てることができる幼さなどもうとっくに手放した。だからミオも、いずれそうなる。
それをどうわかってもらおうか、と思案したシオに、母は軽くため息をついてみせた。
「そうじゃないわよ。あの人が、じゃない。今は、あんたと話をしてんのよ」
あんたが見てどうなの、と言われ、自然と「私も大丈夫だと思ってるわよ」と返すことができた。
「へえ?あの子は、自分はまだまだ半人前ですがあ、とか言ってたけど?」
それもよくわかる。ミオなら一生そう言ってるかもしれない。そんな気性の妹だ。昔ならその性根を叩き直してやる、と息巻いていたのだけれど。
「ミオはもう一人前だわ。私がいちいち口出さなくても、あの子は一人でやっていくのよ」
一人前になるまで帰ってくるな、と叩き出した。久しぶりに顔を見せた時は、一人前になる覚悟ができたのでその決意表明を聞いてほしい、と言ってきた。それを聞いて、再び送り出し、今また呼び戻したのが家族会議の場のためであったが。その成長ぶりには驚かされる。家族の誰もが思わぬ方向に成長しているようだが、それも仕方がない。
なぜなら、ミオはもう一人前なのだから。
「もう私の言いつけ通りに冒険者として世界を回ってるんじゃない。あの子の意思で、あの子の目的があって、あの子の仲間がいて、あの子自身の旅をしてるんだもの。私がそれに口を出す必要なんか、どこにもないんだわ」
それを一人前と言わず、なんと言うのか。
まだまだ安心とは言えない。頼もしくなったと言えば嘘になる。双子からすれば、姉さんはミオに甘い!というところだろう。それでも。
「そうかい。それが、あんたの出した答えかい」
「答え、っていうか」
「一人前になれ、っていう課題の答えなわけだ。あの子に対しての」
世間一般に言われるような一人前の定義ではく、ミオに対しての、シオの思い。
「ああ、そう、そうかも、ね」
そう言われると、なるほど確かにミオには甘い点をつけたのかもしれない。なにしろ出発点が恐ろしく低かった。自分達で好き勝手に村をでて自由気ままに生きている双子からすれば、そんなんで良いのか、と不満が出るのも理解できるな、と考えていると。
「じゃあ、あんたもとっととケジメをつけるんだね」
と言われて、不意をつかれる。
「ケジメ?」
何のための、と疑問に母は容赦なくいった。
「ミオは一人前になった。なら、あんたは結婚するんだね。明日にでも」
「はあ?明日?!結婚?!あたしが!??」
「ああ、明日は無理だ。こっちにも準備ってもんがあったわ。まあこっちの用意が整う程度には、さっさと日取りを決めてしまってよ」
「ちょっと待ってよ、私まだ何も」
「何悠長なこと言ってるんだか。あんたが言い続けてきたんだろう?結婚の申し込みがある度、そう言って断ってた、って双子は言ってたわよ」
あれ、双子の嘘なの?と言われて、嘘は言ってないけど、と返すのには歯切れが悪い。
シオの結婚を、ケジメ、と言った母の真意がそうさせる。
「母さんは、だから、なの?」
自分がミオの世話に口を出すから母は嫌気がさして家を出たと言いたいのか、と口にした時はその可能性に一瞬、心が冷えたのも事実だ。
それを無かったことにしたのは、いつもの母の口癖。
あたしはあたしのやりたいようにやるのよ。
どうしようもない母のセリフだが、あの瞬間シオの心は、確かに母のこの言葉で救われたのだ。
だからこそ、ミオが一人前になるまで結婚はしない、と宣言するシオの生き様を『ダサい』と罵ったあの一幕さえも、今では受ける重みが違う。シオの為でなく、あれはミオの為か。自分のせいで姉が結婚しないと宣言している、そんな噂が実しやかに出回っている村で育ってきたミオの気持ちを考えたのか。
面影もありはしない母親に暴言を吐かれて気の毒に、なんて気遣うのとはまるで違うやり方で、母は母なりにミオを娘と思っているのかもしれない。
そう気付けば、いつもいつも、そうして守ってもらっていたのか、と思う。
シオには理解できない。理不尽な態度も、呆れる言動も、すれ違う心も、母の真意は何も伝わってこない長い時間だったけれど。
「実は母さんなりに何かを思ってのことなの?」
と問えば、母は鼻で笑う。いつものように。
「あたしを美化したいのなら、すればいいわね。自分の理解の良いように他人を解釈するなんてのは、頭の悪い人間のする事だと思うけど」
自分の常識が丸っと当てはまる人間がいるもんか、と笑われて口を尖らせる。
「せっかく見直したところだったのに」
「見直してくれなくて結構。娘からの評価が欲しくて親をやってるんじゃないんだわ」
やらされてんのよ、と言われて絶句する。それは想定外もすぎる。と、シオの沈黙で間があいたことに気づいた母が、やや苦笑して見せた。
「ま、親になるつもりなんかなかったからねえ」
「だからって」
「親としての全責任は自分が持つ、って言ったのがあの人だからさ。じゃあたしは無責任を極めてみるか、って思っちゃったじゃない?」
「思っちゃったじゃない?って言われても」
やばい。母らしいと思っちゃったじゃない?だ。
「だからあたしは母親として、らしい助言なんかできないわけよ。そのつもりもないけど。あたしに言えるのは、村の女としての言葉だけよ。このあたしの娘として名乗り、双子と末っ子の姉として宣言をしたんだったら、きっちりケジメをつけて結婚しなさい」
逃げは許さない、という母からの真正面の言葉。
「あ、そうそう、男と添い遂げた女として、結婚に対しての助言なら言えるわね」
母親として立派なことは言えないけれど、数々の男と浮名を流した先輩の言葉よ。と、皮肉たっぷりに笑って見せて、その顔は母親としての顔だった。
「この人となら分かり合える、なんて男とは結婚しないことね」
この男とは一生分かり合えない、そう思った時に、それが一生続くなんて面白い、と思える男だったなら、良いわ。そういう人と結婚しなさいよ。
母から娘に、たった一度だけ。
後にも先にもただ一度。今この時だけよ、と。
それは、幼いシオが憧れ続け、今まで目指し続けてきた母からの。贈り物、だった。


ケジメ1

2022年09月07日 | 天使ツアーズの章(家族事情)
夏の午後。
(ああもう!腹立たしいったら!!)
といった内心の声がだだ漏れの様な乱暴な打ち水をぶちかましたシオは、水桶を納屋に仕舞って、そのまま家には帰らず、少し歩いた先にある泉へ戻った。
木の板で作られた足場は何の不安もなく、慣れた仕草でスカートの裾を捲り上げてしゃがみ込む。前のめりになって、両手を泉に浸す。
小さいながらも湧水を湛えている泉は年中、冷たい。
手の平から冷えていくそれはそのまま、熱った心も冷ましていくのが昔からの。
(落ち着け私。何も今に始まった事じゃない。昔からそうじゃないの。あんなこともこんなことも、全部)
シオが手を浸したことで波立っていた泉の表面が、徐々に落ち着きを取り戻し、平らかになっていくのを見つめながら、今も家で好き勝手なことを言い合っているであろう家族のことを思う。
(そうそう、あの人たちは本当に自分勝手なだけで悪気があるわけでは…)
そう余裕の笑みさえ浮かべようとして、
(いいえ、悪気しかないんだわ!!)
と、再び心の水面に大岩を投げ込んでくる家族の面影に負けて、苛立ちのまま泉の水を両手でかき混ぜた。
昔ならそのあたりにある石や木の枝を手当たり次第投げ込んでいたものだ。
荒れた気分のままに泉の平穏を乱し、濁っていく水を見ながら肩で息をするくらい荒れていた心が鎮まった暁には、家まで熊手を取りに戻り、自分で投げ込んだ木の枝や落ち葉や土塊などを自分で掃除して戻るのが几帳面すぎるシオの性分だった。
(馬鹿みたいよ)
全く自分でもそう思う。
再び荒れた水面が静まっていくのを待つ間。
今日の荒れた原因にため息を一つ。
始まりは、昼食が済んだ後の母の一言だった。
「そういや、あんた、いつ結婚すんのよ?相手待たせてんだって?」
それに返したのは
「はああ?!」
だった。
あまりにも脈絡がなかったというのもあったが、言いたいことは色々ありすぎて、どれに絞って抗議したものやら、感情が追いつかなかったというのもある。
なんという無神経!
年頃の娘に対して話題にする時はもっと周囲に気をつかってよ!普段ででさえ結婚にうるさい双子とその話をするとじめじめ鬱陶しい末っ子がいる前でする話じゃないでしょうよ!
ていうかなんで相手がいること知ってるのよ!あたしあれが結婚相手だ、とか誰にも言ってないし!いや、別に思ってもないし!!あ!父さん?!父さんが勝手に喋ってんの?!まさか、この人だよとか紹介してないでしょうね?!ちょっとやめてよ!本人のいないところで外堀埋めるような真似許されるわけないでしょうよ!!私にも意思ってものがあるのよ?!
という感情が凝縮された、「はああ?!」だったのだ。
案の定、「もっと言ってよ母さん!!」と双子はノリに乗って騒ぎ、末っ子はその場にいるのが居た堪れないと全身で表明しながらオタオタするばかり。
「それがさ!姉さんはさ、ミオが一人前になるまでは結婚しない、とか言っちゃってさ!」
「ミソ子が一人前になる頃には老婆になってるわよ」
「今までに散々結婚申し込まれてんのに、その一点張りで全員ふってんの!信じられる?」
「ものすごい優良物件なんか山ほどあったのに今じゃ全員他の女のものよ」
そう捲し立てる双子の話を聞いていた母の放った一言は、酷かった。
「うわ、だっさ!!」
心底から吐き出されたそれにはその場が凍りついた。
父は午後からの商談とやらでその場にいなかったからまだ良かったかもしれない。
いたからと言って何がどうなるとも思えないが、まあ場が良くなることはないだろうと思える。
「いや、えっとー、母さん?」
「あー、姉さんもそこそこ真面目がすぎるだけで、ね?」
実の娘にあんなこと真顔で言える?!
という衝撃は、ここぞとばかり母に悪ノリする双子たちにさえも共通の思いだったらしい。
しかしそれすらも最強最悪の母にはどこ吹く風。
「真面目とか行き遅れとかどうでも良いわ。あたしは、自分の人生設計を他者に委ねてるあんたの、それが、ダサいって言ってるんだわ」
「別に他者に委ねてるわけじゃないわ、私は姉として」
と努めて冷静に返そうとして、はたと現実に立ち返る。ちょっと待て。どの口がそれを言うのか。
「そもそも母さんが!ミオの事をほったらかして出ていきっぱなしで帰ってこないから!私が代わりにそれをやってるんでしょうが!」
「へえーぇ?じゃああんたはあたしがミオの育児につきっきりだったら、好き放題村を出て行ってとっくにいい男掴まえてどこともしれぬ場所で豪遊三昧やってたってわけかい」
「それは」
「あー、それはないなー」
「そうね、そんな姉さんはちょっと想像できないわー」
その可能性を考えるより先に双子に決めつけられて、それはそれで腹が立つ。
「ちょっと、勝手に決めつけないでよ!」
あんたたちどっちの味方なのよ!の意。
だが双子は平然と言って退ける。
「だって姉さんが母さんの超!テキトー育児を黙ってほっとけるわけないじゃん」
「そうよ、ちょっとでもやり方がまずかったら絶対口出しするに決まってるわ」
「母さんは絶対荒いっつーか雑いっつーかいい加減っつーか、そんなんだし」
「むしろ一から十まで口出しして母さんが辟易して出ていくまであるでしょ」
そう言い合って、二人で納得したように、「あー」と頷き合うのを見て不快度は増した。
「何よそれ、私のせいで母さんはミオをほったらかしたって言いたいわけ?」
それではまるで、シオが母親を家から追い出し、ミオから母親を遠ざけたみたいな。
そんな。
現実だったとしたら。
「言わないわよ」
その場の空気に、ズシリと響く声。
シオを真正面から見据えて、遥か高みから言い聞かせるようなそれは、昔から変わらない、母の態度。母の。強者の、それ。
「あたしはあたしが好きで村を出て、好きなだけ彷徨いてたんだ。ミオのオムツ変えなんかより、外の世界で暴れる方がよっぽど面白いし、好き勝手できるし、最高だったわね」
「ちょっと、やめてよ」
ミオの前で言う事じゃないでしょ。と、シオは視界の端で、ただ俯いている妹を気遣ったが。
「そんなことはどうでもいいんだよ!あたしはあんたが結婚するつもりがあるのかどうかが聞きたいだけなんだから」
結局そこかよ!!
「あ、そうだったそうだった」
「若い男なの?姉さんより年上?あ、まさか父さんくらい歳行ってるとか?」
「ああ、うん、姉さんはファザコンだからなー。あってもおかしくない」
「やだー、あたし父さんみたいな義兄さんと仲良くできるかしら?複雑ー」
仲良くしなくて良いわ!そもそも父親ほどの男なんか選ばないわ!ていうか、それ父さんにも失礼でしょうが!何言わせんのよ!!と口を挟めないままに母と双子の悪ノリは続けられて。
「なんだい、あんたたちも相手を知らなかったっての?」
「身持ち硬い女は口も硬いんだよ」
「華やかだったのは昔だけで、ここ数年は子育て終わった熟年女みたいな落ち着きぶりだわよ?」
「うちらだってミオが一人前になるなんて思わなかったもんだから、姉さんとミオはもう一蓮托生なんだわ、って諦めてたからねえ」
「そうなると私たち、とぼけた舅と口うるさい小姑と泣き明かす小姑がいる家に婿を呼ぶわけよ。なかなか壮絶よねえ」
「それが村中に知れ渡ってるから、どんな物好きが来るのやら、って面白おかしく噂される身にもなって欲しいわー」
馬鹿馬鹿しくて付き合ってられない。
もう言いたいだけ言わせておけばいい。どうせ分かり合えない人種だ。
「ああもう、わかりました!それがあんたたちだってのよ、よく知ってるわ」
あの双子は君に構って欲しくて戯れているだけでしょ、というのは父の言葉。
もちろんシオだってわかっている。わかっているが、いつまでも戯れあいを続ける義理はない。家族とはいえ。
「私は私の家族を持つ時はこの家をでるから。私の夫と仲良くできるかどうか過剰に心配しなくてもそこそこ常識的に付き合ってくれれば良いし、小姑はいなくなったから好きなだけ婿を掴まえてお互いの婿同士が仲良くやれるかどうかと、家の保全の心配だけすると良いわ!」
はいどうも!!との捨て台詞を吐いて、この話はこれで終わりです、と言わんばかりに家を出てきたのがついさっきの事。
冷静になってみると、捨て台詞を吐いているにもかかわらず、双子には親戚付き合いの常識と家を持つことの覚悟を促しているのがさすがクソ真面目な長女の性分というのが悲しい。
(こんなだから)
ダメなのかしら?と、水面から両手で水を掬い上げてしばらくそれを持て余した。
手の平から滴り落ちる雫が水面を揺らしている。
ダメなんてことがあるか?シオはシオだ。自分がそう生きてきたことを自分で否定するなんて、それ以外に生きられる道を夢見てしまうのと同じことではないか。
ぼんやりとそんな事を思った時、背後から人の気配が近づいているのに気づいた。
振り返れば、それはやはり母だった。
昔から、ちっとも変わらない。
シオの手に余る、母だ。

天使御一行様

 

愁(ウレイ)
…愛称はウイ

天界から落っこちた、元ウォルロ村の守護天使。
旅の目的は、天界の救出でも女神の果実集めでもなく
ただひたすら!お師匠様探し!

魔法使い
得意技は
バックダンサー呼び

 

緋色(ヒイロ)
…愛称はヒロ

身一つで放浪する、善人の皮を2枚かぶった金の亡者。
究極に節約し、どんな小銭も見逃さない筋金入りの貧乏。
旅の目的は、腕試しでも名声上げでもなく、金稼ぎ。

武闘家
得意技は
ゴッドスマッシュ

 

三日月
(ミカヅキ)
…愛称はミカ

金持ちの道楽で、優雅に各地を放浪するおぼっちゃま。
各方面で人間関係を破綻させる俺様ぶりに半勘当状態。
旅の目的は、冒険でも宝の地図でもなく、人格修行。

戦士
得意技は
ギガスラッシュ

 

美桜(ミオウ)
…愛称はミオ

冒険者とは最も遠い生態でありながら、無謀に放浪。
臆病・内向・繊細、の3拍子揃った取扱注意物件。
旅の目的は、観光でも自分探しでもなく、まず世間慣れ。

僧侶
得意技は
オオカミアタック